第 4 章 分子鋳型法を用いた分子認識吸着 剤の開発剤の開発
4.2 分子鋳型法
分子鋳型法(MIT: Molecular imprinted technique)は,対象分子を鋳型として,その鋳型 分子(template)の結合サイトをポリマーなどの材料の中に構築する方法である108)109)110). この結合サイトはtemplateへの選択性を有するため,抗体のように特異結合性を有する 分子認識サイトになる.MITによって作成された分子認識サイトを持つ合成高分子を分 子鋳型ポリマー(MIP: Molecularly imprinted polymer)という111).MIPは三次元網目構造 で,一般的には,ゲスト分子の共存下でtemplateに対して配位する機能性モノマーと架 橋性モノマーを共重合させることで作成される.図4.1に一般的なMIP作成プロセスを 示す.MIPの中にはtemplateに相補的な空孔があり,それはtemplateの形状を記憶した 認識サイトになっている.認識サイトはポリマーとtemplateの相補的な官能基間に働く 分子間相互作用によって形成される特異的なサブサイト構造からなる108).認識サイトを 形成する相互作用には共有結合112)と非共有結合113)114)があり,これらの相互作用によ り機能性モノマーとtemplateが複合体を形成し,ポリマーの中にtemplateの官能基の形 状と空間配置がインプリントされることになる115).
MIPの特徴として,特異的な結合サイトがtemplateに高い選択性を示し,表面積の増 加により匂い物質を高感度に検知できることである.つまり,MIPは分子形状を識別で きるホスト機能を持つ共重合体と言える.そのため,クロマトグラム分離,固相抽出115), 化学センサ116)117)118)など,有機化合物の選択的な検知と化学物質の精密ろ過に応用され ている119).また,MIPの機能はそれを構成する機能性モノマーや架橋性モノマーの性質 に依存するため,材料を適切に選択することで様々な分子の形状を記憶した認識サイト をもつMIPを作成することができる.
図4.1 典型的な分子鋳型合成プロセス108)
4.2.1 MIP の作成プロセス
MIPの作成プロセスでは,はじめに,templateと相互作用する官能基と共に,架橋性 モノマーと共重合可能なビニル基を有する機能性モノマーがtemplateと重合可能な複合 体を形成する.この複合体の形成には共有結合,水素結合,疎水性相互作用などといっ た分子間相互作用120)121)122)が関係している.そのため,MIPの認識サイトを形成する上 では,機能性モノマーとtemplateが複合体をつくることが重要で,templateの官能基が その役割を果たす.以上より,MIPの性能向上には,複合体の安定化が重要になる.機 能性モノマーにある官能基は,templateに対して最適な結合距離および結合角をとって 配置するため,templateに官能基がない場合,複合体を形成することが困難になる.複 合体の形成に関して,templateとモノマーが共有結合をつくる場合(図4.1AとB)と,電 気的もしくは極性的な相互作用により非共有結合をつくる(図4.1CとD)場合がある.前 者は,堅固な認識サイトを形成可能であるが,結合反応によりtemplateの構造が変化す
る場合などには使えない.後者は,自己組織化によって複合体が形成されるため,柔軟 な認識サイトを形成可能であるが,結合エネルギーが比較的弱いため,溶媒やその他の モノマーとの相互作用を考慮する必要が出てくる117).
次に,形成された複合体と架橋性モノマーを共重合させる.これにより,templateに相 補的で強固な空孔とtemplateと相互作用した官能基が配置された三次元網目構造をもつ ポリマーが形成される.最後に,templateを抽出除去することにより,templateと特異的 に相互作用する認識サイト部位を有するMIPが得られる.このtemplateの除去処理の仕 方は,templateとモノマーとの関係によって変わる.共有結合している場合には,化学的 処理により共有結合を開裂させる必要があり,共有結合以外の相互作用によりtemplate が結合している場合には,pH制御,溶媒洗浄,加熱など比較的簡単な方法で除去できる.
作成されたMIPの中で,templateと認識サイトは,抗原と抗体のような鍵と鍵穴の関係 になっているため,MIPに進入したtemplateはその形状により空間的かつ特異的に認識 サイトと結合できる.以下にMIP作成で使用される材料とその特徴を述べていく.
4.2.2 鋳型分子 (Template)
TemplateはMIPの認識サイトに記憶された鋳型分子のことである.すべての化合物
がtemplateになるわけではなく,機能性モノマーと複合体を形成可能な官能基を有して
いなければならない.官能基の数が多ければ多いほど,安定した認識サイトを形成する ことができる.例えば,官能基を持たない炭化水素をtemplateとすると,機能性モノマー との間にはファンデルワールス力や疎水性相互作用といった弱い相互作用しか生じない ので,壊れやすい認識サイトが形成されたり,形成することさえできない場合もある.本 研究では様々な匂い物質をtemplateとしているが,ほとんどのMIP研究のtemplateはカ フェインなどの神経伝達物質113)やたんぱく質といった,分子量が大きく,揮発しにく
い化合物であることが一般的である.これは,MIPが主に液相で使用されているためで ある.
4.2.3 機能性モノマー
機能性モノマーは配位性モノマーとも呼ばれ,templateに配位するモノマーである.機 能性モノマーの構造は炭素鎖を基本構造として,templateと相互作用する官能基と共重合 に関与する官能基を有している.前者としてはカルボキシル基・アミノ基などのtemplate との間で比較的強い相互作用を生じやすい極性官能基,後者には架橋性モノマーと結合 するためのビニル基などが挙げられる.また,templateとの配合比を制御することで,最 適な分子認識能を示すMIPを作成することもできる123).一般的な機能性モノマーとし て,メタクリル酸(MAA)が挙げられ,多くのMIP作成の際に使用されている.他にも アクリル酸,2-ジエチルアミノエチルメタクリレートなど多くの種類があり,目的とす る認識サイトの形成によって使い分けられる.
4.2.4 架橋性モノマー (cross-linker)
以下より,架橋性モノマーをcross-linkerと表記する.Cross-linkerは,機能性モノマー と共重合することで,認識サイトを固定するだけでなく,架橋された三次元網目構造自 体もtemplateを認識するために必要であると言われている113).cross-linkerは機能性モ ノマーに比べて量が多く,MIPの組成はほとんどcross-linkerが占めている.そのため,
MIPの吸着能力はcross-linkerにも依存していることになる.使用されるcross-linkerと して,トリメチロールプロパントリメタクリラート(TRIM),ジビニルベンゼン(DVB),
ジメタクリル酸エチレングリコール(EGDMA)などが挙げられる.DVBやEGDMAは
疎水性が強く,作成されるMIPは疎水性ポリマーになる.対して,TRIMはエステルで,
重合すると比較的親水性のアクリル樹脂が生成される123).
4.2.5 希釈剤
希釈剤とは,templateやモノマーを溶解させる溶剤であり,重合されたポリマーを
porogenと呼ばれる多孔質構造とする役割を持っている111).また,非共有結合的アプ
ローチでは,希釈剤は認識サイトを形成するのに重要で,MIPの構造や特異結合能に影 響を与えると考えられている.もしも,機能性モノマーと希釈剤がの間で複合体を形成 してしまえば,希釈剤のサイトを有するMIPが作成されてしまう.そのため,希釈剤と して,アルコールのようなプロトン性溶媒は水素結合を競合的に阻害するため使用され ず,非極性・非プロトン性溶媒が使用される場合が多い.
4.2.6 ラジカル重合
MIPの生成には,template,機能性モノマー,cross-linker,希釈剤のほかに,重合開 始剤が使用される.開始剤として一般的に使用されるのは2,2 -アゾビスイソブチロニ トリル(AIBN)である.MIPは機能性モノマーにあるビニル基を置換してcross-linkerと 結合するラジカル重合によって形成される.ポリマー中にtemplateに対する認識サイト を形成するためには,機能性モノマーとtemplateの複合体が安定化した状態のままで重 合させる必要がある124).複合体の安定性は重合時の温度に依存するため,60◦C程度の 低温下でラジカル重合を生じさせている125).その他にもAIBNは紫外線照射によっても 分解反応を起こし,ラジカルを発生させるため,短時間の紫外線照射で急激に重合させ る方法もある126).
4.2.7 MIP 研究の歴史と利用分野
図4.2 MIP研究論文数の推移127) MITはインプリントされたtemplateに対して高
い分子認識能力を持つホスト材料を作成できる魅 力的な合成法として,注目を集めてきた.1931年
にPolyakovらのシリカ材料を用いたセミナー研究
を発端に,MITの概念が広がっていった108).1950 年代に開発されたシリカ材料を用いた手法は今日 でも残っており,その分野に多大な影響を与えて いる.図4.2に1931年-2003年までのMIPに関す る論文数を示す.1990年から論文数が急激に増え
続けており,MIPが分子認識材料として注目を集めていることがわかる.このように,
MIPの研究は古く,現在では,ほとんどすべての化合物に特異結合するMIPが作成可能 である.また,MIPは簡便かつ安価であり,物理的・化学的に安定性が高いという利点 も持っている.
MIPの応用分野として,固相抽出法などの吸着剤として使用されるクロマトグラム技 術128)やMIPを分子認識部としたセンサなどが挙げられる.MIPを用いたセンサは,MIP に吸着した分子をトランスデューサで測定しており129)130),例えば,QCM素子の上に MIPを堆積させ,ゲスト分子の吸着を質量変化として検知している131)132).また,これ までMIPは液相での測定に使われる場合がほとんどであったが,近年,気相でもMIPを 使用する研究も増えてきている133)134)135).