第 5 章 匂いクラスタリングシステムの 開発開発
5.1 匂いクラスタリングシステム: MIFA を搭載した匂い分 離測定装置
5.2.2 混合臭の測定
図5.7 匂いクラスタリングシステムで得られた混合臭のセンサパターン
5.2.3 センサ応答による人工匂いマップの作成
匂いクラスタリングシステムは匂いクラスタリングマップに必要な匂い情報を抽出可 能で,多くのガスの包括的な検知と定性センシングを実現できる.図5.6と図5.7のセン サ応答から単独臭と混合臭の人工匂いマップを作成した.測定した匂い物質は図3.4から クラスターA,B,Fに属する.表5.2のリストはpropanoic acid,2-hexanone,混合臭1,
2,3に対応する各クラスターの活性度定数を示す.活性度はヒータに付けたMIFAの中 で,最大となるセンサ応答定数で規格化されている.Propanoic acidと2-hexanoneの活性 度はそれぞれ,図5.6のMIFAf atty acidとMIFA2−hexanoneへのセンサ応答定数を基に計算さ
れている.表5.2の混合臭の活性度定数RA,RB,RFはそれぞれ,図5.7のMIFAoctanoic acid,
MIFA2−nonanone,MIFA3−octanoneへのセンサ応答定数に対応している.また,MIFAが装置
に組み込まれていないクラスターの活性度は0としている.
表5.2 センサ応答定数R(MIFAi, j)を基にしたクラスターNの活性度定数RN
センサ応答定数を基に作成されたサンプルの人工匂いマップを図5.8に示す.それぞれ,
匂いクラスタリングシステムを用いて(a) propanoic acid,(b) 2-hexanone (c) fatty acid bi-nary odor,(d) ketone terbi-nary odor,(e) fatty acid and ketone mixtureを測定することで作成 されたマップである.図5.8(a)と(b)において,それぞれクラスターAとFに分類され るpropanoic acidと2-hexanoneの人工匂いマップの中で,MIFAf atty acid とMIFA2−hexanone に対応する領域が活性している.第3章で述べたとおり,これらのマップはLeon研究所 で観察された匂いマップ画像のクラスター情報と一致している.つまり,匂いクラスタ リングシステムは嗅覚のものと近い匂いマップの作成が可能になる.図5.8(c)では,混 合臭1への活性度定数RNを基に作成されたマップのクラスターAは強く活性化してい るのに対し,他のクラスターの領域は弱く活性化する,もしくは全く活性化していない.
図5.8(d)では,クラスターBとFに相当する領域が活性化している.ここで,ラットの
匂いマップでは,ケトンの匂い物質は炭素鎖数によって異なるクラスターに分類される.
例えば,3-octanoneと2-nonanoneは活性パターンからそれぞれクラスターBとFに属す る.匂いクラスタリングシステムで得られた人工匂いマップは,これらの匂い物質を異 なるクラスターに分類できている.よって,同じ極性官能基を有する匂い物質による匂 いマップの違いを正しく表現できている.混合臭も匂いマップ上でクラスターに分類さ れ,生物の匂いマップと同様に複数のクラスターが同時に活性化している.
図5.8(f)はfatty acid odor (図5.8(c))とketone odor (図5.8(d))の人工匂いマップを用い て作成された合成マップを示す.Fatty acids and ketonesを測定して作成された匂いマップ
(図5.8(e))と比べると,合成マップと類似性が高いことがわかる.生物の嗅覚では,嗅球
上の活性パターンは,構成分子に誘起される匂いマップの重ね合わせに相当するというこ とは以前の研究からわかっている72)73)74).このことはpropanoic acidのマップ(図5.8(a)) とfatty acidsのマップ(図5.8(c))間に高い類似性あることからも立証されている.それか ら,2-hexanoneのマップ(図5.8(b))は同じ分子特徴を持つketone odorのマップ(図5.8(d)) の部分的な活性パターンにもなっている.つまり,作成された匂いマップは嗅覚の内部表 現に相当し,匂いの性質に関する同じ生理的な情報を含んでいると言える.さらに,様々 なMIFAを用いたセンサシステムは異なるクラスターを同時に活性化させ,嗅覚に近い 匂いマップを作成できる.以上より,MIFAを搭載した匂いクラスタリングシステムに より作成された人工匂いマップは様々な匂いの分類や視覚化が可能である.
本研究では,クラスターA,B,Fに属する匂いについて調べた.しかし,匂いの定性 評価や視覚化は,センシングセルの数やMIFAの種類を増やして,すべてのクラスター をカバーすることで成し遂げられるだろう.加えて,MIFAの選択性の問題から,構造 の近い匂い物質をすべて吸着するわけではないため,本研究で作成された匂いマップの 各クラスターの活性はtemplateのセンサ応答に依存してしまう.この問題は異なる鋳型 サイトを持つMultiplex MIFAのように,MIFAの拡張性やMIPフィルタの柔軟性によっ
て解決できると考えている.今後,各クラスターに属する匂い物質に対して特異的な吸 着特性を持つMIFAを設計するために,最適なMIPフィルタや吸着層を選択していく.
(a) propanoic acid (b) 2-hexanone
(c)混合臭1(脂肪酸) (d) 混合臭3(ケトン)
(e)混合臭2(脂肪酸とケトン) (f) 混合臭1と3の人工匂いマップの重
ね合わせ図
図5.8 センサ応答を基にした人工匂いマップ
5.3 まとめ
本研究では高い分子認識能力を有するMIFAを匂い分離測定装置に搭載した匂いクラ スタリングシステムを開発した.この装置により単独臭と混合臭に対するセンサ応答を 測定可能で,そのセンサ応答を基に測定ガスの人工匂いマップを作成できた.この装置 は匂いを画像化することで匂い情報のデジタル化と適切なカテゴリーへの帰属が可能で ある.さらに,作成した人工マップに,サイズや極性情報などを測定することで,サブ クラスター表現を追加することも可能になる.
現在までに生物の嗅覚に匹敵するセンサデバイスは開発されていない.そのため,匂 いの包括的検知や匂いの性質の感覚表現を行うことはとても困難である.これらの高度 な匂い測定を行うためには,高感度かつ,匂い受容体の分子認識能のような選択性が高 いセンサシステムが必要になる.本研究で開発した匂いクラスタリングシステムは高感 度を可能にする測定システムと,高い分子認識能を持つMIFAを組み合わせた構造をし ているため,生物の嗅覚センサを実現できる匂いセンサであると言える.つまり,本シ ステムを用いることで,まだ誰も成し遂げていない匂いの包括的検知や定性定量化が可 能になる.医療や食糧をはじめとした人間生活に関わるあらゆる分野での応用が期待で きるため,非常に高い意義を持つ研究結果であると考えている.
今後,今回作成したMIFA以外に,様々なクラスターに属する匂い物質群,例えば,炭 化水素,芳香族,アルコールなどの認識サイトを持つMIFAを開発していく必要がある.
さらに,クラスターに属するすべての匂い物質を選択的かつ同時に吸着できる高機能な クラスター吸着剤を設計していくことも求められる.