第3章 MC の構成要素の視点から見る中国人日本語学習者の MC 発達
3.2 研究方法
3.2.1 MC テストの作成
中国人日本語学習者向けの MC テストの作成にあたっては、「外国語教育関連の実証研 究などにおいてよく実験群と対照群を立て両群の比較によって結論を得るように、実験群 に相当する日本語学習者のMC発達の程度は、対照群に相当する日本語母語話者との比較 によって評価できるのではないか」という発想に基づいた。具体的には、調査対象となる 日本語学習者と年齢的・学歴的に近い日本語母語話者のMCを理想の状態とみなし、それ と比べることによって学習者のMCを把握するということである。また、母語話者のMC は、彼らが労力をかけずに理解したり運用したりできる日常言語の中の日本語メタファー 表現によって反映されるため、日本語学習者のMCは、それらのメタファー表現をどの程 度マスターしているかによって評価できるのではないかと考える。このような発想に基づ いて、筆者は様々な日本語メタファー表現を収集し、その中から日本語母語話者が日常生 活の中でよく目や耳にしたり利用したりするもの、即ち日本語母語話者にとって馴染みの あるものを抽出し、それを材料として中国人日本語学習者のMCを測るための独自のMC テストを作成した。MCテストの材料の選択に関しては、先行研究のLittlemore(2001a)、
Azuma(2005)や東(2006)などでは主に伝統的なメタファー表現(A is B)、イディオ
ムやことわざを用いているが、本研究はこれらの研究と異なり、概念メタファー理論に基 づいて概念メタファーによる日常言語の中の多彩なメタファー表現全体を材料とした。こ れは本研究と先行研究の大きな相違点である。本研究のMCテストの作成は具体的に①メ
タファー表現の収集と選別、②初版テストの作成、③テストの改良と完成、の3段階を踏 んだ。
(1)メタファー表現の収集と選別
メタファー表現の収集にあたっては、日常言語の中の概念メタファーやメタファー表現 を包括的に収録した辞典などが今のところ見つからないため、以下に示している3つの収 集法を総合的に用いた。
方法 1:
日本語のメタファーやメタファー表現に関する内容がある著書を読みながら、その中 から基準を満たすメタファー表現を抽出する。この方法で利用した主な著書は、多彩 な概念メタファーとメタファー表現が載っている『日本語のメタファー』(鍋島 2011)
である。他には、『よくわかる比喩―ことばの根っこをもっと知ろう―』(瀬戸 2005)、
『認知意味論の新展開―メタファーとメトニミー―』(谷口 2003)、『メタファー思考』
(瀬戸 1995a)、『空間のレトリック』(瀬戸 1995b)、『比喩と理解』(山梨 1988)、
『メタファー研究の最前線』(楠見編 2007)、『認知言語学入門』(籾山 2010)、『レト リックと人生』(渡部・楠瀬・下谷訳 1986)、『肉中の哲学』(計見訳 2004)などの著 書からも一部のメタファー表現を集めた。入手した表現例としては、「歪んだ政治」、
「才能が花開く」、「気分はどん底だ」、「痛みが走る」などが挙げられる。
方法 2:
日本語のメタファーやメタファー表現の研究に関する学術論文を読みながら、その中 から基準に合うメタファー表現を選び出す。この方法で利用した論文は「「水のメタ ファー」再考―コーパスを用いた概念メタファー分析の試み―」(大石 2006)、「日 英対照研究に向けた感情のメタファーの分類」(大石 2007)、「日本語身体ことばにお ける身体部位の比喩的機能」(大塚1994)、「語におけるメタファー的意味の実現とそ の制約」(松本 2007)などである。収集したメタファー表現例は、「メッセージを投 げる」、「冗談を飛ばす」、「怒りを買う」、「勇気があふれる」などが挙げられる。
方法 3:
日常生活の中で目や耳にしたメタファー表現、母語話者に教えてもらったメタファー 表現、及び筆者が考え出したメタファー表現を辞典や Google で調べ、そこから表現 例を選出するか、または元の表現をそのまま利用する。例えば、回りの雑談の中に出 た「暗くなってはいけないよ」という表現を耳にしたあと、Googleで検索してみると
関連する例が見つかり、この表現を利用することにした。また、授業時に「彼は頭が 切れる」という表現を母語話者に教えてもらったあと、辞典を引いて「切れる」の「頭 の働きがすぐれている」という意味、及び「頭が切れる」という組み合わせについて 確認し、「彼は頭が切れる」という表現を利用することにした。他には、《親密度は近 さ》のメタファーについて考えていた時に思いついた「身近」という関連表現を辞典 で調べたところ、「身近な問題」という表現例を集めた。方法 3 で用いた辞典は『新 明解国語辞典(第五版)』(金田一ほか編 1997)、『広辞苑(第五版)』(新村出 1998)、
『明鏡国語辞典』(北原編 2002)などがある。
また、上記の方法を利用してメタファー表現を収集する際に、①鍋島(2011)で主張して いる3種類の概念基盤のメタファー(共起性基盤のメタファー、構造性基盤のメタファー、
評価性基盤のメタファー)に基づいたメタファー表現をそれぞれ一定数収集すること、② 中国語と言語構造が類似するメタファー表現を収集しないこと、という2つの基準にした がった。基準①はメタファー表現の代表性を確保するためであり、基準②は母語転移の影 響を軽減するためである。最終的には、152の表現(付録 1)42をMCテスト作りの原材 料として集めた。
その後、収集した表現から母語話者にとって比較的馴染みのあるものを抽出するため、
152の表現を利用して5段階尺度(1=全く馴染みがない、2=あまり馴染みがない、3=どち らとも言えない、4=ある程度馴染みがある、5=馴染み深い)の調査票(付録2)を作成し、
九州大学の多様な専門(理系も文系も含まれている)の学生が在籍する 21 世紀学際的プ ログラムの学部生を対象に、各表現に対する日本語母語話者の馴染み深さについて調査し た43。調査後、合計30部の有効な調査票を回収した。調査票提供者の内訳は次のとおりで ある。
42 当初の考慮不足で、《考えは腹の中の存在物》と《識別力は目》のような概念メトニミーを概念 メタファーだと間違え、「腹を決める」、「目が利く」というメトニミー表現をメタファー表現として 集めた。他には、《対象物タイプの事象構造のメタファー》と《議論は容器》のメタファーによる表 現として「人のものに手を掛ける」と「君の議論は水を差す」の2つのメトニミー表現も収集して しまった。その中で、「腹を決める」という表現は後述するMCテストの項目作りにまで用いたが、
最終的な分析にあたっては当該項目をテストから外した。これと関連する内容は次の 3.2.2 節で改 めて述べる。
43 実際の調査は授業担当の先生に協力してもらった。また、調査を始める前に、本調査で言う馴染 み深い表現は日常生活の中でよく目や耳にしたり利用したりする表現を指す、と簡単な説明をして おいた。
表1 調査票提供者の内訳
母語 学年 人数 年齢 男女比 調査票提供者 日本語 1~4年生 30名 19~22歳 6:24
その後、統計処理ソフトSPSS19による記述統計の結果に基づいて、調査票の項目から平 均が4(ある程度馴染みがある)より大きい71表現を取り出し、以下のメタファー表現リ ストに整理した。
共起性基盤のメタファーによる表現:
1.不満を漏らす。 2.相手の気持ちを汲む。 3.赤い糸で結ばれた2人。 4.話が
見えない。 5.彼の説明がよくつかめなかった。 6.あなたの発言はつかみどころが
ない。 7.話の内容が手に取るようにわかった。 8.眠りに落ちた。 9.舞台に出
て、あがってしまった。 10.浮ついた気持ち。 11.身近な問題。 12.私は九州大 学を滑り止めにした。 13.書き上げる。 14.下書き。 15.彼とは噛み合わない。
16.人の上に立つ。 17.思い上がる。 18.気分は上々だ。 19.上機嫌だね。
20.有頂天になる。 21.気分はどん底だ。 22.問題を先送りする。
構造性基盤のメタファーによる表現:
23.議論を呼ぶ。 24.怒りを買う。 25.希望が膨らむ。 26.問題解決の糸口。
27.一か八か賭けてみよう。 28.相手の意見を一刀両断にする。 29.後味が悪い。
30.飲み込みが早い。 31.要求をのむ。 32.思いも寄らない。 33.思いもかけな
い。 34.納得がいかない。 35.案を練る。 36.計画を練り上げる。 37.彼は頭
が切れる。 38.思いが膨らむ。 39.腹を決める。 40.祖母の話はあちこち飛ぶの で、ついていけない。 41.気を配る。 42.頭の回転が悪い。 43.やっと彼女を落 とした。 44.彼女をものにした。 45.痛みがとれた。 46.痛みが走る。 47.感
情を殺す。 48.才能が花開く。 49.外野は黙ってください。 50.聞き流す。
51.心にしみる言葉。 52.噂を流す。 53.良いスタートを切る。 54.僕たち空回
りばかりしている。 55.試験はうまく行かなかった。 56.肝に銘ずる。
評価性基盤のメタファーによる表現:
57.痛い目を見る。 58.問題を乗り越える。 59.曲がったことが大嫌い。 60.道
を外れる。 61.腹が黒い。 62.手を汚す。 63.汚れた政治家。 64.泥を塗る。
65.横取り。 66.甘い判断。 67.ニュースを聞いて彼女はぱっと明るくなった。
68.雰囲気が明るい。 69.暗くなってはいけないよ。 70.さすが、お目が高い。