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応用認知言語学の台頭及び日本語教育における応用認知言語学研究

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第2章 先行研究及び本研究の課題

2.3 応用認知言語学

2.3.2 応用認知言語学の台頭及び日本語教育における応用認知言語学研究

当初は、認知言語学に関する理論的な研究が行われていたが、21世紀に入ってから、英 語教育などにおいて認知言語学の理念や研究成果を外国語の習得と指導に取り入れる応用 認知言語学的アプローチが唱えられるようになった。具体的には、2000 年に国際認知言 語学会の学術誌 Cognitive Linguistics 11 で最初に言語習得の特集が組まれ、2001 年の Cognitive Linguistics Research 19では「応用認知言語学」がテーマとなり言語習得理論 や教授法が論じられ、更に、2004 年には Cognitive Linguistics, Second Language Acquisition, and Foreign Language Teachingなどの著作が刊行された(森山 2006b)。 これらの応用認知言語学研究は外国語習得・教育に多くの示唆をもたらしている。

また、応用認知言語学研究は英語教育において始められたが、近年日本語教育の分野に も及んでいる。日中両国の日本語教育における応用認知言語学研究の本格的な提唱は森山

(2006a)の『認知言語学的観点を生かした日本語教授法・教材開発研究1年次報告書』

からだと考えられる。この報告書の中では、認知言語学的観点から作成された英語教材の 分析が提示されたあと、認知言語学的観点からの日本語教育研究などが紹介され、また、

認知言語学的観点からの英語教育研究に関する文献・論文レビューが掲載されその成果の 日本語教育への応用可能性について議論されている。以下では、報告書の中の、特に認知 言語学の日本語教育への応用に関する研究について概観していく。

まず、李(2006)はLangacker(2000b: 74-90)での「of」の意味分析方法を「の」の 意味研究に応用することを提唱し、その応用は日本語教育に次のように貢献できると述べ ている。①対照分析により「of」と「の」の類似点と相違点を解明することで、英語を母 語とする日本語学習者に起こりうる言語転移を予測できる。②「の」のプロトタイプ的意 味とスキーマ的意味という全体的意味構造や「の」の統語的制約を提示することで、英語 以外の母語話者の日本語習得を促進させる。

王冲(2006)22は認知言語学的観点から中国人日本語学習者が持っている「きっと」の 意味知識の発達及びその発達が起こるプロセスやメカニズムについて考察し、「きっと」の 指導において、言語間の違いの説明だけではなく、その言語の背後にある認知体系も明示 すべきであると指摘した。

次に、森山(2006b)は、森山(2005)で認知言語学的観点から考察された日本語の格 助詞の意味構造と習得との関係の結果を日本語教育への応用を試み、①意味・用法が類似 した格助詞の違いを教えるには、それぞれのプロトタイプ的意味をはっきりさせ違いを明 確にしたうえで、それらの意味拡張がどのように動機づけられ、どの程度まで行われてい るかを解明すること、②プロトタイプ的な用法が定着したあとで、拡張的用法へと進み、

また、拡張的用法を教える際に、拡張の動機づけや共有する意味を提示しながら教えるこ となどを主張しながら、用法基盤モデルに基づき、外国語習得・教育において以下のこと を提言した。①ボトムアップのプロセスの重視、②言語運用重視、③意味のカテゴリー構 造の明示、④言語学習の語彙学習的側面の重視、⑤認知能力の発達に対する配慮、⑥百科 事典的な背景知識の重視、⑦言語の類型論的特徴の重視。

また、小浦方(2006a)は、認知言語学的観点から英語習得・教育について述べたCognitive Linguistics, Second Language Acquisition, and Foreign Language Teaching(Achard &

Niemeier Eds. 2004)という著書に収められている論文の研究内容を概観し、日本語教育 にも応用可能だと考えられる日本文化への理解、語彙教育について分析した。特に、語彙 教育への応用に関しては、意味知識の整理、動機付けの提示及び図の提示について研究で 得られた知見をどのように日本語教育に応用することができるのか検討した。結論として は、日本語教育における応用認知言語学研究はまだ新しい分野であり、言語研究の成果を 応用するには、更なる研究が必要であると述べた。

岡嶋(2006)は、膨大な構文を少しずつ学習し、その中から頻度に基づいて規則性を抽 象化することによって言語が獲得されるとし、音声学、読解、語彙、形態構文、文法性、

文産出、統語などにおける頻度効果に対する学習者の関心がどうであるかを見ることによ って明示的、暗示的学習理論の示唆を得られるとしたEllis(2002)の論文を紹介し、①ス キーマの形成、②明示的説明だけでは解決できない問題、③学習者の負担を軽減し限られ た時間で効率よく学ばせること、という3つの面から頻度効果を日本語教育に応用してい く可能性について議論した。

22 著者名の姓と出版年の組み合わせで文献が特定できる場合は、本文では著者名のみを使用した。

王冲(2006)と後述の王謹(2006)についてのみ、本文中で区別するため姓名を表記した。

橋本(2006)は、Tomasello(2003)をもとにどのように用法基盤モデルが誕生したの か、幼児が習得初期に何に基づいてどのように言語習得するのかについてまとめ、用法基 盤モデルと第二言語習得との関係や、日本語教育への応用などについて検討した。結論的 には、日本語教育にあたって、なるべく具体的な場面で具体的な作業を行いながら、数多 くの会話を取り交わすこと、学習者と対話者の密接なコミュニケーションが重要であり、

人間と人間との関わりをより重要視していくことなどを提案している。

最後に、小浦方(2006b)は、メタファー意識が学習者にどのような影響を及ぼすのか、

その方法に適した学習者はどのような言語レベルなのかどのような認知スタイルを持つの か、その方法に適した語彙はどのようなものなのかなどについて考察したBoers(2004)

の内容をまとめ、①時間の制約、②言語の制約、レベルの制約、③メタファー意識の強化、

④語源をたどること、⑤イディオムの学習などの面からメタファー意識をどのように日本 語教育に応用できるかについて論じた。また結果としては、メタファー意識の研究は始ま ったばかりで、これまでなされた実験も探索的なものであり、それを応用するためには今 後の多くの調査、実験が必要だとまとめている。

森山(2006a)によって日本語教育への応用認知言語学研究の提唱が行われたあと、森 山(2007)の『認知言語学的観点を生かした日本語教授法・教材開発研究2年次報告書』

と森山(2008)の『認知言語学的観点を生かした日本語教授法・教材開発研究最終報告書』

では、更に用法基盤モデルや認知言語学の日本語教育への応用可能性などが議論され、ま た、日本語の教材開発のために認知言語学的観点からの日本語文法の主な項目(ハとガ、

格助詞、テンス・アスペクト、ムード、授受動詞など)に関する説明が整理され提案され ている。例えば、格助詞ヘ、カラ、マデの説明は次のようにされている(森山 2008)。

ヘ: プロセス的な事態において、移動のプロセスをベースとし、その着点をプロファ イルする。但し着点に向かって移動中であることを含意し(着点への到達は含意 しない)、「方向」や「目標」を表す。

カラ:プロセス的な事態で、移動のプロセスをベースとし、その起点をプロファイルす る。

マデ:プロセス的な事態で、移動のプロセスをベースとし、その着点をプロファイルす る。

図示されたものは次頁の図5のとおりである。

森山の「認知言語学的観点を生かした日本語教授法・教材開発研究」の他に、翟(2006)

はプロトタイプ論を中心に、日本語における習得の難しい項目(「テイル」の習得など)の 習得研究を紹介し、認知言語学の理論と教育の実践を融合させ学習者の認知プロセスに相 応しい教授法の開発を唱えている。岡(2007)は多義語と格助詞の認知意味論的説明と言 語教育への応用事例を紹介し、認知言語学的知見の日本語教育への応用可能性について検 討した。

図5 ヘ格・カラ格・マデ格

(森山 2008)

また、池上・守屋(2009)は認知言語学の基本的な歴史的背景・理論的前提を踏まえた うえで、英語・中国語・韓国語などと対照しながら日本語における「自然な日本語」の特 徴を「日本語話者は〈見え〉のままに話す」と「日本語話者は共同で話す」と捉え、また、

既存の日本語教育のあり方、日本語教科書に描かれる日本語を「自然な日本語」の視点か ら再検証し、例を挙げながら「見えのままに話す」ことの指導、及び「共同で話す」こと の指導についての具体的な改善点を提案するとともに、日本語教育の実践と教科書に対し て提言を行った。

荒川・森山(2009)は認知言語学をどのように日本語教育に応用するかという視点から 認知、概念メタファー、多義、認知文法、用法基盤モデル、対照研究と言語類型論などの 認知言語学に関わる基本的な知識を外国語教育と関連付けて解説したあと、用法基盤モデ ルに基づいて外国語の習得や教授に次の 10 の側面の重視を提言した。①ボトムアップの プロセスの重視、②反復的な言語使用の重視、③形式と意味のマッピングの重視、④学習 者のニーズの重視、⑤認知的要因の重視、⑥認知能力の重視、⑦カテゴリー構造とその再 編成の重視、⑧語彙学習の重視、⑨百科事典的意味の重視、⑩言語の類型論的特徴の重視。

更に、朱(2010)は意味拡張理論を生かした語彙指導法、及びプロトタイプ理論や文法 化を生かした文法指導法について検討し、このような応用認知言語学的アプローチは日本 語会話教育に大いに貢献できると結論付けている。

以上見てきたように、日本語教育においては、英語教育の知見を学びながら様々な面で 認知言語学の理論や理念を応用する提案や提言、また、その応用の可能性や有効性につい

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 49-53)