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LMX(leader-member exchange)理論

ドキュメント内 著者別名 SUGANO Masako (ページ 85-89)

第 2 章 介護労働の特性と人材マネジメント

3. 不確実性に対応したリーダーシップ理論と介護労働への適用可能性

3.3 LMX(leader-member exchange)理論

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図 2-4 役割理論の role-episode model

出所:Kahn, Wolfe, Quinn, Snoek & Rosenthal(1964),訳書(1973),p.48.

初期の段階よりLMXの研究者たちは、役割形成過程を通じたLMX関係の発達についての仮 説に役割理論を用いた(Dienesch & Liden,1986; Graen & Cashman,1975; Graen &

Scandura,1987)。Graen & Scandura(1987)はLMXが役割取得(role taking)、役割形成(role making)、役割習慣化(role routinization)の進捗段階を辿ることを提示した(図 2-5)。

役割取得段階はサンプリング(またはトライアル)段階で、そこではリーダーはメンバーに期待する 役割を伝え、それに対する反応を受け取ることを通じてメンバーの能力、意欲、限界などを見極め ようとする。この初期の段階は、リーダーがメンバーのパフォーマンスを評価し、また別の新たな役 割を与えるかどうかを決定する。そのためその後の関係性の発達に重要な段階とも言える。

役割形成段階においては、様々な状況においてどのように振る舞うか、自分たちの関係性の質 を定義し始める。役割理論と異なる点は、リーダーとメンバーいずれもが、ロールエピソードを開始 することができる。この段階においては、情報、援助、自由度、資源といった様々な交換がなされ、

役割関係が発達する段階であると言える。

最後の役割習慣化段階においては、リーダーとメンバー相互の役割期待が安定化しコミットメント 段階に至る。二者間関係は、信頼、尊敬、忠誠、好意といった関係性に特徴づけられるようになる (Nahrgang & Seo,2016)。この段階では、ダブルコンティンジェンシー(相手の出方次第)の関係の 中で、二者間に何らかの創発的な秩序が成立しうると仮定している(Erdogan & Bauer,2014; 日 野,2002)。

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図 2-5 LMX の役割形成モデル

出所):Graen & Scandura (1987),p.180をもとに筆者邦訳.

このようにLMX理論では、リーダーとフォロワーが双方に価値ある資源を交換しあうことで役割 形成が促進され、最終的には信頼、尊敬、好意、相互依存で結ばれた関係性を築くとされている (Nahrgang & Seo,2016)。役割明確化の中核的要素は、上司と部下の社会的交換プロセスにお いて、相互の交渉を通じて役割期待を明確化していくことであるとされる(Graen & Scandura,

1987)。またLMX理論で、上司がin-groupの部下に挑戦的な課題や資源を与える理由や、部

下がそれに応えて自発的に期待以上のレベルの仕事をしようと動機づけられる理由は、社会的交 換理論が提示する互酬性や返報性により説明されている(Erdogan & Bauer,2014)。

Graenらは二者関係の役割形成を問題にする場合、その集団が非構造的な課題を遂行して

いることを強調している(Graen & Scandura,1987)。すなわち、組織においてその職務分掌 が明確化され、文書化され、それ以外に作業者の主体性、創造性などが付け入る余地がない ような職場においてはLMXモデルが主張するようなリーダー・メンバー関係は起こらない。

そこではマネジャーの管理はあっても、マネジャーのリーダーシップはないのである。従っ て、職務が多様で、創造的な領域ほど適用範囲は大きくなる(松原,1998)。その後の実証研究 においても、Dunegan, Uhl-Bien & Duchon(2002)が、役割曖昧性が低い場合LMXは部下の 成果に影響しないが、役割曖昧性が強い場合 LMXは部下の成果に有意に影響することを報告 している。

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また日野(2002)は、信頼という情緒面を問題にする場合、リーダーシップがフォロワーに課す不 確実性とリスクの程度にかかっているとしている。リーダーが純粋なルーティン業務にのみ関わり、こ のことについての影響力を行使しようと試みるのであれば、信頼はそれほど問題とされないであろ う。より不確実性の高い課題に取り組む場合、フォロワーに課す不確実性も高くなり、信頼される必 要も高くなる。フォロワーはリーダーを信頼しないことには影響力を受け入れず、リーダーシップが 成立しないとする。情報の不足した状態(高い不確実性)は信頼が要請される前提となることは、社 会学の分野においてジンメル(Simmel)、ルーマン(Luhmann)、ギデンズ(Giddens)により提示さ れている(宮垣,2008)。

以上の理論概念を踏まえると、不確実性が高い介護労働において、上司のリーダーシップを検 討する理論としてLMXは適合的であると言える。その理由を整理すると次の2点である。1つは、

介護はサービス提供過程において、ケアチームの中で双方向コミュニケーションにより課題を見 出し、軌道修正しながらサービスを提供していく必要がある。リーダーとフォロワーの交換関係を 通じて役割形成が促進されるというLMXの理論概念は、そのような状況に適合的であると考えら れる。

2つ目に、そうした不確実でリスクの高い職務であるが故に、リーダーシップを成立させるために は、LMX の質として示されるリーダーとの信頼関係がより重要になると考えられる。ヒューマン・サ ービスにおける情報の欠如(不確実性の高い状況)と信頼の要請については、宮垣(2008)におい ても指摘されている。加えて介護のようにボランタリズムが強いという特性(田尾,2001)に照らすと、

経済的交換よりも、尊敬、信頼、恩義などの精神的価値を重視する社会的交換が長期的に続く 動機づけに強く関連すると考えられる。

LMX理論はヒューマン・サービス分野にも適用されている。例えば、Chen, Wang, Chang et al.(2008)は、台湾のメディカルセンターと地域病院の看護師を対象にした調査において、LMX、

信頼、上司支援、組織市民行動の関係を検討し、LMX が信頼の形成と上司支援を媒介して組 織市民行動を高めることを明らかにしている。

また Davies, Wong & Laschinger(2011)は、カナダのケアホスピタルの看護師を対象にした

調査において、LMX とエンパワメントが個人の知識移転に与える影響関係を分析し、いずれも個 人の知識移転を高めると報告している。

Han & Jekel(2011)は、米国の病院において、LMXと職務満足、離職意向の関係を検討し、

LMXが職務満足を媒介して離職意向を低めることを明らかにした。

Brunetto,Shacklock,Bartram(2012)は、オーストラリアの公営と民営の病院において、LMX およびエンパワメントと情緒的コミットメントの関係を分析し、公民いずれの病院でも、LMX とエン パワメントの両方が情緒的コミットメントを高めていると報告している。とりわけ公営の病院の方が LMXの効果は高かった。

Hanse, Harlin, Jarebrant et al.(2016)は、スウェーデンの4つの病院の従事者(看護師、医

師、事務)を対象とした調査で、LMX とサーバントリーダーシップの 3 つの下位次元(謙虚さ、委 任、執事役)の関係を検討し、いずれの下位次元も LMX に有意に影響していると報告している。

とりわけ、謙虚さと委任の影響が大きいことが示されている。

介護分野においてLMXを導入した研究は限定的である。Trybou, Gemmel, Pauwels et al.,

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(2013)は、ベルギーの介護施設の看護師と介護士(看護助手)を対象にした調査で、LMX が職

務行動に与える影響関係を分析したところ、LMXは職務内行動(in-role)には影響はないが職務 外行動(extra-role)にプラスに影響することを報告している。とくに専門職アイデンティティと組織 的 アイデンティティが高い場合により強く影響 する と報告 している 。また、Trybou, Pourcq, Paeshuyse et al.(2014)はベルギーの病院と介護施設の看護師および介護士(看護助手)を対象 にした調査で、LMXが離職意向を低減すると報告している。

以上のように、欧米やアジアの各国において、医療等のヒューマン・サービス組織を対象に LMX が検討されているが、純粋に介護職員のみを対象とした研究はなく、とくにわが国には管見 の限り存在しない。わが国の介護労働研究に LMX を導入し、一般産業の先行研究と比較しなが ら介護労働における特徴を検討することは意義があると考えられる。また、ヒューマン・サービス組織 を対象にした研究においても、LMX の先行要因を検討する研究は限定的である。研究課題とし ては、いかに LMX の質を高めるかを介護労働の特性を踏まえて検討する必要があると考えられ る。

ドキュメント内 著者別名 SUGANO Masako (ページ 85-89)