• 検索結果がありません。

介護労働の特性

ドキュメント内 著者別名 SUGANO Masako (ページ 46-53)

第 2 章 介護労働の特性と人材マネジメント

1. 介護労働の特性とは何か

1.3 介護労働の特性

それでは、以上のようなヒューマン・サービス労働と一線を画する介護労働の特性とは何かにつ いて、本節で議論したい。前項で整理したヒューマン・サービス労働の特性と対応させながら、技 術、サービス関係、サービス提供者、顧客、組織、および外部環境という側面から、介護労働を特 徴づける論点について検討する。

(1) 技術

【他者の身体に触れ、その生活や内面に入り込む捉えどころのなさ】

第1章2節で示したとおり、ヒューマン・サービス技術の分類でみると、介護は「機能障害がある クライエント」に対して、主に「維持の技術」で対処するサービスであると位置づけられる。「維持の 技術」とは、人間の福利の維持を目指すものであり、他のヒューマン・サービス技術、すなわち「変 化の技術」や「処理の技術」と比べても、とりわけ曖昧で捉えにくいと言える(田尾,2001)。

それでは介護福祉学においては、介護とはどのように定義づけられているのだろうか。介護、介 護福祉、ケアワーク、介護サービスなど多様な用語が用いられているが、その定義は確立されたも のがなく、研究者や機関・団体等によって異なる。ここでは、介護福祉学の中心的学会の 1 つで ある日本介護福祉学会の提示する「介護」および「介護福祉」の定義をとりあげる。同学会によれ ば 、 介 護 と は 、 身 体 ・ 精 神 障 害 者 の ADL(activities of daily living= 日 常 生 活 動 作)、 IADL(instrumental activity of daily living=手段的日常生活動作)を援助する行為であり、

援助行為そのものを指す(一番ヶ瀬編著,2000)。ADLとは、日常生活を送るために最低限必要な 日常的な動作で、起居動作、移乗、移動、食事、更衣、排泄、入浴、整容のことである。IADL と は、日常生活を送る上で必要な動作の中でもADLより高度で複雑な買い物や洗濯、家事全般、

金銭管理、服薬管理、交通機関の利用などの動作・行動のことである。

介護福祉とは、上記の介護実践によって、日常生活欲求を如何に充足するかという探求の過 程である。また介護福祉とは、法的に規定された活動であり、日常的な生活の営みを支援する実

40

践過程において、偶発的な行為ではなく、人権尊重の思想を根幹に据え、誰のために、何を実現 するためのものかという理念的かつ指向性のある働きかけであり、専門性に裏付けられた実践で あるとされる(日本介護福祉学会事典編纂委員会編,2014,pp.4-5)。

介護と介護福祉は同義に用いられることが多いが、上記の定義に示すように、介護そのものは 援助行為の実践であり、介護福祉はその実践をどのように展開するのかという方法論を示してい る(日本介護福祉学会事典編纂委員会編,2014)。本研究で介護という場合、援助行為の実践の みを捉えているのではなく、介護福祉の概念を包含して使用している。

石田(2015)は、他のヒューマン・サービスと異なる介護労働の特性について次のように述べて いる。1 つ目は、衣食住という生活の基本のところに焦点をあて、そこから派生する生活問題を起 点として、要介護者の生活文化、生存権・発達権を追求していくこと、2 つ目に介護労働が働きか ける対象は、人格であると同時に、生活問題であること、3つ目に生活問題に直接関わると同時に、

現実の生活を内側から観察し人間理解を深めていくことであるとする。

石田の論を踏まえると、「生活」あるいは「生活問題」を対象とすることが介護労働の特性を表す 鍵概念であると考えられる。それでは生活とは何か。一番ヶ瀬編著(2000)によれば、生活とは「人 間らしく生きるための基本的欲求の充足過程」であるとする。基本的欲求の充足とは、生理的欲 求としてあげられる食事、排泄、清潔、睡眠などの行為の成立に加えて、精神的欲求、社会的欲 求、文化的欲求を充足させることである。「生活」は個人によって個性的なものとなり、一言で定義 づけるのは難しいことは言うまでもない(日本介護福祉学会事典編纂委員会編,2014)。

以上の議論より、介護労働の技術の特性は、援助行為を通じて他者の身体に触れる仕事であ ること、さらに他者の生活や生き方という内面に入り込む仕事であるために、その捉えどころのなさ や多様性、踏み込み方の難しさにあると言えるであろう。

こうした曖昧で不確実性が高いとされる技術の獲得方法については、次節で介護職員の能力 向上に関する先行研究レビューでとりあげる。

(2) サービス関係

【生活空間で個対個のサービス授受が行われる密室性】

生産と消費の同時性はサービスの特性であるが、その授受がなされるのが自宅や介護施設と いった生活の場つまりプライベート空間であることも、介護労働の特性を生み出す背景となってい ると考えられる。施設の場合であっても、空間の大小はあれ、居室、リビング、浴室、手洗所などの 生活空間であることには変わりはない。ユニットケアや個別ケアが重視される傾向や人員配置・シ フトの関係で、施設においても周りの目がないという状況は多い。密室性、閉鎖性が高いプライベ ート空間の中で、サービスの質・量の格差やサービス関係の不均衡が生じる可能性も高くなる。

サービス関係が不均衡になりやすいのはヒューマン・サービス労働に共通する特性であるが、

介護の場合、心身の機能障害を持つ要介護高齢者に対して、「ため口」や子供を扱うような対応 など、介護者が利用者を見下ろす位置に立つことも多いという(菊地,2011)。それが酷くなれば、

最悪の場合、高齢者虐待などの問題も生じかねない。虐待とは身体的虐待、ネグレクト(介護放 棄)、心理的虐待、性的虐待などがあるが(厚生労働省,2018a)、それ以外にもプライバシーへの 配慮がない(尊厳の侵害)、自由が制限される(自律の侵害)といったことも、準虐待として幅広く含

41 まれている(任,2014)。

もちろん虐待に至るような不適切な介護は、専門職としてのスキルレベルや組織の管理体制に 起因するところが大きいと考えられる。しかしながら、バーンアウト症状35の 1 つでもある「人を物の ように扱う」という脱人格化は、ヒューマン・サービスの職業病であるとも言われており、それが閉鎖 的な空間において起きやすいことは想像に難くない。

このように、サービスの授受が生活というプライベート空間において個対個の関係で行われるた め、サービスの質・量の格差やサービス関係の不均衡が生じやすいことは、介護労働におけるサ ービス関係を特徴づけるものであると言える。

(3) サービス提供者

【人材の多様性(相対的に低いプロフェッショナリズムと高いボランタリズム)】

第1章3節で触れたとおり、介護は家事労働の延長として捉えられてきた歴史的経緯から、子 育てを終えた女性の働き場、誰でもできる仕事という捉え方がなされ、家政婦等の生活関連サー ビスと同一視されがちという面を抱えている(西川,2009; 日本学術会議,2011; 上野,2012)。

そのような歴史的経緯に加えて、現状の人材の供給不足と、国家資格がなくても就職できるシ ステムが相まって、知識・経験等のレベルが一様ではない多様な人材が集まっていることも、すで に述べたとおりである。国家資格の有資格者は半数にも満たないのが現状である36。つまり、一定 の専門教育を受けてその仕事に従事している他のヒューマン・サービス専門職と比べて、介護労 働は未熟練労働者に支えられ、人材の多様性が高いことが特徴であると言えるだろう。

介護職は自分の仕事の良し悪しについて、「利用者からの感謝の言葉」、「利用者の笑顔」とい った利用者の反応を判断基準としているという報告もあり(西浦,2005)、他者のために尽くしたいと いう気持ちが強い傾向にあると考えられる。佐々木(2011)は、本来、専門職としての先見性やリー ド性に基づく判断や評価が必要な面についても、利用者に喜んでもらえる、感謝してもらえる、と いう他律的な評価に陥りがちとなるのは、専門職としての専門性確立において大きな危うさをはら んでいると指摘する。プロフェッショナリズムの価値や規範は相対的に低く、他者のために役立ち たいというボランタリズムに支えられているという側面が強いと言えるだろう。

介護職員の動機づけ要因については、次節で介護職員のワーク・モチベーションに関する先 行研究レビューで改めてとりあげる。

【多様な人材による非合理な判断・行動の強化】

他のヒューマン・サービスがそうであるように、科学的根拠がなくても、実証的な裏付けが乏しく ても、サービスを提供しなければならない。プロフェッショナリズムがあろうがなかろうが、熟練であ

35 バーンアウトとは「極度の身体疲労と感情の枯渇を示す症候群」と定義づけられ(Maslach,1978)、主 な症状としては、Maslach & Jackson(1981)によるMBI尺度(Maslach’s Burnout Inventory)として知 られる「情緒的消耗」(疲れ果てたという感情)、「脱人格化」(顧客に対して人間性を欠くような対応)、

「個人的達成の後退」(仕事の達成感に関する感情の低下)が代表的で、職務満足や意欲の低下を通じて 離職や生産性低下、サービスの質の低下を招くことが明らかにされている。

36 13節で述べたとおり、国家資格の有資格者は、訪問介護員31.5%、訪問介護員以外の介護職員

49.9%となっている(介護労働安定センター,2017b)。

42

ろうがなかろうが、介護職員は目の前の困っているお年寄りのために、とにかく何かをしなければ ならないという状況に置かれる。生活という身近なサービスであるために、自分自身の生活の知恵、

生活経験、そして、人生観等に依拠したサービスを提供しようとするのは必然であるとも言えるだ ろう。相対的に低いプロフェッショナリズムと、高いボランタリズムにより、専門性に基づかない、サ ービス提供者の強い実践的イデオロギーが形作られることになる。その中には、先述のように強者 の立場で、利用者を見下ろす位置に立つことや(菊地,2011)、逆に利用者からの感謝を判断基準 にしてしまうこと(西浦,2005)が含まれる。いずれにしても、専門性とは違った次元の判断・行動と なる。

だからと言って、介護職が自らのケアに自信を持っているかと言えば、必ずしもそうではない。

介護労働安定センター(2017b)によれば、介護職員の利用者およびその家族についての悩みの 第1位は「利用者に適切なケアができているか不安がある」(44.1%)、第2位「介護事故(転倒、誤 嚥その他)で利用者に怪我をおわせてしまう不安がある(24.8%)、第 3位「利用者と家族の希望が 一致しない」(24.3%)となっている。日頃から、不安を持ちながらサービス提供している人が半数近 くいることがわかる。

このように、他者の身体に触れ、他者の生活や内面に踏み込むという本質的な難しさを持ちな がら、その捉えどころのなさと、日常生活の支援という身近なサービスであるがゆえに、サービス提 供者自身の実践的イデオロギーに基づいた非合理な判断・行動がより強く全面に出がちとなる。

強い自信や信念に基づいている場合もあれば、不安を抱えながらも“とにかく何かをやる”ことが 優先されている場合もあるだろう。もちろん専門性を高め、プロフェッショナリズムの価値や規範が 注入されれば、こうした傾向は小さくなると言えるだろう。

(4) 顧客

【要介護高齢者の期待の不明確性/心身機能や生活の継続的な変容性】

利用者の期待の不明確性はヒューマン・サービスに共通する特性であるが、とりわけ高齢者介 護においては、その不明確さの度合いは大きいと考えられる。例えば、そもそも介護サービス利用 を本人は希望していない場合もある。法制度の理解が乏しく、何をどこまでやってもらえるのかイメ ージできていないことも多い。訪問介護員などは家政婦と同様の認識を持たれているケースもある。

利用者が認知症や重度の障害などにより、判断ができない場合も多い。仮に判断可能であるとし ても、自立した生活が営めるようにという介護本来の目的を逸脱して、“あれもやってほしい、これ もやってほしい”と依存的なケースも多々ある。利用者より家族の期待の方が大きい場合も多い。

利用者の変容性もヒューマン・サービスに共通する特性であるが、高齢者介護の場合、心身機 能の変化の方向性は、一時的に改善することはあっても、大きな流れとしては死に向かって衰え ゆく方向性にある。緩やかに衰えていくこともあれば、急変することもある。「昨日まであんなに元 気だったのに」ということも多々ある(本岡,2013; 山口,2014)。そのようなリスクに対して、サービス 提供者は利用者に関する小さな変化に気付き、適切に対応することが求められている。この点を 捉えて、社会学者の阿部(2007)は介護労働を「気づきの労働」であるとしている。

このような顧客の特性に対して、双方向コミュニケーションを通じて対応していく必要があるのは、

他のヒューマン・サービスと同様であるが、とくに利用者自身の期待や目標が極めて曖昧な点や、

ドキュメント内 著者別名 SUGANO Masako (ページ 46-53)