第 6 章 仕事への動機づけと能力向上につながる介護人材マネジメント
2. 仮説の構築
4.2 仕事への動機づけと能力向上の関係
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能力向上(β=.13,p<.01)から達成動機に影響するモデル(図 6-7)も、達成動機(β=.13,p<.01) から能力向上に影響するモデル(図 6-8)も、パスは有意となり、影響の強さは同じであった。モデ ルの適合度を比較すると表 6-8のとおりである。
表 6-8 モデルの適合度指標の比較(パス図③と④の比較)
いずれの適合度指標もパス図③(図 6-7)の方が望ましい数値を示した。複数のモデルの当ては まりを比較する際に使われる代表的な指標AIC(Akaike’s Information Criterion; 赤池情報量 基準)に着目すると、パス図③の方が小さい値を示したため、能力向上が達成動機に先行すると いうパス図③(図 6-7)のモデルの方がより当てはまりの良いことが示された。
なお、達成動機と能力向上に双方向の影響があるというモデルの分析も試みたが、達成動機 から能力向上につながるパスが有意にならなかった。
5.考察と今後の課題
5.1 考察
本章の分析では介護労働の特性を踏まえて、リーダーとフォロワーの交換関係の質を表す LMX理論を導入し、介護職員の仕事への動機づけ、ならびに能力向上に及ぼす影響と、その先 行要因を確認した。その結果、仕事への動機づけについては、関係・タスク志向(育成的関わり)、
関係・変化志向(創発的コミュニケーション)、およびタスク志向(タスク・マネジメント)が、LMX を経 由して達成動機に影響することが示された。関係・変化志向(創発的コミュニケーション)は、LMX のみならず、達成動機にも直接的な強い影響を示した。影響の大きさはLMXより強かった。
能力向上については、関係・タスク志向(育成的関わり)、関係・変化志向(創発的コミュニケーシ ョン)、およびタスク志向(タスク・マネジメント)と能力向上の関係を、LMX は媒介していなかった。
関係・変化志向(創発的コミュニケーション)のみが、能力向上に直接的な強い影響を示した。
また達成動機と能力向上の関係について検討した結果、能力向上が達成動機に先行するモ デルがより当てはまりが良いことが示された。以下、本章の分析結果を考察する。
(1) 介護労働におけるLMXの先行要因
まず1つ目に、職場のタスク志向(タスク・マネジメント)が LMXの先行要因になるという点につ いてである。先述のとおり、先行研究ではリーダーによる役割明確化、計画、モニタリングというタ スク志向はLMXに影響していないと報告されていた(Yukl et al.,2009; O'Donnell et al.,2012)。
パス図③ (図6-7)
パス図④ (図6-8)
CFI 1.000 1.000
GFI .997 .996
AGFI .989 .985
AIC 35.126 36.191
RMSEA .000 .000
P .681 .522
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本調査でタスク志向がLMXに正に影響した理由は、仮説構築の際に述べたとおり労働特性にあ ると考えられる。非構造的な職務であっても、役割が明確で職務遂行に必要なリソースにアクセス しやすく自律度が高い職務の場合、タスク志向はそれほど必要ではなく、リーダーへの信頼やサ ポ ー ト 感 を高 め る 要 因 に は な ら な い と 考 え られ る 。し か し 介 護 分 野 の 先 行 研 究(Havig et
al.,2011; 中野,2007)でタスク志向のリーダー行動が部下の職務満足に強く影響していることか
らも、不確実性の高い介護労働の場合、役割分担を明確にし業務プロセスを統制するタスク・マ ネジメントは歓迎すべき職場要因であり、それによってリーダーもチームのマネジメントがやりやす くなり、部下はリーダーへの信頼やサポート感を高めるのではないかと考えられる。タスク・マネジメ ントの平均得点は相対的に低く、組織上のマネジメント不全が多いというこれまでの指摘(田中・栃 本編著,2011)と考え合わせても、マネジメントが機能するような組織・チーム作りが重要であると考 えられる。また本調査の結果は、介護過程のPDCAの展開が質の向上ややりがいにつながるとさ れる介護労働の場合の特徴とも考えられる。
2 つ目に、関係志向(道具的サポート)とタスク志向(緊張醸成)が 1 因子となった関係・タスク志 向(育成的関わり)が、LMX に強い影響を与えていた点についてである。Yukl et al.(2002)にお ける「育成(developing)」の定義は、「コーチングとアドバイスを与え、スキル開発の機会を与え、
成員がスキルを改善するための学習を支援する」というものであり、関係志向とタスク志向の双方 に負荷することが示されている。Yukl et al.(2002)によれば、育成の中核はコーチングであり、例 えば、課題を遂行するより良いやり方を示したり、どうしたら課題をより良く遂行することができるか という学びを助けるような質問をしたり、失敗から学ぶ支援をしたり、解決策を与えるよりもどうした ら複雑な問題を解決できるか説明したりすることが含まれる。また育成には、特別な仕事を任せた り、挑戦的な新しい責任を与えるなど、スキル開発や自信を深めるような機会を与えることも含まれ る(Yukl et al.,2002)。以上を踏まえると、情報や知識などのリソースを与える道具的サポートと、
難しい課題や高い目標達成をあきらめないで乗り越えさせようとする緊張醸成が一体となった「育 成的関わり」は、Yukl et al.(2002)の「育成(developing)」に相当する概念であると考えられる。
Yuklらの研究(Yukl et al.,2009; O'Donnell et al.,2012)では、「育成」はLMXに影響して いなかったが、本章の分析において育成的関わりは、上司への信頼やサポート感を高めることが 示された。Yuklらによれば、LMXの先行要因になるのは部下の福利向上にいかに配慮している かを表す概念であるとされる。一般産業で「育成」がLMXに影響しないのは、課題達成に向けた コーチング的な関わりには、一定の困難や緊張が発生するからであると考えられる。
一方で本調査の分析で、関係・タスク志向の「育成的関わり」が LMX に影響していた理由は、
介護労働の職務特性と人材特性にあると考えられる。職務の不確実性が高く、人材の未熟練性 が高い介護労働において、利用者を援助するための道具的サポート(知識や技術等、リソースの 提供)は、職務を遂行する上で極めて重要で、ストレスを低減し(鈴木,2009)、満足を高めるもので ある(厨子ほか,2012)。よって道具的サポートは上司のサポート感を強く感じさせるものと考えられ る。「緊張醸成」は難しい課題や高い目標達成をあきらめないで乗り越えさせようとする概念なの で、文字通り緊張(ストレス)を高めることにもなり、それ単独では決して“福利”とは言えないであろ う。そうは言っても、介護職員のモチベーションは第一義的に利用者援助に向けられているため、
利用者の困難な状態をできるだけやわらげ、利用者の可能性をあきらめないで自らが関わってい
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けることは、ポジティブな感情を引き起こすものともなりうる。またそのような利用者本位の上司の姿 勢は、信頼や尊敬を高めるものと考えられる。そのため、道具的サポートを伴う緊張醸成であれば、
部下はそれを育成的関わりと感じ、より良く利用者援助を行うためのサポートであると受け止める のではないだろうか。技術的不確実性、人材の未熟練性に加えて、利用者援助と職場の人間関 係に強く動機づけられるという介護労働の特徴ゆえに、厳しさと配慮の双方を含む上司の育成的 関わりは信頼、サポート感という福利的な知覚につながるものと考えられる。
3 つ目に、関係志向(相互支持性)と変化志向(革新指向性)が 1 因子となった関係・変化志向
(創発的コミュニケーション)が、LMX に影響していた点についてである。先述のとおり、金井
(1991)によれば「相互支持性」と「革新指向性」は相関が強く、変革には自由な情報フローが不可 欠であるとされている。本調査の分析では、両者が一体的な概念と捉えられていることが確認され、
介護の現場においては、双方向コミュニケーションを通じた相互支持性と革新指向性は密接につ ながった概念であることを示していると考えられる。
関係・変化志向の「創発的コミュニケーション」がLMXを高める理由もまた、介護労働の職務 特性と人材特性にあると考えられる。介護は誰一人として同じやり方が通用するということはなく、
一人ひとりの異なる生活、異なる心身の状態、異なる生活歴を踏まえて対応していく必要がある。
生活を対象とした身近なサービスであるために、そこに様々な価値観や判断が交錯する。加えて 密室性が高いことや、人材の知識・技術レベルはマチマチで多様性が高いことも相まって、放って おけば独りよがりのサービス提供に陥りやすい。このような不確実性の高い介護労働において、日 常的に小さな気づきを言葉にして共有しあい、自分たちのケアをともに振り返り、利用者にとって 真に良いことは何なのか、創造性に富んだ自由なコミュニケーションができる環境であることが重 要であると考えられる。そのような職場環境作りに上司の考えや態度が関連していることも多いた め、それが上司への信頼やサポート感を高めるものと考えられる。
以上の点より、タスク志向、関係・タスク志向、関係・変化志向がLMXを高めるという本章の分 析結果は、介護労働の場合の特徴と考えるのは妥当であると考えられる。
(2) 介護職員の仕事への動機づけの影響要因
仕事への動機づけに対して、以上の上司要因、職場要因が LMX を媒介して達成動機に強く 影響していた。しかしながら、LMXより創発的コミュニケーションの影響の方が大きかった。この点 について考察する。
LMXのメタ分析によれば、LMXはフォロワーのモチベーションや職務満足に正の影響を及ぼ すことが明らかにされている(Martin et al.,2016)。LMX は部下の心理面にポジティブな影響を 与える効果が強いと言えるだろう。介護職員の場合も、上司サポートがストレスを緩和し(鈴 木,2009)、職務満足に強い影響を与える(厨子ほか,2012)という先行研究を踏まえると、上司と部 下の関係性の質が高いと仕事への動機づけも高くなるものと考えられる。
一方で創発的コミュニケーションは LMX よりも動機づけ効果が高いことが示された。先行研究 レビューで論じたように、これまで介護職員の動機づけ要因としては、利用者本位の介護を実践し、
それに手ごたえを感じられること(神部,2012; 増原,2015)、上司やチームメンバーからサポートを 受けられる環境にあること(蘇ほか,2006,2007; 壬生・神庭,2013; 山中,2008 など)、コントロール
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感、自律性、有能感が重要であること(宇良,1998; 岩月ほか,2001; 蘇ほか,2006,2007 など)が 示されている。利用者援助に向けたチーム内の創発的コミュニケーションは、それらすべてを高め る重要な要因になると考えられる。利用者の願いをかなえるために、今までのやり方や固定観念 にとらわれない方法を考えながら試してみるということを、上司に限らずチームで意見交換しなが ら取り組める環境であることが、何よりやりがいにつながるのではないだろうか。そのため創発的コ ミュニケーションは、上司と部下の関係を介さなくても、達成動機に強い影響を及ぼすものと考え られる。個々に対する働きかけより、チームに対する働きかけの影響の強さが示唆された。
(3) 介護職員の能力向上の影響要因
能力向上に対して、LMX も上司の育成的関わりも影響せず、創発的コミュニケーションの強い 影響のみが示された点について考察する。
これまでの研究で、LMX は部下の心理面だけではなく、仕事のパフォーマンス、組織市民行 動、キャリアの成功(昇進)、問題解決のための革新的・創造的な行動に対しても正の影響を及ぼ す研究が多く示されている(Erdogan et al.,2014)。また看護師を対象にした調査では、LMX が 個人の知識移転を高めることが報告されている(Davies et al.,2011)。これらの研究を踏まえると、
LMXが能力向上に影響することが想定されたが、そうはならなかった。
また、介護分野で上司の関わりの重要性を示している研究として、訪問介護のサービス提供責 任者の人事管理能力(ヘルパーへの育成的関わりや適切な情報提供)がヘルパーの職業能力に 影響すること(佐藤・大木・堀田,2006)、施設系でも上司のソーシャル・サポートが部下の能力発 揮・成長に影響すること(蘇・岡田・白澤,2007)等がある。能力向上に対して、上司の関わりの大き さが予想される研究結果である。
一方で、一般産業で能力向上と上司の関わりに関して、中原(2010)は上司の内省支援と精神 支援は部下の能力向上に有意に影響するが、業務支援は影響しないと報告している。また榊原
(2005)は上司による権限委譲 OJT は能力向上に有意に影響するが、職場指導 OJT は影響し
ないと報告している。つまり人を育てる上司の関わり方としては、教示的・指導的な関わりをするこ とよりも、仕事を任せ、内省を支援することが効果的であることが示唆されている。これらの研究は、
従来の上司によるOJTや教示的・指導的スタイルの限界を示しているとも考えられる。
上司に限らず他者との相互作用が個人の成長にとって重要であることを示す研究として、熟達 者研究がある。仕事における実践知は、職場の同僚や上司、顧客など他者との相互作用におけ る対話や教え合い、情報のやりとりによっても学習される。学習者は、仕事場の実践コミュニティに 参加することを通して、他者、道具などのリソースを利用し、スキルや知識を獲得していくとされる (金井・楠見,2012)。また、職場だけでなくカフェ等での語り合いが組織の社会資本となり個人の 能力向上につながること(Cohen & Prusak,2001)が示されており、職場におけるメンバー同士の 公式・非公式のコミュニケーションが重要であることが示唆されている。
介護分野においても、意見交換や新しい機会にチャレンジするエンパワー風土(西川,2004b,c) や、対話による統合方略がとられる条件下でのタスク・コンフリクト(白石・藤井・影山,2012)が能力 向上につながることが明らかにされている。これらの結果は、チームの中での対話により、新たな 知を獲得したり、異なる意見や考えに触発されたり、内省が促されることによって学習が促進され