第 3 章 リサーチ・クエスチョンの設定と調査分析の全体像
1. リサーチ・クエスチョンの設定
第2章の先行研究レビューとそこから見出された本研究の着眼点を踏まえて、3つのリサーチ・
クエスチョンを設定した。第2章4節で示したように、本研究では、Yuklらの提案するタスク志 向、関係志向、変化志向という3つのメタカテゴリーを分析フレームとする(図 3-1)。介護労働の 特性に適合するマネジメントやリーダーシップについて十分に明らかにされているとは言えないこ とが本研究の問題意識の出発点であるが、偏りがない包括的なフレームを援用することにより、介 護人材マネジメントの方向性について新たな示唆が得られるものと考える。
図 3-1 本研究の分析フレーム
出所:筆者作成.
まず介護事業所における有効な職場のマネジメントを検討する必要がある。有効な職場のマネ ジメントとは、人材の意欲や成長を促すとともに、高いサービス品質と財務的成果を実現すること ができるようなマネジメントである。これまでの研究では、職場のマネジメントとそのような人材面、
サービス品質面、財務的成果等の事業成果との関連はほとんど検討されていない。
先述のとおり、現行法制度上の問題として、事業者にとって質向上に対するインセンティブが働 きにくいため、コスト削減の方向に向きやすいことが指摘されている。介護労働実態調査(介護労 働安定センター,2017a)によれば、事業を運営する上での問題点として「今の介護報酬では、十 分な賃金を払えない」(第2位:50.9%)、「経営(収支)が苦しく、労働条件や労働環境の改善をし たくてもできない」(第3位:31.2%)など、経営資源の余力に乏しく雇用管理改善のための余裕が ない実態がうかがわれ、人材への投資が進まないことが危惧される。質の高いサービス提供のた めに人材マネジメントに力を入れることは、コストアップというネガティブ要因ではなく、サービスの 質を高め、結果的に地域での評判を高め、新たな顧客確保や人材確保につながり、事業成果を 生み出す源泉になるということを、事業者に啓発していく必要があると言えるだろう。
97
人材の意欲や成長を促すだけでなく、高いサービス品質や財務的成果につながる職場のマネ ジメントがどのようなものかがわかれば、事業者にそのようなマネジメントを迷いなく推奨することが できるようになるだろう。そこでどのような職場のマネジメントが人材面、サービス品質面、財務面の 事業成果にプラスの影響を与えているかについて検討することとし、次のRQ1を設定した。
【RQ1】:介護事業所において、どのような職場のマネジメントが、人材面、サービス品質面、財務 面にプラスの影響を及ぼしているのだろうか
RQ1 の解明により、人材面を含む事業成果につながる職場のマネジメント要因が明らかになっ たとしても、労働特性との関連は不明なままである。労働特性と関連づけて検討する必要がある。
ストレス研究では、介護職員が認知する労働特性とストレスの度合いの関係が論じられ、その対処 として上司や職場メンバーのソーシャル・サポートの重要性が指摘されてきた。しかしながら、労働 特性の影響が職員のストレスの程度に限定されており、本研究の着眼する意欲や成長といった発 展的な人材マネジメントとの関連は検討されていない。また、職員の認知によるもので上司がどの ように認識しているかという視点では検討されていない。介護現場で人材マネジメントを行う上司 が、労働特性をどう認識し、どのような人材マネジメントを行っているかを、行動レベルで捉えること は意義があると考えられる。つまり、労働特性とリーダー行動の関連の検討である。
労働特性とリーダー行動の関連を検討するにあたっては、具体的に介護現場で起こるマネジメ ント上の問題・困難性を明らかにした上で、それに対処するリーダー行動を抽出することが有効で あると考えられる。労働特性、その影響で引き起こされるマネジメント上の問題、その対処のため に有効なリーダー行動とその成果という一連の対応関係が明らかになれば、上司は、どのような状 況において、どのようなリーダー行動をとれば良いのか、なぜそれが有効と言えるのか、説明がし やすくなるだろう。どのような時に、どのリーダー行動を行使すれば良いのか、それはなぜかという 点を解明することは、リーダーシップ研究における研究課題の 1つとされ(Yukl,2012, 2013)、議 論を重ねる意義は大きい。
もう 1 つには、日頃からどのようなリーダー行動を重視しているかも重要な着眼と言えるだろう。
リーダー行動は、問題への対処にのみ行使されるわけではなく、日ごろからの働きかけが、問題の 予防としても、発展的なマネジメントとしても重要であると考えられるからである。日頃から重視して いるリーダー行動は、実践や経験から獲得された学びであり、リーダー行動に関する素朴理論で あると位置づけられる。素朴理論とは、必ずしも公式的な理論に基づくものではなく、自分なりの 信念や考えを持っていることで、金井(2005)はリーダーシップを自ら実践している人物の語る理論 を、Schӧn にならって「内省的実践家の持論」と呼び、より実践に役立つものであると位置づけて いる(金井,2005,pp.95-98)。つまり、日頃からどのようなリーダー行動を重視しているかという問い は、「内省的実践家の持論」を言語化する作業にあたると考えられる。
以上のようなリーダー行動の検討の際、前節で触れたように、上位次元で統計的に検討しようと する限り、ステレオタイプのリーダーシップ論に陥ってしまう可能性や、結局どれも重要であるとい う従来の示唆に留まる可能性がある。本研究が目的とする介護労働の特性を踏まえた職場の上 司のリーダー行動を検討するためには、質的調査・分析方法を用いた帰納的なアプローチが有
98 用であると考えられる。そこで、次のRQ2を設定した。
【RQ2】:①介護労働にはマネジメントを困難にする特性があると指摘されているが、介護事業所 において上司が人材マネジメントを行う上で、具体的にどのような問題に直面するのだ ろうか。それはどのような労働特性に起因するのだろうか。優れた上司は、その問題に 対していかなるリーダー行動を行使して成果に結びつけているのだろうか
②介護事業所でリーダーシップを実践し成果を出している優れた上司が、日頃から重視 するリーダー行動はどのようなものだろうか
RQ2 で得られた定性的示唆を踏まえ、介護職員の意欲と成長を促す発展的な人材マネジメン トを検討するために、仕事への動機づけと能力向上に影響する職場要因・上司要因を統計的に 検証する必要がある。その際、第2章4節で着眼点として示したように、本研究ではLMXを導入 する。不確実性とリスクの高い介護労働においては、役割形成と信頼関係形成という理論概念を 持つLMXが適合的であることは先に述べたとおりである。職場のマネジメントと上司の関わりの検 討に LMX を導入するのは、それらが、マネジメントを担うキーマンである上司との関係性の質を 通じて部下に届けられると考えられるからである。
LMX研究は、1970年代より始まり初期の段階では二者間関係を分析レベルとしてLMXの影 響を検討する研究、その後 LMX の先行要因を検討する研究が盛んになり、現在はチームを分 析レベルとする研究に発展している(Day & Miscenko,2015)。本研究では、介護分野における LMX研究の希少性より、まずは二者間関係を分析レベルとして、LMXの先行要因およびその影 響を分析し、一般産業における既存研究と比較しながら、介護労働における特徴を検討する必要 があると考えられる。一般産業との違いが確認できれば、介護労働の特性が説明しやすくなるだ ろう。
LMXは関係性の質を表す概念であり、Yukl, O’Donnell & Taber(2009)が指摘するように、
それがどのような要因により高められるのか先行要因の検討はとりわけ重要であると考えられる。
そこで、次のRQ3を設定した。
【RQ3】:不確実性が高い介護労働において、LMX は介護職員の動機づけや能力向上に対して どのような機能や影響を持つのだろうか。また LMX はどのような上司要因や職場要因に より形成されるのだろうか。一般産業での先行研究と比較して、介護労働における特徴は どのようなことだろうか
99
以上のリサーチ・クエスチョンを概念図にすると図 3-2のとおりである。
図 3-2 本研究のリサーチ・クエスチョン(概念図)
出所:筆者作成.
100