第 6 章 仕事への動機づけと能力向上につながる介護人材マネジメント
2. 仮説の構築
2.2 LMX の先行要因
これまで LMX の先行要因としては大きく部下要因、上司要因、組織要因等が検討されている (Nahrgang & Seo,2016)。本研究では、経営者や管理者が手を打つことができる要因を検討す るため、上司要因および職場要因に着目する。
リーダー行動とLMXの関係を検討したYuklらの研究(Yukl,O'Donnell & Taber, 2009)に よれば、関係志向、タスク志向、変化志向というリーダー行動の3つのメタカテゴリー(第2章3節 参照)に照らすと、関係志向(支援、承認、相談、委任)のリーダー行動はLMXに強い正の影響を 及ぼし、タスク志向(役割明確化、計画、モニタリング)や、変化志向(変化のビジョン作り)は影響が 見られないと報告している。その後の研究(O'Donnell, Yukl & Taber,2012)でも、関係志向(支 援、委任)がLMXに影響し、タスク志向(役割明確化、計画、モニタリング)と変化志向(変化のビジ ョン作り、変革思考の促進)はLMX に影響しないことを再確認している。Yukl らは一連の研究を 通じて、LMXに影響するのはリーダーがフォロワーの福利にいかに配慮しているかを表す要因で あり、組織の目標達成や戦略遂行のためのタスク志向、変化志向は、しばしばフォロワーの福利と トレードオフの関係になるためLMXに影響しないと結論づけている75。
繰り返しになるが、本章ではこの Yukl らの研究に示唆を得て、関係志向、タスク志向、変化志
75 これまでの研究で、変革型リーダーシップ(transformational leadership)がLMXに正の影響を及ぼ すことが報告されている(Anand, Hu, Liden et al.,2011;Wang, Law, Hackett et.al., 2005)が、変革型 リーダーシップとLMXの関係について、Yukl, O'Donnell & Taber(2009)は批判的に考察している。1 つは、変革型リーダーシップを構成する4つの下位次元は相関が高く、分析においては単一の概念とし て取り扱われているため、具体的にどの要素がLMXに影響しているのか検討されていないことであ る。それを検討している唯一の研究としてDeluga(1992)をあげ、「個別配慮」(関係志向)と「理想化の 影響」(変化志向または関係志向)のみがLMXに影響し、「モチベーション鼓舞」と「知的刺激」という 変化志向の次元は影響していないことを指摘している。
「理想化の影響」は、従業員の福利向上を強調するものであれば関係志向、組織の使命や戦略に関連す る価値を強調するものであれば変化志向であるとしている。変革型リーダーシップは関係志向と変化志 向が結合したものであり、変革型リーダーシップの関係志向の要因がLMXに影響しているとしている (Yukl et al.,2009)。
なおYuklらの2つの実証研究の結果、変化志向に分類される「範を示す」(leading by example)は1%
水準でLMXに影響していた。Yukl et al.(2009)によれば、「範を示す」リーダー行動は変革型リーダー シップの「理想化の影響」に関連する要因であるが、カリスマ的行動ではなく部下のロールモデルにな ることである。よって「範を示す」リーダー行動は部下の福利向上につながる関係志向の要素が強いた めLMXに影響しており、Deluga(1992)の研究に整合すると考察している。
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向というメタカテゴリーを援用し、LMXの先行要因を検討する。本章の調査では、これまで介護労 働研究において動機づけや能力向上に関連すると報告されている要因、および第5章の定性的 示唆も踏まえて、「関係志向」として上司の支援的関わり、およびチーム内での相互コミュニケーシ ョン、「タスク志向」として役割分担の明確化や業務プロセス統制等のタスク・マネジメント、および 高い目標や困難な課題に挑戦する緊張醸成、「変化志向」として良いアイデアを取り入れ新たな ことに取り組む革新指向の職場風土を検討する。上司の支援的関わり、および緊張醸成は上司 要因であるが、それ以外は職場要因として検討する。リーダー行動のみに焦点を当てるのではな く、上位者の考えや組織風土が反映された職場の特徴として検討することが妥当であると考えら れるためである。以下、仮説を設定する。
[関係志向]:Yukl らの研究(Yukl et al.,2009; O'Donnell et al.,2012)では上司の支援は LMXに強い正の影響を及ぼしていた。職場要因とLMXを検討した研究では、人間関係を重視 する職場風土が LMX に影響することが報告されている(Aryee & Chen,2006)。人間関係重視 の職場風土は、相互協力の行動を促進するため、上司と部下の関係構築にも良い影響をもたら すためであるとされる。このように上司要因としても職場要因としても、「関係志向」と LMX の関連 の強さが明らかにされている。
介護分野においても、上司のソーシャル・サポートは職務満足の重要なリソースであることが確 認されており(壬生・神庭,2013; 厨子・井川,2012)、上司への信頼やサポート感に強く影響するこ とが予想される。また同僚支援と上司支援は相関性が高いことが確認されており(壬生ほか,2013)、
職場の関係志向が LMX にも正の影響を与えるというのは先行研究と同様と考えられる。よって、
以下の仮説が設定された。
仮説3 上司の「関係志向」(支援的関わり)は、LMXに正の影響を与える
仮説4 職場の「関係志向」(チーム内の相互コミュニケーション)は、LMXに正の影響を与える
[タスク志向]:Yuklらの研究(Yukl et al.,2009; O'Donnell et al.,2012)では役割明確化、計 画、モニタリングという上司の「タスク志向」は LMX に影響していなかった。彼らの研究の調査対 象は、多様な産業のプロフェッショナル、技術職等がメインであり、非定型的な仕事ではあるが、
組織における役割は明確で職務遂行に必要な情報へのアクセスや自由度等のリソースがある程 度確保されており自律度が高いと言える。そのため支援や委任等の関係志向は仕事をしやすく するため歓迎されるが、役割明確化、計画、モニタリング等のタスク志向はそれほど必要なく、上 司への信頼やサポート感を高める要因にはならなかったものと考えられる。
一般にタスク志向のリーダー行動が部下の職務態度に及ぼす影響は一貫性のある結果は得ら れておらず、その理由として上司の支援的行動の強弱や職務特性等の状況要因によって異なる ことが指摘されている(Yukl,2013; 野中・加護野・小松ほか,2013)。
介護分野においては、タスク志向のリーダー行動は部下の職務満足に直接的に強く影響する ことが確認されている(Havig, Skogstad, Veenstra et al.,2011; 中野,2007)。その理由はタスク 志 向 が職 務 の不 確 実 性 を補 い 、部 下 に歓 迎 される ものであ ると説 明 されてい る(Havig et
157 al.,2011)。
第 4 章の A 社の分析でも「PDCA に沿った業務運営」が人材活性度に強く影響していること や、第 5 章の質的調査でも「ケア目標設定と PDCA 実践」が仕事の意義ややりがいの創出につ ながる 1 要素であったことからも、タスク志向のポジティブな影響が予想される。不確実性の高い 介護労働において、役割分担を明確にし業務プロセスを統制するタスク・マネジメントは歓迎すべ き職場要因であり、それによって上司もチームのマネジメントがやりやすくなり、部下は上司への信 頼やサポート感を高めるのではないかと考えられる。よって、以下の仮説が設定された。
仮説5 職場の「タスク志向」(タスク・マネジメント)は、LMXに正の影響を与える
その一方で、高い目標や困難な課題に挑戦させる緊張醸成のような上司要因は、部下にとっ ては心理的抵抗感を与える可能性が高い。伝統的なリーダーシップ行動論の1 つである PM理 論 では、圧力 P(目標達成)行動は部下に対して心理的抵抗感を与えるリーダー行動であるため 単独ではネガティブな影響を及ぼすが、M(集団維持)行動が強い場合においては、圧力 P が部 下の職務態度や職務成果に対してプラスの影響を及ぼすことが確認されている(三隅,1984; 山 田,1987)。つまり情緒面や関係性への配慮が伴わなければ、上司の目標達成志向のリーダー行 動を部下が受容しないものと考えられる。
第 5 章の質的調査では、緊張醸成、技能教育、個別配慮の組合せが部下の技能向上と意識 転換につながっていることが示されたが、技能教育や個別配慮という支援があって初めて部下は 緊張醸成を受け入れているものと考えられる。緊張醸成単独では、上司への信頼やサポート感に はつながらないと考えられる。よって、以下の仮説が設定された。
仮説6 上司の「タスク志向」(緊張醸成)は、LMXに影響しない
[変化志向]:Yuklらの研究(Yukl et al.,2009; O'Donnell et al.,2012)では、変化のビジョン 作り、変革思考の促進という変化志向の要因はLMXに影響していなかった。組織の戦略遂行や 変革推進は、必ずしも部下の福利とは一致しないこともあるからである。ただし、部下の福利向上 に配慮するような変化志向であれば、LMXに影響するとされている。
介護分野の研究で変化志向を含む概念と職務意識の関連を検討したものとして、変革型リー ダーシップがチームワークを媒介して職務満足につながることが示されている(呉,2013)。変革型 リーダーシップは 1 因子として扱われているが、共分散構造分析によって個別配慮と知的刺激の 影響が大きいことが示されており、知的刺激という変化志向がチームや個人に歓迎される要因で あることが示唆されている。
第5章の質的調査では、閉鎖性や多忙という職場特性より、今までと違うことや変化を嫌がる傾 向が起きやすいことが語られた。その一方で、利用者援助のためにアイデアを出し新しいことに取 り組むような働きかけが、職員の職務意識・職務態度をポジティブなものに変えることが見出され ている。前者のような変化志向は組織による上からの変革推進であるため、職員の職務意識にネ ガティブな影響を与えるが、後者のような変化志向はより良い利用者援助のための現場からの革 新行動を促すような働きかけであるため、職員の職務意識にポジティブな影響を与えるのではな
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いかと考えられる。そのため本研究が着眼する「革新指向性」のような変化志向の職場風土は、介 護職員に歓迎され、そのような職場風土が上司の姿勢やマネジメントに依存する部分も多いため、
上司への信頼やサポート感にもつながるものと考えられる。よって以下の仮説が設定された。
仮説7 職場の「変化志向」(革新指向の職場風土)は、LMXに正の影響を与える
LMXは直接効果だけではなく、媒介効果を果たすことが注目されている(Martin, Guillaume, Thomas et al.,2016)。例えば、Wang, Law, Hackett et.al.(2005)は、変革型リーダーシップと 職 務 業 績 の 関 係 を LMX が 媒 介 し て い る と 報 告 し て い る 。 竹 内 ・ 竹 内(2010)は 高 業 績
HRM(human resource management)システムが、LMX を媒介して、部下の職務満足、職務
関与 、職務成果いずれの従属変数 にも正の関係 を与 えていることを示 している。Aryee et
al.(2006)は、人間関係重視の職場風土は LMX を媒介してサイコロジカルエンパワメント76につ
ながっていると報告している。つまり、上司要因のみならず、職場要因や人的資源管理といった組 織要因は、職場の上司と部下の関係を介して、部下の職務意識や職務成果に影響を及ぼすこと が示されている。その理由は、人的資源管理施策の運用や職場の雰囲気等が、職場のキーマン である上司に依存する面が大きいからであると考えられる。
以上より、LMXの先行要因がLMXを媒介して仕事への動機づけ、ならびに能力向上につな がっていると考えられる。よって以下の仮説が設定された。
仮説8 LMXの先行要因と仕事への動機づけの正の関係を、LMXが媒介する 仮説9 LMXの先行要因と能力向上の正の関係を、LMXが媒介する
なお、仮説6で上司の「タスク志向」(緊張醸成)はLMXに影響しないと設定したが、第5章で は、困難な課題や新たなことへの挑戦を促す緊張醸成が、対人援助職の専門性と職業倫理の獲 得につながる可能性が示唆されている。しかし先述のとおり、技能教育や個別配慮という支援が あって初めて、部下は上司の緊張醸成を受け入れるものと考えられる。緊張醸成が上司への信頼 やサポート感につながるというよりは、上司への信頼やサポート感がある状況であることが、ポジテ ィブな効果を生み出す条件になるのではないかと考えられる。そのためLMXに影響しないと仮定 した「緊張醸成」については、次の分析ステップとして、それがどのような条件があれば仕事への 動機づけや能力向上に正の影響を及ぼすかについて検討することを意図している。つまり緊張醸 成と結果変数の関係のモデレート要因の検討である。
76 サイコロジカルエンパワメントとは「モチベーショナルな概念としてのエンパワメント」であり、外 的報酬によらず、自分で自分をエンパワーする内発的に動機づけられた状態を言う(Thomas &
Velthouse, 1990)。