第 7 章 本研究の結論
2. 理論的意義
序章でも指摘したとおり、介護職員の人材マネジメント研究は、職務満足やストレス研究が先行 し、動機づけや能力開発に関する研究、ならびにリーダーシップ研究は蓄積が乏しい。労働特性 との関連を理論的・実証的に検討した研究は、さらに限定的である。そのため、介護労働の本質 的な特性とは何なのか、それを前提とした有効な人材マネジメントとはどのようなものなのか、十分 には検討されていなかった。
本研究の独自性は、これまで体系的に論じられることがなかった介護労働特有の特性を捉え直 すことを出発点に、それを踏まえた「介護人材マネジメント」のフレームを理論的に検討し仮説構 築・検証した点である。再度、図 7-5と図 7-6 により研究枠組み、および分析フレームを参照しな がら、本研究の理論的意義を5点あげたい。
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図 7-5 介護人材マネジメントの研究枠組み(図 序-4 再掲)
図 7-6 本研究の分析フレーム(図 3-1 再掲)
(1) 介護現場の疲弊と「創発型」人材マネジメント
本研究の問題意識は、介護労働の特性に応じた有効な人材マネジメントの方策を検討すること であった。これまで実際にマネジメントを行う職場上司の視点から、人材マネジメント上の困難性 について検討されることはなかった。そこで介護事業所の優れた上司(リーダー、マネジャー)を対 象としてインタビュー調査を実施し、詳細に分析を行った。
分析の結果、上司が人材マネジメント上、直面する問題として「顧客対応でのつまずき」、「自己 基準による顧客対応」、「仕事の意義や目的の喪失」、「職員間の嫌悪や不快感の表出」の4つが 見出され、そうした問題に対処する方策として6つの人材マネジメントの類型が抽出された。
このうち介護労働の現場で最も深刻な問題は、職務の曖昧性・不確実性と高い業務圧力が結 びついた時に生じやすい「仕事の意義や目的の喪失」であった。とくに昨今の人材不足の状況が それに拍車をかけていることがうかがわれた。そうした状況は職場の人間関係にも多大な悪影響 を及ぼすことが語られた。施設では 16 名中 15 名から訴えとも言える語りがあり、とくに施設系で の深刻な問題と考えられる。訪問介護でも14名中7名の該当があり、「援助」を「業務」としてこな すことが目的化してしまうと、意欲の維持・向上が難しくなることは施設と同様であった。
「顧客対応でのつまずき」や「自己基準による顧客対応」のような問題は、育成的な関わりや適 正化の働きかけを行うことにより、ある程度は対応や修正が可能な問題であった。その一方で「仕 事の意義や目的の喪失」は、介護職として仕事の継続やキャリア形成を考える上で、最も本質的 な問題であると考えられる。「何をやればいいのか」、「どこまでやればいいのか」、「何のためにや
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っているのか」、「いくらやっても報われない」、「いつまでこの状態が続くのだろうか」、そのような問 いが大きくなっていけば、高ストレスや無気力な状態に陥り、現場は疲弊する。
労働特性から生じやすい深刻な問題であり、これまでもこうした状態はストレスやバーンアウト症 状として検討され、それを緩和するために上司や職場メンバーのソーシャル・サポートの重要性が 強調されてきた。しかしながらソーシャル・サポートはストレスを緩和する効果はあっても、現場の 疲弊した状態を構造的に変える方策とは言えないものであった。
こうした現場の消耗や疲弊に対して、まったく手が打てないということではなく、それに対処する 方策として「創発型」人材マネジメントが示された点は意義が大きい。「創発型」人材マネジメントと は、「ケア目標設定とPDCA実践」というタスク志向、「変革のリード」、「視点の転換促進」という変 化志向、「対話の促進」という関係志向の組合せにより、「仕事の面白さ・やりがいの実感」につな げるというものである。「ケア目標設定とPDCA実践」というタスク志向を職務遂行の構造的側面と して重視するとともに、メンバー同士の対話を通じて創発を促し新たなことに取り組んでいこうとす る働きかけである。介護労働において重視される「介護過程」の構造的側面と運用・実践の側面を 表す概念として捉えることができよう。
このような質的調査から得られた示唆は、2 つの定量調査でも整合する結果が得られている。
【第 1 調査】では、人材活性度を含む事業成果につながる職場要因について検討した結果、関 係・変化志向の「主体性と対話のある職場風土」、タスク志向の「PDCA に沿った業務運営」の強 い影響が示された。質的調査に整合する傾向が、在宅介護事業所(訪問介護、通所介護、短期 入所施設介護等)のマネジメント項目を検討した定量データにおいても確認されたことになる。
【第3調査】では、部下の動機づけと能力向上につながる上司要因と職場要因を検討し、関係・
変化志向の「創発的コミュニケーション」という職場要因が部下の動機づけと能力向上に強い影響 を与えることが示された。またタスク志向(タスク・マネジメント)の職場要因は LMX を媒介して、部 下の動機づけに影響していた。【第 3 調査】は施設系職員の意識をより反映したデータであるた め、施設系職員の語りがとくに多かった質的調査を裏付ける結果が示されたと言える。
つまり、本研究の3つの調査を通じて、タスク志向(タスク・マネジメント、とくに仕事のPDCAサ イクル)、関係志向(対話の促進や相互コミュニケーション)、変化志向(チームや個人に変化を促 すこと)の人材マネジメント効果を確認することができたと言える。そしてそれは、サービス種別に関 わらず同様の傾向が見られることも確認された。とくに質的調査では、それらはバラバラに行使さ れるのではなく、その組合せにより有効性が発揮されること、そして「仕事の意義や目的の喪失」
に陥り、疲弊しがちな介護現場において有効な人材マネジメントであることが示された。量的調査 では、変化志向(革新指向性)と関係志向(相互コミュニケーション)が一体的な概念として捉えられ、
動機づけのみならず能力向上に強い影響を及ぼすことが確認された。以上の結果を踏まえて、本 研究で見出された「創発型」人材マネジメントを概念図で示すと、図 7-7のとおりである。
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図 7-7 「創発型」人材マネジメント(概念図)
この結果を、本研究の着眼として述べた介護労働の特性と、それによって増幅される内発的動 機づけや経験的学習への依存によるネガティブな側面に対応させて検討したい。本研究で検討 したネガティブな側面とは、例えばマネジメント不在の中で自由が与えられると、それぞれが自ら の経験や思いに基づいた自己流のサービスを提供したり、逆に責任回避のために能力を発揮し ようとしなかったり、あるいは無定量・無際限の労働を強いられ、疲弊していくことなどである。また 形式知が十分ではないことや、閉鎖性が強いという傾向から、実践や経験からの学習に依存する ことは、適切に内省し概念化することが難しいこと、自己流や誤ったやり方の獲得につながる危険 性、知識の固定化により新しい状況に適応できないといったことである。
こうしたネガティブな側面を一定程度制御する要因として、役割責任を明確にし、業務プロセス を組織的に統制するタスク・マネジメント、相互コミュニケーションによる調整、そして固定観念に捉 われない新たな発想を取り入れる革新指向性が重要であると考えられた。本研究の結果は、この ようなネガティブな側面を一定程度制御するとともに、より発達的な人材マネジメントの方向性とし て、上述のようなタスク志向、関係志向、変化志向の 3 つの組合せが重要であることを明らかにし たと言える。
不確実性が高い介護労働において、役割責任を明確にし、業務プロセスを組織的に統制する タスク志向(タスク・マネジメント)により、介護職員の安心とサポート感は高まり、働きやすくなるだろ う。マネジメント不全の傾向がみられる介護労働においては、なおさらそれが要請される。西脇 (2002)が指摘するように、責任とリスクの組織的な管理を行うことで、職員が責任回避に走ることな く、自主性や創発を引き出す基礎的要件になると考えられる。加えて、PDCAサイクルに基づく介 護過程の展開は、目的指向で、専門性に基づく介護の実践であることから、自己流や誤った経験 知に基づく介護や、無目的なルーティンワークに陥ることを防ぎ、介護職員の仕事の意義や目的 を回復させる重要な道具立てとなることの裏付けになるとも考えられる。
関係・変化志向(創発的コミュニケーション)は、不確実性が高く、かつ閉鎖性が強くなりがちな