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第 3 章 の引用・参考文献

3.5 IDC モデルの利点

IDCモデルという制約の下で仮説的学習軌道を考えることによって,授業設計を検討しや すくなるかどうか,ということである.仮に図4.1に示した仮説的学習軌道が,本研究が 参照しなかった他の研究成果の帰結や,今後新しく示される研究成果の帰結に照らして,

何らかの意味で妥当性を欠くということが明らかになったとしても,IDCモデルによって 仮説的学習軌道を表現することが有用で在り続ける限り,IDCモデルの価値は損なわれな い.ただし,現段階で,IDCモデルを使用する利点が十分に示されているとは言い難いか ら,次小節では,図4.1をIDCモデルの具体的な使用例として念頭に置きながら,IDCモ デルの利点を論じることとしよう.

と考えられる.

これら2つの利点により,数学的問題を分析して得た仮説的学習軌道をIDCモデルに よって表現することで,適切な注意の移行を支援するという観点から,その軌道上の要支 援箇所を検討することができるようになる.IDCモデルは,あくまでも仮説的学習軌道を 表現するための理論的枠組であるから,IDCモデルそれ自体が,予測した仮説的学習軌道 上のどこが要支援箇所に相当するかを指し示してくれるわけではないが,IDCモデルによ る表現は,学習者が適切な注意の移行を自然に実現できない箇所の考察を容易にすると考 えられる.

4 4 章のまとめ

本章では,仮説的学習軌道論が数学に十分特化されていないことと,仮説的学習軌道の 効果的な表現形式が存在しないことを問題として取り上げ,次の3条件を満たすような,

仮説的学習軌道を表現するための理論的枠組の開発を目指した.

[MT1] 数学的活動の本性を反映した表現方法であること.

[MT2] 数学的問題解決における個人の数学的思考について,数学的に洗練された

思考もそうでない思考も,どちらも表現し得ること.

[MT3] その学習軌道をたどる上で,洗練されていない学習者がどこでつまずき得

るかを表現し得ること.

開発にあたっては,次の2観点に着目した.

• 数学的思考の規範的側面と記述的側面の二重性

「モデル」の二重性

第一に,数学的思考の規範的側面と記述的側面とは,数学的推論の帰結として導出され た命題Aが,「Aであるべき(であるはず,でなければならない)」という規範を意味して いるのか,単に「Aである」という記述を意味しているのかについての議論である.本章

では,数学的体系の内外の区別を導入することで,数学的推論の帰結として導出された命 題Aとは,「Aであるべき」という規範と同時に,「Aである」という記述を表し得るもの であり,数学的思考には規範的側面と記述的側面の二重性があることを指摘した.その上 で,数学的思考の規範的側面の起源は,その記述的側面に還元される,記述的側面の起源 は,我々人間が心に抱く「心的モデル」に還元されることを指摘した.

第二に,心的モデルについて議論するにあたって,「モデル」という用語もまた二重の 意味を帯びていることを指摘した.「モデル」という語は,第一に「具体」,第二に「記述」

としての意味を有するので,本研究では,第一の意味を特に強調する場合は「具体モデ ル」,第二の意味を特に強調する場合は「記述モデル」と呼ぶこととした.その上で,数学 において,具体モデルと記述モデルは,対をなす概念であると同時に,相対的な概念であ ることを指摘した.この具体性と記述性の相対性は,「対象」(object),「モデル」(model),

「表現」(representation)の3用語の区別が不要であることを示唆しており,心的モデルを

考察するにあたっては,モデル,対象,表現の3用語を区別せずに用いることができるこ とを示した.

こうしたモデル観と,Mason (1989)の「注意の移行」論を組み合わせることで,本章 では,仮説的学習軌道の表現形式としてIDCモデル(Instantiation-Description-Chainモデ ル)を提案した.IDCモデルは,次の2点を仮定する.

1. 現在,その人が心に浮かべている,ある名辞 N の「意味」に対応する心的モデル は,Nが満たすべき条件の列挙によって記述できる.

2. Nに関する推論は,現在の心的モデルに対する具体モデルを生成するか,現在の心 的モデルに対する記述モデルを生成するか,の2種類である.

そして,IDCモデルを用いて,図4.1のように仮説的学習軌道を表現することを提案した.

発問行為の設計を考えるにあたって,IDCモデルを用いて仮説的学習軌道を表現するこ とには,2つの利点がある.第一の利点は,IDCモデルの表現方法は,数学的対象の定義 や数学の公理系の表現方法と同じ表現方法であるため,認識させたい数学的対象と認識し ている数学的対象を同じ表現形式の上で議論することができるようになる点である.第二 の利点は,心的モデルの変更という心の働きが,Mason (1989)の言う「注意の移行」とい うアイディアをその基礎として,統一的に説明されることである.これら2つの利点によ

り,数学的問題を分析して得た学習軌道をIDCモデルによって表現することで,適切な 注意の移行を支援するという観点から,その軌道上の要支援箇所を検討することができる ようになる.本章の提案によって,学習者が適切な注意の移行を自然に実現できない箇所 の考察を容易にできることが示唆された.

ただし,IDCモデルで表現される仮説的学習軌道は,あくまでも学習者個人の認識と教 材の特性という観点から見た仮説的学習軌道である.もちろん,数学の授業を設計する上 で,そうした観点から見た仮説的学習軌道は必要不可欠であるが,数学の授業において集 団で数学的活動を営むことを計画する場合,個人と教材の関係性から予測した仮説的学習 軌道だけでは,十分な予測であるとは言えないであろう.そこで,次章では,数学の授業 において集団で数学的活動を営む場合において活用可能な仮説的学習軌道の予測方略を検 討するために,集団での数学的活動を分析するための理論的枠組を新しく提案するととも に,実際にその理論的枠組を通じた数学的活動の分析を行う.