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行為シェムと科学的研究プログラムの類似性に基づく理 論的枠組

第 4 章 の引用・参考文献

3.3 行為シェムと科学的研究プログラムの類似性に基づく理 論的枠組

行為シェムが科学的研究プログラムと同義であるという可能性を念頭に置いて事例を観 察することは,ある種の理論的枠組に基づいて事例を観察するということである.そのよ うに捉えることによって,我々は,行為シェムにおける防御帯と堅い核を次のように規定

することができる.まず,行為シェムにおける防御帯とは,「その学習者がある結果を予 測するために用いたけれど,(意識的であれ無意識的であれ)その使用が適切でなかったと 評価した知識の断片」として定義され得る.また,行為シェムにおける堅い核とは,「(意 識的であれ無意識的であれ)その学習者が守り続けたい,修正されない仮定の集合」とし て定義され得る.

行為シェムにおける防御帯および堅い核は,観察によって一意的に確定できるような対 象ではない.二人の人間が同一の観察記録から防御帯と堅い核の推定を試みたとしても,

観察記録の解釈の微妙な違いにより,同じ防御帯と堅い核が推定されないかもしれない.

また,そうして推定される防御帯や堅い核という対象は,その観察の一場面を整合的に説 明するために存在が仮定される対象であり,何度でも繰り返し類似の場面において観察さ れる対象ではない.しかしながら,行為シェムにおける防御帯や堅い核の存在を仮定して 事例を観察することで,数学の指導,数学の学習,数学の本性,あるいは,人間の数理認 識の本性などについて,我々が今まで想像することさえもしなかった新たなる一面を発見 できるのであれば,そうした仮定を採用することは,観察を通じた仮説形成の方法知とし て価値がある.そして,そうした仮定の採用は,観察者の観察を,ある特定の方向へと志 向付ける働きを持っていると考えることができるから,その仮定は,理論的枠組の一種で あると考えることができる.行為シェムにおける防御帯と堅い核の存在を仮定すること は,ラディカル構成主義が,ちょうど,理論的枠組としてすべての認識は主観的であると 仮定することによって,今まで数学教育研究が気付き得なかった学習の本性に気付き得る ようになったのと同じ意味で,理論的枠組をなしていると言える.

なお,本研究と類似した試みとしては,布川(1994)と野口(2001, 2002)を挙げること ができる.本研究が,行為シェムと科学的研究プログラムの構造の同型性に注目している のに対して,布川(1994)は,問題場面の構造と科学的研究プログラムの同型性に注目し,

「問題場面の構造に基づく解決には,研究プログラムの基本的要素の対応物を見いだすこ とができる」(p. 28)と述べる.また,野口(2001, 2002)は,布川(1994)を援用しながら,

堅い核を意識化させることによって学習者の肯定的発見法を促進し,授業において学習者 の誤りを活かす方策を検討している.しかしながら,本研究は,それら,いずれの研究よ りも一般的な形で科学的研究プログラム論の援用を試みるものである.

具体的には,布川(1994)は,問題場面の構造と科学的研究プログラムの構造の同型性に

注目した議論を展開しているため,科学的研究プログラム論の適用範囲が限定的である.

それに対して,本研究の提案は,行為シェムという数学に限定されない人間の認識一般に 関わる部分が,そもそも科学的研究プログラムそれ自体を直接的に支えているという考察 を手がかりに,その関係性を逆向きに捉えることが示唆的であることを主張するものであ るから,単純に構造が類似しているということを越えた応用を試みるものである.また,

野口(2001, 2002)は,科学的研究プログラム論から示唆される指導原理を導くことに軸足

を置いたため,数学の授業における学習者達の問題解決活動が,前進的問題移動の形式を 取ることができるように介入することが強調されている.それに対して,本研究は,そも そも前進的問題移動の形式がどのようにして発生するのか,あるいは,前進的問題移動と 退行的問題移動の関係がどのようなものであるかを調査するための理論的枠組を提案する ものである.したがって,布川(1994)や 野口 (2001, 2002)の研究よりも,本研究の提案 の方が,科学的研究プログラム論をより根本的に援用していると言える*5

そこで以下では,行為シェムにおける防御帯および堅い核の存在を仮定した理論的枠組 を,「科学的研究プログラムの方法論に基づく理論的枠組」と呼ぶことにしよう.学習者 達による数学的活動を,この新しい理論的枠組を用いて記述することの利点は,2つある.

第一に,数学的発見の論理に基づいて数学的活動を議論する従来の考え方と比較する と,この新しい理論的枠組は,数学的活動の質を前進的か退行的かという形で記述するこ とができるようになる.数学的発見の論理に基づいて数学的活動を記述しようとした場 合,そのような枠組では数学的活動の理想的な状態しか表現できないから,例えば,数学 的問題の解決に繋がっていく数学的活動と,必ずしも解決に結びつかない数学的活動との 間の関係性や,それらの間の変化を記述することに適していない.それに対して,科学的 研究プログラムの方法論に基づいて数学的活動を記述しようとする場合,少なくとも,数 学的問題解決に関して,前進的問題移動をしている局面と退行的問題移動をしている局面 を分けて記述することができる.前者は,問題解決が進展している場合であり,後者は,

問題解決が停滞している場合と捉えられ,学習者の望ましい振る舞いと望ましくない振る

*5もちろん,根本的であるがゆえに,本研究から得られる知見は,布川(1994)や 野口(2001, 2002)の示し た知見よりは相対的に実践へ応用しづらいという側面はある.しかしながら,本研究の提案は,建設的に 経験的データを蓄積するために有用であると考えられるから,長期的に見れば,こうした根本的な理論的 な整備を経ることによって,将来的に,布川(1994)や 野口(2001, 2002)の知見の妥当性をより強固にし たり,あるいは,それらの知見の修正に寄与したりするデータの収集に役に立つことになるであろう.