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構成主義に至るまで:ミスコンセプション研究

第 0 章 の引用・参考文献

3.1 構成主義に至るまで:ミスコンセプション研究

数学教育研究においては,かつて,構成主義という哲学的立場に基づいた議論が盛んに 行われていた (例えば,Confrey & Kazak, 2006参照).現在では,素朴なままの構成主義

の議論というのは,必ずしも多くないが,数学教育研究において数学の本性を議論する上 で,多大な影響力を与えてきた立場の1つである.

Confrey & Kazak (2006)によれば,構成主義の歴史的ルーツは,次の3つの研究伝統に 求めることができる(pp. 306-309).

問題解決研究

• ミスコンセプション研究

• Piagetの発生的認識論研究

構成主義が哲学的に成熟した経緯としては,発達心理学者 Piagetの発生的認識論の再解 釈に依るところが大きく,第三のルーツの影響が大きいと考えられるけれど,数学教育研 究において構成主義が受容された経緯としては,第二のルーツ,ミスコンセプション研究 の伝統の影響が大きいと考えられる.そこで,以下では,ミスコンセプション研究の伝統 を概観しよう.

数学教育研究において,「コンセプション」(conception)という語は,「概念」(concept) という語と対比的に使用される.これらの使い分けは,Sfard (1991)による説明—コンセ プションとは,概念の主観的対応物である(p. 3) —というものが最もわかりやすいであろ う.数学的概念の学習過程は,その概念を獲得したか否かという・

  全・

  か・

  無・

か(all or nothing) の発想で語れるものではない.学習者の実態に鑑みれば,各学習者は,その概念の正確な コピーを頭の中に形成しているというよりは,自らが理解した限りの情報に基づいて概念 的な構成物を主観的に頭の中に形成していると考えられる.その主観的構成物が,本来の 概念とどの程度よく対応しているかは,各々の学習者次第であり,その意味で「主観的」

である.数学教育においては,こうした構成物を,コンセプションと呼んできた.

「コンセプション」をこの意味で用いるとき,ミスコンセプションとは,端的に言えば,

誤ったコンセプションである.ミスコンセプションは,学習者の誤りが,ランダムではな く,しばしば系統的であるという事実から注目が始まった(Nesher, 1987参照).例えば,

小数の大小に関するミスコンセプションとして,0.4< 0.234というように,文字列とし て長い小数の方が大きい小数であると考えてしまうミスコンセプションが知られている

(Nesher, 1987, p. 35).一貫して文字列として長い小数の方が大きい小数として選ばれる

傾向にあることから,この現象は,その学習者が単に小数の大小関係を理解していない,

ということでは説明がつかず,小数に関して,誤った概念化をしてしまっている,すなわ ち,ミスコンセプションを形成していると考える方が自然である*1

数学教育研究においては,ミスコンセプション研究が進められる中で,このミスコンセ プションが,単なる誤解ではなく,教育上,価値のある誤解であるという認識が生まれた.

例えば,今述べた小数の大小に関するミスコンセプションは,その起源が,自然数で成り 立っていた事柄の過剰一般化であると考えられる.つまり,自然数においては,文字列と して長い数の方が大きい数であるという性質が成り立つので,小数の大小に関してミスコ ンセプションを抱いている学習者は,その性質を過剰一般化して,小数にまで適用してし まっていることが示唆された(Nesher, 1987, pp. 35-36).数学的態度としては,既有知識 を拡張的に使用する際は,その妥当性を検証してから使用されるべきかもしれないが,学 習者が,自らの既有知識がより広い範囲でも成立するかもしれないと期待することそれ 自体は,必ずしも悪いことではない.ミスコンセプションというのは,その学習者が,新 しく直面した問題的状況を解決しようという試みに過ぎないのである(Confrey, 1987, p.

100).そういった意味で,誤りを犯したりミスコンセプションを形成したりしながら,正 しい理解へと漸近的に接近していくというのが,「学習」の本来の姿なのであって,「これ らの誤りを歓迎していこう」(Nesher, 1987, p. 39)という主張がなされるようになった.

しかしながら,この考え方は,必ずしも教育的な問題の直接的な解決をもたらさなかっ た.特に,ミスコンセプションを克服するための指導法に関する議論においては,ミスコ ンセプションを正しいコンセプションで置換するように試みる指導が,必ずしも上手く機 能しないということが明らかになった(Smith, diSessa, & Roschelle, 1994, pp. 153-154). また,ミスコンセプションには,一時的にそれを克服したとしても,またすぐに戻ってし まうという「弾性」(resilience)と呼ばれる特性が散見されることも知られている(Confrey,

1987, p. 82; 大滝, 2012, p. 115).ミスコンセプションの弾性が観察される理由として,

学習者が数学や数学的知識に対して暗黙的に有する前提の存在が指摘されているように

(大滝, 2012, p. 116),ミスコンセプションを正しいコンセプションで置換できるという発

想は,学習者の頭の中が白紙であるという「タブラ・ラサ」モデルと類似の発想である

*1ただし,個別の事例について,このような学習者の系統的な誤りが,問題解決上の手続きを単に誤って覚 えてしまっているだけなのか,ミスコンセプションとして概念化して獲得してしまっているのかが,研究 方法論上,適切に区別可能であるかどうかは,慎重な検討が必要である(Confrey & Lipton, 1985参照)

(Smith, diSessa, & Roschelle, 1994, p. 153).そのため,学習者の既有コンセプションがそ の後の学習に及ぼす影響を,より一層,考慮した検討が必要となった.

以上より,ミスコンセプション研究は,数学教育研究に対して次のような根源的反省を もたらしたと言えよう.

• 数学的概念の学習は,その概念を獲得したか否かという全か無かの発想で捉えられ ない.

• たとえミスコンセプションであったとしても,教育上,価値のある誤解であること がある.

• ミスコンセプションが正しいコンセプションによって置換できるという発想はタブ ラ・ラサの発想であり,現実的に上手く機能しない発想である.

そして,次の方向性を打ち出したと言える.

• 数学教育研究は,学習者の既有コンセプションがその後の学習に及ぼす影響を検討 していく必要がある.