第 4 章
4.5 結果
本 節 で は 、 日 本 語 を 母 語 と す る 子 供 と 大 人 が ど の 程 度 複 合 語 の 内 心 性 と 意味 を 理 解 し て い る の か 、 彼 ら の 正 答 率 を 基 に 検 証 す る 。 具 体 的 な 統 計 結 果 に 立ち 入 る 前 に 、 子 供 か ら 実 際 に 得 ら れ た 回 答 を 参 照 し つ つ 正 答 ・ 誤 答 と み な し た事 例 を 確 認 し よ う 。 主 要 部 課 題 は 二 者 択 一 形 式 の た め 、 そ の 正 誤 判 断 が 明 瞭 であ る の に 対 し 、 意 味 課 題 は 口 頭 で 複 合 語 の 意 味 を 説 明 さ せ る 形 式 で あ る た め 、明 確 な 判 断 基 準 を 設 け な け れ ば な ら な い 。 本 論 文 で は 、 以 下 の 四 つ の 基 準 を 目安 と して 意 味課題の 回 答に対 し て正誤 判 断を行 っ た。
一 つ 目 の 基 準 は 、 複 合 語 の 第 一 要 素 の 意 味 に 直 接 言 及 さ れ て い る か 否 か であ る 。正 答 例と誤答 例 を以下 に 示す。
(5) a. コロッケカレー (正答) e.g. コロッ ケ が載っ ているカレ ー
(誤答) e.g. おいし い カレー
b. ふぐ ふく ろう (正答) e.g. ふぐが 大 好きな ふく ろう (誤 答) e.g. 夜に出 て くるふ くろう
例 えば、「コ ロッ ケカ レー」と「 お いしい カ レー」の 意味は 総じて矛盾 しな い と 考 え ら れ る た め 、 こ の 回 答 の み で は 被 験 者 が 第 一 要 素 の 修 飾 語 と し て の 機 能を 適 切 に 認 識 し て い る か 判 断 を 下 す こ と が で き な い 。 従 っ て 、 こ の よ う に 第 一要 素 に 直 接 的 に 言 及 さ れ て い な い 回 答 が 得 ら れ た 場 合 は 、 な ぜ そ の よ う に 思 うの か を被 験者 に尋ね、その際に第一要素に言及できた場合は正解と判断 し直し た。
二つ目の基準は、複合語の 第 一要素 と 第二要 素が入れ替 えられ た場合 である。
正 答例 と 誤答例を 以 下に示 す 。
(6) a. ワ ニ バナナ (正 答) e.g. ワ ニのよ うな形をし ている バナナ (誤 答) e.g. バ ナナを 食べるワニ
b. 川 メ ダカ (正 答) e.g. 川 に 住んでい るメダ カ (誤 答) e.g. メ ダカが たくさんい る川
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これらの誤答は、概して主要部課題で誤答している場合に得られる傾向がある。
つ ま り 、 例 え ば 「 ワ ニ バ ナ ナ 」 を 「 バ ナ ナ を 食 べ て い る ワ ニ 」 の よ う に 解 釈す る 被 験 者 は 、 そ の 前 提 と し て 主 要 部 課 題 に お い て 「 ワ ニ バ ナ ナ 」 が 「 ワ ニ 」を 指 示して いると (誤っ て) 回答 し て いる 傾向があった。これらの回答は被験者が 主 要 部 の 位 置 を 適 切 に 理 解 で き て い な い こ と を 示 す 一 方 で 、 複 合 語 の 一 方 の要 素 が 修 飾 語 で あ り 、 も う 一 方 の 要 素 が 主 要 部 で あ る こ と を 認 識 し て い る こ とを 示 唆す る 点で興味 深 い。
三 つ 目 の 基 準 は 、 接 続 詞 「 と 」 が 挿 入 さ れ た 場 合 で あ る 。 具 体 例 を 以 下 に示 す 。
(7) a. ス イ カピザ (正 答) e.g. ス イカ が 載ってい るピザ
(誤答) e.g. ス イカ と ピ ザ (が テーブルに ある)
b. ゾ ウ ゴリラ (正答) e.g. ゾ ウの よ うな鼻 を している ゴ リラ
(誤答) e.g. (一 緒 に住ん でいる) ゾ ウと ゴリラ
第2章で概観したように、日本語には並列複合語 (e.g. 男女、山川) も存在 する 。 従 っ て 、 こ れ ら の 回 答 は 誤 答 と い う よ り 例 外 的 と み な し た 方 が 正 確 で あ ろ う。
こ のよ う な回答は 稀 (222 例中 、3 例) であ っ たので 、このこと は子供 が語幹レ ベ ル で 形 成 さ れ る 新 語 の 構 造 は 内 心 的 で あ り 、 並 列 複 合 語 が 有 標 で あ る こ とを 無 意識 の うちに理 解 してい る ことを 示 唆する 。
最 後 の基 準とし て 、被 験 者が「分からない」と回答した場合 (ま たは被 験者 が 黙 り込 ん でしまっ た 場合) に つい て も 誤答と 判断した。
ま た 、 意 味 課 題 に 対 す る 子 供 の 回 答 の 一 つ の 特 徴 と し て 、 例 え ば 「 チ ョ コ メ ロ ン 」 を 刺 激 と す る 場 合 、「 メ ロ ン が ね 、 チ ョ コ の 色 を し て い る よ 」 の よ う に 、 文 レ ベ ル の 形 式 で 回 答 し た こ と が 挙 げ ら れ る 。 こ の よ う な 回 答 は 複 合 語 の 第一 要 素が 第 二要素を 修 飾して い るもの で はない が 、「チョコ 色のメ ロン」と意 味的 に 矛 盾 し て い な い た め 、 正 答 と み な し た 。 子 供 は 大 人 に 比 べ て 日 本 語 の 熟 達度 や ワ ー キ ン グ メ モ リ な ど 未 発 達 で あ る た め 、 こ の よ う な 回 答 が 選 択 さ れ た と 推 察 され る 。12
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以 上 を 踏 ま え て 、 三 回 に 渡 っ て 実 施 し た 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の そ れ ぞ れ に お い て 子 供 が ど の 程 度 正 答 で き た か 検 討 し よ う 。 分 析 に 先 立 っ て 、 子 供 が 構成
素 の (いずれか、あるいは両方の) 単 語の名 前 を回答 できなかっ た刺激 を欠損値
に置き換えた。図 4.1 は子 供の 3回 の 実施時 期 におけ る主要部課 題と意 味課題の 正 答率 の 平均値を 、 表 4.2 は 各々の 標 準偏差 をそれぞれ 示して いる。13, 14
図 4.1 子供の主 要部 課題と意 味課題 の正 答率 (%)
0 10 20 30 40 50 60 70
1 回 目 2 回 目 3 回 目
実施時期
正答率 (%)
主要部課題 意味課題
** p<.01, * p<.05
表 4.2 子供の主 要部 課題と意 味課題 の標 準偏差 (%) 実 施 時期 1 回目 (n = 24) 2 回 目 (n = 24) 3 回目 (n = 24) 主要 部 課題 16.9 16.9 15.0
意 味 課題 18.4 17.1 16.8
ま ず、 複 合語の理 解 に つ いて 2 (課題: 主 要 部課題・ 意味課 題) × 3 (実施 時期: 1 回目・2 回目・3回目) の反復 測 定によ る 分散分析 (ANOVA) を実施した 。15 そ の 結果 、 課題の主 効 果が有 意 であっ た [F (1, 46) = 64.03, p<.001]。他方、実施 時 期の 間 に有意差 は 見られ な かった [F (2, 46) = 0.25, p=.78] 。両変数の交互作 用 は有 意 であった [F (2, 46) = 4.01, p<.05]。図 4.1 に示され るよう に、各実 験 時 の 平 均 は い ず れ も 意 味 課 題 よ り も 主 要 部 課 題 の 方 が 高 く 、 両 者 に は 有 意 差 が見
** * *
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ら れた [1回目: t (23) = 113.10, p<.001; 2 回 目: t (23) = 7.65, p<.05; 3 回目: t (23)
= 4.84, p<.05]。意味 課 題の結 果 には語 用 論だけで なく (特に子供を 被験者 とし
た 場 合 は) 日 本 語 の 熟 達 度 や ワ ー キ ン グ メ モ リ な ど の 変 数 が 関 わ っ て い る と 考 え ら れ る 。 い ず れ に せ よ 、 子 供 は 複 合 語 の 意 味 よ り も 内 心 性 を 適 切 に 認 識 して い る こ と が 明 ら か に な っ た 。16 課 題 の 全 体 的 な 出 来 に 目 を 向 け る と 、 い ず れ の 時 期も 平 均がチャ ン スレベ ル (つまり、あ る結 果が偶然生 じる確 率) にとどまっ て い る と 考 え ら れ 、 こ の こ と か ら 被 験 者 が 複 合 語 の 内 心 性 や 意 味 を 十 分 に 理解 す るに は 至ってい な いこと が 分かる 。
次 に 、 複 合 語 の 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の 結 果 に つ い て 、 子 供 と 大 人 で 比 較 ・ 検 討 す る 。 統 計 結 果 を 確 認 す る 前 に 、 大 人 の 回 答 に お い て も 注 目 す べ き 点 を二 つ 述 べ て お く 。 一 つ 目 は 誤 答 す る 際 の 傾 向 に つ い て で あ る 。 以 下 で 詳 細 に つい て 述べ る ように、大人 はい ずれ の 課 題にお い ても90%程度 で正答 しているた め、
誤 答 例 は 極 わ ず か で あ る 。17 で は 、 大 人 は ど の よ う な 刺 激 の 場 合 に 誤 答 し て い る のだ ろ うか。具 体例 を以 下に 示 す 。
(8) a. ジ ュースブドウ (cf. ジュース用のブドウ / ジュースに適したブドウ)
b. ガム キュ ウイ (cf. ガムのようにねばねばした食感のキュウイ) c. 公 園ひまわり (cf. 公園内に咲いているひまわり)
(9) a. ブドウジュース (cf. ブドウを材料としたジュース)
b. キ ュウイガム (cf. キュウイを材料としたガム) c. ひ まわり公 園 (cf. ひまわりが咲いている公園)
大 人は 課 題の種類 を 問わず 特 に (8a-c) の ような 刺激で誤答 する傾 向があった 。 意 味 課 題 に お け る 大 人 の 回 答 を 参 照 す る と 、 例 え ば 「 ジ ュ ー ス ブ ド ウ 」 を 「ブ ド ウジ ュ ース 」として、「 ガムキュウイ」を「キュウイガム」として (誤 って) 解 釈 する 傾 向があっ た 。
こ れ は な ぜ で あ ろ う か 。 注 目 す べ き は 、 第 一 要 素 と 第 二 要 素 を 入 れ 替 え た
(9a-c) の 複合 語の 親密 度 で ある 。 付 録 3 に 示される ように 、「ブ ドウジ ュース」
と 「 キ ュ ウ イ ガ ム 」 は ア ン ケ ー ト に お い て 親 密 度 が 高 い 複 合 語 と し て 判 断 され
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ている。「 ひ まわ り公 園」は親密 度 が 標準的 な 複合語 として判断 されて いるもの の 、 イ ン タ ー ネ ッ ト で 検 索 す る と 多 数 の ペ ー ジ が 観 察 さ れ る こ と か ら 、 親 密 度 は 概し て 高いこと が 想定さ れ る。他 方 、(8a-c) の複合語の 親密 度はいずれも低い も の と し て 判 断 さ れ て い る 。 こ の こ と か ら 、 大 人 は 親 密 度 が 高 い 複 合 語 の 第一 要 素と 第 二要素が 入 れ替え ら れると 誤 って解 釈 しやす いことが分 かる。こ れは、
(9a-c) の よ う な 親 密 度 が 高 い 複 合 語 を 機 械 的 に (ま た は 連 想 的 に) 辞 書 に 登 録 し て い る こ と に よ る 影 響 と 考 え ら れ る 。 第 一 要 素 と 第 二 要 素 が 入 れ 替 え ら れた 場 合 に 高 い 親 密 度 が 保 持 さ れ る に は 、 語 順 を 入 れ 替 え た 場 合 も 固 有 の 意 味 関係 を 表すよ うな単語の組 み 合わせ で なけれ ば ならな い (つまり、語順を入れ替えた 対 応物 も 辞書に登 録 されて い なけれ ば ならな い)。以下 に具体 例を示す。
(10) a.ミ ツバ チ (蜜蜂) / 特徴、 ハ チミツ (蜂 蜜) / 材料
b. ワイ ング ラス / 用途 、 グ ラ スワイ ン / 場所、特徴 (Namiki 2001: 277)
上 記 の 複 合 語 は い ず れ も 『 広 辞 苑 』 に 記 載 さ れ て お り 、 意 味 関 係 が 固 定 さ れて い る こ と が 分 か る 。 こ こ で の 分 析 が 正 し け れ ば 、 例 え ば 「 ミ ツ バ チ 」 と 「 ハチ ミ ツ 」 の 両 方 を 実 験 の 刺 激 に 加 え た 場 合 、 各 々 の 語 が 個 別 に 辞 書 に 登 録 さ れて い る の で 、 大 人 の 被 験 者 は 両 者 の 内 心 性 や 意 味 を 適 切 に 区 別 で き る こ と が 想定 さ れ る 。 し か し 、 機 械 的 に 辞 書 に 登 録 さ れ て い る と 想 定 さ れ る 複 合 語 の 第 一要 素 と第 二 要素を入 れ 替えて も 常に高 い 親密 度が保 持され るとは限ら ず、(8a-c) の よ うに 親 密度が保持さ れ ない場 合 には辞 書 に登録 されている (9a-c) の意 味関 係 を そ の ま ま 使 用 し た 方 が 経 済 的 と い う 判 断 の 下 で 、 誤 っ て 解 釈 し た 可 能 性 があ る 。
大 人 の 回 答 の 二 つ 目 の 特 徴 と し て 、 新 語 に 付 与 す る 意 味 関 係 の 多 様 性 が 挙 げ ら れ る 。 意 味 課 題 に お い て 正 答 す る 際 は 、 大 人 も 子 供 も 概 し て 支 配 的 な 意 味関 係 を 用 い る 傾 向 が あ る (e.g. ブ ド ウ ジ ュ ー ス: ブ ド ウ を 材 料 と し た ジ ュ ー ス)。
他 方、(概 し て親 密 度 が低 い) 新 語を 解 釈す る 際 に支 配 的 な 意味 関 係 を用 い な い
場合、子供は 4.6.4 節で 詳 細に つ いて 述 べるよ うに「所 有」を多 用する。18 し か し 、 大 人 は そ の よ う な 場 合 に 「 所 有 」 を 含 む 様 々 な 意 味 関 係 を 用 い る 傾 向 があ る 。以 下 に大人の 回 答例を 示 す。
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(11) カ エ ル(蛙)学 校 a. カ エル がたく さ んいる 学校 (所 有) b. カエルについて学ぶ学校 (対 象/特徴) c. カ エル の模様 が 描かれ ている学校 (特 徴)
(12) ド ー ナッツネ ギ a. ド ーナ ッツの よ うな丸 い形のネギ (形) b. ドーナッツのように甘い味のネギ (特徴) c. ド ーナ ッツ店 に 置かれ ているネギ (場所)
こ の よ う な 新 語 に 対 し て 付 与 さ れ る 意 味 関 係 の 多 様 性 は 、 英 語 を 母 語 と す る大 人 の場 合 にも観察 さ れるこ と が指摘 さ れてい る (Krott et al. 2009)。このことは、
新 語 を 解 釈 す る 際 に 様 々 な 意 味 関 係 を 付 与 で き る よ う に な る ま で に 、 生 後 一定 の 年数 を 必要とす る ことを 示 唆する 。
以 上 を 踏 ま え て 、 子 供 と 大 人 が 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 に お い て ど の 程 度 正答 し たか を 確認しよ う 。図 4.2 は 子 供 (1 回目実 施時) 及び 大人の 主要部課題 と意 味 課題 の 正答率の 平 均値を 、 表 4.3 は 各 課題の 標準偏差を それぞ れ示してい る。
19
図 4.2 子供と大 人の 主要部課 題と意 味課 題の正答 率 (%)
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
子供 大人
正答率 (%)
主要部課題 意味課題
** p<.01, * p<.05
**
*
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表 4.3 子供と大 人の 主要部課 題と意 味課 題の標準 偏差 (%) 主 要部課 題 意味課題
子供 (n = 24) 16.9 18.4 大人 (n = 24) 11.3 10.9
2 (言語 グ ループ: 子 供 ・大人) × 2 (課題: 主 要部課題 ・意味 課題) の正答 率に つ
い て反 復 測定によ る 分散分 析 を実施 し た。20 その結果、言語グループ [F (1, 46)
= 25.10, p<.001] と課 題 [F (1, 46) = 89.94, p<.001] の主効果が それぞ れ有意 で あ った 。 これらの 変 数の交 互 作用は 有 意では な かった [F (1, 46) = 3.78, p=.20]。
次に 、親 密度 (高/中/低) に基づく 統計 結果を 確認 しよう 。 親密度 に基 づく具 体 例と し て、表 4.1 で挙 げ た刺激 を 以下に 再 掲する 。
(13) a. 親密度が高い e.g. 玉 葱 サラダ 、 とんか つ弁当、雷 雲
b. 親密 度が 標準 的 e.g. 玄 関 ねこ、 キ リン鉛 筆、ヨーグ ルトプ リン c. 親 密度が低 い e.g. 海 た んぽぽ 、 スイカ ピザ、ジュ ースブ ドウ
図 4.3 に 、親密度に基 づ く主要 部 課題及 び 意味課 題の正答率 の平均 値を示す。
図 4.3 親密度に 基づ く正答率 (%) に関 する比較
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
子供 大人 子供 大人
主要部課題 意味課題
正答率 (%)
高 中 低