第 4 章
4.6 考察
4.6.4 意 味関係の獲 得
最後に、複合語の意味関係の獲得について考察する。以下に (1c) を再 掲す る 。
(30) 子 供 は、各々 の 複合語 に どの程 度 支配的 な 意味関 係を付与す ること ができ
る の か。大人 の 結果と の 間に違 い が存在 するならば 、それ はどのよう に説 明 さ れるのか 。
意 味課 題 における 子 供の全 回 答のう ち 、8 割 に おいて支配 的な意 味関係が用 いら れ た 結 果 か ら 、 支 配 的 な 意 味 関 係 の 獲 得 が 概 し て 早 い こ と が 明 ら か に な っ た。
前 節 で 述 べ た よ う に 、 二 つ の 課 題 に お け る 正 答 率 の 高 さ は 親 密 度 と 関 連 し てい るため、親密度の高い複合語はほぼ支配的な意味関係で回答されている (97.3%)。
つ ま り 、 こ れ ら は 機 械 的 に 記 憶 さ れ る こ と で 意 味 関 係 が 固 定 す る た め 、 意 味関 係 に 複 数 の 選 択 肢 が 存 在 す る 親 密 度 の 低 い (あ る い は 標 準 的 な) 複 合 語 に 比 べ て 正答 の 割合が大 き いのは 当 然のこ と と言え る 。
一方で、今 回の実 験 において使 用した 複 合語の支配 的な意 味 関係のうち 、(一 定 の 母 数 を 必 要 と す る 統 計 学 上 の 理 由 か ら) 分 析 の 対 象 と な っ た の は 以 下 の 四 種 類の み である。
(31) a.「 形 」 e.g. ふぐ ふく ろ う 、ノコ ギ リザリガ ニ、ペ ンギンスリ ッパ
b.「 所有」 e.g. ひ まわ り公 園 、 ライオ ン 庭、たけ のこク ッキー
c.「 場所 」 e.g. 駅み かん 、 動物 園 レスト ラ ン、病 院かたつむ り
d.「 材料」 e.g. チー ズ ケーキ 、 ヨーグ ル トプリ ン、ごぼう アイス
従 っ て 、 上 記 以 外 の 意 味 関 係 に つ い て も 同 程 度 の 割 合 で 同 じ 月 齢 の 子 供 が 用い る のか に ついては 、 今後の 実 験を通 し て検証 さ れなけ ればなら ない。34
ま た Krott et al. (2009; 2010) は、彼女らの 実験において英語学習者が支配的な
意 味 関 係 の う ち 、 と り わ け 「 所 有 」 と 「 場 所 」 を 高 い 割 合 で 正 答 し た 結 果 が意
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味 関 係 の 知 覚 可 能 性 に 還 元 さ れ る と 主 張 し て い る 。 彼 女 た ち の 提 案 に 従 う と 、
「 場 所 」(e.g. 玄 関 ね こ: 通 例 、 玄 関 に い る ね こ) の よ う に 知 覚 可 能 な 意 味 関 係 は「 用途 」(e.g. スカ ート ダン ス (箪 笥): ス カートを しまう ための専用 のタン ス) の よう に 知覚不可 能 な意味 関 係より も 早期に 獲 得され ると説明さ れる。「スカー ト ダ ン ス 」 の 場 合 、 タ ン ス の 外 見 だ け で ス カ ー ト を 収 容 す る た め の も の か を判 別 する こ とは容易 で はない と 考えら れ る。
こ れ を 踏 ま え て 今 回 の 実 験 結 果 を 見 る と 、 知 覚 不 可 能 な 意 味 関 係 は 統 計 の 分 析 対象 と なってい な いため、今回の 結 果に基 づいて Krott et al. (2009; 2010) の主 張 を 検 証 す る こ と は で き な い 。 一 方 で 、 日 本 語 学 習 者 が (31c) に 示 され る よ う な「 場 所」 よりも (31b) に示されるよ うな 「 所有」(及 び 材 料) を 有意に 高く 正 答 し て い た 結 果 は 、 知 覚 可 能 な 意 味 関 係 の 中 で も 獲 得 時 期 に 一 定 の 相 違 が ある こ と を 示 唆 す る 。 子 供 が 以 下 に 示 さ れ る よ う な 複 合 語 に 対 し て 支 配 的 な 意 味関 係 を用 い ない場合 に 概して「 所 有」を用い て いた傾向 からも 、「所有」の獲得は 知覚 可 能な 意味 関 係 の中 で も特 に早 い と 言う こ とが でき る (32a、33a は 支配 的 な 意味 関 係を用い た 回答を 表 す)。
(32) ス リ ッパペン ギ ン a. ス リ ッパの 形 をした ペンギン (形) b. スリッパを持っているペンギン (所有)
(33) プ リ ンヨーグ ル ト a. プ リ ンを材 料 とした ヨーグルト (材料)
b. プリンが載っているヨーグルト (所有)
子 供 (英 語学 習者) は言 語獲 得 の 初期段 階 におい て、ball や cup のような具象
物 を指 示 する単語 (名 詞) を学 習 す る際も 当 該の語 の「形 」などの知 覚的特 徴を 参 考に し ているこ と が心理 実 験に基 づ いて明 ら かにな っている (Gentner 1982、
Smith, Jones, and Landau 1996 な ど)。 そうす る と 、子供は まず具 象物を表 す単語
を 学 習 す る 過 程 で そ れ ら の 知 覚 的 特 徴 に 注 意 を 払 う よ う に な り 、 そ の 後 複 合語 の 意 味 関 係 を 学 習 す る 過 程 に お い て も 同 様 の 方 略 を 用 い た 結 果 、 知 覚 可 能 な意 味 関 係 を 適 用 す る 割 合 が 大 き く な る と 考 え ら れ る 。 こ の 考 え の 妥 当 性 は 、 同じ 子 供 を 被 験 者 と し た 複 合 語 の 意 味 関 係 に 関 す る 実 験 と 、 新 語 を 用 い た 単 語 の容
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認 性 に 関 す る 実 験 を 比 較 ・ 考 察 す る こ と で あ る 程 度 検 証 可 能 と 思 わ れ る の で、
今 後の 課 題とした い 。
「 所 有 」 や 「 形 」 な ど の 意 味 関 係 の 早 期 獲 得 と 知 覚 可 能 性 に は 因 果 関 係 があ る と し て 、 今 回 の 実 験 で 子 供 が 新 語 を 解 釈 す る 際 に 支 配 的 な 意 味 関 係 を 適 用し ない場合に、大人のように様々な意味関係を付与しなかった (あるいは、付与で き なか っ た) の はな ぜ であ ろう か 。 具体例 と して、 以下に (11) を再 掲する 。
(34) カ エ ル(蛙)学校 a. カエル に ついて 学 ぶ学校 (対 象) b. カエルがたくさんいる学校 (所有) c. カエル の 模様が 描 かれてい る学校 (特 徴)
(34a-c) は 意味課題にお い て「カ エ ル学校 」 を刺激と した場 合の大人に よる 回 答
例であるが、子供の被験者はいずれも「カエル学校」に対して (34b) の「所有」
を 用 い て 回 答 し て い る 。 最 後 に 、 子 供 が 新 語 を 解 釈 す る 際 に ど の よ う に し て大 人 の よ う に 様 々 な 意 味 関 係 を 付 与 す る ま で に 至 る の か 、 つ ま り 意 味 関 係 の 知識 の 獲得 過 程につい て 考えて み たい。
ま ず 、 子 供 は 生 後 間 も な い 段 階 で は 単 語 と 複 合 語 の 区 別 は で き て い な い と仮 定 す る 。35 そ の 場 合 、 日 本 語 学 習 者 は 以 下 の 道 筋 を 辿 っ て 意 味 関 係 の 獲 得 に 至 る と考 え られる。
(35) a. 言 語入 力に 基づ き、2 歳前後に語順に関するパラメータ値を設定する。つ
ま り 、 複 合 語 の 構 造 が 内 心 的 で あ り 、 日 本 語 で は 第 二 要 素 が 主 要 部 であ る ことに気 付く (こ の段 階 では 、パラメータ値に一致した計算処理を大人 と 同等にす ること は できな い)。
b. 主 に親密 度 が 高い内 心 複合語 の 入力に 基づいて、 複合語 の第一要素 と第 二 要 素 の 間 に 概 し て 固 定 さ れ た 意 味 関 係 が 成 り 立 つ こ と に 気 付 く (機 械 的記 憶に 親 密 度が 高 い複合 語 を随時 登 録してい く)。
(e.g. ブド ウジュ ー ス / 材料、ひまわり公園 / 所有)
c. 名 詞複合語の第 一 要素は 付加 詞 であり 主 要部と の間に特定 の文法 関係 を 持たないため 、 語幹レ ベ ルでは 単 語の種類 などを 問わず名詞 と名詞 を
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併 合 す る こ と で 様 々 な 新 語 を 作 る こ と が で き る こ と に 気 付 く 。 そ の 後 、 言 語入力に 基づい て ある修 飾 語の意 味 関係は唯 一的で はなく、複数の意 味 関係を表 しうる こ とに気 付 く。
(e.g. ブ ド ウ 農 園 / 対 象 、 ブ ド ウ ジ ュ ー サ ー / 道 具 、 ひ ま わ り 花 火 / 形、 ひま わり 幼稚 園 / 特 徴)
d. 新語を解釈する際に、「所有」や「形」などの知覚可能な意味関係を 6 歳までに付与 す るよう に なる。
e. 6 歳 以降 のあ る段 階で 、 新語 を 解釈す る際に文脈 や各々 の修飾語の 意味
関係の頻度な ど に基づ い て、知覚 可 能な意味関係 も含め た様々な意 味関 係を付与する よ うにな る 。
(e.g. カ エル 学校 対 象/所有/特徴な ど 、ワニ バナナ 形/特徴/用途な ど)
こ こで 注 目すべき は 、複合 語の 親 密 度が果 た す役割 である。(35b) の段階で、実 際 の 周 囲 の 発 話 に は 親 密 度 が 高 い 複 合 語 だ け で な く 新 語 も 含 ま れ て い る こ とが 想 定 さ れ る 。 し か し 、 新 語 は 親 密 度 が 高 い 複 合 語 に 比 べ て 解 釈 す る 際 の 難 易度
が (大 人 でさ え) 高 いと 考 え られ る だ け でな く 複 数の 意 味 関 係を 表 し うる た め、
新 語 の み に 基 づ い て 子 供 が 様 々 な 意 味 関 係 を 学 習 し て い く と は 考 え に く い 。子 供 を 対 象 と し た 実 験 結 果 が 課 題 の 種 類 を 問 わ ず チ ャ ン ス レ ベ ル だ っ た こ と から も 示 唆 さ れ る よ う に 、 こ の 段 階 で は 大 半 の 新 語 の 意 味 関 係 は 決 定 さ れ ず に 保留 状 態 に あ る と 考 え ら れ る 。 他 方 、 親 密 度 が 高 い 複 合 語 の 第 一 要 素 と 第 二 要 素の 間 に は 概 し て 固 定 さ れ た 意 味 関 係 が 成 り 立 つ た め 、 子 供 は 言 語 入 力 に 基 づ いて 当 該 の 語 を 辞 書 へ 機 械 的 (ま た は 連 想 的) に 登 録 す る こ と で 各 々 の 修 飾 語 が 表 す 意味 関 係を記憶 し ていく 。そ し て 、(35c-d) の段階 を経て 、最 終的に (35e) で 大 人と 同 質的な知 識 を獲得 し 、運用 す るに至 る と考え られる。
日 本 語 学 習 者 が 具 体 的 に ど の 月 齢 で (35e) の 段階 に 至 る の か に つ い て は 今 後 実 証 的 に 検 討 さ れ な け れ ば な ら な い が 、 意 味 関 係 の 獲 得 は (i) 日 本 語 の 語 幹 レ ベ ルの 複 合語には 親 密 度 に幅が存在し、(ii) 各 々の修飾語 が様々 な意味関係 を表 し う る た め 、 大 人 と 同 質 的 な 状 態 に 至 る ま で に 一 足 飛 び で 行 く こ と は で き ない と 考え ら れる。
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