第 4 章
名詞複合語の獲得 5. 2 フ ランス 語の名詞複 合語と 類似表 現
5.5 結果
141
主 要 部 課 題 の 結 果 に 関 し て 想 定 さ れ る シ ナ リ オ は 、 以 下 の 通 り で あ る 。 日 本 語 優位 で ある日仏 バ イリン ガ ルであ る 被験者 が 、5~6 歳 の段階で日 本語に おけ る 内 心 複 合 語 の 右 側 に 主 要 部 を 持 つ 構 造 を 日 本 語 モ ノ リ ン ガ ル と 同 程 度 に 理解 し て い る の で あ れ ば 、 彼 ら は 主 要 部 課 題 に お い て 日 本 語 モ ノ リ ン ガ ル と 有 意差 な く正 答 すること を 予測す る 。
他 方 、 フ ラ ン ス 語 の 入 力 が 日 本 語 に お け る 複 合 語 の 内 心 性 の 理 解 に 影 響 し 、 生 後間 も ない頃か ら の 5~6 年 間 が 相当程 度 の影響 を及ぼしう る年月 ならば、主 要 部 課 題 に お い て 日 仏 バ イ リ ン ガ ル の 正 答 率 は 日 本 語 モ ノ リ ン ガ ル の 正 答 率よ り も有 意 に低くな る ことを 予 測する 。
最後に、DM 仮説 に基づ く 本論文 の 分析が 正 しけれ ば、概して辞書 への機 械的 記 憶 が 関 わ る と 想 定 さ れ る 親 密 度 が 高 い 複 合 語 は 視 覚 情 報 の な い 実 験 デ ザ イン や フラ ン ス語の入 力 の影響 を 受けに く く、正答率が高く なるこ とが予測さ れる。
他 方 、 産 出 ・ 処 理 に 言 語 計 算 が 関 わ る と 想 定 さ れ る 親 密 度 が 低 い 複 合 語 は それ ら の影 響 で正答率 が 低くな る ことを 予 測する 。
142 0
10 20 30 40 50 60 70
日仏バイリンガル 日本語モノリンガル
回答率 (%)
右側主要部 左側主要部
* p<.05
図 5.1 に示されるように、日仏バイリンガルの主要部課題の正答率 (47.1%) も 日本 語モ ノリ ン ガル (57.4%) と同 様に チャ ンス レベ ル の範 囲内 にと どま っ てい る 。8 前 章 で 確 認 し た 大 人 の 正 答 率 (91.1%) を 踏 ま え る と 、 彼 ら も こ の 月 齢 時 に 日 本 語 の 複 合 語 の 内 心 性 を 適 切 に 理 解 す る ま で に は 至 っ て い な い こ と が 分か る。確認のため、大人と日仏バイリンガルを対象に t 検定を行っ たとこ ろ、大 人 の 正答 率 の方が有 意 に高か っ た [t (46) = 119.08, p<.001]。
次に、二つの言語グループ (日仏バ イ リンガ ル・日 本語モ ノリンガル) の結 果 に 目を 向 けると、各 々のグ ル ープが 右 側 (また は左側) 主 要部で回答 した割 合の
差 は約 10%であっ た。こ の値 が統 計学 的に有 意な もの かを 検証す るた めに 言語
グ ルー プ を対象に t 検定 を 行った と ころ、日本語 モノリンガ ルの方 が日仏バイリ ン ガ ル よ りも 右 側 主 要 部 で 回 答し た 割 合 が 有 意 に 高い こ と が 明 ら か に なっ た [t
(46) = 4.60, p<.05]。9 言 い換え れ ば、日 仏 バイリン ガルの 方が左側主 要部 で回
答 する 傾 向があっ た 。
次に 、親 密度 (高/中/低) の観点か ら日 仏バイ リン ガルと 日 本語モ ノリ ンガル の 結 果 を 比 較 ・ 検 討 す る 。 親 密 度 に 基 づ い て 分 類 さ れ た 刺 激 の 具 体 例 と し て、
前 章の (13) を以下 に 再掲す る 。
(9) a. 親密度が高い e.g. 玉 葱 サラダ 、 とんかつ 弁当、 雷雲
*
143
b. 親密 度が 標準 的 e.g. 玄 関ねこ 、 キリン鉛 筆、ヨ ーグルトプ リン c. 親 密度 が低 い e.g. 海 た んぽぽ 、 スイカピ ザ、ジ ュースブド ウ
前 章 で 述 べ た よ う に 、 こ れ ら は 併 合 さ れ る 語 形 成 の レ ベ ル や 単 語 の 種 類 の 組み 合 わ せ で は な く 、 主 観 的 評 価 で あ る 親 密 度 に よ っ て 分 類 さ れ た と い う 点 が 重要 で ある 。 図 5.2 は、 親密 度 (高/中/低) に基 づ く主要 部課題の右 側主要 部の回答 率 の平 均 を示して い る。
図 5.2 親密度に 基づ く右側主 要部の 回答 (%) に 関する 比較
0 10 20 30 40 50 60 70 80
日仏バイリンガル 日本語モノリンガル
回答率 (%)
高 中 低
DM 仮説に基づく分析から予測されるように、日仏バイリンガルも親密度に相関 して 正 答 率が 高 く な る (ま た は低 く な る) 傾向 が 見て 取 れ る 。こ れ を 踏ま え て、
統計結果を 確認しよ う。まず、 主要部課 題における 正答率に ついて、2 (言 語グ ル ープ: 日仏バイリンガル・日本語モノリンガル) × 3 (親 密度: 高・中・低) の 分 散 分 析 を 実 施 し た 。10 そ の 結 果 、 言 語 グ ル ー プ の 主 効 果 が 有 意 で は な い 一 方 で [F (1, 74) = 2.40, p=.13]、親密度の主効果が有意であった [F (2, 74) = 13.39, p
<.001]。 両 変数の 交互作 用 は有意 で はなか っ た [F (2, 74) = 1.47, p=.23]。
親密度 の主 効果 が有 意であ った こと から 親密度 を対 象 に t 検定を 行っ たと こ ろ 、日 仏 バイリン ガ ルは親 密 度が高 い 複合語 を 標準的 な複合語 [t (37) = 13.40, p
<.001] や 低い 複合 語 [t (37) = 21.50, p<.001] より も有意 に高く正答 してい た。
144
他方、親密度が標準的な複合語と親密度が低い複合語の間 の 正答率の差 は 6.5 と 顕 著に 大 きいわけ で はなく 、対応 の な い t 検定を 用いて 検定した結 果、有意差が 観 察さ れ なかったので 両者 の正 答 率 に大き な 差はない と思わ れる [t (37) = 0.81,
p=.37]。この親密 度に 基づ く統 計 結 果は、日本語モ ノリン ガルの結果 と全く 同じ
である。いずれにせよ、親密度が日本語モノリンガル (子供及び 大人) だ けで な く 日仏 バ イリンガ ル の複合 語 の理解 に も影響 し ている ことが分か った。
こ の よ う に 、 日 仏 バ イ リ ン ガ ル の 右 側 主 要 部 の 回 答 率 も ま た 複 合 語 の 親 密度 と 密接 に 関連して い ること が 明らか に なった が 、最後 に付録 3 から読み取れる 各刺激 の正 答傾 向と 誤答傾 向に つい て触 れてお く。 まず 、正 答率 が 100% の 刺 激 は計 12 種類であった。このうち、親密度が高い複合語を除く刺激の例を、単 語 の種 類 に基づい て 以下に 挙 げ る。
(10) a. 和 語 + 和語: e.g. セミ バチ (蝉 蜂)、 海たんぽぽ (蒲公英) b. 漢語 + 漢語: e.g. 鉛筆 キ リ ン(麒 麟)
c. 混 種語: e.g. カ スタネ ッ トかば (河 馬)、 ゴリラ ゾウ (象)
「 キ ュ ウ イ ガ ム 」 の よ う な 親 密 度 が 高 い 複 合 語 を 除 き 、 外 来 語 同 士 か ら 成 る刺 激 は こ の 中 に 含 ま れ な か っ た 。 繰 り 返 し 述 べ て き た よ う に 、 語 幹 レ ベ ル で 形成 さ れ る 複 合 語 と 語 根 レ ベ ル で 形 成 さ れ る 単 純 語 同 士 か ら 成 る 複 合 語 は 、 原 則と し て 単 語 の 種 類 を 問 わ ず 自 由 に 併 合 可 能 で あ る 。 以 下 で 確 認 す る よ う に 、 この よ うな 生 産的な過 程 を経て 形 成され た (つまり、容認性の程度を問わず大人には 非 文法 的 とは判断 さ れない) 複合 語 で あるに もかかわら ず、正答 率が低 い刺激が 複 数個 観 察される 。し か し、親密度 が 高くな い (刺激が語 彙化さ れていない と想 定 さ れ る) と 判 断 さ れ て い る に も か か わ ら ず 正 答 率 が 高 か っ た (10a-c) の よ う な 刺 激 の 存 在 は 、 被 験 者 が レ ベ ル の 順 序 付 け や 単 語 の 種 類 の 制 約 に 少 し ず つ敏 感 にな っ ているこ と を示し て いるの か もしれ な い。
他方、正答率が 0% の刺激 は 計 14 種類で あった。こ のうち 、9 種類は 親密 度 が 低 い 複 合 語 、 残 り は 親 密 度 が 標 準 的 な 複 合 語 と な っ て お り 、 こ の こ と は 端的 に 親密 度 が結果に 影 響して い ること を 示唆す る 。具体 例を以下に 挙げる 。
145
(11) a. 和 語 + 和語: e.g. お に ぎりほ う れん草 、ノコギリ ザリガ ニ b. 漢語 + 漢語: e.g. キ リ ン(麒 麟) 鉛筆
c. 外 来語 + 外来 語: e.g. ス リ ッパペ ン ギン、ガ ムキュ ウイ d. 混種 語: e.g. ハ ン カチ天 使 、バナナ ワニ (鰐)
一 方で 、 これらの 意 味関係 に 注目す る と、付 録 3 に示されるように 8 種類の支 配 的な 意 味 関 係が 「 形 」で あ っ た (e.g. バ ナナ ワ ニ 、 ドー ナ ッ ツネ ギ)。 上 述 の 通 り 、 日 仏 バ イ リ ン ガ ル を 対 象 と し た 心 理 実 験 で は 主 要 部 課 題 の み を 実 施 した た め 、 彼 ら の 複 合 語 の 意 味 の 獲 得 に 関 し て は 直 接 考 察 す る こ と は で き な い 。し か し 、 前 章 で 考 察 し た 「 所 有 」 や 「 形 」 に 代 表 さ れ る 意 味 関 係 の 知 覚 可 能 性が 獲 得 時 期 の 早 さ と 相 関 す る と い う 仮 説 が バ イ リ ン ガ ル に も 適 用 可 能 で あ る なら ば、「形」 として解 釈されやす いこれら の刺激は (ある程度 主要部のパ ラメータ 値に一致し た計算処 理ができる ようにな った後で) 意味課題 を実施した 場合に、
日 本 語 モ ノ リ ン ガ ル と 同 様 、 支 配 的 な 意 味 関 係 が 付 与 さ れ る 割 合 が 相 対 的 に高 く なる こ とが予測 さ れる。
他 方 、 従 来 指 摘 さ れ て い る よ う に バ イ リ ン ガ ル の 方 が モ ノ リ ン ガ ル よ り も 概 し てメ タ 言語知識 が 豊かで あ るなら ば 、彼ら の方が語 (音) と意味の 恣意的 な関 係 性 へ の 気 付 き が モ ノ リ ン ガ ル 以 上 に 敏 感 で あ り 、 そ れ ら を 分 析 す る 際 の 能力 が 優れ て いる可能 性 がある (Rosenblum and Pinker 1983な ど)。これが正しいとす ると、意味課題において日本語モノリンガルと日仏バイリンガルがある刺激 (新 語) に対して付与 す る意味関係 の傾向が 異なるなど のシナリ オが予測さ れるが、
バ イ リ ン ガ ル に よ る 複 合 語 の 意 味 の 獲 得 の 調 査 ・ 考 察 に つ い て は 今 後 の 課 題と し たい 。
い ず れ に せ よ 、 正 答 率 が 極 め て 低 い (11a-d) の よ う な 刺 激 の 存 在 は 、 日 仏 バ イ リ ン ガ ル が 何 ら か の 理 由 で 日 本 語 の パ ラ メ ー タ 値 に 一 致 し た 計 算 処 理 が 適切 に でき て いないこ と を強く 示 唆する 。