第 4 章
4.6 考察
4.6.3 親 密度と DM 仮説
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っ て も (空 主 語 が 好 ま れ る 状 況 下 で) 顕 在 的 な 主 語 を 使 用 す る 傾 向 が あ る 。 こ の こ と は 、 空 主 語 の 習 得 ・ 処 理 が 生 涯 を 通 し て 困 難 で あ る こ とを 示 唆する。
複 合語 内 の意味関 係 の獲得 が 束縛原理 B と同質 であるなら ば、当 該の知識が 6 歳 以 降 の あ る 段 階 で 安 定 状 態 に 達 す る と 考 え ら れ る た め 、 大 人 を 分 析 対 象 とし た 場 合 に 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の 結 果 に 有 意 差 が 観 察 さ れ な い こ と が 予 測 され る。この予測に反して意味課題における大人 (及び子供) の正答率が 相対的 に低 か っ た 本 実 験 の 結 果 は 、 語 用 論 に 依 存 す る 知 識 が 言 語 獲 得 の 発 達 的 要 因 に なり う るだ け でなく、 複 合語内 の 意味関 係 が束縛 原 理 B と異 なり、 生涯を通し て獲 得 ・ 処 理 が 困 難 で あ る 定 形 節 に お け る 空 主 語 と 同 質 で あ る と 分 析 す る の が 妥当 で ある 。
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か し 、 親 密 度 が 複 合 語 の 意 味 理 解 の 難 易 度 に 影 響 し う る こ と を 実 験 に よ っ て確 認 し た 点 で 、 彼 ら の 主 張 を 日 本 語 学 習 者 及 び 大 人 の 日 本 語 話 者 の 資 料 か ら 支持 するものである。日本語学習者は、(少 なくと も) 5 歳 の段階です でに複 合語の 親 密 度に 敏 感なよう で ある。
第 2 章 において 、 本論文 で は統語 的 要素な どを含まな い複合 語は辞書内 で形 成 さ れ る と 仮 定 す る 両 立 主 義 の 立 場 を 採 用 す る こ と を 述 べ た が 、 今 回 の 実 験で 得 ら れ た 親 密 度 に 基 づ く 正 答 率 の 隔 た り は ど の よ う に 説 明 さ れ る だ ろ う か 。今 回 の 実 験 で 使 用 し た 刺 激 は 語 幹 レ ベ ル に お い て (ま た は 語 根 レ ベ ル に お け る 単 純 語同 士 の併合に よ って) 形 成さ れ た もので 統一したた め、レベ ルの順 序付け仮 説 で は こ の 結 果 を 予 測 す る こ と は で き な い 。(3a-b) で 挙 げ た 語 幹 レ ベ ル で 形 成 さ れ る 複 合 語 の 例 の 一 部 と 、 語 根 レ ベ ル で 形 成 さ れ る 複 合 語 の 例 の 一 部 は 、そ れ ぞれ 以 下のよう な 構造を 持 つと分 析 される 。
(22) a. 語幹レベル の 複 合語
e.g. [Stem [Stem [Root 花][Root火]][Stem橋]]
[Stem [Stem [Root 玉][Root葱]][Stemサラダ]]
b. 語根レベルの複合語
e.g. [Rootバ ナナ][Rootワニ]、[Root雷][Root雲]
(22a) において 、例 えば「橋 」は単純 語 (自由形 態素) のた め本来は 語根である
が、語幹レベルの複合語 (二字 熟 語) である「花火」と併合することで初めて語 幹 とし て 分析され る 。他方 、(22b) において例えば「バナナ」と「ワニ」はいず れ も 単 純 語 で あ る の で 、 両 者 は 語 根 レ ベ ル で 併 合 す る と 分 析 さ れ る 。 こ の よう に、レベルの順序付け仮説は語形成の単位を複数に分けることで、語根レベル、
語 幹 レ ベ ル と い う よ う な 同 じ 単 位 に 属 す る 要 素 同 士 が (原 則 と し て) 併 合 す る こ と を 規 定 し た も の で あ る 。 従 っ て 、 こ の 仮 説 で は 同 じ 語 幹 レ ベ ル で 形 成 され る 「 玉 葱 サ ラ ダ 」 の 親 密 度 と 「 花 火 橋 」 の 親 密 度 の 間 に 差 異 が 存 在 す る 理 由に つ いて 、 説明を与 え ること が できな い 。
第 2 章 で述べたよう に 、Pinker (1991; 1999) な どは DM 仮説を用い て英語 の屈 折 接辞 の 産出・処 理 を説明 し ている 。 以下に 第 2 章の (74) を 再掲す る。
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(23) a. 連 想記憶 (associative memory systems) b. 機械 的記 憶 (rote memory systems)
c. 計 算処理 (computation)
(23a) は 不 規 則 変 化 に 関 わ る 記 憶 で あ り 、 音 韻 的 ・ 意 味 的 に 類 似 す る 項 目 同 士 (e.g. mouse/mice) が 辞 書 内 で ネ ッ ト ワ ー ク 的 に 結 び 付 け ら れ て 蓄 え ら れ て い る とされる。(23b) もや はり 不規 則 変化 に 関わる記 憶であ るが、類似パ ターン を持 た ない 項 目同士 (e.g. eat/ate) のみを射 程としている。最後に、(23c) は規 則変 化
(e.g. watch/watches) の産出・処理に関わるものであり、規則的且つ生産的に適用
さ れ る 。 こ こ で 重 要 な こ と は 、 デ フ ォ ル ト 値 と し て 適 用 さ れ る (23c) は 純 粋な 計 算 処 理 で あ る の で 、 そ の 適 用 可 能 性 が 日 常 生 活 に お け る 頻 度 に 依 存 し な い点 で ある 。
本 論 文で は DM 仮 説を 援用 し 、 日本語 の 名詞複合 語の産 出・処理に は親 密度 に 応 じ て 複 数 の 形 態 メ カ ニ ズ ム が 関 与 し て い る と 仮 定 す る 。 基 本 的 な シ ナ リオ は (24a-b) に 示さ れる 。
(24) a. 親密度が高い複合語は語 形 成 の単位 を 問わず 、機械的に 記憶さ れるこ と
で 産 出・ 処理 され る
e.g. とん か つ弁当 、 玉葱サ ラ ダ、雷 雲
b. 親密度が低い複合語はデフォルト値としての言語計算によって産出・処
理さ れる
e.g. 砂場ツバ メ 、海た ん ぽぽ、 バ ナナワ ニ
こ の シ ナ リ オ で は 、 語 幹 レ ベ ル に 属 す る 親 密 度 が 高 い 複 合 語 は 機 械 的 記 憶 に蓄 え ら れ る た め 生 産 的 な 語 形 成 が 直 接 関 与 し な い 点 で 語 根 レ ベ ル の 語 彙 化 し た複
合 語 (e.g. 健康、公園) や外心 複 合語 (e.g. ねこまたぎ、ウミネコ)、並列複合語
(e.g. 山川、父母、日米) と同 じ と考え て いる。つま り、こ れらの 語の大半は日
常 生 活 に お け る 高 い 頻 度 や 学 習 を 通 し て 、 比 較 的 早 い 時 期 に 機 械 的 に 辞 書 に登 録 さ れ る と 考 え ら れ る 。28 辞 書 へ の 機 械 的 な 登 録 を 通 し て 、 当 該 の 語 の 音 韻 情
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報 に 加 え て 意 味 情 報 が 蓄 え ら れ る と 想 定 す る こ と は 自 然 な こ と で あ ろ う 。 この よ うな 道 筋を辿っ た 結果、機 械的に 記 憶され ている (と想 定される) 親密度の高 い 複 合 語 の 主 要 部 課 題 や 意 味 課 題 の 正 答 率 が 相 対 的 に 高 く な っ た と 本 論 文 では 考 え る 。29 ま た 、 親 密 度 が 高 い 複 合 語 は 機 械 的 に 記 憶 さ れ る こ と で 意 味 関 係 が 固 定 さ れ る た め 、 以 下 で 考 察 す る 親 密 度 が 低 い 複 合 語 よ り も 複 合 語 の 絵 を 提示 し ない本 実験の デ ザイ ンの 影響 を 受 けにく かった と考え られる。
他 方 、(24b) に示 され るよ うな 語幹レ ベ ルに属す る親密 度が低い複 合語に は常 に 生 産 的 な 語 形 成 が 関 与 し て お り 、 そ の 産 出 ・ 処 理 に は デ フ ォ ル ト 規 則 で ある 言 語 計 算 が 一 様 に 適 用 さ れ る と 本 論 文 で は 考 え る 。 こ の よ う な 複 合 語 の 産 出・
処 理に 関 わる言語 計 算は英 語 の自然 発 話で新 語 が観察 される 2 歳頃から利用可 能 に な る と 考 え ら れ る 。 し か し 、 今 回 の 親 密 度 の 低 い 複 合 語 の 誤 答 率 を 踏 まえ る と 、 被 験 者 の 子 供 は こ の 月 齢 時 に 母 語 の パ ラ メ ー タ 値 に 一 致 し た 計 算 処 理を 大 人 と 同 様 に で き る よ う に な っ て い る と 考 え る こ と は で き ず 、 彼 ら は そ れ が適 切 にで き るように な るまで の 中間段 階 にある よ うであ る。30 第 2 章で概観した よ う に 、 日 本 語 で は 語 形 成 が 生 産 的 で あ る 語 幹 レ ベ ル の 複 合 語 は 右 側 に 主 要部 を持つため、今回観察された主要部課題の誤答 (つまり、内心複合語を左側主要 部 と し て 解 釈 し た 回 答) は 日 常 生 活 の 言 語 入 力 や 学 習 に 基 づ い て 行 わ れ た と は 考 えに く い。
で は 、 な ぜ 彼 ら は 新 語 を 解 釈 す る 際 に 主 要 部 の 位 置 を 誤 っ て し ま う の だ ろ う か 。 特 に 親 密 度 が 低 い 複 合 語 は そ の 難 易 度 故 に パ ラ メ ー タ 値 を 適 切 に 決 め れず に 誤 っ て 解 釈 し た 可 能 性 が あ る 一 方 、 大 半 の 言 語 の 複 合 語 の 主 要 部 は 第 一 要素 か 第 二 要 素 の ど ち ら か で あ る か ら 、 理 論 的 に は い ず れ の パ ラ メ ー タ 値 も 普 遍文 法 の 制 限 の 範 囲 内 に 収 ま り う る 。 従 っ て 、 普 遍 文 法 が 許 容 す る が 故 に 子 供 が母 語 と は 異 な る パ ラ メ ー タ 値 に 沿 っ て 計 算 処 理 を し て し ま う こ と も あ る と 推 察さ れ る が 、 主 要 部 課 題 は 二 者 択 一 形 式 の 実 験 デ ザ イ ン で あ る の で 、 こ こ で は 幼児 の 誤答 が 普遍文法 の 特性を 反 映して い る可能 性 の言及 にとどめる ことに する。
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こ こ まで は、DM 仮 説を 援用 し て 英語の 不 規則変化 の類似 パターンを 持た ない 屈 折 接 辞 と 日 本 語 の 親 密 度 が 高 い 複 合 語 を 、 そ し て 英 語 の 規 則 変 化 の 屈 折 接辞 と 日 本 語 の 親 密 度 が 低 い 複 合 語 を そ れ ぞ れ 平 行 的 に 分 析 し て き た 。 し か し 、英
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語 の 屈 折 接 辞 と 日 本 語 の 複 合 語 の 親 密 度 に は 明 ら か な 相 違 点 も 存 在 す る 。 上 述 の 通 り 親 密 度 は 個 々 人 が 判 断 す る 主 観 的 評 定 値 で あ り 、 そ の 評 価 に 個 々 人 によ っ て 隔 た り が あ り う る た め 、 英 語 に お け る 動 詞 の 規 則 変 化 形 (e.g. play/played) と 不規 則 変化形 (e.g. break/broke) の 対比の よ うにそ れに関わる 形態メ カニズム を 明確 に 区別する こ とは不 可 能であ る 。
例 え ば 、 親 密 度 が 標 準 的 な 複 合 語 は そ の 度 合 い で は 親 密 度 が 高 い 複 合 語 と 低 い 複合 語 の間に位 置 するが 、Pinker が 英語に お ける動 詞の不規則 変化形 に連想記 憶 が 関 与 す る と 仮 定 す る の と 平 行 的 に 、 そ れ ら に 属 す る 全 て の 複 合 語 に 連 想記 憶 が 関 与 す る と 仮 定 す る の は 困 難 と 思 わ れ る 。 し か し 、 統 計 結 果 を 参 照 す るこ と で 親 密 度 に 基 づ く シ ナ リ オ を も う 少 し つ き つ め て 考 え る こ と も で き る 。 大人 が 課 題 の 種 類 を 問 わ ず 親 密 度 が 低 い 複 合 語 よ り も 親 密 度 が 高 い 複 合 語 と 標 準的 な 複 合 語 を 有 意 に 高 く 正 答 し た 結 果 は 、 親 密 度 が 標 準 的 な 複 合 語 の 処 理 に 言語 計 算 だ け で な く 辞 書 に 登 録 さ れ た 語 彙 情 報 を 活 用 し て い る こ と を 示 唆 す る 。具 体 的 に は 、 構 成 素 の 単 語 に 関 す る 百 科 辞 典 的 知 識 を 活 用 し た り 、 連 想 記 憶 に貯 蔵 され た 単語 (あるいは、そこに貯蔵されている単語をさらに意味的に拡張した 単 語) を 参 照し なが ら言 語計 算を 行うシ ナ リオが 想定されよ う。以下 にこの よう な シ ナ リ オ が 関 与 し て い る 可 能 性 が あ る 、 大 人 が 全 員 正 答 す る 一 方 で 複 数 の子 供 が誤 答 した刺激 の 例を挙 げ る。32, 33
(25) a. サンタ風船 (回答 例) サ ン タの形 を した風 船 b. ごぼうアイス (回答 例) ご ぼ うを材 料 とし たアイ ス
(25a) では、大人がバルーンアートのような風船の特徴に関する百科辞典的知識
を 活用 し て 回 答し た 可 能性 が あ る 。(25b) では 、「 バ ニラ と ア イ ス」 や 「 チ ョ コ とアイス」のように、連想的 (あるい は 機械的) に 記憶されて いるも のに、本来 は そ の パ タ ー ン に 属 さ な い も の の 「 材 料 」 に な り う る 点 で 意 味 的 に 類 似 し てい る 「ご ぼ う」が、 連想 に基 づい て 修 飾語と し て適用さ れ たも の と推察でき る。
子 供 を対 象とし た 新密度 に 基づく t 検定では、課題の種類を問わず親密度が高 い 複 合 語 の 正 答 率 が 、 親 密 度 が 低 い 複 合 語 の 正 答 率 よ り も 有 意 に 高 い 一 方 、親 密 度 が 標 準 的 な 複 合 語 と 親 密 度 が 低 い 複 合 語 の 正 答 率 の 間 に は 課 題 の 種 類 を問
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わ ず 有 意 差 が 観 察 さ れ な か っ た 。 こ れ は 、 子 供 の 場 合 は 連 想 記 憶 に 蓄 え ら れネ ッ ト ワ ー ク 的 に 関 係 づ け ら れ て い る 単 語 の 数 や 各 々 の 単 語 の 百 科 事 典 的 知 識が 乏 し い た め 、 そ れ ら を 使 用 で き ず に 言 語 計 算 の み で 複 合 語 を 処 理 し た こ と など に 起因 し ていると 推 察され る 。
上 述 のよ うに、DM仮説 は英 語 の 屈折接 辞 を主な対 象とし た心理言語 的実 験の 帰 結と し て提案さ れ たもの で ある。ここ で の分析が 正しい 限りにおい て、DM仮 説 が 屈 折 語 だ け で な く 複 合 語 の 産 出 ・ 処 理 に も 関 わ る と み な す の が 妥 当 で ある と 結 論 づ け ら れ る 。 し か し な が ら 、 親 密 度 に は 個 人 差 が あ り う る と い う 問 題が つ い て ま わ る た め 、 こ こ で の シ ナ リ オ が 妥 当 な も の で あ る か は 今 後 の 実 験 によ っ て検 証 されなけ れ ばなら な い。
最 後 に、2.1 節で 概観 した 動詞 由来名 詞 複合語の 獲得と 本論文の考 察の対 象で あ る名 詞 複 合語 の 獲 得 を比 較 ・考 察 し た い。 ま ず 、(例外 を 除く) 動 詞 由 来名 詞 複 合 語 の 文 法 性 が 、 名 詞 複 合 語 の 場 合 と 異 な り 項 構 造 レ ベ ル の 制 限 を 受 け る点 を 再確 認 する。
(26) a. 内 項 + 動詞 由 来名詞
e.g. 棒倒し 、小説 書き 、金持 ち 、子育 て b. 付加 詞 + 動詞 由 来名詞
e.g. のり付け、 一 人歩き 、 早食い 、 黒塗り c. 外 項 + 動詞 由来 名詞
e.g. *学生 倒し (cf. 棒倒 し)、*作 家 書き (cf. 小説書き)
内 項制 約 は、外項 (主語) が動詞 由 来名詞 と 複合語化 するこ とを禁じる もの であ る 。 従 っ て 、 こ の 制 約 を 仮 定 す る こ と で (26a-b) と (26c) に 見 ら れ る 文 法 性 の 対 比を 適 切に予測 す ること が できる。ま た 、(26a-b) は内 項だけ でなく付加 詞も 複 合可 能 であるこ と を示 している。これを踏まえて、(26a-b) の内項及び付加詞 を それ ぞ れ他の名 詞 に置き 換 えた次 例 を考察 し よう。
(27) *缶 倒し (cf. 棒倒 し)、*物 語 書 き (cf. 小説書き)
*本 持ち (cf. 金持ち)、*犬 育 て (cf. 子 育て)