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第 3 章

3.4 バ イリンガ ルによ る名詞複合 語の

3.4.1 言 語間転移

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b. フ ランス語 の 複合語: 計 71 語 (右側 主 要部の 割合: 63%)

第 2 章で確認したように、フランス語の複合語は英語のそれと異なり非生産的 であり、またその主要部が第一要素である。Jason がフランス語の複合語よりも 英 語 の そ れ を 統 計 的 に 有 意 に 多 く 右 側 主 要 部 で 産 出 し た 結 果 は 、 彼 が 両 言 語 の 主 要 部 の位 置を適切に 区 別して い ること を 示唆して いる。

他方、60%以上の割合でフラ ン ス 語 におけ る 複合語 を右側主要 部で産 出した結

果は、英語におけるそれの右側主要部の構造の影響と考えられ、Nicoladis (1999) は こ れ を形 態レベルに お ける言 語 間転移 と 呼んでい る。43 以降、Nicoladis (2002)、Foroodi-Nejad and Paradis (2009) な ど によっ て、バイリ ンガル を被験者 と し た 心理 実験におい て も、同 様 の結果 が 得られる ことが 指摘されて いる。

複 合 語 の 主 要 部 の パ ラ メ ー タ 値 が 異 な る 二 つ の 言 語 か ら 成 る バ イ リ ン ガ ル 環 境 は 、 一 度 獲 得 し た 後 に 安 定 状 態 に 達 す る と 一 般 的 に 考 え ら れ て い る 語 構 造 の 内 心 性 の 理 解 に 影 響 を 与 え る 可 能 性 が あ り 、 普 遍 文 法 の 特 性 を 探 る 上 で 重 要 な 現 象 と 考え られる。以 下では 、先行 研 究で挙 げ られて いる (音韻論、統語論も含 め た) 言 語間転移 の四つ の 要因を を 順次概 観 する。

一 つ 目は 二つの 言 語間に お ける構 造 の重複 (structural overlap) であり、言語 間 転 移に 対し て以下 の ような 予 測を行 う 。

(35) あ る 構造に対 し て言語 A が二 つ 以上の 選 択肢を持 ち、言 語 B がそれ らの 選

択 肢 のうちの 1 つと 重 複する 場 合、言 語 B から言語 A に 言語間転移が生じ る (Hulk 1997、Döpke 1998 な ど)

(35) によれば、言語 Aでは言 語 Bと共 通 する選 択肢に基づ いた構 造が好まれ る。

つまり、言語 A と言 語 B の バイリ ン ガルは、言 語 A のモノリン ガルよ りも 言 語 B と共通する選択肢を用いて対象となる構造を産出・理解するようになる。44 例 え ば 、 ペ ル シ ア 語 の 名 詞 複 合 語 は 主 要 部 で 使 用 さ れ る 名 詞 に よ っ て 左 側 主要 部 ま た は 右 側 主 要 部 の い ず れ か が 概 し て 好 ま れ る 一 方 、 ど ち ら で 用 い ら れ ても 適 格と 判 断される (Foroodi-Nejad and Paradis 2009)。45, 46 (36a) は左側主要部 の 複合 語 、(36b) は 右側 主要 部の 複合語 を それぞ れ示してい る。

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(36) a. ab sib lit. ‘water apple’ = ‘apple juice’

b. gol ab lit. ‘flower water ’ = ‘flower juice’

(Foroodi-Nejad and Paradis 2009: 413-414)

Foroodi-Nejad and Paradis (2009) によれ ば 、ab ‘water’が主 要部と して用いら れる

場 合は (36a) のような左側主要部が好まれる。他方、(36b) のよ うな右 側主要 部

の 場 合 も ま た 文 法 的 と 判 断 さ れ る 。 従 っ て 、 例 え ば 英 語 と ペ ル シ ア 語 の 組 み合 わ せ は 内 心 複 合 語 に 対 し て 構 造 の 重 複 の 状 況 を 生 む の で 、 両 言 語 の バ イ リ ンガ ル はペ ル シ ア 語の 複 合 語に お い て (36b) の よう な 英 語 と同 一 の 右側 主 要 部 の 複 合 語を 好 むように な ると説 明 される 。

二 つ 目は 、言語 の 優位性 (language dominance) で ある (Paradis 2001、Yip and

Matthews 2000 など)。先行研究によれば、言語使用の熟達度が高い方から低い方

へ 転移 が 生じる。47, 48 例 え ば、フ ラ ンス語 の 熟達度が 高いフ ランス語と 英語 の バ イ リ ン ガ ル が 英 語 の 複 合 語 を 産 出 ・ 理 解 す る 際 は 、 フ ラ ン ス 語 が 英 語 に影 響 を 与 え る 。 従 っ て 、 彼 ら が 英 語 の 複 合 語 を 産 出 す る 際 は 英 語 の モ ノ リ ン ガル よ りも 頻 繁にフラ ン ス語と 同 一の左 側 主要部 を 用いる ことが予測 される 。

三つ目は、言語間転移が日常生活における当該の表現の頻度である (Nicoladis

1999; 2001 など)。この考えに基づくと、形態レベルにおいて転移が生じるのは、

子 供 が 英 語 の よ う な 複 合 語 が 生 産 的 な 言 語 と フ ラ ン ス 語 の よ う な 複 合 語 が 非生 産 的 な 言 語 を 学 習 す る 場 合 で あ り 、 転 移 は 前 者 か ら 後 者 に 向 け て 生 じ る 。 例え ば、本節の冒頭で概観した Nicoladis (1999) は、英語とフランス語のバイリンガ ル であ るJasonがフラン ス 語にお け る右側 主 要部の複 合語を60%以 上の割 合で 産 出 し た 要 因 の 一 つ と し て 、 英 語 の 複 合 語 と フ ラ ン ス 語 の 複 合 語 の 頻 度 の 差 異を 挙 げて い る。

四 つ 目 は 、 構 造 的 、 あ る い は 意 味 的 に 類 似 し て い る 構 造 の 入 力 が 当 該 の 構造 の 獲得 に 影響する と いうも の である (Selkirk 1982、Müller 1998 な ど)。ここで、

名 詞 複 合 語 の 比 較 対 象 と し て 形 容 詞 に よ る 修 飾 を 含 む 名 詞 句 を 例 に と っ て 考え て み よ う 。 両 者 は 語 か 句 か と い う 違 い は あ る も の の 、 修 飾 語 と 非 修 飾 語 か ら成 り 、 通 言 語 的 に 語 順 の 違 い が あ る も の の 、 一 方 が 他 方 を 意 味 的 に 修 飾 す る 点で

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共 通し て いる。次 例 (37) を考 察 し よう。

(37) a. frog man b. sleepy man

c. homme orchestre lit. ‘man orchestra’ = ‘a man who plays many instruments at once’

d. homme fatigué lit. ‘man tired’ = ‘a tired man’ (Nicoladis 2001: 636)

(37a) と (37c) はそれぞれ英語とフランス語の名詞複合語、(37b) と (37d) は そ

れ ぞ れ 英 語 と フ ラ ン ス 語 の 形 容 詞 に よ る 修 飾 を 含 む 名 詞 句 で あ る が 、 通 言 語的 に 名 詞 複 合 語 の 語 順 と 形 容 詞 に よ る 修 飾 を 含 む 名 詞 句 の 語 順 は 概 し て 相 関 して い るこ と が報告さ れ ている (Beard 1995)。例えば、英語のように複合語内で第一 要 素 が 修 飾 語 で あ る 言 語 で は 、 形 容 詞 に よ る 修 飾 を 含 む 名 詞 句 に お い て 第 一要 素 が 形 容 詞 と な る 。 前 節 で 概 観 し た よ う に フ ラ ン ス 語 の 複 合 語 は 左 側 主 要 部で ある一方、 形容詞に よる修飾を 含む名詞 句の語順は 柔軟性に 富み、(名 詞の 意 味 に 応じ た 規範語順 は あるも の の)「 形容詞–名詞」語順 (e.g. fatigué homme) も「名

詞–形容詞」語順 (e.g. homme fatigué) も適 格 と判断 される。従 って、例え ば英 語

と フ ラ ン ス 語 の バ イ リ ン ガ ル が 複 合 語 の 語 順 を 学 習 す る 際 に 形 容 詞 に よ る 修飾 を 含 む 名 詞 句 を 参 考 に し て い る な ら ば 、 フ ラ ン ス 語 の 形 容 詞 に よ る 修 飾 を 含む 名 詞句 は 英語のそ れ と異な り 語順の 柔 軟性に 富 むので 、英語の 複合語 (及び形容 詞 によ る 修飾を含 む 名詞句) の産 出 ・ 理解に 影響を与え る可能 性がある。

本 節 で は 、 バ イ リ ン ガ ル の 言 語 獲 得 の 過 程 で 観 察 さ れ る 形 態 レ ベ ル に お ける 言 語 間 転 移 を 考 察 し た 。 バ イ リ ン ガ ル を 考 察 の 対 象 と し て 名 詞 複 合 語 の 獲 得研 究 が 行 わ れ る よ う に な っ た の は 比 較 的 最 近 の こ と で あ り 、 上 記 の う ち の ど れ が

(あ るい は 、 どの 組 み 合わ せ が) 形態 レ ベル に お ける 言 語 間 転移 の 要 因と な る の

か に つ い て 実 証 的 研 究 が 必 要 と な る 。 日 本 語 と フ ラ ン ス 語 の バ イ リ ン ガ ル を被 験 者と し て筆者が 行 った実 験 の詳細 に ついて は 第 5 章で 述べる として、次 節で は 英 語 と フ ラ ン ス 語 の バ イ リ ン ガ ル を 被 験 者 と し て 言 語 間 転 移 を 考 察 し て いる Nicoladis (2002) を取 り上 げる 。

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