第 4 章
4.6 考察
4.6.2 内 心性と意味 関係の 対比
次 に 、 複 合 語 の 獲 得 に 関 し て 子 供 と 大 人 の 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の 結 果 を基 に考察する。図 4.2 に 示さ れる よ うに 、課 題の種 類を問わず 子供の 正答率の平均 は チ ャ ン ス レ ベ ル に と ど ま る だ け で な く 大 人 の 正 答 率 の 平 均 と の 間 に 有 意 差が 観 察 さ れ る 。 こ の こ と は 、 子 供 の 複 合 語 の 知 識 が こ の 月 齢 に お い て 大 人 の それ と 同質 で はないこ と を示唆 す る。24
こ こ で 、 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の そ れ ぞ れ の 結 果 に 目 を 向 け る と 、 子 供 も 大 人 も 被 験 者 内 比 較 に お い て 後 者 よ り も 前 者 を 有 意 に 高 い 正 答 率 で 回 答 し て いる ことに気付く。これは何を意 味する だ ろうか 。こ こで重要なの は、新語の場合 、 意 味 関 係 に は 通 例 幅 広 い 選 択 肢 が 存 在 し 、 そ の 決 定 に は 発 達 的 要 因 に な り うる 語 用 論 が 関 わ っ て い る 点 で あ る 。 つ ま り 、 語 構 造 内 で 決 定 さ れ る 主 要 部 と 異な り 、 文 脈 に 依 存 し て 決 定 さ れ る 意 味 関 係 の 獲 得 に は 生 後 一 定 の 年 月 を 要 す る可 能 性 が あ る 。 従 っ て 、 今 回 の 結 果 は 語 用 論 に 関 わ る 知 識 が 言 語 獲 得 の 発 達 的要 因 に な り う る と い う 仮 説 と 矛 盾 し な い も の と 言 え る 。 ま た 、 意 味 関 係 の 獲 得に は 成熟 が 関与して い る可能 性 もある 。
一 方 で 、 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の 実 験 手 続 き に 注 目 す る と 、 前 者 は 二 者 択 一 形 式 で あ る の に 対 し 、 後 者 は 複 合 語 の 意 味 に つ い て 被 験 者 に 口 頭 で 説 明 さ せる 形 式 で あ る 点 で 異 な っ て い る 。 子 供 の 意 味 課 題 の 結 果 に は 百 科 事 典 的 知 識 、日
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本 語 の 流 暢 さ 、 ワ ー キ ン グ メ モ リ 、 学 習 歴 、 実 験 と い う 非 日 常 的 な 状 況 に 伴う 緊 張 感 な ど の 変 数 が 多 分 に 関 与 し て い る と 考 え ら れ る た め 、 正 答 率 の 低 さ を語 用 論的 知 識の性質 の みに還 元 するこ と は困難 と 思われ る。ここ で重要なこ とは、
こ の よ う な 変 数 の 多 分 な 関 与 が 想 定 し に く い 大 人 も 上 述 の 通 り 、 主 要 部 課 題を 意 味 課 題 よ り も 有 意 に 高 い 正 答 率 で 回 答 し て い る 点 で あ る 。 こ の 結 果 は 、 成熟 仮 説 を 用 い て 説 明 す る こ と は で き な い 。 そ う す る と 、 や は り 語 用 論 に 依 存 する
知 識が (少 なく とも 大人 の場 合は) 複合語 の 理解に 影響してい るよう である 。
ここで、語用論的知識の獲得の遅れ (あるいは、その複雑性) を 生成文 法理 論 の 基 本 的 な 仮 説 に 沿 っ て 考 え て み た い 。 生 成 文 法 理 論 で は 、 精 神 ・ 脳 に 内 在す る 言 語 に 固 有 の 心 的 器 官 で あ る 言 語 機 能 が 存 在 し 、 言 語 機 能 は モ ジ ュ ー ル 性を 持 つ (つ まり 、 言 語 機能 は 下 位体 系 か ら 成り 、 そ れら の 間 に は相 互 作 用が あ る) と 従来 か ら仮定さ れ ている 。Chomsky (1995) によれば、 言語機 能はその中 核と し て 言 語 に 関 す る 情 報 を 貯 蔵 し 計 算 を 行 う 「 認 知 シ ス テ ム 」 と 、 そ れ に よ って 提 供 さ れ た 情 報 に ア ク セ ス し こ の 情 報 を 使 用 す る 「 運 用 シ ス テ ム 」 か ら 成 り 立 っ てい る (運用 シス テム は、音声をつかさどる調音・知覚システムと、意味をつ か さど る概 念・意図 システム に 大別され る)。本論文で は、 概念・意図 システム が認知シス テムとの インターフ ェイス (論 理 形式、LF) にアクセスする ことで 、 初 めて 出 力された 言 語表現 の 語用論 的 情報 (内心 複合語 の場合、意味関係) が解 釈可 能 とな ると考える (Stemmer 1999 / Chomsky 1999)。意味解 釈す る際 に語 用 論 が 重 要 な 役 割 を 果 た す 、 親 密 度 が 低 い 複 合 語 を 例 に と っ て 考 え て み よ う 。以
下 に (11) を再掲する。
(18) カ エ ル学校 a. カエ ルが た く さんい る 学校 (所 有) b. カ エル につ い て 学ぶ学 校 (対 象/特徴) c. カエ ルの 模 様 が描か れ ている 学校 (特徴)
上述の通り、「カエル学校」のように親密 度 の低い複 合語は 通例、(18a-c) のよう な 複 数 の 意 味 関 係 を 持 つ の が 特 徴 の 一 つ で あ る 。 次 節 で 詳 細 に つ い て 考 察 する よ う に 、 本 論 文 で は 親 密 度 が 低 い 複 合 語 の 産 出 ・ 処 理 に は デ フ ォ ル ト 値 と して の 言語 計 算が関与 す ると考 え る。 Chomsky (1999) などに 従って 認知システ ムが
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運 用シ ス テムから 自 律して 言 語計算 を すると 仮 定する と、「カエ ル学校」の 意味 関 係が 決 定される ま での道 筋 として 以 下のシ ナ リオが 考えられる 。25, 26
(19) a. 言 語 計 算 の 過 程 で 「 カ エ ル 」 と 「 学 校 」 が 併 合 さ れ 、 後 者 を 主 要 部 と す る 内心構造が得 ら れる
b.「 カエル学校」 を 含む 言語表 現 が LF に 出力される
c. 概念・意図システム が LFに出力 された言語表現を文脈に照 らし合わせて 解釈 する こと で、「所有 」 や「対 象 」など の意味関係 が確定 する
つ ま り 、 語 用 論 的 知 識 の 獲 得 の 遅 れ や そ の 複 雑 性 は 認 知 シ ス テ ム で は な く 運 用 シ ステ ムの性質に由来 す ると言 う ことが で きる。こ の分析 は 語用 論が形 態論 (及 び 統語 論) と異 なる モジ ュー ルを 成すと い う上記 の仮説に合 致して おり、本 実験 で 観 察 さ れ た 語 用 論 的 知 識 の 獲 得 の 遅 れ や 処 理 す る 際 の 複 雑 性 は 、 言 語 機 能が モ ジュ ー ル性を持 つ という 仮 説を経 験 的に支 持 する。
最 後 に 、 複 合 語 と 空 主 語 が 関 す る 語 用 論 的 知 識 が 言 語 獲 得 上 、 同 質 と 考 え ら れ るこ と を見る。 第 2章 で概観 し た ように 、 先行研 究 (Chien and Wexler 1990、
Belletti et al. 2007 など) によると、語用論に依存する知識は生後一定期間を経た
後 に 当 該 の 知 識 が 安 定 状 態 に 到 達 す る か 否 か で 二 種 類 に 大 別 す る こ と が で き る 。 両 者の 代 表例であ る 束縛原 理 B と 空 主語に 関 する言 語獲得上の 特徴を 要約する と 、(20a-b) のようにな る 。27
(20) a. 束 縛原 理 B は代 名 詞類と そ の先行 詞 との間に 成り立 つ指示関係 を規定 す
る も の で あ る が 、 文 脈 を 考 慮 し た 特 定 の 状 況 下 で の み こ の 原 理 の 違 反が 緩 和され (大 人の 文 法で) 容 認 される こ とがあ る。心理実験 の結果 に基 づ く と、6 歳前 後の 子供 はこ のよう な 語用論に 依存し た知識を獲 得して いな い と考えら れるた め 、当該 の 知識は 6 歳以降のあ る段階 で安定状態 に達 す ると推察 される 。
b. 定 形節にお いて空 主 語が許 容 される か 否かは 言語間で異 なる。 英語の よ
う な 空 主 語 を 許 容 し な い 言 語 を 母 語 と す る 大 人 が 第 二 言 語 と し て 空 主語 を 許 容 す る イ タ リ ア 語 を 学 習 す る 場 合 、 そ の 熟 達 度 が 母 語 話 者 並 み にな
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っ て も (空 主 語 が 好 ま れ る 状 況 下 で) 顕 在 的 な 主 語 を 使 用 す る 傾 向 が あ る 。 こ の こ と は 、 空 主 語 の 習 得 ・ 処 理 が 生 涯 を 通 し て 困 難 で あ る こ とを 示 唆する。
複 合語 内 の意味関 係 の獲得 が 束縛原理 B と同質 であるなら ば、当 該の知識が 6 歳 以 降 の あ る 段 階 で 安 定 状 態 に 達 す る と 考 え ら れ る た め 、 大 人 を 分 析 対 象 とし た 場 合 に 主 要 部 課 題 と 意 味 課 題 の 結 果 に 有 意 差 が 観 察 さ れ な い こ と が 予 測 され る。この予測に反して意味課題における大人 (及び子供) の正答率が 相対的 に低 か っ た 本 実 験 の 結 果 は 、 語 用 論 に 依 存 す る 知 識 が 言 語 獲 得 の 発 達 的 要 因 に なり う るだ け でなく、 複 合語内 の 意味関 係 が束縛 原 理 B と異 なり、 生涯を通し て獲 得 ・ 処 理 が 困 難 で あ る 定 形 節 に お け る 空 主 語 と 同 質 で あ る と 分 析 す る の が 妥当 で ある 。