第 3 章
3.2 母語 知識の発達 的要因
3.2.1 パラ メータ 値の設定
非 生 得的 要因の 一 つとし て 、ま ず Hyams (1986) に 端を発する パラメ ータ値 の 設 定に 関 する議論 を 参照す る 。子供 の 発話で あ る次例 を考察しよ う。
(3) 英 語: a. Want more apples
. b. See window. (Hyams 1986: 63)
(4) イ タ リア 語: a. Mangia una mela ‘Eats an apple.’
b. Gianni mangia una mela ‘Gianni eats an apple.’ (ibid.: 30-31)
周知のように、英語は定形節において空主語が許容されない (つまり、主語が音 形 を持 っ て現れな け ればな ら ない) 言 語であ る一方、イタリア語 は語用 論的に何 を 指し て いるか明 示 的な場 合、定 形節 に おいて空 主語が 許容さ れる言 語であ る。
(3a-b) は 英語 を 母 語 と する 子 供 (1~2 歳) が 主語 を 本 来 は 音 形を 伴 っ て 産 出す べ きと こ ろを産出 し ない場 合 がある こ とを示 し ている 。Hyams (1986) は 英語と イ タ リ ア 語 の 空 主 語 に 関 す る 非 対 称 性 を 踏 ま え 、(3a-b) の よ う に 英 語 で 主 語 が 表 出さ れ ない事例 は 、子 供 の空主 語 パラメ ー タ (pro-drop parameter) の値が初期 段 階 と し て 大 人 の 値 と 異 な っ て 設 定 さ れ て い る こ と に 起 因 す る と し て 、 言 語獲 得 に観 察 される発 達 的側面 を パラメ ー タ値の 設 定に還 元する提案 を行っ た。4 彼 女 の 提 案 は 、 一 見 誤 り に 見 え る 子 供 の 発 話 資 料 を 普 遍 文 法 に よ っ て 規 定 され る 範囲 内 に収まり う る (つまり、当該の言語で許容されなくても他の言語では許 容 され う る) も のと して 扱い 、生 後 、一 定 期間を経 てから 値が再設定 される パラ メ ー タ の 存 在 を 初 め て 指 摘 し た 点 で 、 言 語 獲 得 の 瞬 時 的 モ デ ル に 対 し て 一 石を
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投 じる も のであっ た 。
序 論 で概 観した よ うに、 子 供は 5 歳頃ま で にほぼ 大人と同質 の文法 を獲得す る と考 え られてい る 。仮に 言 語獲得 に パラメ ー タが関 与し、Chomsky (1981) が 指 摘 す る よ う に あ る 一 つ の パ ラ メ ー タ 値 の 設 定 が 他 の パ ラ メ ー タ 値 の 設 定 の誘 因 と な り う る の で あ れ ば 、 言 語 獲 得 は 子 供 に と っ て 一 層 容 易 に な る こ と が 想定 さ れ る 。 で は 、 各 パ ラ メ ー タ 値 の 設 定 は 言 語 獲 得 の ど の 段 階 で 行 わ れ る の だろ
う か。Wexler (1998) はド イツ 語 や フラン ス 語を母語 とする 二語発話期 の子 供の
自 然 発 話 デ ー タ ベ ー ス の 分 析 結 果 な ど に 基 づ い て 、 パ ラ メ ー タ に 関 し て 以 下の 提 案を 行 っている 。
(5) 早 期 パラ メー タ設 定 (Very Early Parameter-Setting)
基本的なパラメ ータは最も 早い観察 可能な段階 (少なく とも子供が 二語発話
期 (18ヶ月前後) に移 行す る 段 階) で 正 確に設定 される
(Wexler 1998: 25)
先 行研 究 で は基 本 的 な パラ メ ー タに は 概 し て語 順 が 関わ る (6) の 現象 が 含 ま れ る と指 摘 されてお り 、これ ら は言語 獲 得の早 期段階 (二語 発話期前後) で頻繁に 観 察 さ れ る だ け で な く 、 子 供 が 誤 り を 犯 す こ と も 極 め て 少 な い こ と が 明 ら かに な って い る (Wexler 1998、Yang 2002; 2010、Sugisaki 2005、Yang and Roeper 2011 な ど)。5
(6) wh-移動 (英 語)、動詞 第 二語順 (ド イツ語)、主語 の省略 (中国 語)、
動 詞繰 上げ (フ ランス 語)、 か き混ぜ/自 由 語順現象 (日本語)
他 方 、 英 語 な ど に お け る 主 語 の 音 声 的 具 現 化 や 作 用 域 の 獲 得 は 概 し て 遅 い こと が 知ら れ る。6
そうすると、先行研究によればパラメータは (i) 基 本的パラメ ータと、(ii) そ れ に含 ま れない (生後 18 ヶ 月以 降 に 値が設 定 される) パ ラメータの 二種類 に大 別 さ れ る 。 で は 、 名 詞 複 合 語 の 獲 得 に パ ラ メ ー タ 値 の 設 定 は 関 与 し て い る ので あ ろ う か 。 そ し て 、 関 与 し て い る の で あ れ ば 、 そ れ は ど ち ら の タ イ プ な の であ
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ろ うか 。Snyder (1995; 2001; 2002) は 複合語 の 形成・ 獲得にはパ ラメー タ値の設 定 が関 与 している と して、 以 下の提 案 を行っ て いる。
(7) 複 合 形成 パラ メー タ (The Compounding Parameter) 言 語は 内心複 合 語の形 成 を {許 容 する・ 許 容しな い}
(Snyder 2002: 6)
Snyder によれ ば、 自然言語 は内心複 合 語を許容 するかし な いかのど ちらかであ
り、 値が [+ TCP] に設 定さ れ れば 日本 語の よう に 生産 的な 複合 が許 容 され 、[-
TCP] に設定されればフランス語のように生産的な複合が許容されなくなる。
(8) a. 英 語: worm-can ド イツ語: wurm-kanne 日本 語: 餌缶 b. フ ランス語: *verre-boite ロ シア語: *banka-nazhivki
ス ペ イン語: *gusano-bote (Snyder 1995: 34)
Snyder が複合 形成 パラメー タを仮定 す る背景に は、生産 的 な名詞複 合語と結果
構 文 (resultative construction) の 分 布 には通 言 語的に 強い相関が あると いう観察 が ある 。 結果構文 と は (9a-c) に 示され る ように 、動詞が表 す行為 の結果とし て 目 的 語 が 具 体 的 に ど の よ う に な っ た か を 表 す 結 果 述 語 を 用 い て 表 す 文 の こ とを 呼 ぶ (Rapoport 1993、Levin and Rappaport 1995)。
(9) a. 英 語: John painted the house red.
b.ド イツ 語: Hans hat das Haus rot angemalt.
John has the-NEUT house red (particle)-paint-PAST c. 日 本語: ジ ョン が家 を 赤 く塗っ た
d. フ ランス語: *Jean a peint la maison rouge. John has painted the-FEM house red.
e. ロ シア 語: *Ivan pokrasil dom krasnyj tsvet.
John painted house red color f. ス ペ イン 語: *Juan pintό la casa roja.
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John painted the -FEM house red (ibid.: 33)
(9c) の 日 本 語 を例 に 取 る と 、「 赤 く 」が 結 果 述 語 で あ り 、「 塗 る 」 と い う 行 為 の 結 果 、 目 的 語 の 「 家 」 が 具 体 的 に ど の よ う に 変 化 し た か を 表 し て い る 。Snyder は 、 結 果 構 文 が 意 味 解 釈 部 門 で 適 切 に 解 釈 さ れ る に は 動 詞 と 結 果 述 語 が 結 合さ れ る 必 要 が あ り 、 そ の 操 作 が 名 詞 を 複 合 す る 操 作 と 本 質 的 に 同 じ も の で あ ると 主 張す る 。
(10) 言 語 は生産的 な 名詞複 合 語を許 容 する場 合 に限り 、結果構文 を許容 する
(ibid.: 29)
生 産的 な 名詞複合 と 結果構 文 の利用 可 能性の 通 言語的 分布は、(11) に示される。
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(11) 生産的名詞複合と結果構文の通言語的相関
生 産的 名詞 複合 結 果構文
英 語 可 可
オ ラン ダ語 可 可
ド イ ツ語 可 可
ク メー ル語 可 可
ハ ンガ リー 語 可 可
日本 語 可 可
中国 語 可 可
韓国 語 可 可
タイ 語 可 可
バス ク語 可 不可
フ ラン ス語 不 可 不可
ス ペイ ン語 不 可 不可
ロ シ ア語 不 可 不可
ヘ ブラ イ語 不 可 不可
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ジ ャ ワ語 不 可 不可
セ ルビ ア-クロ ア チア語 不 可 不可
Snyder の分析 によ れば、子 供は言語 入 力に基づ いて複合 形 成パラメ ータの値を
設 定 し 、 そ の 値 に 基 づ い て 結 果 構 文 を 使 用 で き る か 否 か が 自 動 的 に 導 き 出 され るので、後天的に結果構文を学習する必要はない。ここで考えられる予測は、[+
TCP] の 言 語 を 母 語 と す る 子 供 は ほ ぼ 同 時 期 に 生 産 的 な 名 詞 複 合 語 と 結 果 構 文 を 獲得 す るという も のであ る 。Snyder (2001) はこの予測 の妥当 性を検証す るた め に、 英 語を母語 と する 10 名の 子 供 (録音 開 始時の 月齢: 17 ヶ月) の自 然発 話 コ ー パ ス を 分 析 し 、 結 果 と し て 名 詞 複 合 語 と 結 果 構 文 の 産 出 の 開 始 時 期 に は強 い相関が見られ、英語ではこれらが 2 歳 前 後に獲 得されると 指摘し ている。8 そ う する と 、Snyder の分 析 が正 し い 限りに お いて複合 形成パ ラメータは (5) の基 本 的パ ラ メータに 含 めるこ と ができ る であろ う 。
基 本 的 パ ラ メ ー タ と そ れ 以 外 の パ ラ メ ー タ と い う 時 間 軸 に 基 づ く 二 分 法 に 何 が 関与 し ているか を 明らか に するこ と は興味 深 い問題 であるが、例 えば Yang and Roeper (2011) は (5) に 挙 げ ら れ て い る 基 本 的 パ ラ メ ー タ に 関 わ る 現 象 は 他 の 現 象 に 比 べ て 概 し て 言 語 入 力 の 頻 度 が 高 く 、 こ れ が 獲 得 時 期 に 影 響 し て い る可 能 性を 示 唆してい る 。
一 方 Baker (2001) は、 パラ メ ー タには 階 層が存在 し、あ るパラメー タ値 の設
定 が 早 期 に 設 定 さ れ る 他 の パ ラ メ ー タ 値 に 依 存 す る と い う 関 係 が 成 り 立 つ と主 張 し て い る 。 普 遍 文 法 が 限 り な く 簡 素 化 さ れ 最 適 に 設 計 さ れ て い る と い う 前提 に 立 つ と 、 パ ラ メ ー タ の 数 が 多 い こ と は 理 論 的 に 望 ま し い こ と で は な く 、 その 存 在 を 検 証 に は 二 つ 以 上 の 現 象 や 言 語 を 比 較 ・ 考 察 す る こ と が 不 可 欠 と 思 われ る 。 い ず れ に せ よ 、 パ ラ メ ー タ の 二 分 法 に 対 す る 子 供 の 発 話 デ ー タ に 基 づ く研 究 が 開 始 さ れ た の は 比 較 的 最 近 の こ と で あ り 、 こ の 問 題 を 解 明 す る こ と は 言語 獲 得研 究 における 今 後の大 き な課題 の 一つと な る。