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ドキュメント内 博士学位論文 (ページ 144-156)

先ず「第一 各村自治ノ精神ヲ養フノ上」では、山県による17年改正によって「一 村ノ団結ニハ、自ラ従来自治ノ精神アリテ、自治ノ一体ニハ、又自ラ其首領アリテ以テ 之ヲ代表スルコト自然ノ習慣ナルニ」595と、自治の精神が衰弱したことを批判している。

それ故に、現在の連合戸長と戸長官選制を廃止して村毎に「一戸長」を置くように復す ことを意見した。

「第三 水利土功ヲ起ス」では、大阪府の水害を想定したと考えられるが、治水対策 の費用支弁には、国税をもって補助することが「貧民ヲ救済スルノ方法」596であると意 見した。「第五 農桑ヲ勧導ス」では、土地の地力が減耗している実態によって、中小 農民が没落していく状況にある。よって、彼らへの肥料貸付等の地方長官の尽力あるい は小作条例を施行する等の必要性を意見している。ここには井上の農本主義の思想がみ られる

その他、この『地方政治改良意見案』において地方政治と関連して教育問題を取り上 げている。その一つとして、「総説第一」にて、普通教育の普及とその成果を挙げて、

その理由を地方官の尽力と「我国人民ノ善良ニシテ治メ易キ性質」597にあることを指摘 した。二つは、「第二 各村自治ノ精神ヲ養フノ下」における教育会費についてである。

例として、奈良県庁管内の予算支出に関する教育会費の無駄を指摘して、不必要な支出 は廃止ないし減額すべきことを提議している。三つは、「第四 町村費及教育費ヲ省ク 事」において、教育費を含めている町村費の節減を要請している。即ち、教育費が多額

598であることが各地方自治体の財政を圧迫している現実を論じている。

しかし一方で、彼は「教育費ヲ節減セントセハ普通教育ノ度ヲ低クセザルヘカラズ、

若シ教育ヲ低度ナラシメズシテ直チニ教育費ヲ節減セントセハ維新政府ノ十年間ニ督 励シタル教育普及ノ一大美菓ハ、又一時ニ退歩スルヲ見ルヘシ是レ甚タ惜ムヘキコトナ リ」599として、教育費の節減による教育の普及に対する懸念を示している。このことは、

教育の普及を重要視する井上にとり、その「退歩」を招かない為に教育費の節減を「直 チニ」実施しないで漸進的に取り組んでいくことが示唆されている。

そして「第六 慈善ノ風ヲ誘導ス」の中では、その関西出張時、京都府笠置村にて目 にした張り紙(乞食等を駆逐する為に、彼らに金品を付与した者を罰する内容-注・引 用者)に対して、教育の普及にもかかわらず地方では法をもって「人民ノ慈恵ヲ禁絶」

600するという地方行政の現実を強く批判した。そして、現在、全国の流人が10万人に 及ぶと類推し、彼らの救済のための方法を「一 貧民中ノ八歳以上十五歳以下ノ児童ノ 為ニ養育院ヲ設ケ相応ノ生活教育ヲナス事」等601の三点について論じている。

また、明治18年の大阪水害時の状況を記して、「洪水張流ノ中ニ投シテ力ヲ致シタ ル者ハ、工夫中ニ於テ穢多ナリシト云、六七月ノ洪水ノ時ニ賊盗ノ数、頓ニ減シタルヲ 見テ知ルヘシ。予ハ山田道中ニ於テ三人ノ十歳計ノ丐児ヲ見テ例ノ穢多ナルヘシト想 像」602したと記す。これは大阪水害に際して工夫が多数尽力したが為に犯罪が減少した

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こと、又それらの工夫が穢多であること、さらに「丐児」を穢多であると断定している。

そして、井上は「余カ養育院ニテ養育セント欲スル者ハ此ノ三児ノ類ヲ謂フナリ」603と 記して、そうした子どもたちの救済の重要性をも論じている。

しかし、既述の『大阪府警察史 史料編Ⅰ』には、水害時以降に犯罪件数は増加して いることが報告されていることから考察して、それらの記述は井上の思い込みであり、

また、乞食同然の児童を「穢多」と想像していることも当時の差別的な社会世相を表す 一断面といえる。但し、彼らを含む貧窮家庭の児童たちが、保護者の出自・職業によっ て授業料を払えないこと、そして子供が家庭経済を支える一つの労働力とされていたこ となどを理由として、近代の学校教育から疎外604されていたことは事実である。このよ うに、彼ら貧窮家庭の子ども達は小学校教育を受ける事もなく、家計を支える重要な労 働力として使用されている。ここには、家庭の経済状態による教育を受ける権利の疎外 と女子に学問は不必要であるという当時の差別観605が見られる。

井上は、こうした関西出張時に際して、自らが視察・見聞した事実に基づき、地方政 治対策と併せて貧困家庭児童の教育対策が必要だと判断して『地方政治改良意見案』を 提出したと考える。そして、彼が貧民教育へと向かう思想と政策には、この関西出張を 契機とする貧困家庭の児童の置かれている諸状況の把握が大きな要因となっていたこ とは充分に考えられる。

この『地方政治改良意見案』については、幾つかの先行研究が存在する。

暉峻康人は、井上の自治の本質を「天皇制絶対主義国家の造出、整備の過程で生じた

『流民』の造出、棄民化政策のヒズミをうずめる手段は、封建制度化の閉ざされた村落 共同体の慣習的生活の内部に求めねばならなかった」606として、その解決策に村落が有 する「自治ノ精神」を基本として論じるが、結果的にそれは「天皇制国家権力意志の中 心につうじる一本の黒い糸である」607と痛切に批判している。「自治ノ精神」を導入し たことに異論はないが、それが「封建制度の閉ざされた」村落共同体とする消極的な捉 え方に疑問がある。むしろ村落は、井上のいう「自治ノ精神」によって、共同責任体制 による「自己ニ運動」を展開させる力を有する近代的な自治制度を有していたと考える。

それに対して、大庭邦彦は、井上の地方自治構想の核を「地方における生産活動の中 心的担い手である農民の『主体性』を喚起する手段であった」608と論じて、「自治」を 積極的に導入したことを評価している。そして、「体系的かつ普遍的地方制度の確立は、

立憲制樹立の上からも不可避の問題」609であると記して、地方自治が立憲主義に基づく 一つの問題であると論じた。また、井上の地方政治改良のための七項目の具体的政策が

「村落の自立性を促進することを目的とした農業(村)政策として構想」610されたもの であり、彼がそれを終始一貫して保持していたと評した。本論の立場も、大庭の地方制 度を「立憲制」の見地から論じていること、さらに井上が青年期より保持していた農本 主義に繋がる構想であると捉えていることを評価する。

坂井雄吉は、井上による明治7年の『官吏改革意見案』にみる地方分権の姿勢の中に

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「彼が末端の町村を統治のためにいかに重視したか」611と提起して、地方分権を「統治」

の一手段としつつも、「自然ノ権利」としての自治を町村の当然の権利としたことを評 価している。そして、井上の地方分権の意義を「過度の中央集権に伴う弊害に批判の目 を向け、むしろある種の『分権』を強調する」612ものであったと論じた。それ故に、分 権そのものを人民の経済的負担の軽減を目的として、『民費賦課意見案』にいう「一切 地方ノ便宜ニ任セ可成旧慣ニ仍ラシムベキ」613を引用する。その上で、『地方政治改良 意見案』の提議によって、「貧民ヲ救済」する為の貧困問題解決への政策には、「農本主 義の強調と、そのためにする上からの配慮」614が不可欠であったと指摘した。既述した ように、坂井は、そこに井上が明治11年の『地方政治改良意見案』にて「人民ノ便益 ニ親切ナル行政ノ本意」としていたことを以って評価したのである。

本論は、坂井が町村自治を「統治」の為であるとする論を全面的に肯定はできないも のの、井上の地方人民に対する「親切」という人権思想を高く評価するものである。確 かに、「国家富強」の実現に際して、末端の地方行政に至るまで政府の「統治」下に置 くことは当然であるとしても、井上が人権思想615を擁護する立場で町村自治を尊重して いることも重要な視点である。さらに、坂井が井上の思想の一つとして「農本主義の強 調」に注視している点を評価したい。その理由として、一つは、井上が時習館居寮生時 代に管仲の『管子』を資料として『経済文選』を編纂し、富国強兵政策の基本に農本主 義を基盤とする国富経済政策を成立させていたことによる。二つは、横井小楠との沼山 津問答の後、『交易論』にて「我国ハ農ヲ以テ本トシテ」616と記し、さらに「今日ハ愈 以テ農桑ノ本務ヲ勧課スベキコトニテ、富国ノ道、専ラ是ニアリ」617と論じていたこと による。したがって、井上にとって、この農本主義の思想は日本の「国家富強」構想の 一つの機軸となるものであり、彼の地方自治論の主たる要因になっていると考える。

3、「国家富強」への教育と人権としての貧民教育

(1)文部大臣就任直後の教育行政と教育の自由

1893(明治26)年3月7日、井上は第二次伊藤内閣の文部大臣として病状の悪 化をおして就任する。そこには、法制官僚時代より保持していた教育思想とその教育行 政の実現を、文部大臣という政治家として実現するのだという彼の強い意思618が働いた ことが考えられる。

但し、彼は3月23日に兼任海軍整理臨時取調委員にも就任して、5月に「海軍改革 ニ付意見」(「海軍改革意見」)を起草して海軍組織を減縮すると共に勢力増強を意見し ている。はじめに、米・露の艦船数を列挙した後に東洋の局面が「各国駆馳ノ場」にあ るとして、「(甲)大綱 一 海軍ノ勢力ヲ増加スルタメニ其ノ組織ヲ減縮スル事」619と 記し、巨額の支出を要する組織や実戦に不適な艦船を廃棄するなど七項目について論じ

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