第 1 章 まど・みちおの歩みと詩作 ――台湾時代
第 3 節 まど・みちおにとっての台湾
1. 鳥愁
『文芸台湾』創刊号(1940(昭 15)年 1 月)のまどの詩は〈鳥愁〉である。
人あつて、空ゆく鳥に、旅の愁ひを覚え、ヱハガキしたためて遠い友へおくる。その場合、
人は、指をり指をり、かなしみを数へる。
一、あの鳥は、なんであらう。何億鳥分の、一鳥ではないか。
一、全く、何億人分の、一人である自分と共に。
一、この時は、なんであらう。永劫分の、一瞬ではないか。
一、あるひは又、一生涯分の、一時ではないか。あの鳥に、この自分に。
一、この処は、なんであらう。大宇宙分の、一地球ではないか。
一、あるひは又、地球分の、一台湾の、一台湾分の、一水郷ではないか。
一、あの鳥と、この自分と。この時に、この処に、そもそもこれは、なんといふ事なのか。
一、――解らないからこそ、したためたヱハガキも、吁――、あの鳥に、無断であるほかな いではないか。
一、友は読むであらう。あの鳥の切抜かれた、ただ一片の歴史を。
一、それは、はじめもなく、をわりもなく、はたはた、はたはた、際限のない羽ばたきであ
45 陳秀鳳は前掲論文で「本名のまま台湾のエリート層向けの新聞「台湾日日新報」に作品を発表することは、「まど・
みちを」の筆名で、日本内地の童謡同人誌「昆虫列車」に寄稿することとは、異なる意義を持っていたことが考え られる。」(p.42)と述べている。
46 阪田寛夫『まどさん』、p.99。
23 らうか。友の胸に。
一、それは、あるひはさうであらう。が、つひにヱハガキは、捨てられぬとも限るまい。捨 てられよう。日のぬくい、或日とでもいひたげな遠い日に。
一、おそらくは、忘れてしまふであらう。自分さへ、いつか。あの鳥も、この時も、この処 も、この自分も。
一、さうした時、なほ誰か知つてゐる、これらの事を。それは知つてゐて貰はるべきである と、言はない事に、言はない事に。
一、とにかく、指も足りない。もういい事に、もういい事に。
人あつて、空ゆく鳥に、旅の愁ひを覚え、ヱハガキしたためて遠い友へおくる。その場合、
人は指をり指をり、かなしみを数へる。
「愁い」「かなしみ」の世界はまどの作品では異色である。〈公園サヨナラ〉47 や〈逃凧〉48 に 見る孤児にも似た孤独感・悲しみは幼年期の原体験からであるが、〈鳥愁〉の「愁ひ」「かなしみ」
は過去から今という時を超えた延長線上にあるものであり、大人になってさらに深まる世界である。
「人あつて」、人が在る、つまりまど・みちおという一人の人間が生まれてから今に至るまで生き、
現に存り、今後もしばらくは在り続けるであろう自分の存在である。時間を超越した有るではなく、
時と場所の限定を受けた在るである。誕生と死を背負った存在であるために、それは旅となり愁い も生じる。「人あつて」と自分を一般化したような表現であるが、それは詩としての技法である。「そ の場合、人は指をり指をり、かなしみを数へる。」の「その場合、人は」が『全詩集』では削られた。
より一人称に近づき、後半の「この自分も」は「この今の自分も」に変更された。目線は現在の自 分に引き寄せられ、他の表現も直接的なものに改稿された。49 それが本当のまどの気持であっただ ろう。
目にした「空ゆく鳥」に、まどは限りある命を持った自分の旅を重ね合わせて愁いを感じ、エハ ガキをしたため遠い友へ送った。そして、ただ一片ひとかけの歴史、永劫分の一瞬にすぎない「空ゆく鳥を 写したヱハガキ」にその友は、「はじめもなく、をわりもなく、はたはた、はたはた、際限のない羽 ばたき」を胸に感じるであろうかとまどは思う。「あの鳥と、この自分と。この時に、この処に」永 劫分の一瞬にすぎない今というときに、ここであの鳥と自分が遭遇することは何なのか。しかもあ の鳥は自分を知らない。幼少のころ家族がいない一人っきりのまどは、レンゲの田で空のヒバリの 声を聞いていたことがあった。辺りはシーンとしていた。50 その時にまどは幼く、その体験をエハ ガキにしたためる術はなかったが、30 歳になって台湾の水の豊かな水郷に一人立ったとき、まどは
47『昆虫列車』第 6 冊、1938 年1月、p.20。「オ母チヤン ガ ヰナイーン。」を繰り返し叫ぶ。この作品について は第 2 章 3 節で取り上げる。
48 まど・みちお「幼年遅日抄 逃凧」『文芸台湾』第 1 巻 5 号、1940 年 10 月。 飛んで逃げていく凧に追いすが ろうとするが、海に隔てられた凧は遠くひくく薄れて行く。第 2 章 2 節で取り上げる。
49 まどには改稿が多い。『全詩集』も初版、新訂版の度に手を入れている。「ふつう全集には、その時代時代に書い たものをそのまま入れるのが当然だし、直したら意味がないのはわかってるんだけど、直さずにはおれませんで した。」とまど自身が語っている。(まど・みちお『いわずにおれない』、p.173)。
50 まど・みちお/柏原怜子『すべての時間を花束にして まどさんが語るまどさん』、p.22。
24
幼年期の孤独さに大人としての人生の憂愁を加味してエハガキをしたためた。
われわれは時間と空間の中に存在しているわけだけれど、目に見えるのは空間だけで、時間 は目に見えない。いや、正確に言えば「今」という一瞬一瞬は見えているわけですが、無限に 続く「今」のトータルである時間っちゅうものを、流れの中で自覚的に見ることはできません よね。だからこそ、時間は私たちを悲しがらせたり、うれしがらせたり、懐かしい気持ちにさ せたり……と、深く心を揺さぶるんだと思います。51
空間、自分の存在する処は目に見えるとまどは言うが、その見え方は「大宇宙分の一地球、一地 球分の一台湾、一台湾分の一水郷」であって、しばしば言われるまどの遠近法と呼ばれる空間認識 である。まどの遠近法にはその逆の「近→遠」もある。そのことは時間についても言え、一瞬から 永遠へ、そして永遠から現在の一瞬へという時空間である。また、時空間の「遠←→近」はそこに 存在するもの..
についても当てはまる。「あの鳥は何億鳥分の一鳥ではないか。自分は何億人分の一人 ではないか」と。そしてその中で、自己存在と他者である生物と物の存在関係を問う。「あの鳥と、
この自分と。この時に、この処に、そもそもこれは、なんといふ事なのか。」と。
そんなことを思うにつけ、感動せずにおれないのは、限りあるいのちである私たちの出会 いです。無限の空間と永遠の時間の中で、極微のひと粒が別のひと粒と同じ場所、同じ時にい 合わせるなんて、本当に奇跡のようなものでしょう? 52
これはまど 96 歳になってのことばである。その思いは、まどの生涯を通した一つのテーマであっ た。〈鳥愁〉の「そもそもこれは、なんといふ事なのか」は『全詩集』で「いったいこれは、どん なに大変な事なのか」に変更された。歳を重ねてその思いが強くなったことが窺える。「解らない からこそ、したためたヱハガキ」、その深遠な問いをまどは若い時から考え続け、老いて自分を不 思議がりと称した。53 その問いはまどの詩の一つの世界である。まどの詩はエハガキである。その 詩は手紙でもなく、はがきでもなくエハガキである。それはことばでの説明を嫌うまどの表現方法 であって、ワンカットの映像である。その限られた一瞬の、ある地点での、あるものが存在する一 場面を写したエハガキに、まどは時空間の無限性を友に感じとってもらいたい。しかしそのエハガ キも、「捨てられぬとも限るまい。捨てられよう。」(『全詩集』では「見失われよう」に変更)と いう想いや、「おそらくは、忘れてしまふであらう。自分さへ、いつか。あの鳥も、この時も、こ の処も、この自分も。」という哀しみがある。しかし、まどにとってエハガキに託す想いは「知つて ゐて貰はるべき」事であった。「言はない事に、もういい事に」と思っても、窓から遠慮がちに面
51 まど・みちお『いわずにおれない』、p.100。
52 同書、p.104。
53 「私は私に不思議でならない物事には何にでも無鉄砲にとびついていって、そこで気がすむまで不思議がるので す。」(「はじめに」『まど・みちお少年詩集 まめつぶうた』理論社、1997 年 10 月新装版)。NHK スペシャル「ふ しぎがり~まど・みちお百歳の詩」2009 年 1 月 3 日など。
25 をだしたまど・みちおはエハガキを送り続けた。