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まど・みちおにとっての動物 ―『動物文学』を中心に

第 4 章 まど・みちおの表現対象 ――動物・植物

第1節 まど・みちおにとっての動物 ―『動物文学』を中心に

創作開始から約1年後に投稿し始めた『動物文学』の作品は動物が題材となっている。その中に は〈動物を愛する心〉などの随筆も含まれ、その後の一生を通して作品化されたまどの基本的思想 が現れている。それは動物に限らず植物の考察にも手掛かりを与えるものである。第 1 節では『動 物文学』の作品を中心に、まどの動物に対する捉え方を考察する。

1.1 『動物文学』最初のまど・みちおの詩〈雀〉

〈雀〉はまど・みちおが『動物文学』に初めて載せた詩である。

家のぐるりに

雀を啼かせてゐる生活

庭の落ち葉に

雀を遊ばせてゐる生活

そして

開いてゐる障子から

人の面が覗いたりする生活

もともと人間の生活は 遠い昔から

それ丈でいゝ筈だつた

『動物文学』第 7 輯

「雀を啼かせてゐる」「雀を遊ばせてゐる」という使役形に人間にとっての生活の一部となった雀 の存在が現れている。雀の存在を認め、かつそれを温かく包み込む生活である。「開いてゐる障子か

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ら人の面が覗いたりする」生活がある。顔を覗かせた人と庭の雀とは生活する場で同等というまど の思想が窺える。「遠い昔から人間の生活はそれ丈でいゝはずだつた」と言う。その後に残る余韻に は、まどの社会や文明に対する批判的な気配が感じられないでもないが、それとともに、人間も雀 も共に包み込んでいる一つのより大きな世界を感じることによって得られる安らぎも、詩のモチー フとしてあるように思われる。

〈家〉

見てゐるがいゝ/子供は必ず/屋根の上には雀をとまらせる//

又 窓の下には/必ず/犬ころを臥かせる//

そして やつと安心したやうに/「よく描けたでせう」/と言ふのだ

『動物文学』第 15 輯

〈雀〉から 8 カ月後の詩《魚のやうに》の 1 編〈家〉の中間部である。「子供に向かつて/「家を 描いてごらん」/と、言ふがいゝ」で始まり、子どもの頭の中にある家が三角屋根と窓だけという ことがあろうかと問い、その答えとしてこの文が来る。子どもの心に託してはいるが、安心という モチーフは〈雀〉の安らぎと同じものである。『動物文学』に最初に投稿した詩が〈雀〉であったこ とは象徴的である。『動物文学』を刊行した動物学会の規約には、

(一)動物に関する文献の蒐集整理

(二)動物の生活の観察研究

(三)動物を主題とせる作品の創作をなし、動物に対する認識..

と愛情..

を一般的ならしめ、以つ て正当なる自然観人生観の確立に資せんとす。

とあり、その主旨からするとまどの〈雀〉は規約の最後の「正当なる自然観人生観の確立」という 最終的到達点を目指す基本的方向をもっていることが理解される。

1.2 『動物文学』以外の作品における動物

『動物文学』以前に投稿した『子供の詩・研究』『コドモノクニ』に見られる動物と『動物文学』

において題材となっている動物の間に何か捉え方の上で相違があるだろうか。また、投稿時期がほ ぼ重なる『童魚』についてはどうであろうか。次ページ表 5 は処女作からまどが『動物文学』に最 後に投稿した 1936(昭 11)年 10 月までの作品の中で動物の出てくる作品を掲載誌の発行順に示した ものである。誌名は、子供『子供の詩・研究』、コドモ『コドモノクニ』、童話『童話時代』、 童魚『童魚』、動物『動物文学』を示す。また、○は『全詩集』に収録されていないものを示す。

111 表 5 『動物文学』とそれ以前の作品中の動物

年/月 誌名 巻/号 作品名 作品中の動物 未収録 1934(昭 9)年

9 月 子供 4/ 9 〈かたつむり角出せば〉 かたつむり、ひぐらし

11 月 子供 4/11 〈月が明るいので〉 蚕の蛾 ○ 1935(昭 10)年

1 月 コドモ 14/ 1 〈蕃柘榴が落ちるのだ〉 ペタコ

6 月 童魚 3 〈パンク〉 鶏 ○ 7 月 動物 7 〈雀〉 雀

8 月 動物 8 〈動物を愛する心〉 蚰蜒、黄金虫、牝鶏、 ○ てんとう虫、雛、猿、

象、蚊、鶯、犬、蛇、

虱、山椒魚、蝦蟇、

アミーバ、鯨

〈深い夜〉

9 月 動物 9 《ノートに挟まれた蚊》

・〈この土地の人たち〉 蝿

・〈ノートに挟まれて死んだ蚊〉 蚊

・〈屠場〉 蝉、(牛) ○

9 月 童魚 5 〈帽子〉 雀、蜻蛉 ○ 10 月 動物 10 〈壁虎の家の居候〉 蟹、壁虎、鮎コオタイ ○ 12 月 童魚 6 〈牛のそば〉 牛

1936(昭 11)年

1 月 動物 13 《魚の花》

・〈春〉 蝶々

・〈月夜〉 牛 ○

・〈或る日〉 猫、鶏 ○

・〈雨日〉 蝿 ○

・〈日暮〉 蜻蛉

・〈庭〉 鶏 ○

・〈子〉 魚

・〈青葉の頃〉 天とう虫 ○

・〈鼠〉 鼠 ○

・〈農家の午〉 牝鶏、雛 ○

・〈朝〉 犬 ○

・〈蚊〉 蚊

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・〈初夏〉 鵞鳥 ○

・〈散歩〉 犬、蜻蛉 ○

・〈病人〉 蛞蝓 ○

・〈曇日〉 犬 ○

・〈お使ひ〉 犬 ○ 2 月 童話 26 〈雨のふる日〉 蝿

3 月 動物 15 《魚のやうに》

・〈家〉 雀、犬ころ、

・〈魚のやうに〉 魚

・〈盲目〉 魚 ○

5 月 童魚 7 〈懐中時計〉 蝉

〈卒塔婆〉 鳶

5 月 動物 17 〈篁〉 目白 6 月 動物 18 《蛾と蝶》

・〈蛾〉 蛾、羊

・〈蝶〉 蝶、小鳥

7 月 動物 19 〈魚を食べる〉 魚 8 月 童魚 8 〈山寺の朝〉 梟

〈足跡〉 蟹、鴫 ○ 9 月 動物 21 〈病床私語〉 蚯蚓 ○ 10 月 動物 22 〈下男〉 守宮、蚊、蛾 ○

1.2-1『動物文学』以前の作品における動物

〈かたつむり角出せば〉……「かたつむり/角出せば、/角のへん明るくて/ひぐらし啼いている。

(第1連)」については前章 1.1 で詳しく考察した。自分を取り巻く佇まいがどうのように自分を包 み込んでいるかという場の表現世界である。自分とのかかわりにおける動物としての存在ではない。

焦点の当て方がかたつむりの角に絞られる時には、場さえ意識上弱まり、見る対象として強調され る。

〈蕃ばん柘榴じ ろ うが落ちるのだ〉……「どこからかペタコもやって来て/ぴろっ、ぴろっ、と啼いては/黄

色い玉を/ぽとり、ぽとり、落とすのだ(中間部)」のペタコは単なる背景ではなく具体的行動を伴 って実写のワンカットとして登場している。前章 1.5 で見たように「落とすのだ」「聞こえるのだ」

という文末「~のだ」によって実生活の時の流れが背景として隠されている点、最初に見た『動物 文学』の〈雀〉の伏線となっている。

〈月が明るいので〉……「月が明るいので/バナナをむいたら、/バナナが蚕の蛾のやうに白い。

(第 2 連)」前章 3-1 で見た感覚の作品で、蚕は直喩としての使用である。

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以上の動物の取り扱われ方はまどが作品に登場させた以上、それを選びとる創作意識が働いては いるが、それは作品への効果であって、その動物に対峙する自分はない。それに対して、前章 1.5 で示した〈この土地の人たち〉における蝿では、「(前略)日溜の中に/誰にも知られない蝿がゐる/

/(中略)道をゆく人のゆく先は/又 蝿のゆく先である//ろくろく蝿の面も知らずに/この土地 の人たちは/日毎 蝿と共に生きてゐる」(『動物文学』)と、蝿と人間は生きる場を共有し、生命体と して死をも共有する存在なのにその関係はどうなのかと問うている。

1.2-2 『童魚』の作品における動物

創刊号の編輯後記に「謠と曲と踊の三 味(ママ)一体を目標に僕等の児童芸術運 前(ママ)の輝かしいスター ト!」とあり、『童魚』はまどが投稿する上で、歌う童謡ということを他誌よりも意識した投稿誌で あったと想像できる。1

〈パンク〉……『動物文学』以前の作品だが、〈雀〉とはわずか 1 ヶ月違いである。バスがパンクし た純粋な情景描写に近く、終わりの「遠くで鶏、啼いてゐた」が音響効果として、映画のエンディ ングショットのように余韻効果を引き出している。この手法はまどの他の作品にもしばしばみられ る。

〈帽子〉……「帽子 帽子/新し帽子//伯父さんお土産 /水兵帽子//行かう 行かう/どつか へ行かう//「水兵さんだ」と/屋根では雀//「光るねい」つて/友達みんな//行かう 行か う/まだまだ行かう//「とまりたい」つて/くるくる蜻蛉(後略)」と、動物の扱いも童話・童謡 に見られる一般的なものである。第 8 号の〈足跡〉も、「蟹は 急いで、/その谷を、/タンクみた いに 乗り越える。(中間部)」というもので動物の扱いは〈帽子〉と同じである。

〈牛のそば〉……牛は『童魚』の中で唯一写生対象や物語の役者としてではなく、親しみをもって 触れ合いを求めて近づくという対象として登場し、作者の牛に対する心が作品の力となっている。

「牛のそばへゆくと、/体が息してる。/牛のそばへ行つて、/「でかいおなかね」つて言はう。

(第 2 連)」息に対してまどは敏感な感性をもっており、後の作品にもいくつかの例が見られる。

〈懐中時計〉の蝉は懐中時計内部のゼンマイの直喩として用いられているにすぎないが、これも息 に関連している。「ゼンマイなんか、/蝉の腹みたい/息してゐるよ。(中間部)」まどの蝉に対する 視線の近さが感じられる。

〈卒塔婆〉……「みてごらん、空でも、/みてごらん、空でも、/鳶が まふよ。ぐるぐると ま ふよ。(中間部)」も、次の〈山寺の朝〉の「(前略)そしてその後 シンとして、/周囲の暗い 山の 中、/「ほう」と梟が啼いてゐる。」も動物は写生対象である。「「ほう」と梟が啼いてゐる。」は先 に余韻効果としてふれた技法である。以上リストに挙げた七作品の他に、発行が1年近くも延びた 第九冊の〈囝仔 〉と〈地図〉にも動物が出てくる。〈囝仔 〉には「豚の仔」と、子どものポケットに ある「脚の千切れた蟋蟀」がある。〈地図〉の兎は物語中の登場である。

以上『童魚』作品の動物を見ると、〈牛のそば〉以外は『動物文学』以前の作品に見られる情景描

1 本稿第 1 章 2.3「投稿傾向」を参照。