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第 2 章 まど・みちおの歩みと詩作 ――戦後

第3節 童謡から詩への推移

1. 創作の開始

まどの戦後の発表された作品として『全詩集』の最初を飾る詩は〈今きた一九四八年〉である。

ハーロー 二郎 ぼくは 今きた一九四八年

これから一年

ほんとに 一年きっかりだよ ぼくは まいにち きみとーしょだ

46 なんでもすきなことを

どしどし きみはやるがいい だが一年たって ぼくがかえっていくときに ちょっと まってくれないか

ぼくはしょうしょうねぼけていて 大きくなるのを わすれていた なんて ぼくは 知らない グッバイ

十年さき 二十年さき

もっともっと さきになって

おーい むかしのあのころの 母さんとぽち..

を出してくれ なんて ぼくは 知らない グッバイ

ハーロー 二郎

ぼくは 今きた一九四八年だ

この詩が作られたのは 1947(昭 22)年 10 月 11 日であろう。40 この時期は第 1 節 2 で見た戦後初 期のまどの歩みと照らし合わせると、味の素川崎工場 2 年半の勤務の中ごろで、婦人画報に入社す るちょうど 1 年前である。ノートに短詩をメモ風に書きとめるのが精いっぱいの状況で、翌年 1948 年『子どもの村』1 月号に発表された。何も好きなことがどしどし..........

やれない状況のまどが、現実を 乗り越えたい夢を詩に託した。そして一九四八年.....

が過ぎ去るときに、まどは出版社に勤める身にな り、十年先...

には出版社を辞めて創作に専念出来る身となった。たとえ出版社勤務時代に苦労があっ ても、この詩に託した夢が現実のまどの歩みに実現していったことが分かる。

〈今きた一九四八年〉が作られた 1947(昭 22)年 10 月と、葉書にかかれた〈ぞうさん〉がポスト に投函された 1956(昭 31)年 6 月との 9 年の間で『全詩集』に掲載された作品は次の 7 篇しかない。

41〈イヌが歩く〉『こどもクラブ』、〈でんしゃの まどから〉『幼年ブック』、〈たんたん たんぽぽ〉

白眉社出版物、〈つみき〉NHK、〈キリン〉『銀河』、〈タマネギ〉『銀河』、〈けしつぶうた〉サトウ・

40 前掲書『まど・みちお えてん図録』、P.135 写真 8 の説明より。〈今きた一九四八年〉の詩に日付「10 月 11 日」と軍事郵便のはがきを利用して作った創作ノートに記してあるそうだ。

41 初出は『全詩集』の索引による。

47 写真9

ハチロー選『世界の絵本・少年詩歌集』である。しかし、実際には『全詩集』

の「編集を終えて」で伊藤栄治が言っているように、42〈ぞうさん〉前後 に幼児向けの童謡がもう少しあったと思われる。たとえば、左の写真 9 の『幼児の楽しいリズム遊び』43は発刊年は少し後になるが、それに所 収のまどの童謡は〈たんたん たんぽぽ〉〈わにのこ〉44〈おやつ〉〈か しわもちごっこ〉〈ポンポンダリア〉〈スワンのおふね〉〈ぞうさん〉45

〈きしゃごっこ〉〈つみき〉で、すべて酒田冨治の曲譜と、〈たんたん た んぽぽ〉と〈スワンのおふね〉の 2 曲以外は副島の振り付けがついてい る。46 この中で〈たんたん たんぽぽ〉〈ぞうさん〉〈つみき〉以外は

『全詩集』に収録されていない。47 これらは「しつけうた」「あそびうた」の類で、『全詩集』

未収録の童謡があることが分かる。この未収録のいくつかは〈ぞうさん〉の前後の可能性がある。

表 3 主な雑誌の年度別作品掲載数 (1952 年~1970 年 『全詩集』索引による)

西暦下二桁 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 昭和 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 計 チャイルド 1 2 2 1 4 4 1 2 1 4 2 2 1 4 1 32

幼児の指導 5 20 5 30

保育の手帖 14 10 3 2 2 1 32

日本児童文学 15 1 2 18

キンダーブック 1 1 3 5

幼児と保育 1 3 7 7 2 20

こどものせかい 1 2 4 1 3 11

※『チャイルド』は『チャイルドブック』(『チャイルドブックゴールド』も含む)。

※『日本児童文学』の 1956 年は短詩 14 編をを二回に分けて載せたので作品数が多い。1970 年代移行に 13 編ある。

上の表 3 は〈ぞうさん〉以降に、まどが主な雑誌に発表した 1952(昭 27)年から 1970(昭 45)年まで の年度別作品数である。集計は『全詩集』の索引を参照した。1971(昭 46)年以後も作品はあるがわ ずかである。これで分かることは自分が勤め、担当した『チャイルドブック』には平均的に発表し

42「しつけうた」「あそびうた」など応用文学とでもいうべきものは、まどさん自身ここに収めるのを恥ずかしがっ ておられます。しかしある時期のまどさんがこれらを書かれたことは紛れもない事実なので、全量の半分ほどを ここに収録することを同意してもらいました。(『全詩集』p.706)

43 副島ハマ編著、白眉社、1957 年 11 月。

44『昆虫列車』第 19 号〈ワニノコ〉の改作。

45 團伊久磨の曲で NHK からはじめて放送されてから 4 年後で、「おはなが ながいのね」と「の」が挿入されている。

46〈ぞうさん〉の振り付けについては佐藤宗子の前掲論文「酒田冨治曲譜「ぞうさん」の意味―もう一つの享受相と 童謡の教育的活用―」、p.36-37 に詳しい。

47〈ポンポンダリア〉は『全詩集』のとは別作品。

48

続け、それは 1959(昭 34)年国民図書刊行会退社後も続いた。それに対して、他社の雑誌は退社後の 掲載となっている。雑誌以外の作品発表もあったが、前述のように「しつけうた」「あそびうた」

の創作が中心であっただろう。それは仕事上の要請で、まどの本意ではなかったと思われる。