キリストにより始められた聖餐
• 聖餐の象徴は,イエス・キリストの 贖しょく罪ざいについて何を教えているでしょう か。
救い主はわたしたちが尊い贖あがないの犠牲を覚え,主の戒めを守るように望ん でおられます。そのために,度々集まって聖餐を受けるようにお命じになりま した。
聖餐は救い主の贖いを思い起こさせる聖なる神権の儀式です。聖餐の儀 式の中で,わたしたちはパンと水をともに受けます。この儀式は,人類のため に犠牲としてささげられた救い主の肉と血を記念して行われます。聖餐を受 けることにより,天の御父と交わした神聖な聖約を新たにするのです。
十字架にかけられる少し前に,イエス・キリストは使徒たちを 2 階の部屋 に集められました。イエスは御自分が間もなく十字架の上で亡くなることを 御存じでした。死ぬ前に愛する弟子たちとお会いになるのは,これが最後で した。イエスは,弟子たちがイエスをいつも覚え,強く忠実であるように願っ ておられました。
弟子たちに御自分のことを覚えさせるために,主は聖餐を始められました。
まずイエスはパンを裂いて祝福し,次のように言われました。「取って食べな さい。これはあなたがたのために贖いとして与えるわたしの体を記念するも のである。」(ジョセフ・スミス訳マタイ 26:22 )次に,主はぶどう酒の杯を取 り,祝福し,使徒たちに与えて飲むように言われました。「これは,罪の赦ゆるし を得させるようにと,わたしの名を信じるすべての人のために流すわたしの
……血を記念するものである。」(ジョセフ・スミス訳マタイ 26:24 。マタイ 26:26 - 28;マルコ 14:22 - 24;ルカ 22:15 - 20 も参照)
復活後,救い主はアメリカ大陸を訪れ,そこでニーファイ人に同じ儀式をお 教えになりました( 3 ニーファイ 18:1 - 11;20:1 - 9 参照)。末日に教会が 回復されると,イエスはその民に主を記念する聖餐を受けるように再び命じ
て言われました。「教会員は,主イエスの記念としてパンとぶどう酒を受ける ために,しばしば集まることが必要である。」(教義と聖約 20:75)
聖餐の執行方法
聖文には聖餐を執行する方法が明確に記されています。教会員は,礼拝 し,聖餐を受けるために安息日ごとに集まります(教義と聖約 20:75 参照)。
聖餐は,必要な神権の権能を持つ神権者により執行されます。祭司あるい はメルキゼデク神権者がパンを裂き,ひざまずいて祝福します(教義と聖約 20:76 参照)。執事あるいはほかの神権者が聖餐のパンを会衆に配ります。
その後,祭司かメルキゼデク神権者が水を祝福し,同じようにして会員に配り ます。聖餐を初めて教えられたとき,イエスは弟子たちにぶどう酒をお与えに なりましたが,末日の啓示の中で主は,主の記念として行われるかぎり聖餐と して何を食べ,何を飲もうとも差し支えないと言われました(教義と聖約 27:
2 - 3 参照)。今こん日にち,末日聖徒はぶどう酒の代わりに水を用いています。
イエスはパンと水を祝福する聖餐の祈りの正確な言葉を啓示されました。
わたしたちはこの美しい祈りの言葉に注意深く耳を傾け,主と交わす約束,ま た主から受ける約束を理解するように努めるべきです。パンを祝福するため にささげる祈りの言葉は次のとおりです。
「永遠の父なる神よ,わたしたちは御子イエス・キリストの御み名なによってあ なたに願い求めます。このパンを頂くすべての人々が,御子の体の記念にこ れを頂けるように,また,進んで御子の御名を受け,いつも御子を覚え,御子 が与えてくださった戒めを守ることを,永遠の父なる神よ,あなたに証明して,
いつも御子の御み霊たまを受けられるように,このパンを祝福し,聖きよめてください。
アーメン。」(教義と聖約 20:77 )
水を祝福するためにささげる祈りの言葉は次のとおりです。
「永遠の父なる神よ,わたしたちは御子イエス・キリストの御名によってあな たに願い求めます。このぶどう酒〔水〕を頂くすべての人々が,この人々のた めに流された御子の血の記念にこれを頂けるように,また,いつも御子を覚え ていることを,永遠の父なる神よ,あなたに証明して,御子の御霊を受けられ るように,このぶどう酒〔水〕を祝福し,聖めてください。アーメン。」(教義と 聖約 20:79 )
聖餐の儀式はごく簡素に,また敬けい虔けんに執り行われます。
• 聖餐の祈りを注意深く見直し,一つ一つの言葉の意味について考えてみて ください。
第 2 3 章
136
聖餐を通して新たにする聖約
• 聖餐の間,わたしたちはどのような聖約を新たにするでしょうか。聖約を守 るとき,主はどのような祝福を約束しておられるでしょうか。
聖餐を受ける度に,主との聖約を新たにします。聖約とは,主とその子供 たちの間で交わされる神聖な約束です。わたしたちが主と交わす聖約は聖餐 の祈りの中で明確に述べられています。この聖約が何であり,どのような意 味があるかを知ることは重要です。
わたしたちはイエス・キリストの名を喜んで受けることを聖約します。つま り,キリストとキリストの教会に属する会員であることを喜んで表明します。
主と同はら胞からに仕えることを決意します。主の名を辱はずかしめたり傷つけたりするよう なことはしないと約束するのです。
さらに,イエス・キリストをいつも覚えることを聖約します。思いや感情,行 いのすべてが,イエスとその使命から影響を受けるでしょう。
わたしたちは主の戒めを守ることを約束します。
わたしたちはバプテスマを受けるときに以上の義務を負います(教義と聖 約 20:37;モーサヤ 18:6 - 10 参照)。こうして,聖餐を受けるとき,バプテ スマのときに交わした聖約を新たにするのです。イエスは聖餐を受けるとき の規範を定められました( 3 ニーファイ 18:1 - 12 参照)。そして,わたした ちが罪を悔い改め,主の名を信じてこの規範に従うときに,罪の赦しを受ける と言われました(ジョセフ・スミス訳マタイ 26:24 参照)。
主は,わたしたちが聖約を守れば,主の御霊は常にわたしたちとともにある と約束しておられます。御霊に導かれる人は,永遠の命を得るために必要な 知識,信仰,力,義を受けるでしょう。
• 一週間を通してこれらの約束を心に留めるにはどうすればよいでしょうか。
聖餐を受けるときの態度
• 聖餐を受けるための個人の準備として,どのようなことができるでしょうか。
救い主の贖罪を心に留めるようにするには,聖餐の間どのようなことについ て考えればよいでしょうか。
第 2 3 章
教師へ― 生徒の多くが親である場合には,子 供が敬けい虔けんに聖せい餐さんを受けられるように どのように備えさせることができるかについて,アイデアを話してもらうとよいでしょ う。
聖餐を受ける前に,自らを霊的に整えなければなりません。主はだれもふ さわしくないままで聖餐にあずかってはならないと強調しておられます。これ は,聖餐を受ける前に罪を悔い改める必要があるという意味です。聖文には 次のように記されています。「だれかが過ちを犯したならば,和解するまで彼 に聖餐を受けさせないようにしなさい。」(教義と聖約 46:4 )主はニーファイ 人の十二弟子に次のように指示されました。「わたしの肉と血を分け与える とき,だれであってもふさわしくないままでわたしの肉と血にあずかることを,
承知のうえで許してはならないということである。ふさわしくないままでわた しの肉を食べ,血を飲む者は,そうすることで自分に罰の定めを招くからであ る。」( 3 ニーファイ 18:28 - 29 )
聖餐式の間,心の中からあらゆる俗的な思いを捨て去り,敬虔な祈りの気 持ちを抱かなければなりません。救い主の贖罪を思い起こし,感謝すべきで す。また,生活を省みて改善点を探し,戒めを守る決意を新たにしなければ なりません。
聖餐を受ける前に完全である必要はありませんが,心に悔い改めの精神が なければなりません。聖餐を受けるときの態度により,何を得るかが左右さ れます。清い心で聖餐を受けるならば,わたしたちは主の約束された祝福を 得ます。
• ふさわしい状態で聖餐を取ると,どうして霊的な力が増し加えられると思い ますか。
参照聖句
• 1 コリント 11:27 - 29(ふさわしい状態で聖餐を受ける)
• ヨハネ 4:5 - 14(イエスは生ける水である)
• ヨハネ 6:30 - 35(イエスは命のパンである)
第 2 3 章