労働は永遠の原則である
• これまで労働の大切さを感じたのはどのようなときでしょうか。
天の御父とイエス・キリストは模範と教えにより,労働が天においても地に おいても重要であることを示されました。神は天地を創造するために働かれ ました。神は水を一つの所に集めて海と乾いた地を設けられました。また,
地上に草や植物,木を生じさせ,日や月,星を創造されました。また海と陸の あらゆる生物を造られました。それから,アダムとエバを地上に置き,地を管 理させすべての生き物を治めさせられました(創世 1:1 - 28 参照)。
イエスは次のように言われました。「わたしの父は今に至るまで働いてお られる。わたしも働くのである。」(ヨハネ 5:17 )さらに言われました。「わ たしたちは,わたしをつかわされたかたのわざを……しなければならない。」
(ヨハネ 9:4 )
人は働くように命じられている
アダムとエバがエデンの園から追放されて以来,労働は地上での生き方に なりました。主はアダムに言われました。「あなたは顔に汗してパンを食ベ
……る。」(創世 3:19 )アダムとエバは,自分と子供たちの生活を支えるため に野に出て働きました(モーセ 5:1 参照)。
主はイスラエルの民に「六日のあいだ働いてあなたの ……わざをせよ」と 言われました(出エジプト 20:9 )。
回復された教会の初期のころ,主は末日聖徒に次のように言われました。
「ところで,主なるわたしはシオンに住む者を喜んでいない。彼らの中に怠たい惰だ な者たちがいるからである。」(教義と聖約 68:31 )
教師へ―レッスンに生徒や家族が参加できるように助けてください。次のようなこ とでレッスンに貢献してもらうことができます。いすを並べる,開会や閉会の祈りを する,黒板に書く,聖文を声に出して読む,質問に答える,証あかしする,レッスンを要約 する。
神の預言者は「勤労が再び教会員の生活を貫く原則にならなければなり ません」と述べました(ヒーバー・J・グラント 『歴代大管長の教え ― ヒー バー・J・グラント』 115)。
家族の責任
• 家庭生活を支えるために,父親,母親,子供にはどのような責任があるで しょうか。家族で仕事を分担するために,どのようなことができるでしょう か。
両親は協力して,家族の肉体的,霊的,情緒的な福利に必要なものを提供 します。この責任をだれかに代わってもらおうなどと思ってはなりません。使 徒パウロはこう語っています。「もしある人が,その親族を,ことに自分の家 族をかえりみない場合には,その信仰を捨てたことになる……。」( 1 テモテ 5:8)
夫婦はそれぞれの責任を定めるに当たって,主の霊感を求め,預言者の勧 告に従わなければなりません。福音の原則が日々教えられ,愛にあふれ秩序 ある家庭を築くことは,基本的に必要な衣食を提供することと同様に重要で す。
子供も当然,家の仕事を手伝います。子供の能力に応じた仕事の割り当て が必要です。また,何かを成し遂げたら,褒める必要があります。仕事に対 する前向きな態度や習慣,技術は,家庭で物事を立派に成し遂げながら身に 付いていきます。
家族を養おうと努めていながら,困難に遭遇する場合もあります。慢性の 病気になったり,配偶者を亡くしたり,高齢の親が同居したりすることで,家 庭における責任がさらに加わることもあります。天の御父はそのような状況 にある家族を御みこころ心にとどめておられ,義務を果たせるよう力を与えてください ます。信仰をもって求めるなら,主はいつも祝福を下さるのです。
労働は楽しむことができる
• 心構えは仕事にどのような影響を及ぼしますか。
労働は退屈で苦労するものだと考える人もあれば,刺激に富んだ人生の一 部であると考える人もいます。最も有意義な人生を送る一つの方法は,労働 を愛するようになることです。
すべての人が仕事を選べるわけではありません。中には最低限の生活必 需品を得るために長時間労働し,仕事を楽しみにくい人もいます。しかし,最 も幸せな人は,職種が何であれ自分の仕事を楽しむことを知っています。
第 27 章
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わたしたちは助け合って仕事をすることができます。どんなに重い荷でも だれかの助けを借りれば軽くなるのです。
仕事に対する心構えは非常に大切です。次の話は,ある人が日々の労働に とらわれず,いかに物事を見通したかを示しています。ある旅行者が石切り 場を通りかかると,3 人の男が働いていました。何をしているのか一人一人に 尋ねたところ,それぞれの答えは,同じ仕事に対する心構えの違いを表して いました。「石を切っています」と最初の男は答えました。 2 番目の男の答え はこうでした。「これで,1 日当たり金貨 3 枚稼いでいます。」そして 3 番目の 男は,ほほえみながら答えました。「神の宮を建てる手伝いをしています。」
どのような仕事であっても,誠実に働くことにより神に仕えることができま す。ニーファイ人の預言者ベニヤミン王は次のように語りました。「あなたが たが同はら胞からのために務めるのは,とりもなおさず,あなたがたの神のために務 めるのである……。」(モーサヤ 2:17 )自分や家族の必要を満たすだけの労 働でも,それでも神の子供たちを助けているのです。
• 仕事に対する心構えを改善するにはどうしたらよいでしょうか。
神は怠惰を責められる
主は怠惰な者や怠け者をお喜びにはなりません。主は次のように言われま した。「怠惰な者は,悔い改めて自分の行いを改めないかぎり,教会の中で いるべき場所を得られないであろう。」(教義と聖約 75:29 )また,次のよう に命じられました。「あなたは怠惰であってはならない。怠惰な者は働く者 のパンを食べてはならないし,その衣服も着てはならないからである。」(教義 と聖約 42:42 )
教会の初期の時代から預言者が末日聖徒に教えてきたことは,自立と自給 であり,怠惰を避けることでした。真の末日聖徒ならば,自活する責任を自ら の意志で他人に転てん嫁かするようなことはしません。能力があるかぎり,自分と 家族の生活必需品を賄うはずです。
可能なかぎり,すべての教会員は自活できない親族を世話する責任を引き 受けるべきです。
• 怠惰は個人,家族,地域社会にどのような影響を及ぼすでしょうか。
労働,娯楽,休息
• 生活の中で仕事,娯楽,休息のバランスを保つことが大切なのはなぜでしょ うか。
第 27 章
わたしたちは各自で,労働,休息,娯楽のバランスを取る必要があります。
次のような格言があります。「何もしないことは最大の重労働だ。いつまで たっても休めない。」労働がなければ,休息も娯楽も意味がありません。
休息は楽しみであり,欠くことのできないものであると同時に,安息日には 休息するよう命じられています(出エジプト 20:10;教義と聖約 59:9 - 12 参照)。 6 日間労働するごとに来るこの休息の日のおかげで,新たな週に向 けて元気を回復することができます。主はまた,安息日を守る人々に「地に満 ちているもの」を約束されました(教義と聖約 59:16 - 20 参照。本書第 24 章も参照)。
週日には,労働に加え,才能を伸ばし,趣味や娯楽また心身を活気づける 活動を楽しむために時間を使うことができます。
• 労働,娯楽,休息のバランスを保つために,何ができるでしょうか。親は子 供がこのバランスを保つのをどのように助けることができるでしょうか。
労働から得る祝福
• 誠実に仕事をすることによってもたらされる祝福に,どのようなものがある でしょうか。
神はアダムに次のように啓示されました。「あなたは顔に汗してパンを食べ
……る。」(創世 3:19)この律法は,現世にかかわる律法であると同時に,ア ダムの霊を救うための律法でもありました。労働には精神的,知的,肉体的 といった面で明確な区別はありません。労働は一人一人の成長と人格形成,
そして満足感を得るのに欠くことのできないものであり,怠惰であってはこれ を味わうことは決してありません。
デビッド・O・マッケイ大管長は次のように述べています。「働く特権は賜たま 物もの
であり,働く力は祝福であり,労働を愛することが成功であることを理解し よう。」(Pathways to Happiness 〔 1957 年〕, 381 )
「人が存在するのは喜びを得るためである。」( 2 ニーファイ 2:25)労働は 神の計画の中で満ちみちる喜びを得る一つの鍵かぎです。義にかなっていれば,
天の御父のみもとへ帰ってともに住み,そこで行う業があります。わたしたち が御父のようになるとき,わたしたちの業も御父の業のようになるでしょう。
御父の業とは,「人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと」です(モーセ 1:
39 )。
第 27 章