• 検索結果がありません。

慈 愛

ドキュメント内 福音の原則 (ページ 178-184)

 「わたしはあなたの言われたことを覚えています。あなたは,世のために御 自分の命を捨てるほどこの世を愛したと言われました。……

 あなたが人の子らに対して抱いておられたこの愛が慈愛であることを,わ たしは存じています。ですから,人は慈愛を持たなければ,あなたが御父の 住まいに用意してくださった場所を受け継ぐことができません。」(エテル 12:

33 - 34 )

 わたしたちは救い主がされたように,自分の命をささげる必要はないかも しれません。しかし,主を生活の中心に置いてその模範と教えに従うことに より,慈愛を身に付けることができます。救い主のように,地上で兄弟姉妹の 生活に恵みをもたらすことができるのです。

• 慈愛がすべての徳の中で最も大いなるものであるのはなぜですか。

慈愛によって病人や悩んでいる人,貧しい人を助ける

 救い主は物語やたとえを通して多くの教えを授けられました。良いサマリ ヤ人の話は,友人であるとなしとにかかわらず,助けが必要な人に手を差し伸 べるように教えています(ルカ 10:30 - 37。ジェームズ・E・タルメージ『キ リスト・イエス』422 - 424 も参照)。たとえの中で,救い主は別の町へ旅す る一人の男について話されました。男は途中で強盗に襲われました。強盗は 旅人の着物と金を奪い,傷を負わせ,半殺しにして逃げ去りました。そこへ 祭司がやって来ましたが,旅人を見るとそのまま通り過ぎました。次に神殿 で働く人がその場所に差しかかりましたが,旅人を見ただけで行ってしまいま した。ところが,ユダヤ人からさげすまれていたサマリヤ人が通りかかり,男 を見て気の毒に思いました(本章の絵を参照)。そこで男の傍かたわらにひざまずく と,この良いサマリヤ人は傷に包帯を巻いてやり,男をろばに乗せて宿屋に運 びました。そして,宿屋の主人に金を手渡し,男が快復するまでの世話を頼 みました。

 イエスは空腹の人に食物を,家のない人に宿を,貧しい人に衣服を与えるよ うに教えられました。病人や獄にいる人を見舞うことは,言い換えればちょう どイエスにしていることなのです。イエスは,これらのことを行うならば,神 の王国を受け継ぐであろうと約束されました(マタイ 25:34 - 46 参照)。

 だれかがほんとうに援助を受けるに値するかどうか決めようとしてはなり ません(モーサヤ 4:16 - 24 参照)。まず自分の家族の必要を満たし,次 に援助を必要とするすべての人を助けるのです。このようにして,わたしたち は,正しい者にも正しくない者にも同じく雨を降らせてくださる天の御父のよ うになることができます(マタイ 5:44 - 45 参照)。

第 3 0 章

176

 トーマス・S・モンソン大管長は,物質的な援助以上のものを必要とする人 がいることを指摘し,次のように述べました。

 「自分自身に次のように問いかけてみましょう。『わたしは,今日何か善い ことをしただろうか。』『助けを必要としている人に手を差し伸べただろうか。』

〔『賛美歌』137 番参照〕そのような問いかけは,幸福を得るための原則であ り,だれかに感謝の心をもたらすという満足感と内なる平安を得るための処しょほう

せん

です。

 自らをささげる機会は確かに無限にありますが,すぐに失われてしまうも のでもあります。わたしたちには,喜ばせるべき心,伝えるべき思いやりの 言葉,与えるべき贈り物,なすべき行い,そして救うべき人々が存在します。」

(『リアホナ』2002 年 1 月号,69 )

• 良いサマリヤ人のたとえの中で,傷ついた男に何もしないで通り過ぎた人た ちをどう思いますか。サマリヤ人についてはどう思いますか。生活にこのた とえの教訓を応用するにはどうしたらよいでしょうか。

慈愛は心の表れである

• 人に罪や過ちがあってもどのようにその人を愛することができるでしょう か。

 困っている人に手を差し伸べても,哀れみの情を感じないかぎり,わたした ちは慈愛に欠けています( 1 ヨハネ 3:16 - 17 参照)。使徒パウロは,慈愛 があれば,すべての人に対して良い思いで満たされると教えました。慈愛が あれば忍耐強く,親切になります。また高ぶらず誇らず,利己心を抱かず,不 作法をしません。慈愛があれば,人の犯した悪事を思い起こしたり喜んだり しません。自分の利益になるからというだけで善いことをするのでなく,真 理に従って生活する人たちと喜びを分かち合います。さらに,誠実になり,人 の善意を認め,親切にします。聖文は「愛〔慈愛〕はいつまでも絶えることが ない」と教えています( 1 コリント 13:4 - 8 参照)。

 救い主は,人に対してどのような思いを抱き,どのように接したらよいかを 身をもって示されました。主は悪を憎まれましたが,罪のある罪人をも愛され ました。子供や老人,貧しい人,助けが必要な人に哀れみをかけ,御自分の 手足に釘くぎを打ちつける兵士のために天の御父に赦ゆるしを請うほどの大きな愛 を示されました(ルカ 23:34 参照)。イエスは,人を赦さなければ,天の御 父もわたしたちを赦してくださらないとお教えになりました(マタイ 18:33 - 35 参照)。イエスは次のように言われました。「わたしはあなたがたに言う。

敵を愛し,迫害する者のために祈れ。……あなたがたが自分を愛する者を愛 第 3 0 章

したからとて,なんの報いがあろうか。」(マタイ 5:44,46)わたしたちはイエ スがされたように人を思いやることを学ばなければなりません。

慈愛の特質をはぐくむ

• 慈愛をはぐくむにはどうしたらよいでしょうか。

 慈愛を身に付ける一つの方法は,イエス・キリストの生涯を学び,その戒め を守ることです。つまり,ある状況でイエスがどのように対処されたかを学 び,似た状況にあるときに同じ行動を取るようにするのです。

 第 2 に,慈愛を感じられないときには,さらに慈愛を持てるように祈るこ とができます。モルモンは次のように勧めています。「御父が御子イエス・キ リストに真に従う者すべてに授けられたこの愛〔慈愛〕で満たされるように,

…… 熱意を込めて御父に祈りなさい。」(モロナイ 7:48)

 第 3 に,自分を愛するようになることです。これは,天の御父の子供であ る自分の真の価値を理解するということです。救い主は, 自分を愛するよう にほかの人を愛さなければならないと教えられました(マタイ 22:39 参照)。

自分を愛するには,自らを尊重し信頼しなければなりません。福音の原則に 従順でなければならないということです。すべての悪い行いを悔い改め,悔 い改めたときには自分を赦さなければなりません。救い主から確かに愛され ているという深く安らかな確信が感じられるときに,もっと自分自身を愛する ようになるのです。

 第 4 に,自分が人よりも優れていると思わないようにすることです。他人の 欠点に忍耐強くなれます。ジョセフ・スミスは次のように述べています。「わ たしたちは天の御父に近づけば近づくほど,滅びに向かっている人を思いや りをもって見るようになります。彼らを背負い,彼らの罪を背後に投げ捨てた いと思うようになります。」( 『歴代大管長の教え ― ジョセフ・スミス』428

- 429 )

 モルモン書の中のエノスという青年は,自分の罪が赦されたことを知りた いと願いました。彼は次のように述べています。

教師へ―「慈愛の特質をはぐくむ」の項では,最初の4段落で,慈愛をはぐくむ方法 が一つずつ教えられています。次のように行うとよいでしょう。小人 数のグループの 話し合いが可能であれば,生徒や家族を4人のグループに分け,各グループの一人一人 に別々の段落を割り当てます。割り当てられた段落を各自で研究するように参加者に 言います。自分が知っている人や,聖典に登場する人物の生涯から,このようにして慈 愛がはぐくまれた例について考えてもらいます。その 後,それらの 例をグループの中 で互いに紹介し合うように言います。

第 3 0 章

178

 「わたしの霊は飢えを感じた。それで,わたしは造り主の前にひざまずき,

自分自身のために熱烈な祈りと懇願をもって造り主に叫び求めた。わたしは 一日中造り主に叫び求めた。また夜になっても,声が天に届くように,まだ大 きな声を上げていた。

 すると,わたしに声が聞こえた。『エノスよ,あなたの罪は赦された。あな たは祝福を受けるであろう。』」(エノス 1:4 - 5)

 主はエノスに,彼のキリストを信じる信仰ゆえに罪が赦されたと説明されま した。この言葉を聞くと,エノスはもはや自分のことで思い悩むことはありま せんでした。主が愛し,祝福してくださることを知ったのです。代わりにエノ スは次第に友人や親族,同はらからであるニーファイ人の幸いを願うようになり,彼 らのために心のすべてを神に注ぎ出しました。主はそれにこたえて,すでに 与えられた戒めに対する忠実さに応じて同胞は祝福を受けるであろうと言わ れました。この言葉にエノスの愛はいっそう強まり,ニーファイ人の敵である レーマン人のために何度も長い時間熱烈に祈りました。主は願いを聞き届け られ,エノスは残る生涯をニーファイ人とレーマン人の救いのために尽力しま した(エノス 1:6 - 26 参照)。

 エノスは主の愛と赦しに深く感謝し,ほかの人たちも同じ恩恵にあずかれ るよう進んで残りの生涯をささげました。エノスはまことに深い慈愛を持つよ うになりました。わたしたちも深い慈愛を持つことができます。実際,御父の 王国に備えられている場所を受け継ぐには,そうしなければならないのです。

参照聖句

• コロサイ 3:12 - 14(愛〔慈愛〕はすべてを完全に結ぶ帯)

• アルマ 34:28 - 29(慈愛を示さなければ祈りはむなしい)

• 1 コリント 12:29 - 13:3(慈愛の定義)

• 教義と聖約 121:45 - 46(すべての人に対して,慈愛で満たされるように しなさい)

第 3 0 章

ドキュメント内 福音の原則 (ページ 178-184)