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非直説法叙法としての直説法未来・過去未来

ドキュメント内 ポルトガル語の接続法とその習得 (ページ 144-149)

第 4 章 直説法未来と過去未来

4.3. 非直説法叙法としての直説法未来・過去未来

図 16 彌永 (2007) の「三段構えの時称体系」 (本論筆者による再現)

この構図では未来と過去未来の間に対等な関係を見出しにくい。また、反実仮想表現の過 去未来の機能が考慮されていない。

また、過去未来をポルトガルの呼称法に従い「条件法」と分類する場合、単純形式を「条 件法現在」 (Condicional Presente)、terとの複合 (完了アスペクト) 形式を「条件法過去」

(Condicional Pretérito) と分類することがある (e.g. Coimbra & Coimbra 2011,2012)。こ の場合、非過去と過去の対立がこの二形式で完結してしまい、直説法未来との時制的関連 性が薄くなってしまう。

る妥協的な叙法を設定して、これに区分され、さらにWilliam BullやSamuel Gili Gaya の研究を受けて、RAE (1973) によって直説法として再定義され、現在に至っている (reviewed in, 上田 1988, 西川 1988, Castronovo 1989, 秦 1994)。20世紀後半になって もAlarcos Llorach (1980, 1994) などによって、「可能法」 (potencial) や「条件法」 (modo condicionado) など、直説法未来形式と統合された非直説法仮説が主張されているが、Bello

(1847) の統語構造を根拠とする仮説を覆せず、現在に至るまで両形式は直説法として扱わ

れるのが定説となっている。

一方ポルトガル語においては、Barros (1540) 以降の歴史的経緯は不明瞭である。先述の 通り、現代ブラジルの文法呼称法では現代スペイン語と同様、それぞれを直説法未来、過 去未来と呼ぶが、ポルトガルの文法呼称法では過去未来の形式のみを条件法として扱って いる。後者の扱いはやや揺れがあり、単純形式を「条件法現在」、「terの条件法+過去分詞」

による複合形式を「条件法過去」とするものが一般的であるようだが、直説法未来を「未 来」、過去未来を「条件法」としつつも両形式を同一概念の二時制として扱うケースも見ら れる (Mateus et al. 2003, Raposo et al. 2013)。

次節以降では、主にスペイン語に関して、直説法未来・過去未来を非直説法叙法として 積極的に定義、提案している事例を挙げる。

4.3.1. Alarcos Llorach の Modo Condicionado

Real Academia Españolaによって直説法未来・過去未来の名称と概念が定着したのちに

おいても、Alarcos Llorach (1980) は統語構造的説明に頼らず、機能的観点から「可能法 (Modo Potencial)」を主張し続けた。Alarcos Llorach (ibid) は直説法未来・過去未来形式 がアスペクトの点で無標であること、それぞれ直説法現在、直説法未完了過去と時間指示 の点で差異がないこと、さらに両形式はある条件下において実現が可能である事象を表現 しているという 3 点から、直説法の未来時制という位置付けではなく、第三叙法であるこ

とを主張している。後年、Alarcos Llorach (1994) において、両形式はModo Condicionado という呼称に変更される。日本のスペイン語学者でAlarcos Llorachを支持しているのが寺 崎 (ibid) であり、両形式を「条件法」とすることを提案している。また、Fleischman (1982) によるとAlarcos Llorach以前からフランス語のYvon (1952, as cited in Fleischman 1982) が同様の第三叙法説を提案している。

4.3.2. 出口の推定法

現在のところスペイン語文法において直説法未来・過去未来の非直説法性を最も理論的 に解説し、第三叙法としての具体的な再編案を主張していると見られるのが出口 (1986) で ある。出口は以下の三点を柱に、両形式を「推定法」として再定義する。

① 直説法現在と直説法未来の時間的共通性

② 3法2時制:叙法の下位区分ではない時制

③ 陰否性理論の再定義

出口はまず、直説法未来の非未来性と非直説法性を指摘する。直説法未来と直説法現在は それぞれ現在も未来も表すことができ、非過去という性質で共通する。一方、直説法未来 による表現は法助動詞による表現と置き換え可能であり、直説法現在表現とは時間指示で はなく法性で対立していると指摘する。この2点はAlarcos Llorach (1980) とも共通して いる。

次に叙法間での時制の共通性の不透明さに疑問を投げかけている。従来の各叙法から枝 分かれ的に各時制が並べられるような「階層的化された」叙法・時制体系モデル (e.g. 本論,

p.17, 図 2) では、例えば直説法現在と接続法現在の「現在」の共通性がわかりづらいので

はないかと指摘し、叙法と時制を直説法、接続法と直説法未来と過去未来に対応する「推

定法」の非過去と過去からなる3法2時制のマトリックス型に整理する (図 17)。

時制 / 法 直説法 推定法 接続法

非過去 amo amaré ame

過去 amaba / amé amaría amara (amase)

非過去完了 he amado habré amado haya amado

過去完了 había amado habría amado hubiera (hubiese) amado 図 17 出口 (1986) の法時制マトリックス (本論筆者による再現)

第三に、接続法と推定法の違いについては法性の強さの違いであるとしている。このた め、完全な肯定と否定は直説法、中間的な否定は接続法であるとする陰否性理論 (出口

1981) において、推定法は直説法ほど完全でなく、接続法ほど部分的でない、中間的な叙

法として位置付けている (図 18)。

図 18 陰否性と「推定法」(出口 1986, p.12)

推定法仮説は直説法未来と過去未来の概念の問題点を順序立てて批判しているが、時制 的な観点からの説得力の強さに対して、叙法的な観点からの説得力に乏しい。第一に、直 説法未来の叙法的な意味について、助動詞表現との同等性を例示するにとどまっている点 が挙げられる。第二に、推定法を陰否性理論に組み込み、接続法と直説法の中間に位置付 けているが、推定法が接続法よりも陰否性が弱いとは必ずしも定義できない。例えばfactive な感情表現における接続法(220)と、反実仮想表現における条件法(221)の陰否性はどちらが

直説法 推定法 接続法 no+接続法 no+推定法 no+直説法

真 偽

強いといえるか、絶対的な尺度は存在しない。

(220) É uma pena que chegues atrasado.

be-PRES-3SG ART.IDEF pity that arrive-SBJV-PRES-2SG late

‘It is a pity that you arrive late.’

(221) Se ele tivesse concluído o trabalho, estaria agora de férias.

if he conclude-SBJV-PSTPFV-3SGART.DEF work be-COND-3SG now of holidays

‘If I had completed my job, I would now be on holiday.’

(Mateus et al. 2003)

なお、出口は1986年の論文以降、この推定法理論を修正した様子はない (出口 1996)。

推定法と非常に似通った例として、Klein-Andreu (1995) のRealtive Assertionが挙げら れる。未来と過去未来はassertion (cf. Terrell & Hooper 1974) ではないものの、接続法ほ

どのnon-assertivenessがないとする、出口の陰否法理論とほぼ同様の考え方に基づいた非

直説法仮説の主張であるが、特に出口の研究への言及はない。

4.3.3. 非直説法叙法の否定

以上見てきたように、文法史や実際の直説法未来・過去未来のモダリティ的用法から、

両形式を非直説法第三叙法として扱うべきであるという議論が1980年頃のスペイン語研究 において見られたが、現在ではスペイン語やブラジルポルトガル語では両形式を直説法と して扱うことで落ち着いている。先述の通り、Bello (1847) の統語構造的説明を覆せない ことがその主たる要因となっている (Castronovo 1989)。この他にも、意味的にも直説法未 来・過去未来は本質的に時制であるとするのが近年の共通見解であると見られる。例えば 和佐 (2005) は直説法未来・過去未来に irrealis表現の形式としての側面を認めているが、

未来時指示の用法こそが本来的な用法であり、叙法的用法はあくまでも「転移用法 (usos

dislocados)」であるとしている (ibid, p.22)。また、上田 (1988b) も直説法未来・過去未来 の本質は「未来性」ではなく「推定性」にあるとし、それぞれ「現在推量」、「過去推量」

と呼称することが相応しいとしながらも、叙法としては直説法として区分することを主張 している (上田 1988a51)。

ドキュメント内 ポルトガル語の接続法とその習得 (ページ 144-149)