第 3 章 第二言語接続法習得研究
3.1.3. 各先行研究のまとめ
Nishida (2005) でも統計分析こそ行われていないものの、産出に圧倒的な差が認められた (see also Correa 2011)。
非目標言語・外国語学習 (FL, SH) 環境における中級コースでの 1年程度の学習では、
例えコミュニカティヴな指導を受けていても接続法を習得するには至らない (Terrell et al.
198749, Stokes 1988, Collentine 1995, Isabelli & Nishida 2005)、あるいは接続法を要求す るような複雑な統語構造を産出するにも至らない (Collentine 1995, Isabelli & Nishida 2005) 傾向がある。特にTerrell et al. (1987) とCollentine (1995) では、筆記テストで完 璧に近いような接続法使用を示した学習者集団でも、発話のように即時的なアウトプット が求められる場面での接続法表現、及びそれにおける正しい接続法使用は極端に低くなっ た。また、一旦習得しても、十分な学習時間やインプットの継続がないと容易に退化して しまう傾向も見られる (Sanz 2003a)。FL環境での会話テスト形式のタスクではTerrell et
al. (1987) の合計約6時間のデータで8例の接続法使用しか認められず、またIsabelli &
Nishida (2005) では接続法は現れなかった (被験者 n=16)。また接続法要求表現の産出も
Terrell et al.で81例、Isabelli & Nishidaではわずか8例であった。口述産出タスク形式
のCollentine (1995) の研究 (n=38) でも、接続法要求問題で接続法要求構造を産出できた
のは53%で、接続法を使用できていたのは34%であった (直説法では構造産出74%、接続
法使用64%) 。
即時的言語場面での接続法使用の少なさについて、Terrell et al. (1987) やStokes (1988) はモニター理論 (Krashen 1982 etc.) の観点から、また、Collentine (1995) は Tarone (1988) のvernacular/careful styleの観点から、産出 (発話) に時間をかけられない (L1知 識やL2文法知識に頼れない) 場面での接続法文法の定着がなされていないと説明している。
以上より、TL環境での学習及び生活経験が接続法使用・習得への重要な要因であること が示唆されるが、どれくらいの、どのようなインプットが必要であるのかは明らかでない。
49 具体的な指導内容は明示されていないものの、Terrell et al. (1987) では学習者の「コミュニ
3.1.3.2. 習得順序
願望や命令、依頼を表す表現 (当為判断モダリティ) については接続法が使用されやすい とする報告が多い (Terrell et al. 1987, Stokes 1988, Collentine 1995, Sanz 2003a, Isabelli & Nishida 2005, Gudmestad 2006, Bento 2013)。当為判断モダリティ表現は口述 産出タスク、文法判断タスクともに産出、選択が多く、言語知識にも言語運用能力にも定 着しやすいと仮定できる。また、Sanz (2003a) では、当為判断モダリティ表現については FL環境でも知識が後退せず、定着していく傾向が報告されている。これに関して各研究と も考察や説明は特になされていないが、命令依頼表現や願望表現など言語内的に realis と
irrealis の対立が起こらず、常に irrealis、あるいは「未実現」や「非実現」の内容となる
こと (Givón 1994; 森本, 仁田 & 工藤 2001; 和佐 2005; etc.) ことが影響しているもの と考えられる
これに対し、特に非指示名詞修飾関係詞節における接続法の使用、及び同表現自体の産 出が極端に低い傾向がある (Stokes 1988, Isabelli & Nishida 2005, Bento 2013)。Stokes (1988) の口述産出タスク (n=27) では 6 題で正答率 14% (24/162)、Isabelli & Nishida
(2005) のインタビュー (n=29) では接続法使用60例中1例と、極端に少ない。また、Bento
(2013) ではオランダ語母語学習者が TLU を産出していない一方、ポルトガル語と叙法シ
ステムを有するスペイン語母語学習者は7例と比較的多くTLUを産出していた。これにつ
いてBentoは母語からの影響を主たる要因として推測していた。一方で、Stokes (1988) は
指導の経験上関係詞節の接続法に時間をかけられていないことと教科書での扱いが少ない ことを挙げているが、実証的なデータは挙げられていない。
加えて、後悔や驚きなどの感情を表す表現についても Terrell et al. (1987) やCollentine (1995)、Isabelli & Nishida (2005)、Bento (2013) のような産出型タスクでほとんど出現せ
ず、Sanz (2003a) やGudmestad (2006) のような判断タスクでも接続法使用が少なかった。
これについては各研究では特に説明や考察がないが、接続法を用いて表わされる従属節の
「命題」が現実的であるというこの表現の特性と、各研究のL1である英語やオランダ語で は同表現に直説法を用いることが大きく影響しているものと考えられる。また、Sanz
(2003a) の文法判断タスクでは学習後の後退の傾向がみられた一方、対訳タスクでは英文ポ
ルトガル語訳の際の接続法使用が 3 年生で多かったことより、受容知識、産出知識ともに 不十分ではあるものの、語彙や表現構造への気付かせ方によっては産出できる程度の文法 化はなされ得ると推測される。
さらにこれらに加え、福嶌 (2005) のスペイン語接続法習得のレビューでは cuando
(when; ポルトガル語ではquando) で導入される時間表現50、否定命令法、そして反実仮想
表現での接続法習得の難しさが指摘されている。特にcuando表現ではL1の影響などから 直説法未来を誤用される傾向が強いことが指摘されている。また、反実仮想表現では接続 法未完了過去ではなく接続法現在を用いる傾向が報告されている。
3.1.3.3. 矛盾点
Terrell et al. (1987) では名詞節構文において接続法が多く産出されるという結果が得ら
れているが、Isabelli & Nishida (2005) では副詞節構文において多いという結果が得られ ている。また、Bento (2013) の結果を集計しても、オランダ語母語話者、スペイン語母語 話者ともに副詞節を多く産出している。特に、条件表現や時間表現などの真偽判断モダリ ティの副詞節表現は初中級から産出が多く、習得のされやすさが示唆されている (Isabelli
& Nishida 2005, Bento 2013)。これは上述の福嶌 (2005) のレビューとも矛盾する。ただ
しそれぞれの研究で学習環境、習熟度、データ収集方法が異なるため、直接的な比較には 慎重になるべきである。
加えて、疑念表現 (I suspect that …) についてCollentine (1995) では接続法が使用され
50 ただし後続する形式がスペイン語では接続法現在なのに対し、ポルトガル語では接続法未来
やすいという結果が得られる一方、Stokes (1988) では同表現において接続法は使用されに くいという結果が得られている。興味深いことに両者ともにそれぞれの結果はL1である英 語からの影響によるものであると説明している。Stokes は英語では同様の表現で接続法を 用いないためL2でも接続法が結びつきにくいと主張する一方、Collentineは英語の疑念表 現は補語に不定詞や分詞を取らず従属名詞節のみを要求するため、すなわち構造的に類似 しているため、L2では接続法表現を導きやすいとしている。
3.1.3.4. その他の問題点
各研究は接続法形式が要求されている表現で適切に用いられているか、あるいは選択、
判断されているかの議論に終始している。接続法がどのように誤用されているのか、また、
接続法が用いられなかった場合どのような誤用が起こっているのかについての記述に乏し い。