第 1 章 接続法
1.2. 接続法の形態的特徴
1.2.2. 接続法各形式の機能
1.2.2.3. 接続法未完了過去
接続法未完了過去には 2 つの機能があり、一方は接続法現在及び未来の過去時制として の過去時間の指示と、もう一方は条件表現と希求表現において非過去の反実仮想や低実現 性を表現する。前者の過去時制としての時制一致の機能については本論では詳しくは扱わ Comrie & Holmback 1984) による主張が存在するが、Comrie & Holmbackはこの過去時制へ
ないが、以下のような例である。
(39) Ele duvida que os miúdos recebam o prémio.
he doubt-PRES-3SG that REL.DEF-PL kids receive-SBJV-FUT-3SG ART.DEF prize
‘He doubts that the children will receive the prize.’
(40) Ele duvidou que os miúdos recebessem o prémio.
he doubt-PFV-3SG that REL.DEF-PL kids receive-SBJV-IPFV-3SGART.DEF prize
‘He doubted that the children received the prize.’
(Mateus et al. 2003)
(39)では疑っている時点が発話時点、疑われている内容も発話時点であり、それぞれ直説法
現在duvida、接続法現在recebamが用いられている。一方で、(40)では疑っていたのが発
話時点から見た過去の時点で、疑っている内容も過去におけるものである。そのため、そ れぞれ直説法完了過去duvidou、接続法未完了過去recebessemと、いずれも過去時制が用 いられている。
ポルトガル語では非過去文脈における反実仮想表現は、接続詞se (if) に導入される表現
とcomo se (as if) に導入される比喩表現からなる。これらは過去の形態素が過去時を指示
しない例である。
(41) Se a Maria está em casa, então vamos visitá-la.
if ART-DEF Maria be-IND-PRES-3SG in house then go-PRES-1PL visitar-INF;ACC
‘If Maria is home, then let us visit her.’
(42) Se a Maria estivesse em casa íamos visitá-la.
if ART-DEF Maria be-SBJV-PFV-3SG in house go-IPFV-1PL visitar-INF;ACC
‘If Maria were home, we would visit her.’
(43) Comporta-se como se fosse o rei.
behave-PRES-3SG;REFL as if be-SBJV-IPFV-3SG ART.DEF king
‘He behaves as if he were the king.’
(Mateus et al. 2003)
(42)では反実仮想の接続法未完了過去は se (if) で導かれる条件節の中で用いられる。指示
される時間は現在 (非過去) であり、「実際にはいないのであるがもしMariaが家にいたら」
という反実仮想の解釈になる。また、帰結節には条件法すなわち直説法過去未来が用いら れる。こちらも過去時制としては機能しておらず、ある条件下で非過去時において起こる であろう事柄を表現する。なお、(42)では帰結節の動詞は直説法未完了過去が用いられてい るが、ヨーロッパのポルトガル語ではしばしば直説法過去未来が直説法未完了過去に置き 換えられる。(43)はcomo se (as if) に導入される比喩の反実仮想表現である。これも「実際 にはそうではないが、まるで王様のように」という解釈になる。
接続法未完了過去や帰結節の直説法過去未来のような過去時制の形式が反実仮想
(contra-factive, counter-factive) のマーカーとして用いられるのは、英語やロマンス諸語の
みならず、数多くの言語で見られる現象であるとされ、Palmer (2001) ではバントゥー諸 語や北米先住民諸語、太平洋諸語などが例示されている。ただし、何故未来時制ではなく 過去時制が反実仮想のマーカーとして用いられるのかには決定的な根拠がない (Lyons 1977, p. 816; Palmer 2001, p.219)。 最 も よ く 見 ら れ る 説 明 は 、 発 話 時 か ら の 距 離 (remoteness, distal, disassiciative, cf. Palmer 2001) という概念が過去では時間という点 で、非現実では現実性の点で共通しているという類のものである (see also 和佐 2005, p.
85)。
Lyons (1977) は相対時制の考え方を交えて反実仮想表現の過去形式の使用を説明してい
る (図 3)。発話時 (現在) t0における世界をw0、発話以前の基準時tiにおける世界をwi、 さらに基準時からから見た相対時をtjにとして相対時制の説明を行っているが、tjの行き先 がw0ともwiとも異なる可能世界wjであるような、時間ではなく法的な相対距離としてと らえることで反実仮想の説明を試みている。Lyonsによるとダイクシスの区分が起こってお り、tiからt0の繋がりは”now”であるのに対し、tiからtjの繋がりは”then”であると表現さ れている19。
図 3 基準時と現在時、相対時の関係 (Lyons 1977, pp.818-820に基づく.本論筆者によるま とめ)
Lyons への言及はないが、フランス語文法研究で「分岐的時間 (temps ramifiê)」(e.g.
Martin 1983, as cited in 渡邊 2008)と呼ばれる類似した仮説で反実仮想の説明を試みてい
るのが渡邊 (2008) 並びに蔦原 (2011, スペイン語) である。両研究によると、現在実現さ れている事柄は前時点における条件を満たして現在時制になる。この条件を満たさずに実 現に至らなかった事柄が、過去性を保持したまま (渡邊 2008, p.27) 過去のirrealisの形式 としてそのまま表示されている。この点より蔦原 (2011) は、反実仮想の過去形式は過去形 式の例外的用法ではなく、過去の本来的機能から逸脱していないとする。
19 Lyons (1977) によると、内包的世界でのモダリティは”non-factive”、可能世界で起こり得る
t
0tj
ti W0 = Wi
Wj now
then
なお、過去における反実仮想を表現する場合は、接続法未完了過去の完了形式である接 続法過去完了 (大過去) を用いて表現する。この場合、形式的にはアスペクトの対立である が、「非過去」を指示する接続法未完了過去と「過去」を指示する接続法過去完了が時制的 な対立として扱われるのが一般的である (Bechara 2007; Cunha & Cintra 2007; Mateus et al. 2003; etc.)。
(44) Se a Maria estivesse em casa íamos visitá-la.
if ART.DEF Maria be-SBJV-IPFV-3SG in house go-IPFV-1PL visit-INF;ACC
‘If Maria were home, we would visit her.’
(45) Se a Maria tivesse estado em casa, teríamos ido visitá-la.
if ART.DEF Maria be-SBJV-PSTPFV-3SG in house go-COND-PFV-1PL visit-INF;ACC
‘If Maria had been home, we would have visited her.’
(Mateus et al. 2003)