第 6 章 の概要
6.2. 集団内ダイナミックスにおける多元的無知の役割
125
126
価 を 失 っ て し ま う だ ろ う と 予 測 す る (Geiger & Swim, 2016; Miller &
McFarland, 1987)。その結果,第2段階として,自身の選好ではなく他者の選
好に一致するように,集団規範への同調が促進され,当該規範を遵守する行動が
集団や社会において広範に観察されるようになる (e.g., Borsari & Carey, 2001;
Noelle-Neumann, 1993; Prentice & Miller, 1996)。そして第3段階として,個 人の同調行動が別の成員によって観察されたとき,それは“多くの他者が集団規
範を受け入れている”という推測に確証を与える根拠のひとつとなってしまう (e.g., 岩谷・村本, 2015; Miller & Nelson, 2002)。その誤った推測の結果として,
第 4 段階として,多くの集団成員に拒絶されている不支持規範への同調がさら に加速する。そして,第5段階として,最終的に均衡点へと達し不支持規範が安 定的なものとなる。こうして,多元的無知が非合理的社会現象の維持・再生産へ
と寄与してしまうというダイナミックスである。
本研究はこのメカニズムの妥当性を裏付ける直接的根拠だけでなく,これま
で明らかにされていなかった部分に関する精緻な説明を提供することに成功し
た。具体的には,プロセスの第2段階の根拠として,研究 1から3 が示してい るように,多元的無知に陥った人々は社会規範を内在化した結果,非合理的社会
現象を発生ないしは普及,維持させようと意図して行動していたのではなく,あ
くまで他者からの否定的評価を回避するために他者選好に合わせた (つもりの)
127
行動を表面的にとっているにすぎないことを示した。特に,研究2は,他者は規 範を受け入れているのだろうという他者信念の不正確な認知に陥ることが,個
人レベルでは規範を拒絶していながらも,実際に行動意図を抑制させることを
示した。
さらに,研究3は逸脱者の増幅を抑制しうる「偽りの実効化」の生起過程を明 らかにした。想定されるプロセスの第 1 段階から第 2 段階において,規範に同 調せずに個人的選好に従い続けようとする集団成員も一定数存在するかもしれ
ない。そのような人々に対して規範に従うようはたらきかけることは,その逸脱
者自身が規範に同調するだけでなく,それを観察した別の集団成員が逸脱する
のを抑制するだろう。集団内において規範を遵守する個人が多くなれば,それは
“多くの成員が規範を受け入れているのだろう”と知覚させる根拠となってし
まう (e.g., 岩谷・村本, 2015)。逸脱者非難は自己保身的な動機から生み出され たにすぎなかったとしても,個人の社会的行動の動機を他者が判別することは
難しい。したがって,偽りの実効化は,集団の外部から影響が加えられずとも,
安定的に不支持規範の維持を可能にする循環的メカニズム (i.e. 自己維持メカ ニズム)において,人々を規範に従わせるドライビング・フォースとしての社会 的機能を有すると考えられるだろう。
心理的安全風土は,このメカニズムに終焉をもたらす重要な要因となるかも
128
しれない。組織における心理的安全風土を高く知覚すれば,個人的選好に一致し
た意見表明が促進される可能性が示された。心理的安全が他者評価懸念を抑制
する (Edmondson, 1999)ことを考慮すれば,同時に偽りの実効化の生起も抑制 させるかもしれない。だとすれば,規範に従わない個人の割合が増加し,規範遵
守行動が徐々に減少していくと考えられるかもしれない。規範への同調や逸脱
者非難があまり観察されないようになれば,結果として多元的無知は消失し,個
人的選好へ従うことが優勢となるかもしれない。
以上より,本研究は先行研究があまり踏み込んでこなかった多元的無知のプ
ロセスを支える心理的基盤を明らかにしてきた。そして,多元的無知が生み出す
再帰的な集団内ダイナミックスのメカニズムについて議論をしてきた。そのメ
カニズムが深く理解されれば,非合理的社会現象の効果的な介入方略や予防策
の策定につながると期待できる。集団内過程の全体像を直接的に把握するため
には,さらなる検討が必要ではあるものの,本研究から得られた知見は集団内過
程を解明するうえで重要な洞察を与えているといえよう。