第 4 章 の概要
4.1. 問題と目的
4.1.1. 偽りの実効化
文化や社会規範は,逸脱者に対するサンクションを通じて安定的に維持・再生
産される。従来の多元的無知研究は,規範に同調したり (Miller & McFarland,
1987; Schroeder & Prentice, 1998),意見を押し殺して沈黙したりする (Noelle-Neumann, 1993)など,多元的無知の帰結として,主に個人の行動的選好の抑制に 注目してきた。しかし,自身の意見が少数派だと知覚していながら積極的に意見
表明する個人も存在することが指摘されている (Matthes, Morrison, & Schemer,
2010; Scheufele & Moy, 2000)。
少数派が一貫して多数派に対抗する行動を示し続けたとき,しばしば集団全
体に変革をもたらすほどの影響力を持つ (e.g., Moscovici, 1976)。古典的な実験室 実験から,少数派の行動が多数派の知覚に影響を及ぼし,態度変容させることが
示された (Moscovici, Lage, & Naffrechoux, 1969)。第1章で論じたカスケード現 象のように,少数派の行動によって規範に同調しない個人が徐々に増幅し,集団
内で一定割合を上回れば,「規範に従わない (i.e. 個人的選好に従う)」という方 向へ成員の行動パターンが連鎖的に増加することで,結果的に不支持規範は脆
くも霧散してしまうかもしれない。そのような事態はどのくらい現実に起こる
のであろうか。
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近年,多元的無知の状況下において「偽りの実効化 (false enforcement)」とい う社会的行動が生起することが報告されてきた (Centola, Willer, & Macy, 2005;
Willer, Macy, & Kuwabara, 2009)。これは,本心では集団規範を受け入れていない にもかかわらず,他の成員の存在下では,規範逸脱者に対して規範に従うようは
たらきかける行為を指す。ここでいう実効化 (enforcement)とは,規範からの逸 脱者に対してサンクション (e.g., 否認・懲罰)を加える行為を意味する。
人々には,逸脱者に対する自分の評価が他の実験参加者から観察可能な状況
では,逸脱者よりも規範に同調した個人を好意的に評価する傾向があると示唆
されている (Willer et al., 2009)。Willer et al. (2009)の具体的な実験手続きは次の 通りである。実験者は「酢入りの味が劣るワイン (study 1)」や「極めて難解で一 般の学生には到底理解し得ない文章 (study 2)」などを呈示し,その刺激の魅力
や分かりやすさについて評定を求めた。そのとき,4名の実験参加者 (多数派)は それを好ましく評価し,1 名 (逸脱者)のみがそれを否定的に評価したことが参 加者に伝えられた。刺激に対する参加者の好ましさ評価は全体として低いにも
かかわらず,逸脱者の人物評定を求められると,それが多数派に伝わると教示さ
れた条件においては,逸脱者を多数派に同調した個人よりも否定的に評価する
傾向にあった。
この結果は,逸脱者が出現したときにその人物と結託して反規範的に振る舞
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おうとする (i.e. 自身の真の選好を表明する)のではなく,むしろ自分と同じ選好 を表明する他者に対して批判的に振る舞う人々の傾性を示している。この一見,
直感に反する社会的行動はいかにして生み出されるのであろうか。
4.1.2. 集団からの受容と印象管理動機
集団において少数派の立場を取ることはリスキーだと知覚される (Erb, Hilton,
Bohner, & Roffey, 2015)。なぜなら,集団内において逸脱することは,罰や排斥の 対象となるためである (e.g., Schachter, 1951)。“自分は集団規範を拒絶している が,他者の多くはその規範を支持している”と誤って思い込んでいる個人は,自
身 を 集 団 か ら の“は み 出 し 者 (i.e. marginalized)”だ と 知 覚 す る 傾 向 に あ る (Vandello et al., 2009, study 4)。このように知覚すると,集団からの受容を保障す るため,内集団成員が自身の行動を観察可能な状況では様々な戦略的行動を示
す。例えば,内集団成員が見ている状況のみ,内集団ひいきがより顕著になる
(Noel, Wann, & Branscombe, 1995),自分は集団に同調しやすい傾向があると表明 する (Jetten, Hornsey, & Adarves-Yorno, 2006),外集団に対してより競争的に振る 舞う (Van Kleef, Steinel, Van Knippenberg, Hogg, & Svensson, 2007, study 1)ことが 報告されている。これらの研究は,自身を周辺的成員 (i.e. peripheral member)だ と知覚したとき,集団内での印象を好ましくするために,衆目下において自己呈
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示的行動が誘発されることを示唆している。
こうした議論と合致して,先行研究では偽りの実効化を引き起こすメカニズ
ムとして“誠実性の錯覚 (illusion of sincerity)仮説”が提唱されている (Centola et
al., 2005; Willer et al., 2009)。Centola et al. (2005)は,多元的無知状態の人々は真の 選好 (i.e. 実は内心では規範を拒絶している)を,規範を支持している人々に悟ら れてしまうという不安に駆られ,自分たちの選好をうまく隠すための行動戦略
として,逸脱者に対してサンクションを与えると提案した。すなわち,「逸脱者
を罰すれば,自分たちの表面的な同調 (i.e. 規範遵守行動)が日和見的な行動では ない (sincerity)と評価してもらえるという“誤った”期待や予測 (illusion)」に基づ いて,偽りの実効化が引き起こされるという仮説である。集団への所属欲求は私
たちにとって根源的な欲求であり (Baumeister & Leary, 1995),協調的な集団成員 という評判は,社会的動物である私たちにとって極めて価値のあることである。
実際,向社会的な特性や行動を示す個人は他者から信用に足るとみなされやす
く(Barclay, 2004),さらに仲間や恋人として望ましいと評価されやすいことが示 されている (Jensen-Campbell, Graziano, & West, 1995; Stiff & VanVugt, 2008)。
このように,内集団成員に対して好ましい印象を与えられれば,安定した社会
的交換関係の構築や維持が保障されやすくなる。そうした他者に対する好まし
い印象を管理するためには,他者から観察可能な状況下では向社会的行動を示
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すことにくわえ,他の集団成員が望ましいと思っている信念や価値観 (i.e. 他者 選好)に沿うよう振る舞うことも有効な戦略となるだろう。それを踏まえれば,
集団内で優勢な集団規範に従わない個人に対してサンクションを与えることは,
間接的に他者からの承認などの好ましい評価の獲得や悪評の回避へとつながる
かもしれない。すなわち,多元的無知に陥った人々が知覚された集団規範からの
逸脱者に対してサンクションを与えるのは,その人々自身の“心から望んで規範
に従わせたいという動機づけ”に引き起こされているのではなく,“周りの他者
はそれを好ましい (あるいは好ましくない)と評価しているのだろうという他者 の選好に対する予測に基づいた動機づけ”に規定されている可能性がある。
以上の議論をまとめれば,偽りの実効化は集団内における印象管理動機によ
り引き起こされていると予測が成り立つ。Willer et al. (2009)は,この予測を先駆 的に検討した研究だと評価できる。しかしながら,それは実験室という人工的な
環境で実施されたものであり,現実的な文脈を考慮して詳細な検討は未だ十分
になされてはいない。本研究では,実在する社会規範を用いて仮説を検討するこ
とで,この残された問題点の解決を試みる。
4.1.3. 多元的無知のプロセスにおける偽りの実効化の社会的機能
偽りの実効化をマクロの視点から捉えれば,逸脱者の増幅を抑制させる社会
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的機能を果たしている可能性がある。実際に,逸脱者に対して偽りの実効化が行
使されるとき,不支持規範はより安定的に維持されることが示されている
(Centola et al., 2005)。すなわち,偽りの実効化は逸脱者に対して規範を遵守する よう導く機能と同時に,それを観察した他の集団成員の潜在的な逸脱に対して
も抑止力として機能する可能性がある。
この偽りの実効化は,「少数派の影響」や従来の多元的無知研究で示されてき
た「規範への同調 (i.e. 個人的選好の隠匿)」とは明確に区別される。「少数派影 響」の研究で扱われてきたのは,集団の変革へと導く少数派の影響力である (e.g.,
Moscovici, 1976)。これに対し,本研究で扱う「偽りの実効化」は,規範に迎合し ない個人 (i.e. 規範からの逸脱者)に対して,規範に従うよう圧力をかける行為を 指す。これが集団の変革を阻み,安定した非合理的社会現象の維持を可能にする
社会的機能をもちうるというのは,先に指摘したとおりである。すなわち,両者
の社会的機能はちょうど正反対の方向性を持つ関係にあるといえるだろう。
また,従来扱われてきた「規範への同調」とは,主に (衆目下において)個人が 自身の信念に沿った行動を起こさないことを指す。つまり,それは特定の他者に
対して向けられる行動として定義されていたわけではない。一方で,偽りの実効
化は行為の対象が特定の他者であると同時に懲罰的な意味合いも含む。このこ
とは,対人的摩擦が生じるリスク (i.e. 行為に伴う対人的コスト)が大きくなるこ
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とを示唆している。くわえて,その個人との関係性 (e.g., 地位や勢力などの相対 的な優劣関係)も実効化に影響を及ぼす可能性があると考えられる。したがって,
規範への同調を説明する心理的メカニズムが,必ずしも偽りの実効化も十分に
説明できるとはいえないだろう。偽りの実効化の心理過程を解明することは,多
元的無知に基づく非合理的社会現象の維持メカニズムの理解を深めるために不
可欠な取り組みといえる。
4.1.4. 研究3の概要
以上の議論を踏まえ,本研究では,多元的無知の状況下において,集団成員に
よる偽りの実効化が,意図せざる結果として非合理的社会現象の維持・再生産に
寄与するという視座から,偽りの実効化が生じる心理過程を明らかにする。本研
究における理論仮説は,以下の通りである。
理論仮説: 多元的無知のプロセスにおける偽りの実効化は,「印象管理動機」に 誘発される。
この仮説を検証するためには,まず多元的無知により維持されている集団規
範であることが明確であり,なおかつ規範からの逸脱者に対して他の集団成員