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多元的無知の原因

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 129-133)

第 6 章 の概要

6.3. 多元的無知の原因

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しれない。組織における心理的安全風土を高く知覚すれば,個人的選好に一致し

た意見表明が促進される可能性が示された。心理的安全が他者評価懸念を抑制

する (Edmondson, 1999)ことを考慮すれば,同時に偽りの実効化の生起も抑制 させるかもしれない。だとすれば,規範に従わない個人の割合が増加し,規範遵

守行動が徐々に減少していくと考えられるかもしれない。規範への同調や逸脱

者非難があまり観察されないようになれば,結果として多元的無知は消失し,個

人的選好へ従うことが優勢となるかもしれない。

以上より,本研究は先行研究があまり踏み込んでこなかった多元的無知のプ

ロセスを支える心理的基盤を明らかにしてきた。そして,多元的無知が生み出す

再帰的な集団内ダイナミックスのメカニズムについて議論をしてきた。そのメ

カニズムが深く理解されれば,非合理的社会現象の効果的な介入方略や予防策

の策定につながると期待できる。集団内過程の全体像を直接的に把握するため

には,さらなる検討が必要ではあるものの,本研究から得られた知見は集団内過

程を解明するうえで重要な洞察を与えているといえよう。

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象を作り出すプロセスにおける,多元的無知の機能について論じてきた。では,

人々の認知や行動に作用して特定の社会的行動へと導く多元的無知状態に,私

たちはどのように,そしてなぜ陥ってしまうのだろうか。その問いには複数のレ

ベルから回答できるだろう。

個人レベルからの説明として,先行研究は行動の原因帰属のエラーが重要な

要因であることを指摘してきた (e.g., 岩谷・村本, 2015; Miller & Nelson, 2002)。

例えば,自他で全く同一の行動を選択していたとしても,他者の行動は接近動機

に基づいていると知覚する傾向がある (Miller & Nelson, 2002)。具体的には,

自分も他者もAを選択したときに,“自分は選択肢 BやCが気に入らなかった ためにAを消極的に選択した”としても,“他者は選択肢Aが最も気に入ったた め,それを積極的に選択したのだろう”と帰属するという状況が該当する。岩谷・

村本 (2015)もこの議論と合致して,他者の行動が消極的選択の結果であったに もかかわらず,積極的選択の結果であると判断されやすく,この他者信念の誤推

測は対応バイアス (Gilbert & Malone, 1995)に基づくものであると論じている。

さらに,人々は他者が実際にとっている行動 (i.e. 記述的規範)を,“望ましい行 動” (i.e. 命令的規範)だと知覚する傾向にある (e.g., Eriksson, Strimling, &

Coultas, 2015; Tworek & Cimpian, 2016)。以上の研究は,例えば,中国人が他 の中国人が日本人を好ましく評価していないのを観察して,“多くの中国人は日

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本人を好きではないのだろう”と推測してしまったり,男性従業員が自分たちの

男性の同僚のほとんどが育児休業を取得しないのを観察して,“男性は育児休業

を取得すべきではないと同僚たちはみなしているのだろう”と推測してしまっ

たりする事態へとつながってしまう可能性を示唆している。

社会レベルからの説明として,ある集団に加入する前に抱いている情報 (e.g., イメージ)から,その集団に所属する成員と自分とで社会規範に対する態度のズ レ (i.e. 自分たちはその社会規範を望ましいと評価していないが,所属成員はそ れを受け入れているのだろう)を知覚することが示唆されている (Baer, 1994;

Larimer, Irvine, Kilmer, & Marlatt, 1997)。“そこの学生寮は酒飲みだ”という 評判が学生たちに知覚されると,そこに所属する成員の飲酒量や頻度が実際よ

りも過大に推測されたことが報告されている (Larimer et al., 1997)。さらに,

大学に入学したばかりの新入生も,“大学とは大酒を飲む場所だ”と認知する傾

向にあったと示されている (Baer, 1994)。以上の研究は,“集団に付与されたイ メージ”が人々に知覚される規範に影響することを示唆している。

これらの研究のインプリケーションを男性の育児休業という文脈において考

えてみると,組織がもつ属性の違いによって多元的無知の生起が調整されるか

もしれない。例えば,「従業員の中で女性が占める割合が高い職場」や「男性従

業員で育児休業を取得した前例が存在する職場」,「従業員のワークライフ・バラ

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ンスを強く推進している職場」などは,そうでない職場と比較して,男性の育児

休業に対して寛容な集団規範が醸成されていると認知されやすく,ひいては男

性の育児休業を支持するような意見表明や男性従業員による取得が促されるか

もしれない。

その他に重要な社会レベルでの説明として,その集団やコミュニティにおい

て,ある社会規範や文化がかつて実際に多くの成員に受け入れられていたとい

う事実が,ある社会規範が多元的無知によって維持・再生産されるプロセスで重

要な役割を果たすことが示唆されている (e.g., Fields & Schuman, 1976)。本研 究において扱ってきた「日本における男性の育休取得低迷現象」は,まさしくこ

の議論と合致するものである。これまでの多元的無知研究において扱われてき

た題材の中では,「白人アメリカ人の黒人アメリカ人に対する差別」 (e.g., Fields

& Schuman, 1976)やアメリカ南部における「名誉の文化」 (e.g., Vandello &

Cohen, 2004),さらには「日本における相互協調性」 (橋本, 2011)が該当するだ

ろう。人々の価値観や信念が時代とともに変容したにもかかわらず,行動では大

きな変化がないために,見かけ上,社会規範が根強く維持されているように人々

の目に映ってしまう現象は,保守的遅延 (conservative lag; あるいは“文化的遅 延; cultural lag”)と呼ばれ,多元的無知の一形態として分類されている (Breed

& Ktsanes, 1961; Fields & Schuman, 1976; Miller & Prentice, 1994; Vandello

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& Cohen, 2004)。ここでは,人々の態度や価値観が変容していたとしても,“そ

うしたリベラルな価値観はまだ受け入れられないだろう”と誤って予測するこ

とで,現状維持的な行動を取り続けてしまうと論じられている (e.g., Miller &

Prentice, 1994)。すなわち,多元的無知によって人々の態度変容と行動変容との 間に時間差が生み出されてしまうのである。

本研究で扱った日本における男性の育児休業は,性役割分業規範に関連する

問題である。かつて,1980年代には,実際に多くの人々が性役割分業規範を受 け入れており (内閣府, 2002),その事実が多元的無知を引き起こしている一因 だと考えられよう。保守的遅延に該当する多元的無知の題材は決して多くはな

く,「日本における男性の育休取得低迷現象」は数少ない題材として数えること

ができるだろう。

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