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本研究の意義

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 133-139)

第 6 章 の概要

6.4. 本研究の意義

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& Cohen, 2004)。ここでは,人々の態度や価値観が変容していたとしても,“そ

うしたリベラルな価値観はまだ受け入れられないだろう”と誤って予測するこ

とで,現状維持的な行動を取り続けてしまうと論じられている (e.g., Miller &

Prentice, 1994)。すなわち,多元的無知によって人々の態度変容と行動変容との 間に時間差が生み出されてしまうのである。

本研究で扱った日本における男性の育児休業は,性役割分業規範に関連する

問題である。かつて,1980年代には,実際に多くの人々が性役割分業規範を受 け入れており (内閣府, 2002),その事実が多元的無知を引き起こしている一因 だと考えられよう。保守的遅延に該当する多元的無知の題材は決して多くはな

く,「日本における男性の育休取得低迷現象」は数少ない題材として数えること

ができるだろう。

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唆されていた議論に対して,概念を具体的に測定したうえで仮説の直接的検討

を行っている点である。これまでは,多元的無知状態の測定の困難さから,その

影響についての検討は十分には行われてこなかった。本研究では,第 3 章から 第5章にかけて,「男性の育児休業」に対する個人的態度と他者態度推測の得点 に基づいて回答者を分類することで,多元的無知状態が及ぼす影響について直

接的に検証することに成功した。この手法は先行研究 (e.g., Sandstrom et al., 2013)の限界点を解決するものであり,本研究独自の試みである。本研究は,先 行研究が陥りがちであった単なる「個人的選好と知覚された規範とのズレの記

述」を脱し,「多元的無知状態が人々の行動意図にどのような影響を与えるのか

を説明」している点で,多元的無知の理論を拡張したといえるだろう。

本研究は,理論研究でありながら,私たちの現実社会において存在する社会現

象を題材として扱っている点も高く評価できる。実験室実験は剰余変数の影響

を統制し,変数間の因果関係について議論できるという強みはあるものの,そこ

で扱っている題材が現実に生じている問題と乖離していたり,得られた知見が

実験室に固有の産物 (i.e. artifact)だったりする可能性がつきまとう。これまで,

多元的無知の理論研究の多くは,実験室実験という手法を通じて検討されたも

のである (e.g., 岩谷・村本, 2015; Miller & Nelson, 2002; Miller & McFarland, 1987)。本研究は,横断的なデザインや自己報告式による測定という一定の限界

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はあるものの,これまで提唱されてきた理論的示唆を裏付ける知見を提供して

いる点で,多元的無知の理論的発展に大きく貢献したと評価できる。

本研究で新たに多元的無知との関連性が明らかとなった「日本における男性

の育児休業の低迷」は,これまであまり事例のない保守的遅延に該当する新たな

題材として数えることができる。保守的遅延で説明可能な多元的無知の題材は,

これまで「白人による黒人に対する差別」,「名誉の文化」,「日本人における相互

協調的自己観」などの限られた社会規範や文化に限定されてきた。特に,日本に

おいて人種差別やアメリカ南部特有の社会規範を題材に研究を進めるのはきわ

めて難しい。時代の変化に付随した価値観の変化と保守的遅延が密接な関係に

あるのなら,いつの時代においてもこの現象が生じうることを意味する。人々の

行動を保守的な行動様式のまま縛り付け,選好に従った行動を阻むのは非合理

的なことであり,現象の予測と制御が重要な課題となる。本研究は,日本におい

て保守的遅延のメカニズムの解明をさらに進展させる端緒となると期待できる

だろう。

6.4.2. 本研究の実践的意義

本研究結果は,日本における男性の育児休業取得率を改善させる上で,有効な

介入の策定にも役立つだろう。これまで,男性の育児休業の取得率を向上させる

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介入戦略は,主に男性自身の育児休業に対する態度を好ましいものへと変容さ

せようとするものだった (内閣府, 2015)。男性による育児休業の取得率の低迷 が多元的無知によって引き起こされているということは,男性個人の信念には

たらきかけたとしても,彼らの行動変容にそれほど効果は見込めないだろう。先

行研究は,知覚された規範における自他態度の乖離をフィードバックすること

が多元的無知を是正し,規範への表面的同調を抑制する可能性を示唆している (Neighbors, Larimer, & Lewis, 2004; Schroeder & Prentice, 1998; Walters &

Neighbors, 2005)。Schroeder and Prentice (1998)は,大学生による過度な飲酒 と多元的無知との関係について学生たちに教育し,多元的無知が自分たちの認

知や行動に及ぼす影響について議論させる条件 (集団条件)と何も情報を与えな い統制条件を設定し,その後の飲酒量について比較した。その結果,集団条件に

割り当てられた個人は,4-6ヶ月後の飲酒量が (統制条件と比較して)有意に減少 したと報告した。このことは,本研究の結果は男性自身の“意識を啓発”するよ

りもむしろ,“他の男性従業員の態度に対する誤った推測”を正すという代替的

な介入方略の方が効果を持つ可能性を示している。具体的には,例えば,その企

業組織に所属する組織成員の男性の育児休業に対する態度を調査し,どのよう

な価値観が企業内において優勢だったのかをフィードバックすることで実際の

集団規範を“可視化”させること,また,多元的無知に関するセミナーを開催し

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てその現象の理解を深めることが,男性従業員による育児休業の取得を向上さ

せるうえで一定の成果を上げると期待できるだろう。ただし,男性従業員による

育児休業取得意図は多元的無知のみに規定されるものではなく,その他にも

様々な要因 (e.g., 育休取得中の仕事の代替要員の確保,収入,キャリアへの影 響の懸念)が複合的に影響して,行動を決定すると考えられる。したがって,心 理学的な介入方略が実際にどの程度効果を発揮するのかについては,慎重に議

論を進める必要があるだろう。

くわえて,研究 4 から多元的無知が同調へ及ぼす影響を心理的安全風土が調 整する可能性が示された。この研究知見は,集団成員の行動に及ぼす規範的影響

(i.e. 社会的圧力)を異なる集団規範で緩衝するという,これまでの多元的無知研

究からは示されてこなかった新たな介入方略の可能性を示唆している。先述し

たような多くの集団成員に対して多元的無知の教育を実施し,成員同士の議論

の機会を設けることで現状を改善しようとする試みは大きなコストを伴うかも

しれない。しかしながら,組織における心理的安全風土は,一部の成員の行動に

よって変化させることが可能だと示唆されている。具体的には,心理的安全は特

定のリーダーシップスタイルで向上させられる (変革型リーダーシップ: Detert

& Burris, 2007; 倫理的リーダーシップ: Walumbwa & Schaubroeck, 2009)。そ れを踏まえれば,組織内研修やリーダーシップ・セミナーなどを通じて,組織の

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リーダーたちが先に述べたようなリーダーシップスタイルを獲得できれば,組

織全体の風土を変容させる (e.g., 心理的安全風土を高める)ことを通じて,育児 休業取得率の向上が期待できるかもしれない。

父親が育児休業を利用することは,彼ら自身だけでなく,その周辺にもポジテ

ィブな効果をもたらすことが示されている。育児休業の取得は父親の子育てへ

のかかわりを増加させ (Tanaka & Waldfogel, 2007, イギリス人サンプル),さ らに,彼らの精神的ウェルビーイングをも向上させる (Strandh, 2000, スイス 人サンプル)ことが示唆されている。父親による取得は家族にも利点がある。父 親が積極的に子育てに関わることは,子供の発達にもポジティブな効果をもた

らすことが示唆されている (Johnson, Li, Kendall, Strazdins, & Jacoby, 2013 オーストラリア人サンプル; Pougnet, Serbin, Stack, & Schwartzman, 2011, カ ナダ人サンプル)。さらに,育児休業の取得によるポジティブな効果は,“父親の 仕事ぶり”にまでも波及すると示唆されている。具体的には,男性従業員による

育児休業の取得は組織コミットメントを高め (Giffords, 2009, アメリカ人サン プル),従業員の職場環境に対する満足度や生産性までも高めることが示されて いる (Grover & Crooker, 1995, アメリカ人サンプル)。

本研究では,従業員たちが抱いている実際の価値観を可視化したり,多元的無

知現象について理解を深めたり,さらには,組織に心理的安全風土を醸成するよ

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うな取り組みを行うことが,男性による育児休業の取得率の向上へと貢献しう

る具体的な方略として提案した。それは,父親やその家族,職場にポジティブな

帰結をもたらすこと,そして,真の男女平等社会の実現に近づく一助となると期

待されるだろう。

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