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問題と目的

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 107-111)

第 5 章 の概要

5.1. 問題と目的

5.1.1. 多元的無知の解消と集団規範に異を唱えること (dissent)

多元的無知が生じると,人々は個人的選好を貫き通そうとするよりもむしろ,

知覚された規範を遵守することへと強く動機づけられることは,これまで繰り

返し論じてきた。Cohen (2001)はゲーム理論的な視点から,規範への同調行動が 集団内で増加していけば,安定した均衡状態へ達すると論じている。増田・山岸

(2010)によれば,均衡状態とは「他の人々の行動が変わらない限り,すべての人 にとって,現在の行動を取り続けることが最も有利な結果を生み出す状態」と定

義されている。すなわち,多元的無知の状況下では,「自分以外の多くの人々は,

(自分とは違って)規範を受け入れている(ないしは,拒絶している)」と信じてい るために,他者にネガティブな印象を与えたり,集団から排斥されたりする処遇

を回避するため,規範を遵守することが人々にとっての誘因となる。結果として,

多くの人々が規範遵守へと方向付けられ,そうした人々による規範遵守行動が

さらに多くの人々を規範に従わせるという循環的な自己維持メカニズムがはた

らいていると指摘されている (e.g., 橋本, 2011; Vandello & Cohen, 2004)。このよ うな「同調が同調を呼ぶ」プロセスを打開するには,どうすればよいのだろうか。

第1章において,多元的無知の明快な例として「裸の王様」を挙げた。その童 話では,「王様は裸だ!」という子供の無邪気な発言が多元的無知の解消へと導

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く様子が描かれている。すなわち,大人たち (i.e. 集団成員)は互いの本心を誤っ て思い込んでいたために,周りから愚か者だと思われることを恐れて,王様の服

が見えているふりをし続けていたことに,子供の行動を契機として気付いたの

である。この逸話は創作に過ぎないものの,多元的無知を解消させる方略を明ら

かにするうえで重要な洞察を提供してくれる。

集団規範や集団の行動,あるいは集団による決定に対して反対意見を述べる

ことは,「異議 (dissent)」として,逸脱 (deviance)とともに集団研究の文脈で古く から検討されてきたテーマである (e.g., Jetten & Hornsey, 2014)。集団規範に不一

致の行動を取る個人が 1 人でも存在するとき,規範への同調圧力は劇的に減少 することが示されてきた (e.g., Allen, 1975)。第1章で論じたカスケード現象のよ うに,規範に同調しない個人が徐々に増幅し,集団内で一定割合を上回れば,個

人的選好に従うという方向へ成員の行動パターンが連鎖的に増加することで,

結果的に規範を遵守することの誘因が弱くなると考えられるだろう。この事実

を多元的無知のプロセスに当てはめて考えてみると,逸脱者や異論者は不支持

規範を安定的に維持・再生産させる均衡状態を崩し,社会変革へと導く潜在的な

起点になりうると考えられる。では,どのような変数が個人の“異議”を促進す

るのだろうか。

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5.1.2. 心理的安全

心理的安全 (psychological safety)とは,人々が組織内において意見が批判され る と い う 不 安 を 感 じ ず に 気 兼 ね な く 発 言 で き る 組 織 風 土 の こ と を 指 す

(Edmondson, 1999)。つまり,チーム内で問題を指摘する,反対意見を述べるなど,

対人関係上のリスクになりかねない行動をしても問題ない風土があるとチーム

メンバーが知覚している状態を意味する。異質性の高い集団では,同質性の高い

集団と比較して,非典型的な集団成員の好ましさが高く評価されることが示さ

れている (Hutchison, Jetten, & Gutierrez, 2011)。言い換えるなら,心理的安全とは,

異質な成員でも歓迎されているという組織風土だと評価できよう。

第2章から第4章で示してきたように,多元的無知が規範への同調 (i.e. 個人 的選好の表明を控える)や逸脱者に対する実効化を生じさせる背景には,他者か らの否定的な評価を懸念するという動機が潜んでいると考えられる。自分たち

の意見や価値観が集団内で少数派の立場だと個人が知覚すると,周りからの非

難を懸念して意見が表明されず,結果的に情報共有が阻害されることが指摘さ

れている (Detert, & Edmondson, 2011)。しかしながら,心理的安全風土を高く知 覚していると,不安や他者からの評価懸念は低減され (Edmondson, 1999),さら に,従業員の意見表明が促進されることが報告されている (Detert, & Burris, 2007, Detert, & Treviño, 2010, Liang, Farh, & Farh, 2012)。

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他者の信念を誤って推測してしまう多元的無知の状態に陥るということは,

言い換えるなら,自分たちの抱いている信念や意見が集団内で少数派の立場な

のだと誤って思い込んでいる状況だとみなせる。人々が集団や組織における心

理的安全風土を高く知覚していれば,意見表明が促進されるという知見 (Detert,

& Burris, 2007, Detert, & Treviño, 2010, Liang et al., 2012)を踏まえれば,心理的安 全風土を高く知覚すると,多元的無知から生じた規範的影響が同調へと及ぼす

影響が調整されると予測できる。しかしながら,心理的安全と多元的無知,そし

て意見表明の関係性について,これまで十分な検討はなされてこなかった。これ

を明らかにすることができれば,多元的無知を解消させる新たな実践的方略の

導出に寄与できるかもしれない。以上の議論より,以下の仮説が導出できる。

仮説4

職場における心理的安全風土を高く知覚していると,特に多元的無知状態の個

人において,意見表明意図 (i.e. 個人的選好の表明)が促進されるだろう。

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5.2. 方法

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