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問題と目的

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 53-58)

第 3 章 の概要

3.1. 問題と目的

3.1.1. 日本における男性の育児休業の現状と性役割分業規範

子育てにおける夫婦の役割は,伝統的に彼らの性別に基づいて分業されてき

た。つまり,男性は収入を得ることに責任を持ち,女性は家族の世話をすること

が責任だと考えられてきた。しかしながら,夫婦間の平等性を奨励するために,

今日では多くの OECD 諸国が,男性が育児休業を取得することを法的に保障し ている (Hegewisch & Gornick, 2011; Mun & Brinton, 2015)。男性による育児休業の 取得が一般的となっている多くの先進国とは異なり,日本における男性の育児

休業取得率は3%を超えたことがない (内閣府, 2015)。一方で,夫婦共働き世帯 は増加し,妻が専業主婦の世帯を大きく上回るようになった (内閣府, 2014)。こ のことは,日本において育児が未だに女性特有の役割としてみなされているこ

とを示唆している。この考えと一致して,日本における女性の労働力率は,出産

や育児期に一時的に落ち込むM字カーブを特徴としている (National Institute of Population and Social Security Research, 2015)。

日本政府は,男性による育児休業の利用が長期にわたって低迷しているとい

う問題に取り組んできた。例えば,政府は男性の意識を啓発するための広報活動

や,男性従業員の取得を奨励することを目的とした企業主に対するワークショ

ップの開催,男性が育児休業の取得によって嫌がらせ等の不利益を受けたとき

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の是正指導の実施,などが挙げられる (内閣府, 2015)。しかしながら,政府によ る多くの介入にもかかわらず,男性による育児休業の低迷は依然として根深く

残っている。

日本人男性による育児休業の取得の低迷を説明するひとつの要因として,日

本人男性が,いわゆる「男は仕事,女は家庭」という伝統的な性役割分業規範に

固執している可能性が考えられる。実際に,1980 年代には大多数の日本人がこ うした規範を支持していた (内閣府, 2002)。しかしながら,その社会規範を支持

する人々は2002 年には少数派へと転じている (内閣府, 2002)。さらに,近年の 世論調査は,20代から40代の男性のうち60%を超える人々が,子供が生まれた ら育児休業を取得したいと希望していることを明らかにした (NetMileリサーチ,

2009)。これらの結果は,ステレオタイプ的な性役割は過去に比べて薄れている ことを示唆している。それにもかかわらず,男性の育児休業の取得率は過去数十

年にわたり低いままとなっている。以上の議論をまとめると,これらの知見は育

児休業の低迷は伝統的な性役割規範が現在でも支持されていることが,主要な

説明要因ではないことを示唆している。

その他の説明要因として,職場において知覚された社会規範による影響が挙

げられる (Blair-Loy & Wharton, 2002; 厚生労働省, 2012; Coltrane, Miller, DeHaan,

& Stewart, 2013)。もし,男性従業員がジェンダーステレオタイプに反する行動を

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とる (i.e. 子育てのために育児休業の取得を要請する)と,彼らはしばしば職場に おいて嫌がらせを受ける (Berdahl & Moon, 2013; Rudman & Mescher, 2013)。例え ば,家族のために休職する男性は,仕事上の評価 (Judiesch & Lyness, 1999)が悪 くなったり,組織コミットメントを低く評価 (Allen & Russell, 1999)されたり,

さらに,そうした男性は同じ状況の女性よりも否定的評価を受ける傾向にある

(Wayne & Cordeiro, 2003)。結果として,職場の同僚や上司からの否定的評価を懸 念して,男性従業員は育児休業を取得したがらないようになる傾向にある

(Blair-Loy & Wharton, 2002; Ueda & Kurosawa, 2012; Vandello, Hettinger, Bosson, &

Siddiqi, 2013)。この反ステレオタイプ的行動に対する敵対的組織風土は,社会的 役割に関連する社会的慣習から由来しているのかもしれない。具体的には,人々

がジェンダーステレオタイプに反する行動を取ったときには,好ましくないと

いうふうに評価される傾向にある (Rudman, 1998; Heilman & Wallen, 2010;

Moss-Racusin, Phelan, & Rudman, 2010; i.e., バックラッシュ効果)。この否定的反応は,

ジェンダーステレオタイプと社会的行動との不一致が偏見へと導く過程を記述

する社会的役割理論 (Eagly, 1987)により説明できるかもしれない。

性役割についての社会的期待が私たちの信念や行動を形成へと寄与するが,

こうした社会的期待は時代とともに変化する。例えば,近年の研究 (Lopez-Zafra

& Garcia-Retamero, 2012, スペイン人サンプル; Wilde & Diekman, 2005, アメリカ

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人とドイツ人サンプル; 湯川・廣岡, 2003, 日本人サンプル)は,過去,現在,未 来における男性らしさと女性らしさについての信念について検討したところ,

性別間の類似性が増加していることを明らかにした。したがって,支配的な社会

規範は時代とともに変容するといえる。ここで,男性の育児休業に対して肯定的

な態度を抱いている男性が優勢となっているのならば,彼らはどのように,そし

てなぜ“反育休規範”を知覚し,職場において誰が反ステレオタイプ的な父親に

対して嫌がらせをするのだろうか。

以上の議論を踏まえれば,日本における男性の育児休業の取得率が低迷して

いる背景には,多元的無知のプロセスが存在すると考えられる。しかしながら,

その点について直接的に検討した研究はこれまで存在しない。これまで議論し

てきたように,かつては性役割分業的な価値観が広く受け入れられていたこと

は事実だが,そうした価値観は時代とともに変容したといえるだろう。しかしな

がら,人々の社会的行動は依然として過去の価値観に一致するものが採用され

ている。このように,保守的な価値観が多元的無知状態で維持されるのは「保守

的遅延 (conservative lag; あるいは“文化的遅延; cultural lag”)」と呼ばれ,検討が 進められてきた (Breed & Ktsanes, 1961; Fields & Schuman, 1976; Miller & Prentice, 1994; Vandello & Cohen, 2004)。以上を踏まえれば,日本における男性の育児休業 に関する問題は多元的無知を検討するうえで格好の題材だと評価できるだろう。

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本研究の目的は,日本における男性の育児休業の取得率の低迷と多元的無知

との関連性について検討することである。多元的無知と男性の育児休業に関す

る先行研究を踏まえ,以下の仮説を導出した。

仮説2-1

男性従業員は他の男性従業員の育児休業に対する態度を実際よりも過度に否定

的に推測しているだろう。

仮説2-2

多元的無知状態の個人ほど,(他者の態度を正確に推測している個人と比較して) 実際に育児休業を取得しようとする意図 (i.e. 現実としての育休取得意図)が低 いだろう。

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3.2. 研究2a

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