第 3 章 〈積極的消極空間〉への新たな視点
3.3. 表象の革新としてのアール・ヌーヴォー
3.3.1. 造形面の歴史的背景
以下では〈再現(模倣)芸術〉の否定と、視覚芸術における要素の構成の革新的な変化 といった特徴を先取りしていたアール・ヌーヴォーの広告美術上の歴史を、造形の面か ら概観する。
Kern(1983)は、遠近法の崩壊は印象派、とりわけセザンヌの影響によって胎動を始め、
そしてキュビスムで本格的な始まりを見せたとして、具体例でも「キュビスムの間ま、フ ューチャリストの力線」を挙げていた。〈積極的消極空間〉の特徴が〈図と地〉の判別 の不明瞭なことや線遠近法の消滅、〈再現(模倣)芸術〉の否定と、視覚芸術における要 素の構成や配置の画期的な変化にあるとすれば、その時代の芸術形式でありながら、そ の中に加えられていないアール・ヌーヴォーの広告美術ほど、それらの特徴をしっかり と備えているものはない。
19世紀は、18世紀後半に起った産業革命がもたらした工業化、生産力の拡大、都市 化によって、商品の流通が大きく変化した。これに伴い、大衆へのマス・メディアを使 った広告による商品やサービスの告知がスタートした。新聞は1702年、初の日刊新聞
The Daily Courant がイギリスで発売され、アメリカでは 1783 年、初の日刊新聞 The
Pennsylvania Evening Post and Daily Advertiserがスタートした(Merrill, Lee, & Friedlander,
1994, p. 101)。欧米諸国では発行部数も飛躍的に伸びていったが、現在の広告代理業の
前身である新聞代理業がアメリカに登場するのは19世紀中盤である(清水, 2012[1989],
pp. 34-39)。最初の頃の新聞広告の表現は文字情報(広告コピー)のみで構成されたも
のが多く(高階, 1996b, p. 430)、19世紀中頃までは具象の画像、要するに〈再現(模倣) 芸術〉の秩序に則って描かれているものがほとんどであった。〈再現(模倣)芸術〉の秩
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序に則って描かれているものとは、具体的には商品やサービスが使われている情景が描 きこまれていたり、本の挿絵のように、商品にまつわるストーリーを補足しているもの だった (Vries & Amstel, 1972)。だがそのような表現が19世紀終盤、20世紀に近づくに つれて変化をみせる。明らかにアール・ヌーヴォーの影響が見て取れるようになるので ある。19世紀末に登場したポスター画は、新聞広告よりももっと、「過去とはまるで違 った様式の装飾」(レイノルズ, 1989, p. 110)を携え、キュビスムに先駆けて〈非具象〉
の特徴を備えていたといえる。アール・ヌーヴォーのポスター画のこのような先駆性に ついて、高階(1996b)は以下のように述べている。
ポスターは、その社会的役割に加えて、純粋に造形表現として見た場合にも、歴史 上無視しえない意味を持っている。それは登場後間もなく、独自の表現様式を確立 して、いや、ある面では絵画に先立って、世紀末の芸術革新に参画しているからで ある。(高階, 1996b, pp. 433-434)
高階は広告ポスターが消費社会を牽引し、発展させたことを「社会的役割」として、そ の重要性を述べた上で、世紀末の芸術革新、すなわち、〈非具象〉の登場の先駆となっ ていることをこのように指摘している。アール・ヌーヴォーのポスター画には、〈図と 地〉のヒエラルキーの平準化と、〈再現(模倣)芸術〉に存在した〈ヴィジュアル・シン タクス〉に何らかの〈不在〉がみられる。背景を描かずに一色で塗りつぶし、主要な要 素だけを描く単純化によって平面性、簡潔性が生まれ(高階, 1996b, p.434)、〈地〉の緊 張感やバランスを〈図〉と同等に重要なものとする働きを加えたのだった。広告対象だ けを描き、〈ヴィジュアル・シンタクス〉の中から他の一切を省く単純化は、省かれた 部分、つまり〈不在〉部分が〈積極的消極空間〉となって、現実世界の対比をなし、〈異 常〉が顕現する構造がある。その〈不在〉によって描かれた対象物が際立つという効果 を持つのである。塗りつぶされた〈地〉は〈図〉を際立たせるために重要な役割を果た しており、その意味でアール・ヌーヴォーのポスター画はまさに、〈積極的消極空間〉
の特徴を備えた造形表現の先駆けだったといえる。
アール・ヌーヴォーは、フランスに始まりその後ヨーロッパ全土、そしてアメリカや 日本など、国際的に広がっていった芸術運動であった。それぞれの国がアール・ヌーヴ
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ォーの要素を受容する中で、各々何らかの異なった特徴28を持っていった。だが共通の 基本的特徴があった。それはロマン主義への反動が生んだ写実主義、その延長として生 まれた自然主義、哲学における実証主義への意識的な対抗としての象徴の採用であった。
象徴(symbol)は19世紀末の象徴主義29にすでにみられた傾向であった。それは反写実で あり、自然主義や実証主義が自然のありのままの描写や叙述を重んじるのに対し、感覚 的、暗示的、情動的で、象徴性や装飾性を重んじる表現を特徴としている(cf.マドセン,
1983; 鶴岡, 2004; 城, 2012)。マドセン(1983)は、アール・ヌーヴォーの形態面の特徴
として、抽象的で構成的、植物のイメージ、線的で平面的の3つを挙げている。そして 特に強調しているのが、フランス、およびベルギーで開花した「抽象的、構造的象徴と しての装飾」(p. 22)である(cf. 高階, 2008)。この象徴主義からの流れも、あったとさ れる出来事である神話や宗教上の物語の模倣という意味では、〈再現(模倣)芸術〉の領 域から脱していない。こうした象徴主義を経由、そして並行もしつつ、アール・ヌーヴ ォーは展開されていった。
アール・ヌーヴォーに影響を与えた美術様式のひとつにジャポニスム30がある。異国 趣味(エキゾチシズム)の機運が高まり、フランスの画家たちは、江戸の版画を始めと するジャポニスムに熱狂し、「左右のバランスを敢えてくずして主要なモティーフを画 面の一方に片寄らせたり、あるいは対象の一部だけをクローズアップしたりする思いが けない構図、流麗な輪郭線による形態の把握、陰影のない鮮明多彩な色彩、余計なもの を思い切って切り捨てる単純化」(高階, 2000, p. 6)という日本美術に伝統的に見られる 表現が、賞賛され、受容され、数々の芸術家の作品に、その影響がみられるようになる。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)のポスターはその 好例であるが、アール・ヌーヴォーを代表するアルフォンス・ミュシャやテオフィル=
28それは大きく分けて、フランスやベルギーのデザイナーの作品で代表される「豊かで、曲線的 で、有機的で、非対称的で、ダイナミックなスタイル」(海野, 2002b, p. 107)と、イギリスのグ ラスゴー派やオーストリアのウィーン・ゼツェッション派にみられる「より抑制され、幾何学的 で、ミニマリストのスタイル」(海野, 2002b, p. 107)の2種類があるといわれる。
29ギリシア神話を題材に幻想的な作品を生んだギュスターブ・モロー(Gustave Moreau)やオディロ ン・ルドン(Odilon Redon)などが代表的とされるが、ゴーギャン、ムンク、そしてクリムトらも 象徴主義に分類されることがある。
301867年、フランス史上第2回目の万国博覧会が開催されたが、この時日本は徳川幕府を中心に、
薩摩藩、佐賀藩などが日本家屋の模型から始まり、肉筆画、版画、屏風、絵巻物や工芸品などを 数多く出品し、これは日本美術がフランス美術に影響を与える大きなきっかけとなった(三浦,
2000)。その後1878年にも再びパリ万博は開催され、夥しい数の日本美術の作品とともに、その
影響がポスターをはじめとしたフランスの芸術作品に見られるようになっていく。詳細はジャポ ニスム学会(2000)、馬渕(1997)、稲賀(1999)を参照。
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アレクサンドル・スタンラン(Théophile Alexandre Steinlen)らの作品もジャポニスムの影 響が色濃い(宮崎, 2000, pp. 62-63)。日本美術がフランスの美術に影響を及ぼしたのは、
万博という大きなイベントのみならず、多くの欧米の個人収集家たちがこぞって浮世絵 のコレクションに勤しんだことによるところが大きい31。また、そうした浮世絵の膨大 な海外への流出は、浮世絵版画の詳細な研究と重要な評価とをもたらした。フランスの エドモン・ド・ゴングール(Edmond de Goncourt)やドイツのユリウス・クルト(Julius Kurth) などの美術評論家が代表的であるが、そういった評論家による評価、画家たちの賞賛と ジャポニスムの受容の成果が、ルネサンス以来、西洋絵画の造形美に欠かせない要素で あった線遠近法の解体と結びつく。線遠近法がことごとく無視された構成法の採用が、
浮世絵などの江戸版画にはあり、それは、欧米の人々にとって、西洋画が採用していた 立体的な表現に欠ける造形との新鮮な出会いであった。
立体感や細かい表現を犠牲にして大胆な単純化を進めれば、絵としてより強い印象 を与えることができるということを、日本の美術が教えてくれたのだった。ゴッホ もゴーガンも、色調を強くし、奥行きを無視することによってその方向に進んだし、
スーラは点描の実験によって、さらに単純化を進めた。(ゴンブリッチ, 2011, p. 424)
ヨーロッパの絵画の世界にこうした思いがけない構図、遠近法を無視し、単純化へと 傾倒していく動きがある中、資本主義経済の隆盛によって、商業界はこぞって、通行人 の目を引き、自社製品、店舗、あるいは興行を人々に記憶させる手段として、ポスター を作成するようになった32。