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表現方法の変遷と〈積極的消極空間〉

ドキュメント内 要旨 (ページ 192-200)

第 4 章 〈積極的消極空間〉の展開

4.3. マンガ

4.3.4. 表現方法の変遷と〈積極的消極空間〉

現在日本でみられるコマ数の多い、いわゆるストーリーマンガ(物語マンガ)の形式 のルーツについては諸説172F39ある。絵の欄外に言葉が書かれるのではなく、コマの中に吹 き出し(バルーン)を挿入して、静止画と文字を同時に情報として受容し、コマを追う ことでストーリーを読み進む方法は、映画の成立による大衆の映像感覚の変化と無関係 ではないとみられている(清水, 1999b, p.189)。コマを追ってストーリー展開の方向性 を付けて行くのは、映画も欧米のコミックスも、そして日本のマンガも変わりがない。

だが、日本のマンガが戦後大きく変わり、戦後マンガ=現代マンガとして発達したのは、

アメリカの映画や雑誌からの影響が大きい(呉, 1986, p. 121)。コミックストリップから 発達し、バッドマンなど最も多くの大衆の目に触れているいわゆる「スーパーヒーロー ものを中心とするメインストリーム・コミックス(main stream comics)」(小野, 2005, p. 17) に比べると、戦後日本のマンガはより映画的

...

であるというのである。この映画的とは具 体的にどのようなものであるのか。米沢(2003)は、手塚マンガの映画的側面に言及し つつ、次のような興味深い発言をしている。

手塚治虫は映画的な手法を取り入れたといわれているが、それまでの漫画との最も 大きな違いは、物語へのアプローチの仕方だった。そして、当然のようにドラマは 笑いだけでなく様々な人間の感情を語っていくことになる。(米沢, 2003, p. 15)

米沢は、手塚がそれまでなかった映画的な「手法」、すなわちテクニックをマンガに導 入し、それが笑いだけではない、悲しみ、怒り、切なさといった人間の「感情」を「語

3919世紀末のアメリカにおける、新聞のコミックストリップにあるという考え方(小野, 2005,

p.11)、また19世紀中盤にヨーロッパで人気を博したスイスの画家で、作家でもあったロドルフ・

テプフェール(Rodolphe Töpffer)のコマ割りマンガであるとする説もある(ゴンブリッジ, 1979, p.

455)。日本のストーリーマンガのルーツに対する見方も様々で、明治の北澤楽天であるとするも の(松本・日高, 2004, p. 6)や大正時代に活躍した岡本一平の作品であるという説(清水, 1999a, 2007)などがある。

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る」メディアへとマンガが変化したとしている。竹内(1995)も日本の戦後マンガにと って、映画の多彩なカメラアングルの手法を使った手塚の影響は、ディズニーのアニメ、

アメリカのマンガ家ミルト・グロスの作品と共に多大であると語る。またベルント(2007) も日本のマンガ史を概観する中で「戦前のマンガの美学と決定的に区別されるのは、映 画で用いるアングルの変化や動きの描写の技術が、マンガに取り入れられた点である」

(ベルント, 2007, p. 40)と日本のマンガに見られる映画的な作画技術について考察して いる。ベルントの発言で注目したいのは、映画の技術の導入によって、マンガにアング ルの変化が見られるようになったという点である。欧米のメインストリーム・コミック スは、登場期から発展期にかけては特に、典型的に状況が一望できる、いわゆる「引き」

のアングルが主で、ズームもあるにせよ、その多くはカメラアングル、つまり第3者が 状況を傍観する視点、要するに描く側からの視点から描かれることが非常に多かった。

これに対し、手塚以来の日本のストーリーマンガでは、様々な映画技法を取り入れたと 思われるテクニックが見られるようになる。中でも特徴的なのは、キャラクター自身の 視点で描かれるというアングルのパターンである。竹内(2006)は手塚マンガにおける 映画技法の使われ方について、具体的な例を挙げて説明している(竹内, 2006, pp.

101-113)が、その中で「スクリーン上の登場人物へ観客が感情移入しやすくするため

に使われることが多い」テクニックとして紹介されているのが、「インベントリーPOV」

というもので、登場人物の目線そのものを観客に見せるテクニックである。竹内の説明 にはないものの、映画の撮影テクニックの中で、登場人物の心の動きを表現するものに は、登場人物の視点から見えるものを観客に見せる「POV」、素早くカメラを上昇させ、

登場人物を神のような目線から撮る「クレーン・アップ」、複数、あるいはひとりの登 場人物にフォーカスを当てて前に進んで行く「ドリー」といった技法があるとされてい る。中野(2004)も「子ども漫画のなかに、小説や映画のような複雑な物語を持ち込み、

マンガを縛っていた枠を取り払ったことこそが、手塚ストーリーマンガの功績」(中野,

2004, p. 46)と戦後の手塚治虫の作品から、日本のマンガに映画的な要素が取り入れら

れたことが、現在のマンガの表現の土台であると主張している。中野が「小説や映画」

の中にあると述べる「複雑な物語」とは、前述の米沢の意見同様、日本の私小説に特徴 的に見られる、心や感情の動きの細やかな描写のことだと思われる。子供向けの単純な ストーリー展開から、映画のカメラアングルの豊富さを活用した、複雑な人間模様や人 間の内面を、言語によって明示的に表す代わりに、図像によって細やかに描くものへと

183 変化していったのだと主張している。

以上のように、日本のマンガは戦後、手塚作品をきっかけに、カメラアングル、描か れる視点のバリエーションといった映画的表現技法を取り入れ、マンガというメディア に適合した応用をする(夏目, 1997, p. 24)ことによって、人間の内面、感情を、深く、

つぶさに描くことのできる独特のメディアとして、他の文化圏のメインストリーム・コ ミックスと異なる、独特の発展を遂げたといえるだろう。夏目(2007)は、他の文化圏 で発達したメインストリーム・コミックスとマンガとの違いについて、視線誘導の観点 から、メインストリーム・コミックスに慣れた読者にとっては、非効率に見える、目線 を止めるようなコマの配置があるとしている。マンガをマンガとして成立させる要素の 主なものとは、絵と文字とコマであるといわれる。マンガの読者は、1つのコマ内にあ る絵と文字とを視覚的にほぼ同時にキャッチし、それらの情報を処理する。そして次の コマへと移る。つまり、コマという「世界を組み立てるための『素材』」を「『脳』が、

[中略]頭の中で組み立てて、初めて成立するもの」(布施, 2004, p.72)、それがマンガで あるといえよう。だが夏目によれば、日本のマンガには、なめらかな視線誘導を停滞さ せる、非効率的な表現が特徴的にみられるという。この典型的な例こそ、先の例に挙げ た、キャラクターの持つ感情の推察を要求するAEE

Aともいうべき余剰のコマ、すなわちAEE

そら

Aや花、葉など自然物をあしらった〈空間〉、すなわち〈積極的消極空間〉の配置によっ て、読み進む時間が停滞することである。〈積極的消極空間〉はマンガにおいても、読 み手を想像と創造という芸術的コミュニケーション体験へと誘導する。それが読み進む 時間が停滞につながると考えられる。

こうした日本のマンガに頻繁にみられる〈積極的消極空間〉の配置を通した、例えば キャラクターの感情、その場面の雰囲気、緊迫感といったものを、読み手にセリフなど によって明示的に伝えるのではなく、非明示的に表し、連想させるという特徴は、あら ゆるマンガ研究者が様々な角度から考察している。例えば大塚(2001)は「歌舞伎や能、

日常のしぐさ、省略語の多い言語などに起因している」(p. 105)と述べ、また秋田(2005) は、細かな素材としてつながったショットを「頭の中で関係性を組み上げながら全体を 推し量り、そこに奥深さを感じ取るのは、1つの日本文化の表われ」としている。(p.236) 布施(2004)は、マンガというメディアの魅力であり、本質とは「『コマ間』読み取る」

技にあるとしている(p. 64)。文章をより深く理解する上で行間を読むことが大切なよ

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うに、画面には描かれていないものを読み取ることができた時に、マンガの世界は真の 意味で堪能できるという。

“Batman” #696 ™ and ©DC Comics.

33. アメリカンコミックスの例: Batman173F40

上の図は、アメリカンコミックスの中でも最も代表的な作品Batmanである。アメリカン コミックスのみならず、Astérixなどで知られるフレンチ-ベルジャンコミックスも、例 にみられるように、コマは形がほぼ均等で、配列にも一定の規則性がある。前述の日本 のマンガにあったようなコマ内の図像の配置による〈積極的消極空間〉の存在、そしてA

EE

Aともいうべき余剰のコマ、すなわち〈空間〉を配置して、感情や心象、その場面の雰 囲気を暗示する手法は見られない。この例にあるようなこうした均等なコマ割りが果た す機能は、四方田(1999)によって、以下のように明快に説明されている。

それぞれのコマは単に形と大きさが同じであるばかりか、物語を支えている力にお いても、また価値においても対等であり、交代が可能である。それは隣接するコマ とは峻別される瞬間の相手を持ち、安定した時間秩序を担っているばかりか、因果 関係においても単純であって、いかなる逸脱や挿入もない。(四方田, 1999, p. 32)

40図像はDC Comics社より提供。

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