第 2 章 〈積極的消極空間〉を問う
2.2. 定義の問題点
2.2.3. 表象をめぐるルールと〈コミュニケーション〉の変化
アール・ヌーヴォーの街頭ポスターという広告の誕生は、新たなメディアを生み落し、
表象の創作のルールや鑑賞者と作者とのあいだの〈コミュニケーション〉の変化にもつ ながった。本項ではこの新たなメディアの登場と、表象を介した〈コミュニケーション〉
の変化について述べる。
前述した社会の経済活動や流通、支配体制の変化は、芸術を売買する市場にも影響を 及ぼした。ヒエラルキーの上部にいた支配階級だけがパトロン 16やアカデミーという形 で持っていた視覚表象への経済的な影響力が、資本主義と工業化の発展以降、経済動向 の鍵を握る大衆17へと移行したのである(ウォーカー, 1987, pp. 19-23; ウルフ, 2003, pp.
30-31)。視覚表象の世界の中で有標化していた上層階層や序列間の隔たりの〈空間〉が 消滅していき、市場経済の動向に影響を及ぼす一般大衆という、それまで〈無標空間〉
であった階層が出現してきたのである。大衆の好む表現や思想、美的概念が、新たな価 値観としてアートシーンにも影響を及ぼし、鑑賞対象、鑑賞ルール、空間構成にも変化 が現れたのであった。
16ここでいう「パトロン」とは、「単に芸術作品の経済的、物質的担い手というだけでなく、芸 術家を理解し、作品を評価して、芸術家に支援を与える人びと」(高階, 1997, p. 8)を指し、聖職 者や富裕な個人のみならず、大規模な公共事業を支えた同業者組合なども含む。
17高階(1997)は上記のような変化を「市民芸術の勝利」と題して論じている。高階は「大衆」
という代わりに「一般市民」という語を使い、中でも特に「ブルジョワ」が視覚芸術の世界の経 済的支援の主役に躍り出たとしている(pp. 120-123)。この場合の大衆とは、マス・メディアが 告知の対象とする、マス・オーディエンス(大衆)であり、不特定性(anonymous nature)と異種 混交性(heterogeneous nature)という特徴を持つものである。
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一般的に、〈具象〉は外界の模倣、あるいは再現であり、構成要素としての重要性から
〈図〉が主、〈地〉が従という、主従の関係が成立しているものが多い。それは、観るべ き主たる対象であるものを〈図〉として、そうでないものを〈地〉として鑑賞すること へと誘う、鑑賞対象と鑑賞ルールの提示である。そのルールは描く本人である作者が定 めていたかのように見える。だが、「ミケランジェロやデューラーとて自分の『創造』意 志を十全に作品として昇華しきれたわけではない」(清瀬, 2001, p. 12)といわれるように、
長い間絵画は注文主やパトロンからの意向によって、何が鑑賞すべきものであるかが決 められていたといえる。〈具象〉の絵の中に中心と周縁という主従関係があるように、制 作する側とそれを鑑賞する側のあいだにも、多かれ少なかれ主従の関係が成立していた。
そしていまひとつ重要なことは、注文主は鑑賞者でもあったという点である。近代以前 では、制作の前提として注文主やパトロン、雇い主という、特定の人物や団体の存在が あり、彼/女らが描く主題や対象、その目的を決定できる権限を持っていた。だが彼/
女らはその一方で、描かれたものを鑑賞し、評価する側でもあったわけである。したが って、制作の主題や描き方が、作者の意志を十分に反映していたわけではなかった。こ のような「パトロンの時代」(海野, 2002a, p. 57)は、16世紀から18世紀全般にかけて のルネサンス・バロック期に続いた。19世紀末には産業革命はほぼ完了し、工業化の発 展によって、あらゆる商品が急速に拡大していた都市という市場に流通した。これによ って、〈不在〉だった労働者階級や中産階級による大衆市場という〈空間〉が成立してい った(Fraser, 1981)。「大衆の豊かさ」(荒井, 1994, p. 49)が増し、パリ、ロンドンをはじ めとする欧州の諸都市の大衆のニーズが、経済の動向を左右するという構図が生まれた。
そしてこの現象は、消費財といった物品のみに限って起こったことではなかった。それ は絵画など表象に関しても起こり、「芸術も大衆化」(海野, 2002a, p. 57)していった。作 品は、注文主やパトロン、雇い主というある種の特権階級の意向ではなく、大衆が評価 するものへと徐々に移行していったのである 18。新聞や雑誌が創刊され、発行部数を伸 ばすにつれ、記事としてそれが書かれることや、芸術の批評、評論が、多くの人の目に
18高階(1997)によれば、19世紀後半あたりのフランスやイギリスの諸都市においてパトロン的 な役割をしていた富裕な市民は、芸術を判定する基準を持っていなかった(p. 123)。だが、その 頃、新聞や雑誌の発達が著しく、ジャーナリズムを舞台に文学者によって美術評論がされるよう になった(p. 162)。こうした現象は、アール・ヌーヴォーの街頭ポスターによる広告活動と同じ く、マス・メディアによる大衆に対する視覚芸術への価値の醸成が発達していった時期と捉える べきであろう。
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晒されるようになった 19。大衆の評価が作品への価値付与につながるというシステムが 生まれたのである。「純粋芸術家たちには、批判的図像イメージを公表するだけの資力が慢性的に 欠けている」(ウォーカー, 1987, p. 22)にせよ、批評や評論から好評を得たり、大衆から の支持を得ることは、注文主やパトロンの束縛から作家たちを経済的に自立させ、創作 的表現を彼らのコントロール下に置くことを可能にした。これによって、画面をどのよ うに構成するか、つまり何を集中的に注意を向けさせる対象とするのか(クレーリー,
2005, p. 10)という、制作する側の意図という考えが発達していったのである。「創造の
自由とひきかえに、芸術家たちは生活の安定を失わなければならなかった」(高階, 1997,
p. 176)が一方で、作者は大衆の賛同を得るような作品制作に自分の意思やイマジネーシ
ョン、創造力を開放できるようになった。それと同時に、現実世界の類似に基づく再現 という手続きからも解放された。より自由な表現、構成、手法が試みられるようになり、
メッセージや主張、イデオロギーを伝えることができるようになったのである。こうし た作者の意図的な〈コミュニケーション〉のアプローチが最も明らかな形で登場したの が、アール・ヌーヴォーの街頭ポスターであった。そうしたポスターは広告であり、芸 術との融解点になったとはいえ、商品やサービスを宣伝するという明確な意図があった。
そのため表現において、商品やサービスに注目が当たることが重視された。〈積極的消極 空間〉がみられるデザインは、大衆に訴えかけ、注意を喚起するものだったのである。
「誕生の契機」の項でも指摘したが、産業革命による近代化、工業化、大衆による市場 の形成といった点、それに伴う線遠近法の衰退とアール・ヌーヴォーの街頭ポスターの 登場による〈積極的消極空間〉の誕生とを、Kern(1983)は結び付けて語っていない。ま た、注文主やパトロンと作家の関係、その関係性と表象空間との関係性についても議論 が見受けられない。しかし、19世紀末はスケールメリットを追求し、消費財が大量に生 産されるようになり、それに伴うマス・メディアが大きく発展を遂げた時期であり、中 でも街頭ポスターに代表される屋外広告は氾濫状態ともいえる隆盛期を迎えていたので ある(荒井, 1994, pp. 101-104)。
ここで、作者の意図的な表象の構成とそれを媒介とする〈コミュニケーション〉をめ
19新聞は18世紀からすで存在していた(高階, 1996c, p. 114)が、芸術批評がジャーナリズムに よって本格的に大衆へと広がるようになるのは、パリやロンドンが大都市となる19世紀の新聞 の隆盛の時代である(高階, 1997, pp. 161-162)。
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ぐって、特筆すべきことがある。それは、こうした19世紀終盤から出現し始める〈非具 象〉という表現方法には、芸術の領域において、その前時代であるロマン主義に特徴的 にみられたアナロジーや交感 (correspondence/ correspondance)、続く写実主義にみられた、
物語や逸話、そして出来事や事実との整合性や迫真性への重視の特徴が、見られにくく なったことである。
ロマン主義にみられた感情と景物、あるいは自然とが直接的に対応する、すなわち、
人間の感情を自然に投影して語らせるという表現方法は、交感と呼ばれる。野田(2003) はこれを「人間と自然の間に何らかの対応関係を読みとる思想を動かす原理」と定義し、
その後、自然/超自然、現象/本質、有限性/無限性などといった「様々な二項対立を 解きほぐし、形而上学的一者へと昇りつめるために、ロマン主義と近代が発明した超越 論のための変換装置」(pp. 19-20)と、その本質について説明している。野田のこの2つ の定義は前者が広義の、そして後者が狭義の交感についての定義であるといってよい。
山里(2008)は、より具体的に以下のように定義している。
〈交感〉という概念は元来アニミズムを基礎とするもので、人間と人間の外にある 世界との間にある種の対応関係が存在するという考え方である。これは、精神世界 と物質世界との間にもなんらかの対応関係を是認する。(山里, 2008, p. 66)
交感の概念が普及したロマン主義は、18 世紀後半から 19 世紀半ばのヨーロッパ社会に おいて多岐にわたる領域にみられた、特徴的な志向や態度20で、18世紀に開花した啓蒙 思想の産物である合理主義、それに続く産業革命による近代化や都市化の反動としての 自然回帰が、その文化・思想的な潮流の基盤なっている 21。自然と人間との照応関係を
20ここでは西洋の芸術史における交感の概念について述べているが、当然、東洋にも交感の概念 は様々な形で存在する。日本の交感の概念については、雑誌『日本文学』1996年5月号掲載の
「特集・交感する古代」の一連の論文を参照のこと。
21ロマン主義芸術の表現のこうした諸特徴と時代背景については、アーツ(1983)、高階(1996c)
に的確にまとめられている。ロマン主義は科学と合理主義への強い反動をベースとし、自然に対 する新たな姿勢をもたらしたものである。その表現の特徴として、高階(1996c)は「中世趣味・
歴史趣味」(p. 120)、それにまつわるゴシック・リヴァイヴァル、幻想や情熱、想像力に傾倒す る「物語趣味」(p. 125)、遠い異国、未知の世界への憧れである「異国趣味」(p. 132)が挙げら れるとしている。中世趣味・歴史趣味は、それまでに語られてきた最善のものを理解する能力の 賛美、物語趣味は文学的な想像力への熱狂、異国趣味はナポレオンのエジプト戦役や旅行が実現 したことによる、東方への強い関心であるとしている。だがバーリン(2010)のようにロマン主 義の特徴のカテゴリー化を困難なものとし、その列挙によって、その多様さを強調している研究