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シュルレアリスムから広告の「空(そら) 」へ

ドキュメント内 要旨 (ページ 149-153)

第 4 章 〈積極的消極空間〉の展開

4.2. 広告

4.2.1. シュルレアリスムから広告の「空(そら) 」へ

無意識の表出を芸術の目標としたシュルレアリストたちの中で、それまで〈地〉とし て描かれることの多かった空そらのモティーフを積極的に描いたのがルネ・マグリットであ ったことは前述のとおりである。ロック(1991)は、マグリットが生活するのに十分な 収入を得るために、20代のころから広告のデザイナーとして作品を作りはじめたとい う事実、そして、マグリットが画家として成功してから、欧米広告界がいかにマグリッ トの空そらの奇抜さとメッセージを運ぶメディアとしての効率性の高さに魅了されたかを 詳細に明らかにした。マグリットが作品によく使ったデペイズマンという手法は、消費 者にある商品やサービスを購入させるという最終目標を達成するため、広告が最初の段 階で達成すべき注意喚起 (Attention)7の働きをもたらすのに非常に効果的である。彼の

7商品やサービスの特徴や市場の特性、市場でのその商品やサービスのポジション等、考慮され るべきマーケティング・コミュニケーション要素はいろいろあるが、ポスターをはじめとする印 刷媒体の広告が持つべき基本的なコミュニケーション・アプローチの普遍的なルールというもの が存在する。それが“AIDMAの法則”と呼ばれるものである。これは本来、人間の購買心理プロ セスに関する仮説としてアメリカのローランド・ホール (Roland Hall)が提唱したものであった

(Media Graphics Institute Inc., 2002)が、広告表現上のストラテジーの基本としても広く受け入 れられている。この法則は広告表現と表1のような対応関係にあると一般的に考えられている。

1. AIDMAの法則

認知段階 Attention (注意) ヘッドライン(キャッチコピー)&ヴィジュアル 感情段階

Interest (興味、関心)

ボディコピー Desire (欲求)

Memory (記憶)

行動段階 Action (行動) アクセス情報や価格等

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絵画の特徴ともいえるデペイズマンによる注意喚起の手法は、マグリットが広告に制作 者として関わっていたことと何らかの関係があると考えられる。前述したとおり、マグ リットの絵の空そらの使い方は、空そらがいかに意味をもたず、したがって逆にどのような意味 でも表現できる、実に便利なメディアであること示した。Homer & Kahle (1986)は、シ ュルレアリスティックな芸術の技法は、20世紀初頭に台頭してきた芸術運動であるが、

現代の広告によく見受けられると、広告界におけるシュルレアリスムの人気について述 べている(p. 50)。そこで論じられているシュルレアリスムの技法とは実はマグリット のデペイズマンのことであり、また、ロック(1991)で多彩な事例とともに明らかにさ れているように、アメリカのマジソンアベニューを中心とする欧米の広告界は、マグリ ットの空そらのギミック8を使って、様々な商品の広告を制作していった。これは特に60 年代のアメリカで盛んに見られた現象であった。例えばタイプライターを製造・販売す

るOlivetti(オリベッティ)の広告は、マグリットの空そらのギミックに類似した広告である。

Olivettiのタイプライターが窓際に置かれ、開いた窓から室内へと雲が入ってきて、屋内

と屋外との境界線がなくなっているような図像が描かれている。日常的にタイプライタ ーがみられる社会では、タイプライターは通常、屋内で使われるものであり、空そらの下で 使われることはないと考えられている。タイプライターを取り巻く〈ヴィジュアル・シ ンタクス〉といえば、「オフィスにある」「デスク上に置いてある」「タイピストがキー を打っている」「紙を挟んでいる」などが考えられる。室内は、一般的に、天井が解放 されていないことを意味している。このOlivettiの広告の場合、窓があることで室内であ

*Media Graphics Institute Inc. 「file No. 4 高価な物でも売れる事実と安い物でも売れない事実

---2.AIDMAの法則」からの表を基に作成。

IT革命以降は新たなメディアや表現方法の登場により、この法則の応用として、電通が提唱 したAISAS(Attention, Interest, Search, Action, Share)モデル、電通モダン・コミュニケーション・

ラボ(佐藤尚之・金田育子・京井良彦・信澤宏至・茂呂譲治・橋口幸生・宮林隆吉・貝洲岳洋)

(2011)が主張したSIPS(Sympathy, Interest, Participate, Share & Spread)モデルなど変形モデルが多 数登場してきている。しかし、広告表現のストラテジーとの対応関係は、Interestが欠かせない 点で基本的にはオリジナルモデルと類似しているといえる。

広告の中で描かれることによって商品やサービスは、消費者の欲求や価値観を刺激する記号と なり、資本主義社会では広告が風景となった。北田(2000)がいうとおり、受け手は広告をマジ メに見、解釈しているわけではないことも多く、それは不意に視界に飛び込んでくることも多々 ある。「広告を能動的に見る/解釈する行為というよりは、むしろ、意味論的には徹底して受動 的なあり方において広告に『襲われる』と表現されるべきもの」(p. 17)というべきかもしれな い。しかし、そのあまたある広告の中で人々が突如として「襲われる」という感覚を持つのは、

「《広告である》という「図」を「地」から浮上させる」(pp. 19-20)、すなわち、日常の中から 際立たせることを意味している。

8通常、からくりといった意味を持つが、広告制作における、興味を引き付けるための新工夫・

新案の総称(集英社, 2013)

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るかと思いきや、窓から雲が侵入している。このため、タイプライターは通常、室内で 使用されるものというシニフィエとそれを取り巻く〈ヴィジュアル・シンタクス〉から、

シニフィアンが引きはがされ、屋内か屋外かが判別できない場所にデペイズマンされて いる。空であり室内であることと、屋内で使用するものなのに屋外にあるという2つの 矛盾が、ディコーディング時に感知される仕組みになっている。この2つ整合性の欠損 が、〈積極的消極空間〉である。こうした矛盾のあるヴィジュアルに対し、Olivettiのロ ゴとヘッドラインが中継の役割をする。鑑賞者は感性と思考によって、不整合である習 慣的、経験的、論理的、因果律的な意味の連なりを修復しようとするが、欠損した不整 合が〈Ø〉として〈図〉となる。これによって表象内へとメッセージが焦点化し、表象 が世界から脱コンテクスト化して際立つのである。

欧米で人気になったマグリットの空そらのコンセプトの広告への転用は、日本にも飛び火 した。前章で記した画家・池田満寿夫の他、日本を代表するグラフィック・デザイナー 永井一正も以下のような証言を残している。

日宣美展に登場し、しかも入選圏内に入った作品の中に、例えば「空」、それも普 通の写実的な空ではなくて、非常にシーンとした静寂な空、あるいは、それにやや シュルレアリスム的な、いわゆるマグリット的なイメージが付加されているような、

つまりマグリットの影響を受けた作品が、数多くみられた。(永井, 1977, p.168)

以下にある図14と図15はいずれも、日本屈指のグラフィック・デザイナー細谷厳の 作品9であるが、これらは永井が指摘した日宣美10主催の日宣美展入選作品である。『日 宣美の時代』という日宣美の作品資料集の中で、作品の論考にあたっていた執筆者の一 人神田昭夫は、細谷の2つの作品に関し、以下のような発言をしている。

この“INVADER”と前年度に出品した“SILENCE”は、シュールリアリズム(ママ)

の影響、なかんずくルネ・マグリットにヒントを得ているが、異質物の大胆な出

9両作品とも図像は細谷巌が代表取締役会長を務める(201410月現在)株式会社ライトパブ リシティから提供。

101951年から日本のデザイン界の興隆を目的として設立され、1970年までの20年間存続した日 本宣伝美術会。

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会いに、細谷らしい写真による衝撃性を獲得している。(神田, 2000, p. 129)

14. SILENCE(日宣美展出品 細谷のポスター作品, 1968

15. INVADER(日宣美展出品 細谷のポスター作品, 1969

神田は、細谷がインパクトを追求し、意外性を作品に込めることで、注目を集めたと証 言している(p. 129)。この空そらの広告デザインへの使い方も、デペイズマンという手法を 取り入れ、単なる〈地〉としてではなく〈積極的消極空間〉として、新たな意味生成を 鑑賞者に促している。それは結果的に、想像や創造を伴う芸術的コミュニケーション体 験へと鑑賞者を誘導するのである。

シュルレアリストであるマグリットの空そらのモティーフを使ったデペイズマンは、強烈 な意外性があり、よってインパクトが強く、注意喚起に非常に効果的であった。加えて 空

そら

は多義的な無として機能するため、様々な商品に対する新たな意味付けが可能な、〈積

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