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再考の方向性

ドキュメント内 要旨 (ページ 91-94)

第 2 章 〈積極的消極空間〉を問う

2.3. 再考の方向性

前述の「意味を構成する機能」、「誕生の契機」、「表象をめぐるルールと〈コミュニケ ーション〉の変化」の考察を受けて、本項ではKernの主張を新しい視点を加えて捉え 直すために、上記3つに対応する再考のポイント3点を挙げる。

まず第1は、「意味を構成する機能」によって見いだされた再考のポイントで、〈積極 的消極空間〉とは、シニフィアンとシニフィエのつながりの分離と新たな結合、ないし は〈ヴィジュアル・シンタクス〉にある事物や事象の連関の分離による新たな世界の分 節方法、つまりパラダイム・シフトの誕生であるとする考え方を加える点である。Kern の定義で〈積極的消極空間〉は、キュビスムやフューチャリスムも含んでいた。それは、

単に物質的、時間的に空いていることを指したり、階層の差や、地域間の発展の格差と いう、社会的なギャップをいい表すものだけにとどまるものではないことを示唆してい た。それまで社会が正当と見なし、踏襲してきた事物や事象の結合の法則、それを司る 対応物を持つ」(p. 160)という考えに基づく、交感やアナロジーにそれを求めたと述べている。

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いわゆる常識とされてきた認識基盤にある秩序や序列自体に、実は存在していた〈不在〉

箇所を見出し、それに注目して、意味を新しく構成し直すことであるという解釈を再考 のポイントとして加えたいと考える。

第2の再考のポイントは、〈積極的消極空間〉のある表現の誕生が、表象の造形の様 式、そして、表象を通した〈コミュニケーション〉という行為にも変化を起こしたとい う点である。「誕生の契機」の項で明らかにしたように、産業革命以降の工業化の発展 によって製品の生産が拡大し、消費社会が産声を上げ、労働者階級や中産階級による大 衆市場が形成されるようになったことによって、商品の広告宣伝の必要性から、表象に おいて何を際立たせるべきか、すなわち何を〈図〉とし、何を〈地〉とするかに変化が 現れた点に注目をするものである。意図的なシニフィアンとシニフィエのつながりの分 離や〈ヴィジュアル・シンタクス〉における何らかの〈不在〉が認められる視覚表象は、

従来の〈地〉や何もないと認識される〈空間〉と比べ、多義性や曖昧さが生まれる分、

鑑賞者によるより深く、強い解釈への関与を促す。それは作者による、新たな構成の創 造のみならず、鑑賞者の整合性回復の創造の機会、ないし負担でもある。この意味にお いて、〈積極的消極空間〉は、作者と鑑賞者とのあいだのコミュニケーション・メディ アとして機能しているといえる。これが〈積極的消極空間〉再考の2つ目のポイントで ある。

そしてKernの主張の再考の第3のポイントとして、本研究が新たに提示したいのは、

図像表現における価値観の切り替わりが始まった時期についてである。Kernは、遠近 法の完全な消滅ではなく、減衰させただけだったにせよ、三次元の現実を二次元の〈空 間〉に落とし込むという緊張をもたらしたという点で、キュビスムがその本格的な切り 替わりの時期だったとしている。しかし、「誕生の契機」で指摘したとおり、Kern自身 が〈積極的消極空間〉の具体例として挙げたもののうち、例えばマラルメをはじめとす る象徴主義は19世紀後半であり、フロンティアにしても消滅宣言が19世紀終盤と、意 識されたのはやはり19世紀後半とするのが妥当である。そうした観点から、本研究で は〈積極的消極空間〉の萌芽をキュビスムではなく、19世紀末のアール・ヌーヴォー にみる。アール・ヌーヴォーのポスター画は、キュビスムよりも先駆的に、それまでの 社会が正当と見なし、守り続けてきた事物と事物の結合の法則、すなわち一点透視図法、

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または線遠近法から逸脱した表象であり、新たな観念や認識の現出が見られる。この点 を第3の再考ポイントとしたい。

Kern (1983)の〈積極的消極空間〉という考え方は、無論、様々な表象形態に現れた、

一見無秩序に見える空間構成と、社会の階層や序列の崩壊との関連を説明している点で は、抽象芸術や空間の社会的格差との関連付けを研究する他の多くの研究者と共通して いる。だが、Kernの主張はそれだけにとどまらないところに独自性がある。Kernは、

〈空間〉とは、何もない場所

......

ではなく、何かがある場所

.......

であるという〈空間〉の動的性 質、特に可能性の存在箇所という見方を、表象のみならず社会全般という包括的な空間 論へと発展させたという点で非常に独創的である。Kernの〈積極的消極空間〉という 概念は、第1に〈空間〉が性質として持っていた「充填原理」(小川, 1995, p. 21)とい う人間の空間知覚の法則ともいうべきものと、第2に民主主義国家、資本主義経済とい う社会構造、そして第3に表象の作者が作者自身の主義や主張を表現するようになった、

19世紀末からの文化・社会的なムーヴメントという3つの関連性を示唆しているもの であり、それを考える上で、非常に重要な視点をもたらしたものとして評価すべきであ る。だが前述のとおり、カーンの主張には再考し、新たに加えるべき視点がある。本研 究では、先に提示したカーンの主張再考の3つのポイントに沿って、第3章でそれぞれ の新たな視点についてその理論的な考察をし、第4章でアール・ヌーヴォーに端を発し、

誕生した〈積極的消極空間〉が、新たな事物の連なりの法則と、その表象を通じた作者 と鑑賞者とのあいだの〈コミュニケーション〉の場として、〈非具象〉の絵画、現代広 告、マンガの中に息づいていることを具体的な例を挙げて、浮き彫りにする。

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