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構造分析の枠組み

ドキュメント内 要旨 (ページ 66-71)

第 1 章 理論的スコープ

1.3. 構造分析の枠組み

本項では、本研究で〈積極的消極空間〉のある表象が、どのようなメカニズムで〈異 常〉を顕現させるのか、その構造を分析する方法について論じる。枠組みとして用いる バルトのイメージについての記号学について詳細に論じ、本研究への応用の有用性につ いて述べる。

本研究の第4章で展開される個々の事例の構造分析は、前述の4つの学問領域の先行 研究をベースとしつつ、ロラン・バルトの「イメージの修辞学:パンザーニの広告につ

いて」52(バルト, 2005)で発表された考え方を参照の中心とする。バルトのこの記号

52バルトのこの論文の発表以降、広告記号論はあらゆる素材を対象とした、多彩な切り口で発展 を遂げて来た。Courtney &Lockeretz (1971), Goffman (1979), Whilpple & Courtney (1985), Reese, Whipple & Courtney (1987)といった研究により広告記号論にジェンダーの視点が加わる一方で、

ウィリアムスン(1985a, 1985b)、ダイヤー(1985)、Francis (1986)、ベスタガード・シュレーダ ー(1987)、Grafton-Small &Linstead (1989)、Domzal&Kernan (1992)、Langrehr&Caywood (1995)、

Cook (2001)など様々な広告記号論研究が生まれて行った。日本国内においても北村(1981)、福 田(1989)、難波(2000)、妹尾(2011)や深谷の意味づけ論(1995)の研究など豊かな研究成果

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学は、ソシュールの記号学を基盤とする「イメージの記号学」(p. 8)であり、表象が鑑 賞者に送る意味、メッセージとは何かを考察したものとして、分析の対象とした広告に 限らず、表象全般に通じる重要な議論を展開している。その重要な点とは、まず、表象 におけるヴィジュアルと文字情報の両方を意味作用に欠かせない要素として取り上げ て、その2者の戯れが、表象全体からの意味、メッセージにどう作用するかについて論 じている点である。すでに説明したように、本研究が対象とする視覚芸術は図像と画題、

広告コピー、吹き出しの中に書かれるセリフやト書きなど、各ジャンルとも図像と文字 情報の両方が重要な役割を担う。従って、その両者の関係性を説明するバルトの理論の 有効性は高い。バルトは、視覚表象を言語的メッセージとヴィジュアルとにまず分け、

ヴィジュアルをさらに字義的メッセージと象徴的メッセージとに分けて関係性を説明 している点で、より複雑な記号作用を説明できると考える。

イタリアのパスタメーカー・パンザーニのポスター広告を題材にしたバルト(2005) の上記の論文によると広告のメッセージは、①「言語的メッセージ」、②「コード化53さ れたイコン54的メッセージ」(=「外示的メッセージ」(p. 18)、または「字義的メッセ

ージ」(p. 16))、③「コード化されていないイコン的メッセージ」(=「共示的、《象徴

的》、または文化的メッセージ」(p. 34))の3つのカテゴリーに大別できる(バルト, 2005,

pp. 16-17)。①の言語的メッセージは、このパンザーニの例の場合、ポスターに書かれ

ているすべての言葉、コピーであり、それは商品写真の中のロゴも含まれる。“PANZANI”

というブランド・ロゴの単なる言語としての記号作用、すなわち、“PANZANI”という 固有名詞を表すとか、“PANZANI”がブランドを指し示すといった 外 示ディノテーションだけではな く、ヴィジュアルである②のコード化されたイコン的メッセージの要素、すなわち、パ がもたらされ、その後、Shields &Heinecken (2002)に代表される受け手の心象分析の研究もなさ れた。しかし、これらはいずれも基本的には、個々の広告作品の中で表現されているシニフィア ンと、そのシニフィエとしてどのような意味やメッセージの解読が可能であるかといった分析を している。それは、本研究が行う、広告表現と、その中にある要素を取り巻く日常的、経験的、

習慣的、因果律的、社会的、文化的に慣れ親しんだ常識とされる序列や秩序、具体的には〈ヴィ ジュアル・シンタクス〉との関連や〈異常〉の顕現のメカニズム、送り手と受け手との〈コミュ ニケーション〉という観点からの分析についての考察とは異なる。

53バルト(2005)では「コード化」の定義は示されていない。よってここでは池上(2002)のあ る社会が共通に持つ「記号の用いられ方についての取り決めのこと」(p. 35)と考えて議論を進 める。

54この訳語にもあるように “icon”、すなわち「アイコン」は、日本では「イコン」と呼ばれ、類 似記号、すなわち「意味するものの形全体、または一部を模して表された形象」(太田, 2002, p. 15)

を指す。

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ンザーニのスパゲティそのもの、そしてトマト、玉ねぎ、それらの食材、バックグラウ ンドの真っ赤な色、パンザーニのパッケージに使用されている赤・緑・白の3つの色と の隣接性・連続性によって、 共 示コノテーションとして、②全体を指し示している記号として機能 していると説明できる。すなわち、こうした食材すべてから出来上がる料理も指し示す わけである55。②のコード化されたイコン的メッセージは、コード化、つまり慣用的な 使い方のパターンとして、社会や文化圏において共通認識化が進んでイコン(icon)化 している、ヴィジュアルが持つ意味である。この②のシニフィアンはパンザーニのスパ ゲティ、トマト、玉ねぎ、それらの食材が入った網袋、バックグラウンドの真っ赤な色、

パンザーニのパッケージに使用されている赤・緑・白の3つの色がそれに相当する。バ ルトはヴィジュアル・イメージはそれぞれが多義的であり、意味がぶら下がった≪揺れ 動く鎖≫(バルト, 2005, p. 21)を持っていると説明する。こうした表象にあるひとつひ とつの要素が持っている意味の≪揺れ動く鎖≫は、社会生活を通して得た概念や印象、

価値観、背景知識といったものによって個々人で、その振れ幅に差があると考えられる。

しかし、バルトはそれが「固定するための様々な技術が社会全体の中で発達する」(バ

ルト, 2005, p. 21)のだと説明し、その技術のひとつが、言語的メッセージであるとして

いる。また、言語的メッセージが≪揺れ動く鎖≫を固定する方法として、「投錨」と「中 継」を挙げている。バルトによれば言語的メッセージの多くは「投錨」として機能して おり、マンガや滑稽画の場合の吹き出しや絵の上の一言が「中継」に当たるとしている。

「投錨」や「中継」によって見出されるパンザーニの広告の例のシニフィエは、イタリ ア性とイタリアンフードといったものである。

②のコード化したイコン的メッセージのシニフィエとして、バルトは4つ挙げている。

まず1つ目が、市場から帰ったばかりでテーブルの上に投げ出されたような素材たちの 新鮮さであり、2つ目が3つの色によるイタリア、あるいは「イタリア性」(p. 12)で ある。そして3つ目が異なった素材の寄せ集めという記号で、料理に必要なものとか、

それらの素材を使った料理の完成した状態などを示すものであり、これは、そのヴィジ ュアルの全体の総和以上のもの、すなわち「おいしい料理」といったメッセージが、

“PANZANI”という言語的メッセージの「中継」の役割によって鑑賞者にもたらされる

55言語的メッセージについてバルト(2005)は外示(denotation)と共示(connotation)の二重性がある と指摘した上で「分節された(書かれた)言語活動の記号というただ一つの固有記号しかないの で、ただ一つのメッセージとだけ数えておく」(p. 11)として、このイメージの分析には字義的 なものとして考えるとしている。

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という。最後の4つ目のシニフィエが、静物画を思わせる構図である。これは一見何気 なさそうな構図も、“PANZANI”というブランド・ロゴの言語的メッセージの「中継」

の作用により、「広告は商品について否定的なことをいわない」という非明示的なメッ セージへと誘導され、美的な印象として鑑賞者に伝わると説明できるだろう。

そして③のコード化されていないイコン的メッセージとは、共示的、象徴的、または 文化的メッセージである。そのシニフィアンとは、②のシニフィエであるイタリア性と かイタリアンフードがそれであり、そのシニフィエとは「イタリアといえば、パスタ料 理である」、「イタリアのパスタ料理はおいしい」などの、不可視的だが社会的、文化的 な知として人々の意識の中に存在するものである。共示的、象徴的、文化的メッセージ の場合も、言語的メッセージはやはり「解釈を誘導」(バルト, 2005, p. 22)し、読み手 が「あるものを避けて他のものを受け取るようにする。しばしば巧みなディスパッチン グ[手早い接続-切り離し]によってあらかじめ選んでおいたひとつの意味へと遠隔操

作する」(バルト, 2005, p. 23)という役割を担う。このバルトの例と同じく、本研究が

分析の対象とする視覚表象も、図像と文字情報との戯れによって繰り広げられる記号作 用によって、解釈の誘導を含めた、何らかの意図的な〈コミュニケーション〉があるこ とを前提とする。

4. バルトのイメージの記号学における記号の関係性(筆者による制作)

本研究がバルトの記号学を枠組みとするもうひとつの大きな理由は、上記のような意 味生成への誘導が、このバルトが説明した例のように、スムーズに行くとは限らないと いうことが、比較することで明らかになるという点にある。バルトが出したパンザーニ の例は、イタリアを代表する食材であるスパゲッティを使った料理にまつわる事物とし て、基本的なものばかりで構成された表象である。つまり、イタリアの国旗に由来する 色、スパゲティというイタリアを代表する食材、それをひとつの料理にする場合、典型 的に使われる食材たち、そしてイタリア語のブランド名など、どれをとってもイタリア

描かれている要素 (言語を含むオブジェクト)

外示的メッセージの シニフィアン 外示的メッセージの

シニフィエ

共示的、象徴的、文化的メッセージの シニフィアン

共示的、象徴的、文化的メッセージの シニフィエ

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