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造形的特徴

ドキュメント内 要旨 (ページ 126-139)

第 3 章 〈積極的消極空間〉への新たな視点

3.3. 表象の革新としてのアール・ヌーヴォー

3.3.2. 造形的特徴

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アレクサンドル・スタンラン(Théophile Alexandre Steinlen)らの作品もジャポニスムの影 響が色濃い(宮崎, 2000, pp. 62-63)。日本美術がフランスの美術に影響を及ぼしたのは、

万博という大きなイベントのみならず、多くの欧米の個人収集家たちがこぞって浮世絵 のコレクションに勤しんだことによるところが大きい31。また、そうした浮世絵の膨大 な海外への流出は、浮世絵版画の詳細な研究と重要な評価とをもたらした。フランスの エドモン・ド・ゴングール(Edmond de Goncourt)やドイツのユリウス・クルト(Julius Kurth) などの美術評論家が代表的であるが、そういった評論家による評価、画家たちの賞賛と ジャポニスムの受容の成果が、ルネサンス以来、西洋絵画の造形美に欠かせない要素で あった線遠近法の解体と結びつく。線遠近法がことごとく無視された構成法の採用が、

浮世絵などの江戸版画にはあり、それは、欧米の人々にとって、西洋画が採用していた 立体的な表現に欠ける造形との新鮮な出会いであった。

立体感や細かい表現を犠牲にして大胆な単純化を進めれば、絵としてより強い印象 を与えることができるということを、日本の美術が教えてくれたのだった。ゴッホ もゴーガンも、色調を強くし、奥行きを無視することによってその方向に進んだし、

スーラは点描の実験によって、さらに単純化を進めた。(ゴンブリッチ, 2011, p. 424)

ヨーロッパの絵画の世界にこうした思いがけない構図、遠近法を無視し、単純化へと 傾倒していく動きがある中、資本主義経済の隆盛によって、商業界はこぞって、通行人 の目を引き、自社製品、店舗、あるいは興行を人々に記憶させる手段として、ポスター を作成するようになった32

116 を探る。

前項で述べたような歴史的背景を経由して、アール・ヌーヴォーのポスターには、そ の後20世紀に大きく発展を遂げる〈積極的消極空間〉がみられる表象へとつながる、

具体的な造形的特徴がみられるようになる。それらは大きく以下の5つにまとめること ができる。

1)線遠近法を使わず、平面化を採用した、省略による単純化(高階, 1996b) 2)線描の強調による〈非具象〉への傾斜(マドセン, 1983)

3)装飾化、およびデザイン化による付加価値の付与とイメージの醸成(ゴンブリ ッチ, 2011)

4)自然物の象徴的な表現による、創作の狙いやメッセージの表現(マドセン, 1983) 5)〈ヴィジュアル・シンタクス〉からの逸脱と要素の観念上の接合(鈴木, 2001)

以下では、この5つの特徴について、それぞれ詳細に論じる。

1)平面化を採用した、省略による単純化

カラー・リトグラフという技術は、画家が描いた図柄をそのまま転写できるので、木 版や銅版のように印刷するための版をいちいち作る手間がなく、簡便であり、大量の複 製イメージを作ることができたため、大いに流行した。しかし、そこには技術的な制約 もあった。色版を重ねることでいろいろな効果が生み出せたが、半面、油彩画のように 質感を出したり、精妙な筆致や肉付けをするといった表現ができにくいという特徴があ った。思い切った単純化や強調といった表現は、こうした制約によって生まれた。この 技術的なハンディキャップは、奥行きのない、平面的な構成をもたらした。後景に描か れがちであった細かい描写といったものの一切を排除し、広々とした余白の〈空間〉を 構成要素とする描画は、アール・ヌーヴォーからスタートしたといえる(高階, 1996b)。 精密に三次元の再現をすることが技術的に不可能であるため、逆に、描きたいもの、強 調したいことだけを抽出し、そのほかのものは省略して描くという手法が採られるよう になったのであるが、それは〈ヴィジュアル・シンタクス〉からの〈不在〉による〈積 極的消極空間〉がみられる表現の先駆けであった。シェレに始まるアール・ヌーヴォー

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の画家たちの作品は、「広告美術の傑作であったのではなく、むしろ[中略]堂々たる 芸術作品」であり、「サロン用の巨大な画布を創造するかわりに、作品のための新しい 場所―街頭―を発見した」(バーニコート, 1974, p. 12)のであった。街ゆく人々が視線 を留め、一目でその印象が焼き付き、記憶に残りやすい大胆な構図と色使いは、上記の カラー・リトグラフの技術上の性質も相まって、それまでの西洋絵画の世界になかった 空間構成を生む。これこそ、ルネサンス以来西洋絵画が伝統として踏襲してきた線遠近 法との決別の誕生だったというべきであろう。

描きたいものや強調したいことを抽出する権限は、無論、広告主の意向を酌むことが 前提であるが、当時のポスター制作は、ポスター専門の作家のみならず、ロートレック やマネをはじめ、ゴーギャンやゴッホといった純粋芸術の作家が大きな関心を示して、

携わっていたこともあり、作家のアイディアや志向が大いに反映されていたことは、想 像に難くない。少なくとも、現代のグラフィック・デザイナーと比較した場合、その自 由度において大きな差があったと考えられる。

描きたいもの、強調したいことを抽出し、それ以外を大胆に省略する技法の採用が、

特徴的であり、その点から考えると、対象が具象で描かれていて、表現されているもの と現実世界にあるものとが類似、あるいは類縁の関係で結ばれているとはいえ、遠近法 の〈地〉に描かれていた〈ヴィジュアル・シンタクス〉に〈不在〉という〈異常〉を施 したという意味において、その表現の〈地〉は、Kern (1983)が主張した〈積極的消極空 間〉に非常に近いものだといえる。

2)線描の強調による〈非具象〉への傾斜

アール・ヌーヴォーのもうひとつの形態的特徴として最も顕著なもので、上記の単純 化を実現させているのが、線描の強調である。マドセン(1983)によれば、アール・ヌ ーヴォーにおける線の重視の傾向の理論的基礎となったのは、直接的な自然模倣に対す る反発であった。したがって、それが例えば草花の茎や蔓を描いたものであったとして も、「力強い動感を示す左右非相称の波打つような線」(p. 19)によって、あくまでも「抽 象的で、構成的象徴的」(p. 23)に描かれた。線は鞭のように力強く、しなやかであり、

動的で、描かれた視覚にリズムを与えるが、具象からは離れた、〈非具象〉の表現が採 用された。〈再現(模倣)芸術〉のように肉付けをし、細部にいたるまで精密に描き込ん だ対象..

を重視する姿勢とは異なり、アール・ヌーヴォーのヴィジュアルは、上述のよう

118 なパターン化した表現による構成

..

(composition)重視の姿勢がみられる。線によって描か

れるものは、描かれる対象そのものの迫真性や忠実性を追求したものではなく、あくま でイメージとなった。イメージとは、ジャン・ポール・サルトルが「意識の対象への関 係のみを示すものであり、別の言い方でいえば、対象物が意識にあらわれるその仕方」

(サルトル, 1955, p. 15)と説明するように、描く側の意識と、描かれる対象物との関係、

すなわち、作者が描こうとするとき、対象物のどこに意識を集め、何を表現したいと強 く感じたかという感覚の表出である。アール・ヌーヴォーは、線描と効果的な余白の取 り方によるイメージを造形表現にもたらし、それは20世紀の広告にも受け継がれてい る。これについては、第4章にて具体例を挙げて詳述する。

3)装飾化、およびデザイン化による付加価値の付与とイメージの醸成

「アール・ヌーヴォーの時代によく使われたほめ言葉に、『装飾的』という言い方が あった」(ゴンブリッチ, 2011, p. 425)といわれるように、美しく見えるように飾る加工....

を施し、なんらかの価値が付加されていった点も、アール・ヌーヴォーの代表的な形態 的特徴のひとつである(cf. 鶴岡, 2004)。現実世界の忠実な再現や、ロマン主義のよう に、起こった事実や物語をその高揚感や劇的な印象を付加して表現することよりも、見 て楽しい図柄を提供すること、すなわち目を楽しませる効果が優先されていく。それは 工芸美術や装飾芸術の価値を見直して、芸術全体を再考するという、ウィリアム・モリ スがアーツ・アンド・クラフツ運動で打ち立てた考え方が顕著に表しているように、工 芸や製品という領域の中にあったデザインが、美術の中で捉え直されていくことであっ た。それは、当時、芸術とデザインの問題に取り組んでいた人々に見受けられる顕著な 傾向のひとつとして、「芸術家と職人との協力関係をより密接にして、装飾芸術の革新 を図ろうとする姿勢」(マドセン, 1983, p. 23)があったことが、大きく影響している。

工芸の側からのみならず、美術の側も、積極的にデザインを機能の追及という視点だけ からではなく、美的な要素を付加した審美化を進めたのであった。視覚表象におけるデ ザインとは、一般的に形・色・模様などの配置についての工夫、あるいは計画である。

デザインにはこの計画、工夫という要素が言語的にも内包されている。純粋芸術の創作 の動機としてよく語られる、自らの感情のままに描くといった感情や情動を優先するこ とは、デザインの定義からは外れる。デザインにはあくまでも作者が使用者や鑑賞者を 想定して立てた意図..

や狙い..

がある。こうした計画性を持った装飾的デザインによって、

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