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ミクロなメカニズム:解釈過程

ドキュメント内 要旨 (ページ 108-113)

第 3 章 〈積極的消極空間〉への新たな視点

3.1. パラダイム・シフト:常識からの分離

3.2.1. ミクロなメカニズム:解釈過程

本項では、〈積極的消極空間〉を再定義する上での新たな視点の第2 のポイントとし て、常識と信じるシニフィアンとシニフィエのつながりの分離や、〈ヴィジュアル・シ ンタクス〉における何らかの〈不在〉の存在によって、鑑賞者がその欠損箇所を修復し、

作者の意図の誘導によって意味の生成をする〈コミュニケーション〉の場となっている という、鑑賞者の解釈のメカニズムを明らかにする。

人間が視知覚を受けると、処理過程が始まる。それは、外界の画像から、観察者にと って有用な記述を作り出す 11ことである。序章、および 1.2.1、1.2.2でも説明したとお り、視知覚を受けて、有用な情報を作り出す処理過程は、継起的段階を踏むと考えられ る。ソルソ(1997)によると、ゲシュタルトの〈図と地〉という認知プロセスの傾向に よって、それぞれの要素が選択された後、脳のいくつもの部分に分散される最終段階に 入る。最終段階では世界に関する膨大な知識が「感覚情報に適用されて、対象が解釈さ

れる」(ソルソ, 1997, p. 8)。したがって貯蔵している情報の参照次第では、視覚刺激の

特定の部分が注視される(ソルソ, 1997, p. 49)。こうした「継起的総合」(“sequential

synthesis”)(ヤコブソン, 1978, p. 48)を経て、意味の生成を中断する場合を除き、最終

的に「同時的総合」(“simultaneous synthesis”)(ヤコブソン, 1978, p.48)に至って何らか の了解(comprehension)へと至ると考えられる。

しかし、有用な情報を作り出す脳の処理過程の素材である視知覚からの刺激は、あく までも曖昧なもので、「目からの信号は著しく不完全」(藤田, 2013, p. 222)であり、「足

11人間の視覚刺激の処理は「外界の画像から、不適切な情報によって乱されない観察者にとって 有用な記述を作り出す」(マー, 1987, p. 34)過程によって起こる。だが、何が適切で有意味であ るかは、帰属する社会によって異なる。ホフマン(2003)によれば、人間は幼児期から多くの視 覚経験を通じ、異なった視覚的情報処理の法則を習得するが、視覚刺激の理解の過程に特有なそ のルールは文化によって異なるという(p. 32)。Marr (1976)、Marr & Nishihara (1978)も参照。

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りない情報を脳は推定しなくてはならない」(p. 222)。つまり、見るとは、常に目に映 っているものから、推定によって有意味な情報を作り出す作業だといえる。脳が行う推 定という作業は、目から入る視知覚の不完全さを補うことはもちろんだが、それにも増 して、何らかの情報の不足、ないし、あるべき要素の〈不在〉によって不完全さが明ら かな場合には、より積極的に行われるはずである。ここに作者が〈不在〉をあえて施す 有用性、ないし必然性がある。〈積極的消極空間〉を施すことで、鑑賞者の興味、関心 を喚起し、想像や創造という芸術的コミュニケーション体験に導くという結果を生むの である。注意したいことは、何らかの情報の不足、ないし、あるべき要素の〈不在〉と 判断するには、そうした不足、ないし〈不在〉がない常態..

の参照が必要である。その参 照がなければ、欠けていることは認識できない。何らかの要素の論理的、因果律的秩序 の〈不在〉は、不安定さや不整合感をもたらすため、鑑賞する側に対し、それを回復し て整合性を保持することを強いる。その時、不完全を判断する完全

..

を認識するのに最も よく使われるのは、常識としているシニフィアンとシニフィエのつながりと、最も身近 で、慣れ親しんでいる事物や事象の連なりである〈ヴィジュアル・シンタクス〉である。

経験的、習慣的に身につけた事物や事象の配列パターンは、常に我々の視覚と共にあり、

そこに欠損があるかどうか、有用な意味の連なりかどうかが無意識のうちに確認される。

ここで本研究の視覚表象のコミュニケーション・メディアとして重要な点は、ヤコブ ソン(1973)の6機能モデル12で説明される「詩的機能」に類似した詩的特徴がみられ

12ヤコブソン(1973)のこの〈コミュニケーション〉の多機能性を表したモデルは、それぞれの 要素が、それによって果たされる機能を持つ記号として作用していることを示したものである。

その機能とはすなわち、1.〈表出的(心情的)機能〉(emotive, expressive)、2.〈動能的機能〉(conative, appellative)、3.〈メタ言語的機能〉(metalingual, glossing)、4. 〈詩的機能〉(poetic, aesthetic)、5.

〈言及指示的機能〉(referential, cognitive, denotative)、6.〈交話的機能〉(phatic)である(ヤコブソ ン, 1973, pp. 187-193; 小山, 2008, pp. 207-219)。1emotive、すなわち〈表出的(心情的)機能〉と は、感嘆詞のように、話し手(addresser)の感情や態度、信条やアイデンティティーといったもの を表出させる働きを指す。2conative、すなわち〈動能的機能〉とは、聞き手(addressee)に対し て何らかの働きかけをする機能である。呼びかけ「おい!」や命令「…せよ」などに対して、そ のメッセージが受け手に何らかの行動を促す働きをいう。例えば「行きましょう」という言葉が、

一緒にどこかに移動することへの指示の意味を持つことはもちろん、文脈によっては政治政党へ の参加をほのめかす〈動能的機能〉も果たすといった、広範囲な働きかけも包含するものである。

3metalingual、すなわち〈メタ言語的機能〉とは主に使用言語などのcode(コード)によって

果たされる役割で、〈コミュニケーション〉の中で、その言葉そのものについて意識させられる ことを指す。言語習得中の学習者や社会化の過程にある子ども、特別な用語を必要とする環境下 に置かれた場合などでは、この機能が支配的なメッセージが頻繁に使われる。例えば、広告業界 で「CD」とは「クリエーティブ・ディレクター」のことかと問い直すなどがこれに当たる。ま た「花に囲まれていました」の「花」を植物の「花」か女性の〈比喩〉として「花」かと問い直 すといったこともこれに相当する。つまり、話し手が聞き手と同じ解釈コードを使っているかを

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るという点である。〈積極的消極空間〉がみられる視覚表象は、常識と考えられている シニフィアンとシニフィエのつながりや〈ヴィジュアル・シンタクス〉に何らかの不整 合が示されることから、鑑賞者はそこに矛盾や不整合性という「ない」という存在、す なわち〈Ø〉(ゼロ)が認識されると考えることができる。「或る不在が、それに対応す る存在と2 項対立をなす限り、その不在はその対立によって真の記号学的成分になる」

(ヤコブソン, 1973, p. 173)とヤコブソンが指摘するように、不在と対象とのあいだに は〈図〉と〈Ø〉として意味単位の序列に等価の関係が成立する。〈図〉と〈Ø〉の組み 合わせ自体、外界に指示対象が存在しない。したがって、記号と記号との内的関係が焦 点化され、メッセージがメッセージそのものへと集中する。この作用は脱コンテクスト 化を促し、世界からそのメッセージが際立つという機能が作用すると考えられる。

メッセージに矛盾や非論理性による詩的特徴がみられる場合、それらはヤコブソンが

「詩の付随的特徴」(ヤコブソン, 1973, p. 211)と述べる多義性や曖昧さをもたらす。ガ ンボーニ(2007)はKern (1983)が対象とした時代とほぼ同じ20世紀美術の基礎を形成 した1880年から第一次世界大戦までの視覚表象を対象として、豊饒で精緻な分析を行 った。それらに共通する「潜在的イメージ」13という概念を使って、曖昧性と不確定性14 確認する時に、メッセージに顕著に表れる機能である。4poetic、すなわち〈詩的機能〉とは、

メッセージ(message)が自己目的的になるが故に、メッセージがメッセージそのものに集中し、

コンテクストから意味が立ち上がり、メッセージが際立つ機能で、特に詩の作品にはこの機能が 支配的であるとしている。5referential、すなわち〈言及指示的機能〉とは、コンテクスト(context、

referent)、そしてコンテクストの中にある言及対象が主に果たす機能で、何かをそれで指し示し、

参照する、指示的機能であり、いろいろなメッセージの「主要任務」(ヤコブソン, 1973, p. 188) である。そして6phatic、すなわち〈交話的機能〉とは、接触回路(contact)によって果たされ る機能で、電話の「もしもし」のような、相手との〈コミュニケーション〉の経路を確認したり、

挨拶などの〈コミュニケーション〉の開始を告げたりといった、〈コミュニケーション〉を開始 したり、継続する働きをする(ヤコブソン, 1973, pp. 187-194; 池上, 2002, pp. 89-95; 小山, 2008, pp.

207-219)。

13「潜在的イメージ」とは特徴として、中間的位相と相対的不明瞭さを併せ持っているものだが、

ガンボーニ(2007)は具体的な例として、ヴェネツィアのサンマルコ寺院の色大理石で飾られた 内壁装飾を挙げている。その説明に以下のような記述がある。

〔不定形ながら具象性を想起せずにはいられない〕内壁は、完全に抽象的で象徴的なモザイ クによる地面と、壁面上部およびドーム部のモザイクによる具象的な物語画とのあいだを、

いわば、論理的にも物理的にも橋渡しする介在的な機能を有しているといえるだろう。完全 な幾何学的形態でもなく、明瞭に認知しうるモティーフでもないこの内壁は、石目の模様の 反復を利用して構成されている。[中略]石目は、壁布・波・空・炎・植物、さらには動物 や人物にも見える無限の世界を暗示するに至っている。 (ガンボーニ, 2007, pp. 35-36)

象徴と具象のあいだを「橋渡しする介在的な機能」という指摘は〈空間〉が果たす動的な性質に 類似している。またガンボーニは「潜在的イメージ」とは、「曖昧性」と「不確定性」の両方の 性質を有するものであるとしている。ガンボーニも述べているように、「曖昧性」とは2つ以上

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