第 3 章 〈積極的消極空間〉への新たな視点
3.1. パラダイム・シフト:常識からの分離
3.2.2. マクロなメカニズム:コミュニケーション・モデル
バルトの広告記号学の説明と、前項で明らかにした、鑑賞者の解釈までのコミュニケ ーション・メカニズムを踏まえて、Hall (1980)の「エンコーディング/ディコーディン
グモデル(encoding/ decoding)」を基に、本研究が対象としている〈積極的消極空間〉の
ある視覚表象を介したコミュニケーション・モデルとはどのようなものかについて検討 する。
20 世紀に入り、マス・コミュニケーション論、メディア論など数々のコミュニケー ション論が登場した。コミュニケーションは言語と非言語(verbal and nonverbal)、情報の 提供と意見の提示(informational and opinionated)、チャンネル特性など、いくつかの方法
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で分類できる(Merrill, Lee, & Friedlander, 1994, p. 5; 大橋・根橋, 2008, pp. 22-26)。その 中で最も基本的とされているもの15のひとつが参加者の数による分類である。それは独 り言などのイントラパーソナル・コミュニケーション、対人間で行われるインターパー ソナル・コミュニケーション、マス・メディアによるマス・コミュニケーションという 3つのカテゴリーに分けられると説明される (Merrill, Lee, & Friedlander, 1994; Pearson, Nelson, Titsworth, & Harter, 2003)16。この一般的な分類では、広告、そして書籍であるマ ンガは、マス・コミュニケーションに属するとされる。それは両者とも、情報の送り手 であるマス・メディアから多数 (large number)である大衆 (mass audience)への〈コミュ ニケーション〉であり、かつ、基本的に情報の拡散 (scattered nature)と、オーディエン スの不特定性 (anonymous nature)、そして異種混交性 (heterogeneous nature)を特徴とし ていたからである (Merrill, Lee, & Friedlander, 1994, p. 8)。しかし絵画は、例えば国内、
あるいは世界中を巡回するような展覧会の場合、情報の拡散、鑑賞者の不特定性や異種 混交性を特徴とするにもかかわらず、マス・コミュニケーション、また時には〈コミュ ニケーション〉という枠組みそのものからも除外される傾向にある。この現象は、絵画 など芸術とは、人に何らかの変化をもたらそうという意図はなく、人間の自由な表現活 動であるという考え方17や審美性や美的な真理を享受するもの18だという見方によるも のと考えられる。しかしながら、現代では絵画も画集やポスターとして印刷されたもの が販売されたり、インターネット上で鑑賞されていることを考えると、書籍や広告ポス
15人々が一般的に持っている、プロトタイプ的なコミュニケーションのモデルといわれるのが、
C. E. シャノンとW. ウィーバーが通信工学の観点から考え出した、いわゆるシャノン=ウィー
バーのコミュニケーション・モデル (Shannon & Weaver,1949)である(小山, 2012, pp. 131-132)。
送り手が発した情報は、受け手に到達したものと同一なものとして説明されるこのモデルの最大 の特徴のひとつは、情報はそのまま再現されて受け手に理解されるという、いわゆる情報の移送 という考え方にある。本研究が分析の対象とする〈非具象〉の絵画、広告、マンガは、シャノン
=ウィーバー・モデルが前提とする空間的限定性が欠如しているのみならず、特に絵画に至って は解釈コードも同時代性も共有しない送り手と受け手が、情報を送受信するという〈コミュニケ ーション〉が起こる。したがって、本研究で論ずる〈コミュニケーション〉を説明するモデルと しては、このシャノン=ウィーバーのモデルは適切とはいえない。
16Pearson, Nelson, Titsworth, & Harter (2003)はインターパーソナル・コミュニケーションをさらに 細分化し、対人 (dyadic)、少人数 (small-group)、演説などのパブリック (public)の3つがあると している(pp. 25-26)。
17大橋・根橋(2007)、コーヌ(2004)参照。果たして芸術はコミュニケーションかに問いを立 て、芸術一般を〈コミュニケーション〉のメディアとして捉えることに、現在でも反対する意見 があることは事実である。
18哲学的学問として成立した美学論は、聖アウグスティヌスが抱いた神をすべての美の統一体と 見做し、自然に中にその反映を認めるという思考に代表される、神学や哲学で行われてきた美へ の追及の姿勢がみられる。19世紀以前とそれ以降の美に対する思想の概観は、ウィーナー(1990)、 ヘンクマン・ロッター(2001)を参照。
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ターと差異化しにくい上、前述のとおり、いくつかの特徴をマス・コミュニケーション と共有しているのも事実である。
以上のような視点から、本研究が対象とする〈非具象〉の絵画もコミュニケーション 行為の一部と認識した上で、〈積極的消極空間〉がみられる表象を介し、どのような〈コ ミュニケーション〉が行われているのかを、その説明に最適と考えるHall (1980)の「エ ンコーディング/ディコーディングモデル(encoding/ decoding)」を基に検討したい19。
Hall (1980)の「エンコーディング/ディコーディングモデル(encoding/ decoding)」の
流れは、制作する側が持っている「知識の枠組み(frameworks of knowledge)20」、「技術的 基盤(technical infrastructure) 」、「生産の諸関係(relations of production)」から「エンコー ド(encode)」することで、「意味ある構築物1 (meaningful structures1)」をつくり、それ が「意味ある言説(meaningful discourse)」として受け手に届けられる。受け手は、彼ら が 持 っ て い る 「 知 識 の 枠 組 み(frameworks of knowledge)」、「 技 術 的 基 盤(technical infrastructure) 」、「生産の諸関係(relations of production)」によって、「意味ある構築物
2(meaningful structures2)」に「ディコード(decode)」するプロセスであり、異なるがつ
ながりのある契機の回路(circuit)であると説明される。Hallのこのモデルでは、意味はあ るのではなく構築されるものである。Hallのいうコードとは使用言語のみならず、その 表現をもっともらしいと感じてしまう、幼いころから学んだ日常的、習慣的、社会的、
文化的に慣れ親しんだ記号の配列や規則のことも指す(Hall, 1980, p. 132; ターナー,
1999, pp. 117-120)。Hallのモデルにある「知識の枠組み」とは、技術的な知識、専門的
19このモデルはもともと、テレビを介したマス・コミュニケーションの過程を表したものである。
したがって、エンコーディングがテレビの制作者側を、ディコーディングが視聴者を想定してお り、その際のメッセージとは、視覚的情報と聴覚的情報を想定したもので、視覚的情報と文字情 報をメッセージとして想定する絵画、広告、マンガという本研究の分析の対象とは異なる。しか
しHall (1980)のモデルは、本研究が対象とする表象を介した〈コミュニケーション〉を説明する
のに適したコミュニケーションの要素 (elements)を網羅しており、かつ、Barthes(1971)の「明示 的意味 (denonation)」と「暗示的意味 (connotation)」の概念を使って、意味の二重性を検討して いる点で、本研究への応用が適切であると考える。
20知識の枠組み (frameworks of knowledge)、技術的基盤 (technical infrastructure) 、生産の諸関係 (relations of production)、エンコード(encode)、意味ある構築物1 (meaningful structures1)、意味あ るディスコース (meaningful discourse)、意味ある構築物2 (meaningful structures2)、ディコード (decode)、コミュニカティブ・エクスチェンジ (communicative exchange)の以上すべて日本語訳 は引用者によるもの。
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なイデオロギー、制度化された知識、定義や前提といった、「意味ある言説」のエンコ ーディングとディコーディングそれぞれの基となる、諸々の知識である(Hall, 1980, p.
129)。こうした「知識の枠組み」と物理的、技術的、社会的に必要な諸関係21によって、
エンコーディングがなされる。視覚的な情報も、送り手がエンコーディングによって言 説を生み出すためには、「制度的、社会的な諸関係が言語の、言説的な規則 (the discursive rule of language)を通過しなければならない」(Hall, 1980, p. 130)[日本語訳引用者]。そ れによって「言説と言語の正当な規則 (the formal rule of discourse and language)」(Hall,
1980, p. 130)[日本語訳引用者]は支配的なものとなる。ヴィジュアルが暗示するもの
は多意味的 (polysemic)である。多意味は多様的(pluralistic)ではなく、ある支配的文化秩
序(a dominant cultural order)を形成する。支配的文化秩序は、支配的、または優先的
(preferred)な意味となり、その後の〈コミュニケーション〉の循環 (circuit)22へと引き継
がれる。エンコーディングによって生み出される「意味ある言説」は、送り手にとって
「意味ある言説」であり、コードを通し「メッセージ (message)」としてディコーディ ングされない限り、受け手にとって意味を持つものとして存在できない。「エンコーデ ィ ン グ」 と「 ディ コーデ ィ ング 」は コー ドの非 対 称性 の度 合い によっ て 、誤 解 (misunderstanding)をもたらす場合がある(p. 131)。Hall (1980)は受け手のディコーディ ングには3種類の仮説的ポジションがあるとしている。1つ目は支配的文化の秩序と制 作過程で使われたコードを踏襲する形でディコーディングする支配的‐ヘゲモニー的 ポジション (the dominant-hegemonic position)(p. 136)[日本語訳引用者]であり、送り 手 の 意 図 ど お り の 「 完 全 に 透 明 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン (perfectly transparent
communication)」(p. 136)[日本語訳引用者]であるとしている。2つ目が「折衝的ポジ
21Hall (1980)にある「技術的基盤」とは、テレビ番組を想定した場合、送り手のそれは行政から
の放送許可、放送局、電波塔といったことであるし、受け手のそれは、放送電波が受信できる受 像機、それを視聴する場所などが考えられる。また送り手側の「生産の諸関係」とは、テレビ局 のディレクターやカメラマンなどの制作スタッフ、外部の制作会社、放送を経済的に支える広告 主といった諸関係などであるし、受け手側の場合は、「意味ある言説」を「ディコーディング」
し、言説を実践や意識、現実化する場合の社会的な関係、すなわち友人やブログ、会社などが考 えられる。本研究では「エンコーディング」、「ディコーディング」に必要なものとして、この「技 術的基盤」と「生産の諸関係」をひとつのより総合的な要素と捉え、「社会的諸関係」とする。
22Hall (1980)は、送信したメッセージがそのまま変化せずに伝わることを想定していない。した
がって、円環的(loop)な〈コミュニケーション〉とは区別すべきである。ターナー(1999)も参 照。
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ション (the negotiated position)」(p. 137)[日本語訳引用者]で、支配的な秩序やコード に則ったり、また抵抗したりする矛盾した要素が混合する立場である。そして3つ目が 対抗的ポジション (the oppositional position)(pp. 137-138)であり、エンコーディングさ れた送り手からの言説の支配的な秩序やコードに抵抗し、反対する立場を示したりする 読解である。このようにしてディコーディングされたメッセージは「社会的実践の構造 (the structure of social practice)」(p. 130)[日本語訳引用者]へと入り込んで、受け手に よって意味化されたその言説が、彼らの実践や無意識となって「現実化(realization)」
(p. 130)[日本語訳引用者]していく。
以上が Hall のモデルの概説である。Hall のものと異なる部分を有しながらも、それ をベースとした本研究の考える〈積極的消極空間〉を介したコミュニケーション・フロ ーとは以下のようなものとなる。
Hallモデルの「技術的基盤」と「生産の諸関係」はフローの基盤と位置付けられる。
これを本研究ではこの2つが相互依存的で、不可分な部分も多いことから「社会的諸関 係」という、より総合的なユニットと捉える。エンコーディングを行う前のこの段階で 考慮すべき点は、そこにどのような社会的関係が存在しているかである。第1章でも述 べたが、ヴィジュアル・カルチャー・スタディーズでは、視覚的な表象をあくまでも「コ ード化された意図的なコミュニケーション」(ウォーカー・チャップリン, 2001, p. 26) であるとする立場を取っており、表象を通した〈コミュニケーション〉が存在している と主張している。本研究もこの立場を踏襲し、対象とする視覚表象の意図とは送り手の 意図と基本的には考える。しかし、2.2、2.3で述べたように、送り手のエンコーディン グには、その下地となる、社会との様々な関係による影響がある23。〈積極的消極空間〉
がみられる表象の誕生の背景には、労働者階級、中産階級からなる大衆という消費者層 の形成があった。この新たな社会階層からの支持は、エンコーディングにとって重要な 役割を担っていたことは、前述のとおりである。このような背景を持って登場した〈積
23Hall (1980)はこの点に配慮しており、この論文を発表した当時に導入され始めたオーディエン
ス・リサーチ(audience research)は、従来の、始まりと終わりがあり、明確にそれが調査であると 分かるリサーチとは違い、視聴者とコンテンツの関係の調査の、新たな局面をもたらしていると している(p. 131)。