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通訳データに見られた明晰化ストラテジーの概観

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 108-128)

第 5 章

5.1.1 通訳データに見られた明晰化ストラテジーの概観

図7 通訳データに見られた明晰化ストラテジー別の割合

図 7 から分かるのはベトナム語−日本語の通訳において、最も頻繁に活用されてい るストラテジーは「説明の追加」(24%)で、その次は、「読み手・聞き手に馴染 みのあるような表現への変換」(17%)、「前置き表現の活用」(16%)、「主体の 明示化」(11%)及び「原文の構成変更」(11%)、「暗示された情報の復元」

(6%)の順になっているということである。

起点言語と目標言語はいかに類似点が多くても、話し手と聞き手の間に知識や背 景情報及び文化等様々な側面の間にギャップが存在している限り、通訳者が直訳す るだけでは聞き手にかかる理解の負担が大きい。そのため、殆どの通訳者は「説明 の追加」というストラテジーを比較的よく活用せざるを得ないことがこの分析結果 によって改めて実証できた。

なお、「前置き表現の活用」は過去の研究では「明示化」(explicitation)として認 められておらず、考察に入れられなかったようであるが、本研究では及ぼす効果を 問わず、「前置き表現の活用」を「明晰化」と認定し、分析・集計してみたところ、

20%弱というかなり高い出現割合を確認することができた。これほどの割合で出現 したということは、この明晰化ストラテジーはベトナム語−日本語の通訳に大きな役 割を果たすことを示唆しているだろう。これがベトナム語−日本語の言語ペアの特殊 性であるかどうかは、本研究の範囲では考察しきれない部分があるが、この言語ペ

主体の明示化 11%(74回) 

前置き表現の活用 16%(109回)

原文の構成変更 11%(71回)

反復 4%(25回)

性別の明示化 1%  

(8回)

指示語の意 味明確化 2%(10回)

指示語の付加 1%(5回)

暗示された情報の   復元 6%(40回)

程度副詞の付加 3%(18回)

説明の追加 24% 

(159回)

複数の類義語の活用 2%(11回)

接続詞の付加 2%(13回)

読み手・聞き手に馴 染みのあるような表 現への変換 17% 

(114回) 

原文の不自然さに   対する処理 1%(7回) 

アの通訳における「前置き表現の活用」のストラテジーの性質や特徴について今回 収集できたデータの分析結果によって、ある程度明らかにすることができる。

「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」は「説明の追加」と同様、

聞き手に与える理解負担を軽減するために不可欠なストラテジーである。起点言語 や目標言語の特徴がかけ離れているほど、このストラテジーの活用が多くなる。本 研究では、通訳に現れたこのストラテジーが 17%という比較的高い割合を見せた。

これは、日本語とベトナム語の表現の特徴が大きく異なっていることに起因すると 考えても良いだろう。

次に割合が高いのは「主体の明示化」と「原文の構成変更」(同率11%) である。

主語・主体の明示が基本的には必須であるベトナム語と主語・主体が省略されるこ とが多い日本語が通訳の起点言語–目標言語という関係になる場合は、通訳者は「主 体の明示化」のストラテジーを多く活用する必要があると想定できる。その意味で、

この結果は想定した仮説の実証に繋がっているともいえよう。なお、二言語の以上 の特徴に基づくと、このストラテジーは主にベトナム語へ訳す方向で使われる可能 性が高いという仮説も立てられる。この仮説が正しいかどうかは、通訳方向別の考 察において検証してみたい。「主体の明示化」と異なり、「原文の構成変更」は起 点言語と目標言語の特徴の違いに起因し発生するものではないと思われる。このス トラテジーは 4.2 節に提示した定義の通り、長い文を幾つかの短い文に分けたり、

文の種類や文の構成を変えることにより、相手にとって聞き取りやすく、理解しや すいものにするストラテジーであるため、基本的には通訳者の判断、場合によって は通訳者の言語能力や経験の有無によって活用されるかが決まる。すなわち、長い 原文をそのまま伝えるか、区切って伝えて分かりやすさを工夫するかどうかは通訳 者の判断によるものである。ただし、言語能力や経験が不足している通訳者の場合 は、長い原文を伝える自信がなく、やむを得ず文を区切るという処理の仕方を選ぶ 場合も少なくない。本研究で協力を依頼した通訳者は全員通訳の経験がある程度あ り、言語能力も備えているため、11%もの割合で「原文の構成変更」のストラテジ ーが活用されたのは、前者の要因による結果ではないかと思われる。

「主体の明示化」と「原文の構成変更」の次に、割合が高いストラテジーは「暗 示された情報の復元」であるが、6%という割合で出現したというのは、中程度の頻 度であると判断される。このストラテジーは過去の先行研究においても「省略の復 元」(花岡、2000)という名称で言及があり、通訳・翻訳において普遍性があるス トラテジーであるため、この結果は想定内であるが、このストラテジーが活用され

るのはどの目的のためであるか、どのような性質を持つストラテジーであるかが先 行研究において深く掘り下げられなかった。この点については次の節においてデー タの分析結果に基づき、明らかにする。

上記以外のストラテジーは、大体 0.3%〜4%という小さい割合で出現している。

割合が小さいからといって、詳しく考察しないというわけではないが、まとまった 結論を導くために、次の節においてこれらのストラテジーの特徴・性質に関する分 析結果に合わせて深く考察して行きたい。

5.1.1.2 通 訳 デ ー タ に 見 ら れ た 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー の 特 徴 ・ 性 質

この節では、5.1.1.1 節で概観した、通訳データに見られた明晰化ストラテジーの 特徴・性質を明らかにするが、分析・考察に入る前に、本研究では明晰化ストラテ ジーの特徴・性質をどう捉えるかについて説明しておきたい。明晰化ストラテジー には様々な特徴があるが、本研究では、その明晰化の必然性、活用レベル及び利用 目的という三つの側面にしぼって考察を行う。明晰化の必然性とは、本論の冒頭に も触れたが、その明晰化が義務的か、若しくは任意的であるか、すなわち必ず行う 必要があるかどうかを基準に判断するものである。明晰化の活用レベルには、語彙 レベル・文法レベル・語用論レベルという 3 段階があるが、起点テキストの語彙を 別の語彙に変換する場合は「語彙レベル」、起点テキストの統語論的な要素を変換 する場合は「文法レベル」、そして前後の文脈に合わせて、起点テキスト全体を整 理し、適切に変換する場合は「談話レベル」と捉えている。また、ストラテジーの 利用目的は主に目標テキストの自然さ確保のためであるか、または意味明確化のた めであるかを基準に判断・認定されるものである。以下、それぞれの特徴・性質に ついて、具体的なデータや例を用いて考察する。

5.1.1.2.1 必 然 性 に つ い て

本研究の通訳データに見られた明晰化ストラテジーの必然性を示すデータを以下 の図8にまとめる。

図8 通訳データに見られた明晰化ストラテジーの必然性

図 8 により、明晰化の大半は任意的に活用されていたことが分かった。なお、こ の傾向から外れたストラテジーもある。それは「主体の明示化」、「性別の明示化」

及び「指示語の意味明確化」、「原文の不自然さに対する処理」、「読み手・聞き 手に馴染みのある表現への変換」、「説明の追加」である。

5.1.1.1 節でも説明したが、ベトナム語は主語・主体を明示しなければ意味不明、

または失礼な話し方だと思われるのに対し、日本語では主語・主体の省略が非常に 多いというように、主語・主体の省略・明示という点において二言語には大きな相 違がある。これは 日本語−ベトナム語の通訳に活用された「主体の明示化」の強い 義務的な性質の裏付けになると言っても良いだろう。なお、「主体の明示化」であ れば、必ずしも義務的に使われたストラテジーとして認定できるわけではない。図 8 を見れば分かるように、このストラテジーの約 20%は任意的に活用され、つまり 主体を明示しなくても聞き手に違和感を与えたり、誤解を招いたりするわけではな いケースである。任意的な「主体の明示化」が現れる場面はどのようなものである かデータと照合したところ、以下のような例が見られた。

例1:

話者JP01 私が発表した,あと、えーと、質問、受けるんですか?。

通訳JV01 Cho/ tôi /hỏi/ một chút/ ạ/&,,

【私はちょっと質問させて頂きたいですが】

0%  

10%  

20%  

30%  

40%  

50%  

60%  

70%  

80%  

90%  

100%  

義務的   任意的  

→「前置き表現の活用」のストラテジー

通訳JV01 Sau khi/tôi/ phát biểu/ xong/ thì/ tôi/ sẽ/ nhận/ những/ cái câu hỏi/ từ/ phía thính giả/ đúng không ạ/??。

(させて下さい/私/質問する/ちょっと/(丁寧な態度を表す言葉)/後/私/

発表する/終わる/では/私/(未来テンス)/受ける/(複数形)/質問/から/

視聴者側/でしょうか?/)

【私が発表した後には私は視聴者からの質問を受けるんですよね?。】

→ 「主体の明示化」のストラテジー

以上の例では、「質問を受けるんですか」という起点テキストに対し、通訳者は 質問を受ける主体を明示したが、この場合の通訳文は複文であり、「前節」に「私」

という主体が明示されたため、「後節」において主体を省略しても文の意味や丁寧 さが変わらないということになる。そのために、この場合に活用された「主体の明 示化」は義務的ではなく、任意的なものとして認定できるのである。

「主体の明示化」と同様に、相手または第三者の性別を明示するかどうかという点 についても日本語とベトナム語は大きく異なっている。ベトナム語は相手を指す呼 称を選択する際に、相手の性別を考慮し、その性別を明示する場合が多いのに対し、

日本語では性別を問わず、相手のことを「名前+さん/様・・・」と呼ぶため、日本 語−ベトナム語の通訳者は必ずこの特徴に合わせて「性別の明示化」のストラテジー を行わざるを得なくなる。そのため、本研究で観察できた「性別の明示化」の義務 的な性質が強いのも想定内のことであろう。

「原文の不自然さに対する処理」に関しては、「義務的」と「任意的」は 80%対 20%になっているが、通常、原文が不自然であればその不自然さを自然な形に調整 した上で訳すのが当然なので、義務的であると思われがちである。これについて詳 しく要因を調べるために、具体的なデータを調べたところ、通訳全データにおいて このストラテジーが使われたのはわずか 5 回だけであり、そのうち「義務的」と

「任意的」な性質を持つものは 4 対 1 ということが判明した。起点テキストに不自 然な部分があれば、当然処理しなければならないと思われがちだが、この研究では、

その処理が任意的に行われた場合もあった。任意的に行われる「原文の不自然さに 対する処理」とはどのようなものか、以下、実際の通訳データを示し説明したい。

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