第 6 章
6.2.2 明晰化ストラテジーの異なる活用傾向と翻訳者の意識・意図の関連性
小さい/有意義/本日/私たち/期待する/未来テンス/加える/力/と/堅固/意志/に対する/同 胞/と/複数形/兵士/島/遠い/における/事業/建設/と/保護/国/)
【発足式において、●●グループのグエン・クアン・フィー社長は「プログラムは●●
(会社名)従業員の一員ずつが母国や古里に対するビリーフと愛を表す機会である。
些細ながら有意義な本日の行動を通じて、我々は国の建設・保護事業における遠い 島にいる同胞と兵士に対し、パワーと堅固な意思を与えることを期待している」と 語る。】
この起点テキストでは、「語る」(chia sẻ) という動詞は、明らかに過去の行動を 表すのに過去形にされなかった。ベトナム語ではこのままのテンスでも自然ではあ るが、日本語では違和感を与えるだろう。そのために、翻訳者全員は日本語に訳し た際に、「語る」を「語った」というようにテンスを変換した。この工夫について ヒアリングしたところ、翻訳者全員が曖昧さを避け、日本語で自然に伝えられるよ うにするためであると解答した。そして、同じ起点テキストにおいて、「プログラ ム」(Chương trình)という名詞に「当」、または「この」等の指示語を加えるという 工夫も見られた。この工夫も翻訳者全員が共通して行い、且つ指す対象を明確化す るために行った工夫であると回答していた。
このように、明晰化ストラテジーが共通して活用されたいくつかの代表的な訳文 を抽出し、意識調査を行ったが、翻訳者の意識における共通の部分が多いというこ とを確認することができた。そして、この調査で分かった大事な発見の一つは翻訳 者全員が意識的にこれらの工夫を行っていたということである。筆者は殆どの場合 において無意識のうちにストラテジーを使っていただろうという仮説を立てたが、
調査で明らかになったこの結果は想定外のものであった。また、ストラテジーの利 用目的については、単純に「意味明確のため」若しくは「目標テキストの自然さ確 保のため」ではなく、両方の利用目的が混じっていた場合が多かったということも 意識調査で確認できた。
情報の処理、工夫のあり方がはっきり分かれていた訳文に注目し、ヒアリングを行 った。
まず、「程度副詞の付加」について、以下の起点テキストを用いてヒアリングし た。
(1)合い言葉は「あなたの未来を強くする」
この起点テキストに対し、ただ一人の翻訳者が「あなたの未来をより強くする」
のように「より」という程度副詞を加えた。なぜこの工夫をしたのか確認したとこ ろ、この程度副詞を加えないと、「生命保険のお客さんの未来は全然強くないが、
生命保険によって強くなる」という大げさな意味合いが読み手に伝わってしまうと 懸念していたため、「より」という程度副詞を活用していたという回答を得られた。
想定外の答えであったが、この被験者の説明は理にかなうものであり、理解できな いこともない。翻訳者はしっかりと意識しながら、この工夫を行ったという点につ いて筆者は特に確認したかった。「暗示された情報の復元」にも同様に、ただ一人 の翻訳者が工夫した場面があった。
(2)「未来」をより確かなものにするために。
この翻訳者は「あなたの未来」のように暗示された「あなた」の情報を復元した。
その理由を聞いたところ、意味を明確化することができるほか、表現の自然さも向 上させることができるという理由で、この工夫をしたという認識が確認できた。筆 者はこの場合において、利用目的が「意味明確化のため」だと認定したが、翻訳者 が意図していた目的はそのように単純なものではなく、やはり表現の自然さを求め るためという目的も存在した。
「説明の追加」のストラテジーについても、以上と同じく、翻訳者 6 名のうち、5 名もの翻訳者は説明を追加しなかったが、わずか1名のみこの工夫を行った。
(3)(会社名)に入社する前に、契約社員として約2年間働いていました。
この場面では、1 名の翻訳者は「(会社名)に正式に入社する前に〜」という 翻訳を作り上げた。「正式に」というのは起点テキストになかった情報だが、この 翻訳者がなぜこの情報を追加したのが理解しづらい点である。本人にヒアリングし てみたところ、無意識的にこのように訳したのではなく、意図がちゃんとあったと の回答であった。つまり、直訳すると、契約社員の資格と入社後の資格がどう異な るか読み手には想像しにくいため、「正式に」という説明を加えることによって
「契約」と「正式」の対立的な意味を際立たせ、読み手の理解負担を軽減したいと いうことであった。
「原文の構成変更」のストラテジーにもわずか一名の翻訳者が活用した場面があ った。
(4)Với/ tinh thần/ hướng về/ biển đảo/ quê hương/, ngày 09/07/2014/, tập đoàn ●● (Tên công ty)/ đã/ phát động/ chương trình/ quyên góp/: Niềm tin Việt/ – Chung tay/ hướng về/
biển đảo/ quê hương/ nhằm/ khơi dạy/ lòng yêu nước/, niềm tự hào/ dân tộc/, hướng/ về/ biển đảo/ thân yêu/ trong/ mỗi/ cán bộ/ ●● (Tên công ty)/.
(で/精神/向ける/海島/母国/2014年7月9日/グループ●●(会社名)/過去形/発足させ る/プログラム/寄付/ベトナムビリー/手を合わせて/向ける/海島/母国/ため/呼び起こす /愛国心/誇り/民族/向かう/海島/愛なる/における/ずつ/職員●●(会社名)/)
【2014 年 7 月 9 日に、(会社名)グループは(会社名)の職員ごとの愛国心、民族 への誇り、親愛なる海島へ? を呼び起こすために、「ベトナムのビリーフ – 母 国の海島に向かって力を合せる」という寄付プログラムを発足させた。】
この起点テキストは一つの文として構成されたが、翻訳者 5 は以下のように長い 文を分割した。
(翻訳):2014年07月09日に グループ名は「ベトナムへの希望-ベトナム領海へ 向けて手を合わせよう」という寄付プログラムを起こしました。目的は グループ名 の従業員の愛国心、民族の誇り、島への愛着を喚起することです。
その理由についてヒアリングしたところ、翻訳者は簡潔な形で、且つ分かりやす く伝えるために意識的にこの工夫を行ったとのことである。
次に翻訳者の工夫のあり方が分かれた訳文についての意識調査である。義務的な 性質が強いストラテジーであるが、活用したのは 2 名でほかの 4 名は活用しなかっ たという場面があった。
(5)その職場に顔を出されていた●●の方が、真面目でとても感じが良かったんです。
「〜方」というところを訳した際に、6 名のうち 2 名の翻訳者は性別(女性別)を 明示した。この工夫をした翻訳者からは、前後の文脈をもとに考えれば、このテキ ストで言及されている人物の性別が分かり、更にベトナム語に訳す際に性別を明示 しなければ、なんだか曖昧で、不自然であり、且つ読み手との隔たりを作ってしま うような気がするためであるという回答が得られた。確かにこの文章を読んだだけ では、言及された対象の性別を確定することは難しいが、前後の文脈を踏まえて判 断すると、性別が判断できないことはない。また、筆者の観点からすれば、性別が 明示されたベトナム語訳とそうでないベトナム語訳を比較してみると、性別が明示 されたベトナム語訳のほうがいっそう自然でよく書いているという印象を受ける。
こういった場面において、翻訳者の言語的なセンスによって、訳文の自然さが大き く変わるということもこの調査によって確認することができた。
最後に「読み手に馴染みのあるような表現への変換」について処理のあり方が翻 訳者によって大きく異なった訳文について意識を調査してみた。
(6)私たち●●(会社名)は、一人でも多くのお客様に、生命保険の価値・本質を伝 えていきます。
「一人でも多く」 は日本語の文章でよく見かける表現であるが、ベトナム語では対 応する言い方がないため、この表現を訳す際には必ず処理を行う必要がある。しか し、この場面では翻訳者の 6 名のうち、「読み手に馴染みのあるような表現への変 換」を行い、ベトナム語で意味が近くなるように表現に訳したのは 4 名だけであり、
ほかの 2 名はこの表現の部分を省いた。ヒアリングしたところ、ベトナム語に対応 する表現がないうえ、この部分がなくてもそれほど意味伝達に影響がないため、無 理矢理不自然な形で翻訳するよりも、省いたほうが良いという認識を確認すること ができた。つまり、この場合において、翻訳者の判断によって原文を構成する各部 分に対する認識が大幅に異なっているということが分かった。認識の違いによって、
翻訳時の情報処理等も大きく変わってくるであろう。
また、被験者 4 にヒアリングした時に、日本語からベトナム語へ訳す場合は意味 の十分な伝達を重視しながら、ベトナム語目標テキストの自然さを第一に優先する 意識があるが、ベトナム語から日本語へ訳す場合は、日本語母語話者でないために、
自然な目標テキストがどのような形であるか判断し切れないため、日本語目標テキ ストの自然さよりも、まず意味が十分に伝わるかを最も重視しているという認識を 確認することができた。被験者 6 もどうも同じような認識を持っているようである。
ほかの被験者に対しては残念なことに、この認識を持っているかどうか確認できな かったが、これも訳出者の一つの考え方だと分かって来た。そして、この考え方も 訳出プロセス及びそのプロセスに活用されるストラテジーを大きく左右する重要な 要素の一つなのではないかと思われる。
このように、意識調査により工夫のあり方が大きく異なった訳文に関わる翻訳者 の認識の違いを明らかにすることができた 。この結果によって、翻訳プロセスの動 的な性質を実証することが出来るほか、このプロセスにおける翻訳者の判断・経験 及び言語的なセンス等の各要素の重要な役割を確認することもできた。次の章にお