第 5 章
5.1.2 通訳者ごとに見られた明晰化ストラテジーの活用傾向
第 8 章の第 1 節で通訳データにおける明晰化ストラテジーの特徴全体についてま とめた。それを通じて、本研究で設定した場面で収録した通訳データではどのよう な明晰化ストラテジーが見られたか、それぞれのストラテジーごとの出現割合及び 必然性、活用レベル並びに利用目的はどういう特徴を有するかが明らかにされた。
本節では、通訳プロセスには一定の安定性があるものの、基本的には動的なもので あるという論説を検証することを目的として、 場面、要処理・要伝達の情報等通訳 作業を取り巻く環境が大体同じようなものであっても、通訳者によって明晰化スト ラテジーの活用状況が異なることを通訳データの分析によって解明していく。
まず、全体的な分析結果から見ても、ストラテジー活用頻度における通訳者によ る違いに気づくことができた。6 名の通訳者の中で、最も高頻度で活用したのは通 訳者6(145回)で、最も低頻度で活用したのは通訳者 4(75回)である。この差が あったのは、通訳者 6 が特に「説明の追加」を多く活用した(50 回)のに対し、通 訳者4はこのストラテジーをわずか 13回しか使わなかったことが主な要因であると 考えられる。ほかの 4 名は 94 回〜118回という幅で活用回数が変動している。ただ し、活用回数と活用ストラテジーの実質的な効果は必ずしも相関関係を持っている とは限らない。
次に、対応を依頼された場面で活用した明晰化ストラテジー別の割合を通訳者ご とに比較するが、その結果は以下の表13に示されている。
表13 通訳者別の活用した明晰化ストラテジーの割合と頻度 明 晰 化 ス ト ラ テ ジ ー
通訳者1
(%/回)
通訳者2
(%/回)
通訳者3
(%/回)
通訳者4
(%/回)
通訳者5
(%/回)
通訳者6
(%/回)
主体の明示化 8.7 (9) 14.3 (16) 8.6 (10) 10.7 (8) 18.5 (20) 7.6 (11) 前置き表現の活用 17.5 (18) 20.5 (23) 17 (20) 24 (18) 13 (14) 11 (16) 原文の構成変更 11.7 (12) 13.4 (15) 7.7 (9) 13 (10) 9.3 (10) 10 (15)
反復 5.8 (6) 2.6 (3) 2.5 (3) 2.7 (2) 2.8 (3) 5.5 (8)
性別の明示化 1.0 (1) 1.8 (2) 0.8 (1) 0 (0) 1.9 (2) 1.4 (2) 指示語の意味明確化 1.0 (1) 0.9 (1) 0.8 (1) 1.3 (2) 0.9 (1) 2.7 (4) 指示語の付加 1.9 (2) 1.8 (2) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0.7 (1) 暗示された情報の復元 1.9 (2) 4.5 (5) 11 (13) 6.8 (5) 2.8 (3) 8.2 (12) 程度副詞の付加 3.9 (4) 0.9 (1) 1.7 (2) 4 (3) 2.8 (3) 3.3 (5) 説明の追加 23.3 (24) 13.4 (15) 30.6 (36) 17.4 (13) 19.3 (21) 33.8 (50) 複数の類義語の活用 0 (0) 2.6 (3) 0.8 (1) 1.3 (1) 2.8 (3) 2.0 (3) 接続詞の付加 1.0 (1) 6.3 (7) 0.8 (1) 0 (0) 0 (0) 2.7 (4) 読 み 手 ・ 聞 き 手 に 馴 染 み の
あるような表現への変換
20.4 (21) 17 (19) 16.9 (20) 18.8 (14) 24 (26) 9.5 (14)
テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト の 変 換・具体化
0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0)
原 文 の 不 自 然 さ に 対 す る 処 理
1.9 (2) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 1.9 (2) 2.0 (1)
形式名詞の具体化 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 0 (0) 英 語 ( 表 記 ) の 併 用 に よ る
誤解防止
0 (0) 0 (0) 0.8 (1) 0 (0) 0 (0) 0 (0)
表 13 を通じて、まず通訳者全員における共通の特徴として、「主体の明示化」、
「前置き表現の活用」、「原文の構成変更」、「説明の追加」、「読み手・聞き手 に馴染みのあるような表現への変換」のストラテジーが全体に対する大きな割合を 占めていることが挙げられる。これは第4章の4.3の4.3.1節 (p.99) で提示された通 訳全データにおける明晰化ストラテジー活用の全体傾向についての分析結果に合致 したものである。「テンス・アスペクトの変換・具体化」及び「形式名詞の具体化」
は全体結果の節でも示した通り、通訳者全員で活用回数が 0 であった。もう一点目 に止まるのは、 「性別の明示化」(0〜1.9%)、「指示語の意味明確化」(0.8%〜
2.7%)、「指示語の付加」(0〜1.9%)、「程度副詞の付加」(0.9%〜4%)、「複 数の類義語の活用」(0〜2.8%)、「英語(表記)の併用による誤解防止」(0〜
0.8%)のストラテジーグループが通訳者全員に共通して活用割合が非常に少ないと いうことである。無論、このような頻度が少ないグループの中でも、通訳者によっ て多少の差異が存在しているが、大きな違いではないように見える。この結果は、
通訳プロセスのある程度の静的な性質を示唆するのに関連づけられるだろう。即ち、
大体同じ条件の下に置かれた場合は、通訳者が異なっていても、発生する問題に対 する対処方法の傾向はある程度共通しているということである。
以上は共通の部分について解析したが、次に異なる部分について深く掘り下げた い。まず、ばらつきが最も目立つのは、「暗示された情報の復元」(1.9%〜11%) 及 び「接続詞の付加」である。具体的には、通訳者 3 と通訳者 6 のデータで見られる
「暗示された情報の復元」が11%と 8.2%も占めるのに対し、通訳者1 や通訳者5 の 場合は、この割合はわずか2.0%と2.8%である。「接続詞の付加」の場合は、同様に 全体的な活用割合が 0〜3%であるのに対し、通訳者 2 だけは 6.3%というやや高い割 合でこのストラテジーを活用したと見られる。一方、活用割合が高いストラテジー グループに関しても、多少のばらつきが見られる。例えば、「主体の明示化」の場 合は、通訳者5と通訳者2が18.5%と14.3%も高い割合で活用したのに対し、通訳者 6、通訳者3 及び通訳者 1 の場合はわずか 7.5%、8.6%と 8.7%という半分ぐらいの割 合になっている。同様に、「前置き表現の活用」(11%〜20.5%)、「原文の構成変
更」(7.7%〜13.4%)、「説明の追加」(13.4%〜34.2%)、「読み手・聞き手に馴
染みのあるような表現への変換」(9.6%〜24%)も同様に変動幅がかなり広いとい うことが表 13 を詳細に見ると分かるあろう。頻度が少ないストラテジーグループに 関しても、「反復」(2.5%〜5.8%)、「原文の不自然さに対する処理」(0〜1.9%) という結果が出たように、通訳者によって差異があるのは明らかである。
このようなばらつきが出た背景・要因について全体的に説明すると、総合分析結 果でも示されたように、活用されたストラテジーの大半が任意的な性質を持ってお り、いわば必ずしも行う必要があるわけではないものが殆どである。そのために、
ストラテジーを活用するかどうか、具体的にどういった形で活用するかは、やはり 通訳者の経験・判断・言語能力・スタイル等、即ち「参与者的な変数」(図 4 を参 照)によるところが大きいのだと考えられる。例えば、少し愛想が良くないように 思われても構わず簡潔性を第一優先する通訳者の場合は、余剰だと思われがちな
「前置き」、「説明の追加」などの工夫を行わない傾向があるが、配慮が良い通訳 者の場合は、それほど分かりにくい原文ではなくても、聞き手の確かな理解を得ら れるように説明を加えたり、聞き手に馴染みのあるような表現へ変換したりするな
どの工夫を施す。また、言語能力は足りないが経験が豊であるため、なかなか適切 な語彙が見つからない場合の対処として別の表現を使い冗長に説明する通訳者もい れば、言語能力が優れており、すぐ相当語彙を思い出せるので、簡潔に伝えられる 通訳者もいる。実際の業務現場に入ると様々なバージョンが見られるだろう。なお、
この背景・要因の詳細な考察は本章の第 2 節にて、通訳者の意識調査を踏まえて本 格的に行いたい。
以上は通訳者による明晰化ストラテジーの活用率について分析・考察した。続い て、通訳者によって活用される明晰化ストラテジーの活用レベル、必然性及び利用 目的が異なるかどうかについて分析・考察する。下の表 14 と図 11 を参照されたい。
表14 通訳者別の活用した明晰化ストラテジーの
必然性・活用レベル・利用目的の割合
78.60%
86.00% 21.40%
25.20% 7.80% 66.70% 14.00%
82.10%
23.20% 12.50% 64.30% 16.00% 84.00% 17.90%
18.60% 8.50% 72.90% 9.00% 91.00% 18.60% 81.40%
13.20% 10.50% 76.30% 13.00% 87.00% 13.20% 86.80%
25.90% 18.50% 55.60% 22.00% 78.00% 25.00% 75.00%
23.00% 6.80% 70.20% 8.00% 92.00% 10.80% 89.20%
図11 通訳者別の活用した明晰化ストラテジーの 必然性・活用レベル・利用目的の傾向
まず、図 11 を見ると通訳者全員に共通する傾向が分かるだろう。つまり、通訳者 全員が活用した明晰化ストラテジーは大半が任意的な性質をもち、文法レベルの活 用が少なく、談話レベルでの活用が主要であるほか、主な利用目的が意味明確化の ためであるということが明らかになった。これも総合分析結果(5.1.1 節)に合致し たものである。
しかし、表 14 の詳細な統計データを見ると、通訳者による微妙な違いが見られる。
例えば、必然性に関しては 8%〜22%という比較的広い幅で変動している。そのうち、
通訳者5 は 22%という比較的高い割合を示すのに対し、通訳者3 と通訳者6 ではわ
ずか 9%と 8%だけであった。通訳者 5 のデータを詳しく検討したところ、義務的な
性質が強い「主体の明示化」が 20 回もあり、6 名の中で活用頻度が最も高かったこ とが分かった。一方、通訳者3と通訳者6の「主体の明示化」の活用頻度は10回と 11 回であり、通訳者 5 に比べて半分近く少ない回数であった。これは日本人とベト ナム人の会話協力者が同じ内容であっても違う表現を使うため、主体明示化が必要 になったり不要になったりする場合が多く、 通訳者 5 が対応した会話では、確かに 主体明示化が必要になる原文がほかの通訳者が対応した会話と比べ、やや多かった ことが一つの要因として考えられる。そのほか、原文を忠実に訳すと、主体明示化
0.00%
50.00%
100.00%
150.00%
200.00%
250.00%
300.00%
350.00%
通訳者 1
通訳者 2
通訳者 3
通訳者 4
通訳者 5
通訳者 6
利用目的 意味明確化 のため
利用目的 目標テキスト の自然さの確保のため 必然性
任意的
必然性
義務的
活用レベル
談話レベル
活用レベル 文法レベル 活用レベル 語彙レベル
がそもそも義務的に必要なところではあるが、原文構成変更・省略等により不要に なる場合もある。これも以上で得られた結果を導く一つの要因になり得るだろう。
また、明晰化ストラテジーの活用レベルについても通訳者による違いが観察でき た。通訳者 5は文法レベルで活用したストラテジーの割合が特に高かった(18.5%)。
なお、これは以上の必然性についての分析・考察に合致した結果ではないかと思わ れる。つまり、通訳者 5 は主要な活用レベルが文法レベルである「主体の明示化」
ストラテジーを一番多く活用したため、以上の結果を伴ったということである。ほ かに、語彙レベルをみると、通訳者 4 は平均割合(約 20%)より比較的低い割合
(13.2%)が出ている。そのかわり、この通訳者は談話レベルでのストラテジー活用
割合が76.3%にも及んだ。それに対し、通訳者5は25.9%もの高い活用率に達してい
るが、談話レベルでの活用は 55.6%のみであり、6 名の中で最も低かった。その理由 を究明するため、通訳者 4 のデータを詳しく調べたところ、通訳者 4 のストラテジ ー活用総回数が76 回であり6名の中で最も少ないということが分かった。更に、そ の少ない回数の中で、活用レベルが主に談話レベルであるストラテジー(「前置き 表現の活用」、「原文の構成変更」、「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現 への変換」、「説明の追加」)だけでも合計回数が約 55 回になっている。その上、
活用レベルが語彙レベルである場合が多いストラテジー(「指示語の意味明確化」、
「性別の明示化」、「程度副詞の付加」、「指示語の付加」)等の合計回数は約 6 回だけである。これは、以上で分析して判明した結果の裏付けになるのではないか と思われる。通訳者 5 についても、同様に活用レベルが語彙レベルになりやすいス トラテジーを平均より多く使っていることが以上の結果の裏付けになっている。
最後は利用目的の違いについての考察であるが、通訳者 6 は平均より「目標テキ ストの自然さの確保のため」が比較的低い割合を出している(10.8%<平均約18%)。
その理由は、「目標テキストの自然さの確保のため」が主要な利用目的となってい る「聞き手・読み手に馴染みのあるような表現への変換」のストラテジーの活用率
(14回<通訳者5の最高活用回数25回)が低かったからである。
以上は表層的な背景・理由を考察したが、本質的な理由を究明するには、なぜこ の通訳者はこのストラテジーを好んで多く使う傾向があるかを深く調査する必要が ある。ただし、これは極めて難しいことである。本研究では、通訳者に対する意識 調査を行い、それを通じて分析結果の背景・要因を解明しようと試みるが、そもそ も明晰化ストラテジーの活用は無意識なものが多く、通訳者自身でもなぜストラテ