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明晰化ストラテジーの共通した活用傾向と翻訳者の意図・意識の関連性

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 164-167)

第 6 章

6.2.1 明晰化ストラテジーの共通した活用傾向と翻訳者の意図・意識の関連性

まず、「主体の明示化」が共通して活用された翻訳文に関する被験者の意識を確 認した。起点テキストは以下である。

(1)(会社名)に入社する前に、契約社員として約2年間働いていました。

主語、いわゆる動作主体が明示されていないこの起点テキストに対して、翻訳者 全員はベトナム語に翻訳する際に主体を明示した。この工夫について翻訳者に意識 を調査したところ、「ベトナム語は主語が明示されなければ失礼になる言語である ため、ここで主体を明示するのが当たり前である」という回答を得られた。これは 筆者が想定した通りの結果となっており、日本語−ベトナム語の訳出における「主体 の明示化」の義務的な活用の高比率を裏付けるものでもある。そして、この工夫は 意識的な工夫であるとも確認できた。

同様の形で「原文の構成変更」が活用された翻訳文についても調査してみた。起 点テキストは以下である。

(2)私たちは、単に生命保険商品を販売することだけを目指しているわけではあり ません。

翻訳者 6 名のうち、5 名もの翻訳者がこの起点テキストをベトナム語に翻訳する 際に、起点テキストの構成を変更した。具体的には、主語・主題の「私たち」を修 飾語に変え、「私たちの目的」を主語・主題に置き、「私たちの目的は単純に生命 保険商品を販売することではない」というように翻訳することによって、「私たち の目的」という語句を強調し、読み手の注目を引くことができるようになっている。

この工夫の意図・意識についてヒアリングしたところ、このように伝えると意味を より明確化することができるほか、更に自然な形で伝えることができると回答され た。そして、この工夫をしたのは意識的だということである。筆者は主観的にこの 工夫の利用目的を「目標テキストの自然さ確保のため」だと認定していたが、この

調査を通じて両方の利用目的が意図されていたことが分かった。なお、これでも想 定内の結果である。つまり、利用目的の定義を取り上げた時にも説明したように、

この二つの利用目的ははっきり区別できるわけではなく、多くの場合は混じったよ うな形になっている。具体的には、目標テキストの自然さを確保することによって、

意味を明確な形で伝える意図を持つ翻訳者もいれば、意味を明確化することによっ て目標テキストをより自然に伝える意図を持つ翻訳者もいる。翻訳者自身は今振り 返ってみても、作業中どちらの意図がより先行していたか分からない。そのため、

本研究では筆者は二つの利用目的が平行して内在する可能性を認めるものの、集計 の便宜上、 文脈や自分自身の経験を踏まえ、どちらかよりはっきり見える利用目的 を一つ認定するしかなかった。

次は「指示語の意味明確化」と「形式名詞の具体化」についてのヒアリングであ る。ヒアリングに用いられた起点テキストは以下である。

(3)ご家族に経済的な負担をかけずに、それぞれの夢の実現を支えることができる 生命保険とはご家族への深い愛をかたちにしたものなのです。

この起点テキストに対し、翻訳者 6 名とも、「それぞれ」という指示語の意味を 明確化し、「〜もの」という形式名詞を具体化した。この二つの工夫につき、翻訳 者全員は目標テキストの自然さや意味の明確さのためにやむを得ず、行わざるを得 ないのだと回答した。そして、これらの工夫は時間をかけて考えたものであるため、

意識的に行われたものであろうという認識も確認できた。本章第 1 節の分析結果で は、「指示語の意味明確化」と「形式名詞の具体化」の利用目的は完全に「意味明 確化のため」だと認定されていたが、この調査を通じて、翻訳者の意識では「目標 テキストの自然さ確保のため」という意図もあったということが明らかになった。

「読み手に馴染みのあるような表現に変換する」という明晰化ストラテジーは出 現割合が多く、且つ翻訳者全員に共通して活用された箇所も多かったために、調査 の対象にした。ヒアリングに用いられた起点テキストは次のようである。

(4)使命感をもって仕事をしている姿勢が素敵で、仲良くさせて頂くようになった んです。

「使命感」という言葉は日本語の文章ではよく見かける表現であるが、ベトナム 語ではこのような言い方が通用していない。そのために、翻訳者全員は直訳せずに、

文脈を踏まえて相応しいと思われるベトナム語の代替表現に変換した。殆どの翻訳 者は「素晴らしい責任感」というような訳を使っていた。調査で翻訳者の作業中の 意識を確認したところ、「ベトナム語にぴったり対応する表現がないため、文脈に

合った表現に変換するしかなかった」という認識が確認できた。つまり、このよう な工夫は意識的であり、「目標テキストの自然さの確保のため」という意図が強か ったということであろう。

「原文の不自然さに対する処理」も義務的な性質が強いように、翻訳者全員は不 自然さがある起点テキストにおいて処理を行っていた。

(5) Trong/ khuôn khổ/ chương trình/ “●●(会社名) /: Niềm tin Việt/- Chung tay/ hướng về/ biển đảo/ quê hương/”, Tập đoàn ●●(グループ名) / cũng/ đã/ công bố/ và/ trao giải/

cuộc thi/ vẽ tranh/ “ Niềm tin/ chắp cánh/ ước mơ/”.

(における/枠組み/プログラム/(会社名)/ベトナムビリーフ/手を合わせる/向ける/ 母国/海島/グループ(グループ名)/も/過去形/発表する/と/授与する/コンテスト/絵を 描く/ビリーフ/羽ばたかせる/夢/)

【「ベトナムビリーフ・母国の海島に向けて力を合わせる」という運動の中で、

●●グループ(会社名)は「夢を羽ばたかせる」という絵画コンテストを発表し、受 賞式を行った】

(5)の起点テキストでは、下線を引かれた表現(絵画コンテストを発表し、受賞式

を行った)が明らかに不自然である。この不自然さに対して、翻訳者全員は「絵画 コンテストの結果を発表し」というように処理を行った。調査によると、この工夫 を行わなければ、正しい訳文を産出することができないとの認識が確認できた。そ して、この工夫も以上で調査した工夫と同様、意識的なものである。工夫のはっき りした意図は確認できなかったが、どうも「意味明確化のため」という意図のほう が翻訳者の意識の中ではっきり潜在していたのではないかと思われる。

最後に「指示語の付加」及び「テンス・アスペクトの変換・具体化」について意 識を調査してみた。以下の起点テキストを用いて、ヒアリングした。

(6) Tại /lễ phát động/, ông/ Nguyễn Quang Phi/,-Tổng Giám đốc Tập đoàn ●●/- chia sẻ/:

“Chương trình/ là/ cơ hội/ để/ mỗi/ cán bộ nhân viên ●●/ thể hiện/ niềm tin/ và/ tình yêu/ đối với/ quê hương/ đất nước/. Thông qua/ những/ hành động/ nhỏ/ mà/ ý nghĩa/ ngày hôm nay/, chúng tôi/ hy vọng/ sẽ/ tiếp thêm/ sức mạnh/ và/ ý chí/ kiên cường/ cho/ đồng bào/ và/ các/

chiến sỹ/ nơi/ đảo/ xa/ trong/ công cuộc/ xây dựng/ và/ bảo vệ/ đất nước/”.

(における/発足式/氏/グエン・クアン・フィー/社長/グループ/語る/プログラム/は/機 会/ため/ずつ/職員●●/表す/ビリーフ/と/愛/に対する/故郷/国。/を通じて/複数形/行動/

小さい/有意義/本日/私たち/期待する/未来テンス/加える/力/と/堅固/意志/に対する/同 胞/と/複数形/兵士/島/遠い/における/事業/建設/と/保護/国/)

【発足式において、●●グループのグエン・クアン・フィー社長は「プログラムは●●

(会社名)従業員の一員ずつが母国や古里に対するビリーフと愛を表す機会である。

些細ながら有意義な本日の行動を通じて、我々は国の建設・保護事業における遠い 島にいる同胞と兵士に対し、パワーと堅固な意思を与えることを期待している」と 語る。】

この起点テキストでは、「語る」(chia sẻ) という動詞は、明らかに過去の行動を 表すのに過去形にされなかった。ベトナム語ではこのままのテンスでも自然ではあ るが、日本語では違和感を与えるだろう。そのために、翻訳者全員は日本語に訳し た際に、「語る」を「語った」というようにテンスを変換した。この工夫について ヒアリングしたところ、翻訳者全員が曖昧さを避け、日本語で自然に伝えられるよ うにするためであると解答した。そして、同じ起点テキストにおいて、「プログラ ム」(Chương trình)という名詞に「当」、または「この」等の指示語を加えるという 工夫も見られた。この工夫も翻訳者全員が共通して行い、且つ指す対象を明確化す るために行った工夫であると回答していた。

このように、明晰化ストラテジーが共通して活用されたいくつかの代表的な訳文 を抽出し、意識調査を行ったが、翻訳者の意識における共通の部分が多いというこ とを確認することができた。そして、この調査で分かった大事な発見の一つは翻訳 者全員が意識的にこれらの工夫を行っていたということである。筆者は殆どの場合 において無意識のうちにストラテジーを使っていただろうという仮説を立てたが、

調査で明らかになったこの結果は想定外のものであった。また、ストラテジーの利 用目的については、単純に「意味明確のため」若しくは「目標テキストの自然さ確 保のため」ではなく、両方の利用目的が混じっていた場合が多かったということも 意識調査で確認できた。

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 164-167)