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翻訳者ごとに見られた 明晰化ストラテジーの活用傾向

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 155-160)

第 6 章

6.1.2 翻訳者ごとに見られた 明晰化ストラテジーの活用傾向

6.1.1 節では、翻訳における明晰化ストラテジー活用の全体傾向を分析・考察した。

それを通じて、明晰化ストラテジーごとの大きな特徴を把握することが出来た。し かし、この傾向が一般化できるかどうか、つまり翻訳者全員に共通となるような傾

向であるかどうかを結論付けるためには翻訳者ごとのデータを詳細に検討する必要 がある。

一方、翻訳も通訳と同様に、ある程度押さえられた条件では多くの同じ要素(活 用されるストラテジー等)を含むプロセスになるが、あくまでも動的なプロセスで あるため、翻訳者によって必ず変わってくるはずである。通訳者ごと、通訳方向に よる明晰化ストラテジーの活用傾向を分析・考察した際に、この主張を裏付ける証 拠を示すことができたが、翻訳プロセスも同じ原理に基づくことを証明するために、

翻訳者ごと、翻訳方向別における明晰化ストラテジーの活用傾向を深く掘り下げる 必要がある。この 6.1.2節では、まず翻訳者ごとに見られた明晰化ストラテジーの活 用傾向を明らかにしたい。

まず、本研究に協力した翻訳者ごとに活用した明晰化ストラテジー別の割合を比 較するが、その結果は以下の表16のようにまとめられる。

表16 翻訳者別の活用した明晰化ストラテジーの割合

表 16 に基づき、まず翻訳者全員に共通となるような大きな特徴を取り上げたい。

前章でも解説したが、本研究の翻訳では、翻訳者全員が「前置き表現の活用」、

「反復」、「複数の類義語の活用」及び「接続詞の付加」を使っていなかった。ま た、全員に共通して活用割合が多いのは、「主体の明示化」(約 12%〜20%)、

「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」(約 17%〜26%)である。

「原文の構成変更」、「説明の追加」、「テンス・アスペクトの変換・具体化」も 全体的に比較的高い割合を示しているが、翻訳者間でははっきりしたばらつきが見

12.8% 12.2% 13.0% 13.7% 19.8%

0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0%

19.8% 17.8% 28.0% 23.0% 15.8% 12.7%

0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0%

0.0% 1.8% 0.0% 0.0% 2.0% 0.0%

8.9% 4.8% 3.0% 7.0% 4.8% 2.0%

3.8% 2.8% 3.4% 8.0% 5.0% 3.8%

0.0% 2.0% 2.8% 2.0% 3.0% 6.7%

2.0% 2.0% 3.0% 0.0% 5.8% 0.0%

6.8% 17.8% 14.0% 13.0% 14.1% 11.0%

0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0%

0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0%

26.0% 22.8% 16.8% 20.3% 20.0% 22.0%

9.0% 7.8% 9.4% 3.0% 5.8% 9.0%

7.0% 5.0% 5.2% 5.2% 5.0% 7.0%

4.0% 3.0% 2.2% 3.0% 3.0% 4.0%

0.0% 0.0% 0.0% 2.0% 2.0% 2.0%

られる。中小程度の活用割合のあるストラテジーである「性別の明示化(0%〜約 2%)、「原文の不自然さに対する処理」(約 5%〜約 7%)並びに「形式名詞の具 体化」(約 2%〜約 4%)については多少差異があるものの、基本的には翻訳者全員 の活用が同じ傾向になっているといえよう。

翻訳者間で活用傾向に大きな相違が見られるのは、「暗示された情報の復元」、

「程度副詞の付加」、「英語(表記)の併用による誤解防止」、「指示語の意味明 確化」、「指示語の付加」である。これらのストラテジーは全体的に活用割合が 中・小ぐらいのグループであるが、翻訳者の中の割合分布に大きなばらつきがある。

例えば、「暗示された情報の復元」の場合は、翻訳者 2、3、4、5 もほぼ同じ割合で このストラテジーを活用していたが、翻訳者 1 はこのストラテジーを 1 回も使って おらず、且つ翻訳者 6 は 6.7%もこの明晰化を利用していた。つまり、活用は極端な 傾向にあるともいえる。同じ現象が「程度副詞の付加」及び「英語(表記)の併用 による誤解防止」にも起きている。この結果を伴った大きな要因として考えられる のは、これらのストラテジーはいずれも任意的なものであり、且つ翻訳者の主観的 な判断・翻訳スタイルによるところが多いということである。例を挙げてみると、

起点テキストにない「非常に」、「より」などといった程度副詞を入れて意味を強 調する必要があるかどうかを判断するのは翻訳者である。その必要がないと判断す る翻訳者は、起点テキストに忠実な方向で翻訳し、強調する工夫が必要だと思う翻 訳者は程度副詞を加える。ここでは、その工夫の効果についてまだ触れていないが、

この種類のストラテジーを活用するかどうかは「ぶれ」の幅が大きいということを まず理解されたい。

また、上述のように全体的な活用傾向が共通するように見えるが、詳細に見れば 翻訳者間でばらつきが見られる明晰化もある。「原文の構成変更」及び「説明の追 加」は任意的な性質が強いストラテジーであり、翻訳者の判断に頼るところが多い ため、翻訳者によって活用割合に大きな差異があっても理解できないこともない。

ただし、本研究の翻訳データで義務的な性質が強いと見られる「主体の明示化」、

「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」「テンス・アスペクトの変 換・具体化」においても多少同じ現象が観察できた。詳細なデータを考察したとこ ろ、これらの活用回数に関しては、翻訳者間では大した差異があるわけでもなかっ た。例えば、「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」に関しては、

以上の集計データによると、翻訳者 1 は 26%という最も高い割合でこの明晰化を利 用していたが、実際翻訳者 1 の活用回数が 12 回であり、ほかの翻訳者(翻訳者 2

(14 回)、翻訳者 3(10 回)、翻訳者 4(12 回)、翻訳者 5(13 回)、翻訳者 6

(10 回))と比較してみると、上回るとは限らない。しかし、翻訳者 1 のストラテ ジー全体の活用回数(母数)が 46 回のみであり、6 名の中で一番少なかったため、

「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」の活用割合がこのように高 く見えて、存在が目立つようになったのである。「主体の明示化」及び「テンス・

アスペクトの変換・具体化」についても同じ形で翻訳者間のばらつきを発生させた 要因を突き止めることができた。なお、ここで改めて断っておきたいが、あるスト ラテジーがいかに義務的な性質が強くても、翻訳者全員に完全に同様の動向を求め ることは不可能である。即ち、訳出プロセスの動的な性質を忘れてはならないとい うことである。義務的な性質が強いストラテジーの場合は、翻訳者全員が高い割合 でそのストラテジーを使う傾向があるかもしれないが、同じストラテジーの具体的 な活用形態が異なり、且つストラテジーの義務的な性質を認識せずにストラテジー を活用しない可能性も十分にあり得る。

以上は翻訳者による明晰化ストラテジーの活用率について分析・考察した。以下、

表 17 と図 17 を用いて、翻訳者によって活用される明晰化ストラテジーの活用レベ ル、必然性及び利用目的が異なるかどうか分析・考察したい。

表17 翻訳者別の活用した明晰化ストラテジーの

必然性・活用レベル・利用目的の割合

28.80% 28.80% 42.70% 50.80% 49.20% 32.20% 67.80%

36.70% 25.00% 38.30% 50.00% 50.00% 38.30% 61.70%

50.80% 31.70% 68.30%

32.60% 39.10% 28.30% 63.00% 37.00% 30.40% 69.60%

39.70% 28.60% 31.70% 49.20%

46.70% 33.90% 66.10%

36.90% 34.80% 28.30% 60.90% 39.10% 37.00% 63.00%

38.70% 29.00% 32.30% 53.30%

図17 翻訳者別の活用した明晰化ストラテジーの 必然性・活用レベル・利用目的の傾向

図 17 を見ると、利用目的については翻訳者全員に共通する傾向になっているとい うことが分かるだろう。つまり、「意味明確化のため」という利用目的の割合のほ うが圧倒的に高いということである。これは、データ全体の分析結果にも合致して いる。ただし、 明晰化ストラテジーの必然性については、翻訳者による違いが見ら れた。基本的には義務的な活用がより大きな割合を占めているが 、唯一翻訳者 5 の み任意的な活用のほうが義務的な活用より割合がやや高めであり(50.8%対 49.2%)、

翻訳者 4 は「義務的」と「任意的」の割合が完全に同じである。また、翻訳者 5 の データを検討したところ、義務的な活用の回数は合計 31 回であり、ほかの翻訳者を 殆ど下回らない(ほかの翻訳者の活用回数:28回〜33回)。

明晰化の活用レベルについては、翻訳者間では更にはっきりした分化が見られる。

グループ分けをしてみると、第 4 章で翻訳データ全体を分析して明らかになった全 体傾向である語彙>文法>談話という傾向に従っているのは翻訳者 2 のみである。

一方、談話>語彙>文法の傾向になっているのは翻訳者 3 と翻訳者 4 で、語彙>談 話>文法の傾向になっているのは翻訳者 1 と翻訳者 5 であり、残りの 1 名である翻 訳者 6 はどちらのグループにも入っておらず、文法レベルでの活用が最も多く、文

0.00%  

50.00%  

100.00%  

150.00%  

200.00%  

250.00%  

300.00%  

350.00%  

翻訳者1   翻訳者2   翻訳者3   翻訳者4   翻訳者5   翻訳者6  

利用目的  意味明確 化のため  

利用目的  目標テキス トの自然さの確保の ため  

必然性  任意的  

必然性  義務的  

活用レベル  談話レベ ル  

活用レベル  文法レベ ル  

活用レベル  語彙レベ ル  

法>語彙>談話という結果になっている。この違いを生み出した要因は、各翻訳者 が活用した明晰化ストラテジーの内訳に違いがあったからであると考えられる。例 えば、翻訳者 3 が最も多く活用したストラテジーは「原文の構成変更」(表 16)で あるが、このストラテジーは図 15 にも示された通りに、100%の活用が談話レベル になっている。そのために、翻訳者 3 の談話レベルでの活用割合が最も多いわけで ある。同様に、翻訳者の中で、「主体の明示化」の活用率が最も多いのは翻訳者 6 であるが、このストラテジーの主な活用レベルは明らかに、文法レベルである。こ れは翻訳者 6 のストラテジー全体の活用レベルの傾向を大きく左右すると考えても 良いだろう。一方、翻訳者 1、2 が語彙活用レベルが主要となる「読み手・聞き手に 馴染みのあるような表現への変換」を翻訳者の中で非常に高い割合で活用したこと も、以上で分析した傾向を伴った一因として見られるであろう。また、翻訳者 4、5 は「読み手・聞き手に馴染みのあるような表現への変換」を多く使っていたという ように、翻訳者1、2と同様の特徴を持っていながら、翻訳者3 とも同じく談話レベ ルの活用が主流となっている「原文の構成変更」も積極的に活用していたため、ミ ックスした活用レベルの傾向を生み出したのではないかと思われる。

上記のように、翻訳者によるストラテジー活用レベルが異なる原因についてはデ ータに突き合せてみれば、ある程度理解可能な根拠を見いだすことができる。しか し、それはあくまでも表面的な根拠であり、深層における要因は翻訳者ごとの活用 するストラテジーがそもそも異なるという実態にある。この実態は人間(翻訳者)

に関わる様々な要素の影響を受けて成立したものであるため、解明するのが非常に 難しいと思われるが、それこそが翻訳プロセスの動的な性質にほかならないもので あり、本研究で検証したい点でもある。

ドキュメント内 通訳・翻訳プロセスモデルの検討 (ページ 155-160)